登記実務の専門家が語る「企業価値担保権」のポイント ~ 水義晴・司法書士 インタビュー ~
5月25日、「事業性融資推進法」が施行された。与信上の注目は「企業価値担保権」の創設で、日本の融資慣行が大きく変化する可能性も秘める。一方で、前例のない制度のため周知や理解が難しい部分も多い。
東京商工リサーチは、水義晴・司法書士(SSJ司法書士法人)に登記実務の専門家の立場から、企業価値担保権の特徴や登記実務のポイントについて話を聞いた。
水 義晴(みず・よしはる)氏
2006年 司法書士登録(東京司法書士会)
2006年 上野司法書士事務所 入所
2008年 SSJ司法書士法人入所、現在に至る
不動産登記、商業登記、動産譲渡登記、債権譲渡登記等の登記業務を中心に従事
SSJ司法書士法人
東京都渋谷区恵比寿1-13-6 第2伊藤ビル5F
電話:03-3440-1241
―実務面から見た企業価値担保権の特徴、ポイントは
企業価値担保権は会社の総財産を対象とし、包括的な担保権となるため不動産担保やABL(※1)とは異なる仕組みになっている。特徴として、貸付人は直接、企業価値担保権を設定できず、借入人の間に信託会社(担保権者)が入る必要があり、信託会社と借入人による信託契約が必要となる。また、企業価値担保権者になることができるのは企業価値担保権信託会社に限定されている点(免許制となっている)、企業価値担保権の登記が効力の発生要件となっている点などがある(資料①)。
※1 Asset Based Lending。売掛債権や動産を担保とした融資

なお、企業価値担保権信託会社には「みなし免許」の制度があり、既存の銀行や信託銀行等が「企業価値担保権信託業務」を行う場合、新たに免許を取得することなく届出等により参入できる。そのため、金融機関は外部の信託会社を経由せず、自らが信託業務を行うことで、単独で担保権の信託契約を進めることが可能だ。
一方、企業価値担保権が悪徳な金融会社などに濫用されてしまうと、会社の総財産を奪われてしまいかねない。悪徳な金融業者は仮に貸付人になれても、免許を必要とする信託会社にはなれない。これが、企業価値担保権が信託制度を導入した理由の一つといえる。
また、一般債権者の債権の取り扱いもポイントだ。金融機関が設定した債権を「特定被担保債権」とするのに対し、債務者に債務不履行があった時に生じる可能性のある取引先の債権や、給料を払うべき従業員などの労働債権は「不特定被担保債権」とする。企業価値担保権は、この2種類の債権を担保する。
これは、企業価値担保権が債務者の総財産を担保とする包括的な権利であり、この権利の大きさから貸付債権者のみが返済を独占するのは不公平という考え方に基づく。一般債権者を保護するということも、企業価値担保権の特徴といえるだろう。
もし、債務者に債務不履行があった場合、企業価値担保権を実行する。第三者への事業譲渡等を行うことにより、事業譲渡の対価が債権者への配当財源となる。その対価から給料や、一般債権者のために一定割合を留保して、残りを貸付人に返済するという流れが想定される。
一般債権者のために確保した金額は「不特定被担保債権留保額」とされ、一般債権者への配当財源となる。事業譲渡の対価からその配当可能額が決まるが、その配当可能額に応じて、この不特定被担保債権留保額の割合が決まっている(資料②)。

企業価値担保権の設定にあたり、金融機関側は、事前にその会社の事業性評価をはじめ、債権関係、他の金融機関との関係を確認する。
司法書士も会社の謄本のほか、信託契約書の確認や必要書類の手配を行う。登記手続きにあたっては借り手に対し、後々のトラブルにならないように商業登記簿に登記される内容やその効果など、丁寧に説明する必要があると考えている。
―登記プロセスや設定内容は
借り手は社内で必要な決議を取って、銀行などの評価を受け、融資の信託契約をした後、最後に企業価値担保権の設定登記となる。
企業価値担保権は、債務者の商業登記簿に登記することが効力発生要件となっており、登記を完了すれば対抗要件が備わる。
不動産担保やABLでも登記は対抗要件だが、抵当権設定などは登記していなくても契約をすれば抵当権者となる。しかし、企業価値担保権では登記が効力の発生要件となっている。信託契約を交わしても、その時点では企業価値担保権者になるわけではなく、登記が完了して初めて企業価値担保権が成立し担保権者になる。企業価値担保権の登記を申請してもすぐに登記完了するわけではないので、融資実行をどのタイミングで実施するかには注意する必要が生じる。

インタビューに応じる水義晴・司法書士
また、細かい話となるが、企業価値担保権の登記は商業登記法ではなく、不動産登記法を準用する。登記の申請は債務者と信託会社が共同で行い、申請の際には信託契約書などの登記原因証明情報が必要になる。登記完了後、登記識別情報通知が送付される(オンライン指定庁となるまでは登記識別情報通知ではなく登記済証が交付される)。
会社の登記簿には「企業価値担保権に関する事項の項目」が付記される(資料③)。右側には登記申請した受付年月日、受付番号、登記の目的や原因、企業価値担保権者の本店商号。また、定めた場合には企業価値担保権の消滅に関する定めがある。記載されるのはこれくらいで、債権の範囲、極度額など被担保債権に関する事項は記載されない。信託契約の内容も記載されず、シンプルな内容だ。

―そのほか留意すべき点は
注意したい点は、債務者が合併で消滅する時だ。合併で消滅する会社の登記簿に企業価値担保権が登記されていると、法務局は職権で存続会社の登記簿に企業価値担保権の登記を移すことになる。このことは、消滅会社の総財産を目的としていた企業価値担保権が、今度は存続会社の総財産が対象になることを意味する。
取引先企業が合併を通じて、企業価値担保権のついている会社を承継した場合、取引先の登記には消滅会社の企業価値担保権が移ってくることになるので、注意が必要だ。
また、レアケースと言えるが、合併する当事者それぞれに企業価値担保権が設定されている場合には、あらかじめ合併契約の中で登記の順位を決めておかないと合併ができないと規定されている。
他の担保権との優先関係にも注意を払う必要がある。質権や抵当権と企業価値担保権が競合する場合は、登記の先後で決定する。企業価値担保権を設定する際には、債務者の不動産を確認し、先順位の登記がないか確認しておかないと企業価値担保権がその抵当権に遅れてしまう。なお、不動産担保等の融資実行に際して、企業価値担保権の登記がされている会社の不動産に抵当権を設定しても企業価値担保権に劣後することになるので、企業価値担保権の存在を見落とすことのないように注意が必要だ。
複数の企業価値担保権の設定自体は可能だが、順位については登記の先後によって決定する。企業価値担保権者全員の合意があれば変更も可能だが、第2順位の企業価値担保権者は、企業価値担保権の実行を申し立てることはできない。動産譲渡も同様に登記の先後で優先順位が決定する。
―読者、利用者に向けたメッセージを
5月25日の事業性融資推進法の施行日当日に、企業価値担保権の登記申請を行った。
正直なところ、企業価値担保権の案件はもう少し情報が増えてからになるのではないかと考えていたが、他にも数件問い合わせがあり、企業価値担保権への興味や期待感の高さを感じている。
会社の総資産を担保にするという前例のない担保権だが、これにより事業性に基づく評価を通じた融資が浸透し、1社でも多くの会社が成長、発展、継続できることを期待している。企業価値担保権の登記実務で不明な点があれば、是非ご連絡いただきたい。
(東京商工リサーチ発行「TSR情報全国版」2026年6月5日号掲載「WeeklyTopics」を再編集)