• TSRデータインサイト

2024年度「人手不足倒産予備軍」  ~ 今後は「人材採用力」の強化が事業継続のカギ ~

深刻さが増す人手不足

 需要があるのに従業員が足りず、売上が伸ばせない。コロナ禍で停滞した経済活動が回復すると同時に、「人手不足」が企業の重大な経営リスクに浮上している。
 東京商工リサーチ(TSR)が調査した2025年1-10月の「人手不足」倒産は、323件(前年同期比30.7%増)。調査を開始した2013年以降で初めて年間300件を超えた。

 賃上げ圧力も増すなか、他社との待遇格差で十分な人材確保ができなかった企業、価格転嫁が賃上げに追い付かず、資金繰りが限界に達した企業が事業断念に追い込まれている。 
 こうした状況下で、「人手不足」で倒産リスクが高まった企業を東京商工リサーチ情報本部と日本経済新聞が共同で分析した(※1)。
※1 日経電子版:人手不足倒産、1万3500社が「予備軍」 飲食や介護に急増リスク
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD030GD0T01C25A1000000/


過去の「人手不足」倒産企業の分析

 人手不足による「倒産予備軍」の基準を作成するため、過去の「人手不足」倒産の傾向を定量的な視点から分析した。
 まず、2020年1月から2025年6月までの「人手不足」倒産から、過去の売上高、当期利益、従業員数(正社員)の数値を抽出した。
 抽出できた企業について、倒産直前から過去3期を遡った売上指数、当期利益率、平均従業員数について、中央値や平均値を使って変化を分析した(表1)。

(表1)「人手不足」倒産企業 売上指数の変化

 

 対象期間にコロナ禍が含まれる点に留意する必要はあるが、「人手不足」倒産企業は、3期前と比較して、売上指数が8.45ポイント減、当期利益率が1.70ポイント減、従業員数が14.28%減という指標が導き出された。
 特に、3年以内に平均して10%以上の従業員が流出していることが注目される。

2024年度「人手不足倒産予備軍」は約2.5%

 最新期と3期前の業績および従業員数が比較できる企業を対象に、上記で導き出した指標に当てはまる企業を抽出した。
 なお、従業員が確保できないことで業績が伸ばせなかったのか、業績が先に低迷し従業員を削減せざるをえなかったのか。分析する中でこの論点はある。
 ただ、TSRは倒産企業の当事者や代理人、関係先へのヒアリングに加え、破産申立書などで「人手不足倒産」を認定している。これを基に導き出された指標を生存企業に客観的に当てはめるのは一定の意義があるだろう。
 指標に合致する2024年度の「人手不足倒産予備軍」比率は企業全体の約2.5%を占めた。産業別の比率は次の通り(表2)。

(表2)産業別予備軍比率

 「人手不足倒産予備軍」比率が最も高かった産業は、建設業の3.4%。次いで、農・林・漁・鉱業2.49%、製造業2.40%、情報通信業2.3%で続く。 運輸業やサービス業他などは、コロナ禍からの業績の急回復が影響し、全体数値と比較して比率が低く出てしまった側面がある。
 今後、業績回復が緩やかになるにつれ、予備軍比率が高まる可能性は高い。
 同様の指標をもとに、5年ずつ遡った「人手不足倒産予備軍」比率の推移を算出した(グラフ)。

「人手不足」予備軍比率
 

 生産年齢人口の減少とともに従業員数が流出、それに連動して業績も低迷する企業の比率が長期的に上昇傾向にあることがわかる。
 「人手不足」倒産が直近の数年で急増していることや、最新の2024年度で運輸業やサービス業他がコロナ禍の影響で比率が低く出ていることを加味すると、今後も「人手不足倒産予備軍」比率は上昇が続くことが予想される。
 都道府県別の「人手不足倒産予備軍」は、表3の通り。北海道、東北、九州で予備軍比率が3%を超える都道府県がみられる。
 関東、中部、近畿の三大経済圏は比較的比率が抑制されており、地方から中心部へ人材が流出していることを示すと考えられる。
 また、2014年度から2024年度にかけての比率の伸びをみると、岩手県3.6ポイント増、山形県2.17ポイント増、福島県2.14ポイント増、宮城県2.0ポイント増と東北が上位に並ぶ。2014年度前後では震災復興で人材が投入され、比率が抑制されていた側面もあったとみられるが、その後人材流出が進み、業績低迷に陥る深刻な状況が浮き彫りになった。

(表3)都道府県別予備軍比率



 賃上げ競争の激化で、同業種間だけでなく、異業種間での人材獲得競争も熾烈さが増している。価格転嫁のペースは規模や産業によってさまざまだが、賃上げ率、賃上げペースの勝者が人材を総取りする傾向を強めている。
 「需要不足」による倒産と違い、「人手不足」による倒産は必要十分なだけの供給を制約する可能性が高い。特に地方では、人材流出と業績低迷が重なり、構造的に脆弱な企業が急増している。地域に必要不可欠な企業・業種にも関わらず、賃上げ遅れで人材をつなぎとめられず、倒産や廃業に追い込まれるケースも増えるとみられる。
 今後、「人手不足」倒産の供給制約による影響で、業績悪化の連鎖が起こる事業リスクを念頭に置くことも必要だろう。人件費とともに金利上昇も同時進行し、コストの上昇が中小企業の経営体力をじわじわと削っている。
 少子高齢化、生産年齢人口の減少が進むなか、「人材採用力」の強さが事業の持続可能性に大きく影響する時代を迎えている。業務の効率化やDX化への支援とともに、構造上、賃上げが遅れてしまう業種やエリアからの人材流出をどのように歯止めをかけるか、入念な検証が必要だ。



(東京商工リサーチ発行「TSR情報全国版」2025年12月2日号掲載「WeeklyTopics」を再編集)

人気記事ランキング

  • TSRデータインサイト

「社長の出身大学」 日本大学が15年連続トップ 40歳未満の若手社長は、慶応義塾大学がトップ

2025年の社長の出身大学は、日本大学が1万9,587人で、15年連続トップを守った。しかし、2年連続で2万人を下回り、勢いに陰りが見え始めた。2位は慶応義塾大学、3位は早稲田大学と続き、上位15校まで前年と順位の変動はなかった。

2

  • TSRデータインサイト

内装工事業の倒産増加 ~ 小口の元請、規制強化で伸びる工期 ~

内装工事業の倒産が増加している。業界動向を東京商工リサーチの企業データ分析すると、コロナ禍で落ち込んだ業績(売上高、最終利益)は復調している。だが、好調な受注とは裏腹に、小・零細規模を中心に倒産が増加。今年は2013年以来の水準になる見込みだ。

3

  • TSRデータインサイト

文房具メーカー業績好調、止まらない進化と海外ファン増加 ~ デジタル時代でも高品質の文房具に熱視線 ~

東京商工リサーチ(TSR)の企業データベースによると、文房具メーカー150社の2024年度 の売上高は6,858億2,300万円、最終利益は640億7,000万円と増収増益だった。18年度以降で、売上高、利益とも最高を更新した。

4

  • TSRデータインサイト

ゴルフ練習場の倒産が過去最多 ~ 「屋外打ちっぱなし」と「インドア」の熾烈な競争 ~

東京商工リサーチは屋外、インドア含めたゴルフ練習場を主に運営する企業の倒産(負債1,000万円以上)を集計した。コロナ禍の2021年は1件、2022年はゼロで、2023年は1件、2024年は2件と落ち着いていた。 ところが、2025年に入り増勢に転じ、10月までの累計ですでに6件発生している。

5

  • TSRデータインサイト

解体工事業の倒産が最多ペース ~ 「人手と廃材処理先が足りない」、現場は疲弊~

各地で再開発が活発だが、解体工事を支える解体業者に深刻な問題が降りかかっている。 2025年1-10月の解体工事業の倒産は、同期間では過去20年間で最多の53件(前年同期比20.4%増)に達した。このペースで推移すると、20年間で年間最多だった2024年の59件を抜いて、過去最多を更新する勢いだ。

TOPへ