事前調整に明け暮れたマレリHDが再度破たん ~支援プレイヤーの場外乱闘の果て~
「簡易再生は倒産ではない。海外で倒産と伝わり取引先が離れたら責任を取れるのか」
マレリホールディングス(株)(TSRコード:022746064)が民事再生法の適用を申請した2022年6月24日夜、東京商工リサーチ(TSR)にマレリHDの担当者から激しい抗議があった。2度にわたる抗議は合計1時間を超えた。TSRが民事再生を「倒産」として速報したことに怒りは収まらない。
マレリHDを巡っては、準則型私的整理の一種である事業再生ADRでの再建を目指したが、海外金融機関の反対でとん挫し、前年の産業競争力強化法の改正で規定された民事再生の一部手続きを省略する簡易再生へ移行した。
産競法改正後、初の簡易再生(※1)となったマレリHDの再建はその後も異例ずくめの展開をたどることになる。
※1 事業再生ADRが成立せず、簡易再生手続きを活用した例はマレリHDが初めて
落ち着くことのない「信用不安」
民事再生から2カ月が経過した8月下旬、事業会社のマレリ(株)(TSRコード:291139833)の取引先が呟いた。「KKRの出資金額が小さい」。
民事再生に伴い、資本構成の再構築が必要となったマレリHDにどれほど「真水」が入るのか、取引先の注目が集まっていた。真水は、新規の出資と融資を指す。金融団による債権放棄などの支援額は合計4,500億円にのぼるが、当座の資金繰りを考えると1円でも手元資金を厚くして貰いたい、と取引先が考えるのは当然だ。
こうしたなか、KKRから追加出資された額は6億5500万ドル(当時のレートで900億円)だった。金額は事前に伝わっていたが、取引先は落胆を隠さなかった。通常、会社更生や民事再生など再建型倒産で、同一法人(グループ)での事業継続が表明されている場合、信用不安はある程度鎮静化する。過剰となっていた債務が整理され、収益力(稼ぐ力)も改善に向けてメスが入る点が考慮される。
ただ、今回は「うちはガードを下げていない」と与信担当者は耳打ちした。バランスシート調整も将来キャッシュフローの改善も不十分と映ったのだ。
複雑に絡み合う思惑と視線
マレリHDに債権を持つ国内金融機関の動向にも注目が集まった。2022年夏以降、貸出債権を売却する動きが相次いだためだ。事業再生局面で、金融機関が債権の売却に動くケースは少なくない。損失額を確定させて処理することで、債務者のバランスシートは整理され、不採算事業の撤退費用や新規投資の原資が確保しやすくなり、抜本再生に繋がる。
ただ、今回のケースは「大手金融機関がマレリを見限った」とのレピュテーションにつながった。民事再生から日が経たないなかでの売却がそうした文脈となった面もあるが、ある金融機関の担当者は、「自行グループの収益も考えると(債権処理は)このタイミングしかなかった」と当時を振り返る。様々な思惑が絡み合い、貸出債権者は売却先の海外のファイナンサーへ集約されていった。
そして、冒頭のマレリHDの担当者は、会社を去った。
こうしたなか、日産自動車(株)(TSRコード:350103569)の苦境が表面化する。2024年度上半期決算で、営業利益が前年同期比90%減となったのだ。これを機に取引先への影響を懸念する声が噴出する。視線の多くはマレリへ向かった。周辺筋から「2024年末の弁済原資が厳しいようだ」との情報も漏れ伝わり、一気に緊張が高まった。
これに前後して、再生実務家の発言も水面下で活発になった。「激動の自動車業界は横断的な再編が必要」、「マレリHDの件は、主力取引先の不振など不幸が重なった面もあるが、金融のおもちゃになっており、二次破たんは許されない」。
霞が関では「私的整理の法制化」に向けた議論が最終局面を迎えた。さらに、金融界では「事業再生」というネーミングのあり方の検討も加速した。ネガティブな印象がつきまとい信用収縮に繋がったり、窮境に陥った企業が早期に債務整理や収益改善に着手するのを阻害しているきらいがあるという。グローバル企業が「turnaround(ターンアラウンド)」への取り組みを開示することは日常だが、日本では最適な訳し方にさえ苦慮する状況だ。こうした議論や検討に、いわゆる「倒産村」の面々も関わっており、マレリHDがケーススタディとなることは日常茶飯事となった。
2025年5月13日、日産自動車の経営再建計画「Re:Nissan」が公表された。生産工場の閉鎖やグローバルで2万人の人員削減が盛り込まれた。これに前後して、マレリが追浜工場(横須賀市)を閉鎖し、今年3月に工場不動産を第三者へ売却していたことが判明した。同じ時期に、実験研究センター(佐野市)も一部売却しており、資産整理の動きにも注目が集まっていった。
マレリHDの教訓
そして、6月11日(日本時間)にマレリHDは二度目の法的整理に踏み切った。簡易再生後の動きも異例ずくめだったが、準則型私的整理→国内倒産法→米国倒産法という債務整理の拠り所も実に多彩で前例を見ない。
金融機関やファンド、政策立案者、再生実務家などの面々が入り乱れた事業再生は何だったのか。事業再生は総合格闘技になぞらえるが、場外乱闘に終始したようにも映る。自動車業界の複雑さゆえに、裁判所というリングにすぐに上がれなかった事情もある。
過剰債務を抱える企業の倒産が増加するなかで、事業性評価や目利き力、伴走支援のワードが飛び交っている。こうしたスキルを高めるためのセミナーや情報交換会は活発だが、どこまで踏み込んだ決断できるかは組織の幹部が最終決定する。最終的に痛み分けとなった駆け引きの果てに何を守ったのだろうか。
手遅れになる前のケアを念頭とする私的整理が長引くなかで事業価値が毀損し、私的であるが故に進捗状況の開示が限定され、取引先は疑心暗鬼から重要な意思決定ができない。
私的整理の法制化、改め「早期事業再生法」が6 月6 日、成立した。事前調整に明け暮れたマレリHD から学ぶことは多い。
マレリ追浜工場(5月12日撮影)