事業再生から20年、逆境からの歩みとこれからの希望 ~ 水産物総合卸・クラハシのトップが語る ~
口惜しさを噛み締めた法的整理から20年が経った――。
ことし3月、水産加工品などを取り扱う(株)クラハシ(TSRコード:722022484、広島県福山市)は事業再生から20年を迎え、4月に記念式典を開催した。
クラハシは、魚市場運営の「市場事業」と水産加工品、冷凍食品などを取り扱う「商事事業」を展開する総合水産物商社だ。
2026年3月期の売上高は269億2,666万円、最終利益は6,736万円を計上し、地元ではトップクラスの業容を誇る。
20年前、バブル期に抱えた過剰債務で存亡の危機に瀕していた。2006年8月、特別清算(後に破産に移行)開始決定を受け、グループの債務を整理し、新設したクラハシに事業を移管。(株)ニッスイ(TSRコード:291138950、東京都港区、東証プライム)などの支援を得ながら改革を推し進めてきた。
現在、クラハシはホールディングス体制に移行し、更なる成長を目指している。東京商工リサーチは、(株)クラハシホールディングス(TSRコード: 035339985、広島県福山市)の天野文男・取締役会長、倉橋彩子・代表取締役グループCEOにこれまでの軌跡と今後の展望を聞いた。
株式会社クラハシ
1896年創業
1958年(株)倉橋商店として設立
1972年(株)クラハシに商号変更
2006年8月に法的整理を実施し、新設の(株)クラハシに事業を譲渡。
事業再生から20年の節目を迎え、ことし 4月にホールディング体制に移行した。
取締役会長 天野文男氏
1979年クラハシ入社
営業畑を歩み、2012年専務取締役、2015年代表取締役社長へ就任
2026年4月、クラハシホールディングス取締役会長兼クラハシ取締役会長に就任
代表取締役グループCEO 倉橋彩子氏
短大卒業後、クラハシグループの水産加工場に入社
2006年にクラハシ入社後、経営戦略や管理部門を中心に従事
専務取締役を経て、2026年4月、クラハシホールディングス代表取締役グループCEOに就任。
バブル期の過剰債務と再出発
1896年、倉橋彩子氏の祖父にあたる藤井久吉氏が鮮魚の荷受け問屋として創業したのがクラハシの始まりだ。
「広島県福山市で魚市場を運営していたが、地域の名士といえばクラハシだった」(倉橋氏)。

代表取締役グループCEO・倉橋彩子氏
バブル期、クラハシは魚を市場に卸すだけでなく、選別や加工まで一貫して提供する体制を構築した。当時の大量生産、大量消費の時流に合わせ、大型工場を開設し、機能強化に乗り出した。
だが、過剰な設備投資が裏目に出る。バブルが弾け、身の丈を超える債務を抱えたほか、子会社のガバナンス不全も発覚した。多額の借入金の返済目途が立たず、2006年にクラハシは法的整理を決断。メインスポンサーにはニッスイ(当時:日本水産)が就任し、関連会社を清算し、倉庫や工場なども売却した。その後、別途、クラハシ(新会社)を設立し、旧会社の事業を移管した。
急ピッチの体制整備と採算性の改善策
やるべきことは山積していた。すぐに社内規定を整備し、ガバナンスを強化。営業部門と管理部門の縦割り主義も撤廃した。
「ニッスイの持分法適用会社になり、部門会議や管理部門会議に参加させていただき、自社でできていない部分を徹底的に改善する機会となった」(倉橋氏)
従来は子細な粗利管理が出来ていない環境だったが、各部門長が部門・チーム毎の採算性を確認できるように改善。そこで課題を早期に見出し、解決策をミーティングで議論することで、PDCAが迅速に回るようになった。
ガバナンスを強化する一方で、スポンサーがクラハシの自主性を重んじたこともクラハシにとってプラスに働いた。
「ニッスイからは社内規定の整備支援と資金の提供などをしていただいたが、仕入先や営業活動などについて細かく言われることはなかった。経営は自分たちで責任を持って進めることができた」(天野氏)
社内から反対も出たが、2007年には将来性の見込めない取引先や商品の契約を終了した。
「事業再生前、旧クラハシは約210億円の年間売上高があったが、不採算性の商品、取引先を徹底して見直していった。これにより、2007年3月期は売上高が約160億円に減少したものの、利益は確実に確保できる体質となり、結果的にモチベーションの向上に繋がった」(天野氏)

取締役会長・天野文男氏
営業攻勢と設備投資
2010年代には、市場以外の取引拡大を進めていく。広島や岡山方面に営業攻勢をかけ、営業所を強化し、冷凍食品などの販売を増やして業績を牽引した。
「当時、旧会社から新クラハシに事業再生を進めるため、のれん代の約10億円を5年間で償却しなくてはならなかった。厳しい目標だったが、その分、社員一丸となって目標に向かうことができ、我々にとって大きな成功体験となった」(倉橋氏)
各部門の採算性が改善し、のれん代を毎年2億円ずつ5年間で償却した。その後は従業員への還元も進み、所得水準も向上した。
同時に、労働環境の改善も進めた。2015年に基幹システムを大幅に改修した。生き物を相手にしている業種柄、時間の管理が難しいが、従業員の残業時間は一人当たり月間25時間ほど減少した。

6次産業化と官民連携
2017年には、官民ファンドの(株)農林漁業成長産業化支援機構(TSRコード:300060327、千代田区、A-FIVE)などから出資を受け、子会社のMarine Link(株)(TSRコード:012643874、沖縄県島尻郡)を通じ、漁獲したマグロを冷凍せずチルドマグロとして流通させる事業をスタート。クラハシにとって、6次産業への初の挑戦だった。
また、大学との連携も進めた。福山大学が開発したシロギスの養殖技術を活用し、従来は不可能といわれたシロギスの完全養殖に成功した。安定供給が可能になり、「びんごの姫」ブランドとして、全国出荷も実現した。
現在は、ECサイトを立ち上げ、消費者向けの販売も強化。AI導入で効率化を進め、新しい取り組みを進めているという。
「事業は1年ごとに金属疲労を起こし、何も手を打たなかったら次の時代に遅れてしまう。日々、小さなイノベーションを起こし、次の事業の大きな柱になるように育てている」(倉橋氏)
事業再生から20年の節目
当時を振り返り、天野氏は「のれんの償却が終わるまでは、昇給も賞与もない苦しい時代だったが、従業員は1人も辞めずについてきてくれた。うちの従業員は真面目で、言われて納得したらその方向に向いてくれる。事業再生から20年が経ち、大変な時期を知る従業員も少なくなったが、真面目に仕事に打ち込む姿勢は今も脈々と受け継がれている」と語る。
事業再建への道のりは決して平坦ではない。「血を出す覚悟でも、会社を承継させていく決意が事業再生では必要になる。(例えば)株式の保有比率などを巡り派閥争いなどが起きる事もあるが、事業を本当に残していきたいのであれば、経営者が自身の身を切る覚悟で事業の重要性を示し、残していくことが大事だ」と倉橋氏は言い切る。
地方は人口減少が深刻だ。そこに懸念はないのか。倉橋氏は「地域のマーケット縮小ばかり取り上げられるが、逆に地域の中枢機能は重要性が増している。地域に軸足を置いた経営を続け、クラハシの持つ高機能卸、荷受け機能を活かして顧客への最適提案に繋げていきたい。地域にはやっぱりクラハシがなくてはならないと言っていただけるような体制を構築していきたい」と力強く語る。
地域の水産物流通の重責を担うクラハシだが、過去の逆境をバネに、さらなる高みへの挑戦を続けている。

運営する養殖場(提供画像)
(東京商工リサーチ発行「TSR情報全国版」2026年8月6日号掲載「再生への軌跡」を再編集)