M&A総研の関わりに注目集まる資金流出トラブル ~ アドバイザリー契約と直前の解約 ~
続発するM&Aトラブルへの対応も念頭に、中小企業庁は2026年度に新たなM&Aに関するアドバイザリー資格を創設する。
こうしたなか、(株)トミス建設(TSRコード:352899824、神奈川県)のM&Aを巡るトラブルに注目が集まっている。
トミス建設がコンサルティング会社のマイスホールディングス(株)(TSRコード:697622010、大阪府、以下マイスHD)に株式譲渡したことがトラブルの発端だが、株式譲渡契約の直前に両者とアドバイザリー契約を交わしていた大手M&A仲介会社が契約を解約している。
さらに、トミス建設らが株式を譲渡したマイスHDにトミス建設らの資金が送金されていたことなどで損害賠償の訴訟に発展している。
東京商工リサーチ(TSR)は、M&Aトラブルの当事者であるトミス建設、マイスHD、両者の株式譲渡契約前にアドバイザリー契約を解約したM&A総合研究所(TSRコード: 697709230、千代田区、以下M&A総研)を取材した。
トミス建設の見解
トミス建設の佐藤敏行代表は、神奈川県内でトミス建設と別の建設会社の2社を経営していた。経営から退くため事業譲渡を検討し、売却先の紹介をM&A総研に依頼した。佐藤代表が「親身に対応した」と話すM&A総研の担当者が太鼓判を押したマイスHDに2社の売却を決めたという。2024年8月15日、マイスHDとの間で2社の株式譲渡契約を締結し、マイスHDに通帳及び印鑑を引き渡した。
ところが、マイスHDに株式譲渡契約直前の8月5日、トミス建設とM&A総研との間で交わされたアドバイザリー契約が解約されることになった。M&A総研からは、「マイスHDと取引できなくなったため」と説明された。だが、担当者からは「手数料がかからなくてラッキーですよ」と言われ、最終的には直接マイスHDと契約することになったという。譲渡契約当日、M&A総研の担当者から「契約はうまくいきましたか」と確認の電話があったという。
株式の譲渡契約を締結した8月15日、マイスHDの森秀幸代表が2社の代表に就任した。翌16日、トミス建設の預貯金口座から3,000万円、22日には1,000万円の計4,000万円がマイスHDに送金され、このことについて前代表となった佐藤氏は後日、税理士から送金について聞かされたという。
それから4カ月後の12月18日、マイスHDの森氏が代表を辞任し、別の人物が代表に就任した。突然登場した新たな人物の代表就任や、タイミングを同じくして発生した従業員への給与未払いなどを看過できず、佐藤前代表はマイスHDとの株式譲渡契約の錯誤無効を理由に、新たな代表の取締役解任登記手続きを2025年1月16日付で行い、佐藤氏がトミス建設の代表に再び就任した。
だが、2024年8月15日から2025年1月16日までの間に、2社から合計1億2,039万円の資金がマイスHDや旧代表2人の関係先に送金されていた。
佐藤代表は「完全に騙され、会社から資金を抜かれた。M&A総研はマイスHDを相手先として、あれだけ太鼓判を押して来たのはなんだったのか」と憤りを隠さない。
マイスホールHDの見解
マイスHDは2023年3月、大阪市で設立された。「企業×福祉で社会を元気に」を経営ビジョンにM&Aを積極的に展開し、買収した会社へのコンサルティングなどを手がけてきた。
TSRは、マイスHDの森代表に取材した。対面取材に応じた森代表は、「トミス建設らからの訴訟には粛々と対応していく。自分が代表に就任後のトミス建設などからマイスHDへの送金は、いずれも正当な手続きに則り、買収先の資金管理の一環として行った。経営指導も行っていた」と説明した。また、「代表に就任してから4カ月後に代表を辞任したが、これは他の事案でトラブルが発生し、買収計画に狂いが生じたため」と辞任の理由を語った。
さらに、「もともとM&A総研から買収先の資金を買収の原資とするLBO(※1)によるM&Aの手法を提案され、様々な会社を買収した。そのなかでA社を買収し、このA社を中心として建設系の事業拡大を狙っていた。しかし、A社のM&Aを通じ、もともとA社と取引のあった金融機関とA社の間でトラブルが発生し、建設系の事業拡大から撤退し、トミス建設の代表から辞任した。辞任後のトミス建設の株式譲渡は次の代表個人とではなく大阪市に本社を構える建築会社と契約を交わした」と説明した。
また、株式譲渡契約直前のM&A総研との契約の解約について、「昨年7月、M&A総研から一方的に、検討中の複数の案件に関わるアドバイザリー契約のすべての解約を言い渡された。その前月の6月末にはM&A総研に4億円の手数料を支払ったばかりで、これから頑張っていきましょうと言われていた。いきなり言われても進んでいる案件を急に白紙にできないし、営業担当からはM&A総研を介さず契約を進めることは問題ないし、手数料がかからないので良かったですよと言われた。今回の騒動でM&A総研が関与を認めないのはおかしい」と語気を強めた。
※1 レバレッジド・バイアウト。被買収企業の資産やキャッシュフローを担保・原資とした企業買収
M&A総研の見解
M&A総研に、トミス建設とマイスHDのトラブルについて取材した。両者の仲介やM&A総研のスタンスに関しては「守秘義務の兼ね合いで、個別の案件については答えられない」と回答した。
トミス建設とマイスHD両者とM&A総研のアドバイザリー契約の解約合意前、M&A総研の担当者から懸念事項の説明と両者が認識している点や、M&A総研の担当者が「手数料がかからなくてラッキーですよ」と話したこと、さらに株式譲渡契約当日にトミス建設の佐藤代表に「契約はうまくいきましたか」と確認の電話をしてきたことの背景を確認したが、「守秘義務の観点から個別の案件に関するご回答は出来かねますのでご容赦いただければと存じます」と応じた。
政府は2025年骨太の方針(経済財政運営と改革の基本方針)で、「経営基盤を強化する事業承継・M&Aを後押しする」ことを決定した。これは、事業承継・M&Aに関する新たな施策パッケージに基づき、支援機関による売手側のニーズの掘り起こしの強化、事業承継・引継ぎ支援センターの体制強化等に取り組むとしている。
経営者の高齢化が進み、休廃業も過去最多を記録するなか、M&Aや事業譲渡は事業基盤や従業員の雇用、地域経済の活性化に有効な手段となっている。だが、M&Aブームの裏側で、トラブルが多発するM&Aの信頼回復が急務になっている。
売り手と買い手から手数料を受け取る利益相反問題や高額な手数料、買収後の経営者保証の解除、資金流出への対応など課題も山積している。
今回の法定闘争は、M&A市場の信頼回復へのリトマス紙になるかもしれない。関係者の丁寧な対応が求められる。
M&A総合研究所の入居ビル
(東京商工リサーチ発行「TSR情報全国版」2025年7月11日号掲載「取材の周辺」を再編集)