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【取材の周辺】「商取引債権は全額支払います」は免罪符か、与信担当者の本音

 2月から3月にかけ、自動車部品製造のマレリホールディングス(株)(TSR企業コード:022746064、さいたま市北区)、調剤薬局運営のクラフト(株)(TSR企業コード:298239329、千代田区)が、相次いで事業再生ADR(裁判外紛争解決手続、以下ADR)を申請した。
 さらに、鶏卵大手のイセ食品(株)(TSR企業コード:311024971、千代田区)が会社更生手続きを申し立てられるなど、各業界を代表する企業に大きな動きがあった。
 イセ食品は会社更生だが、「従前どおりの取引条件にて取引を継続する場合は、従前と同様に支払う」と異例の対応を打ち出している。
 3社は私的整理と法的倒産という違いはあるが、いずれも「対象は金融債務のみで、商取引債務(一般債務)はこれまで通り支払う」というのが共通点だ。
 商取引債権が守られるならば、3社の取引先には不良債権(焦付)の被害は及ばない。だが、ことはそう単純ではない。与信担当者からは、自社内向けの説明や今後の取引継続、与信限度額の設定など、対応に苦慮する声が聞こえてくる。


ADRで「保険が掛からなくなる」

 ADRの場合、取引先が悩むのが「保険を掛けられない」ことだ。
 企業間取引では昨今、与信管理の一環として取引信用保険やファクタリングなどの保全策を併用することが多くなっている。リスクが高い先との取引を避けられない場合、保険料や手数料などの経費をかけてでも回収不能に備えている。
 ADRでは原則、債務カットの対象は金融債務のみで、商取引債務は支払われる。このため保険会社のお世話になることはないが、問題は今後だ。ADRを申請すると、保険対象から外れることがあるという。

取材の周辺

‌マレリが取引先へ送付した「お知らせ」


 もちろん、保険会社により扱いはケースバイケースだが、与信担当者は「保険対象だった企業がADRを申請すると、次の更新時に対象から外されることが多い」と漏らす。
 保険会社によっては更新を待たず、ADR申請がわかるとすぐに除外を通告することもある。除外されなくても、保険金の対象範囲が希望額を満たさなかったり、減額もある。
 また、こうした企業を保険対象に新規で申し込んでも「引き受ける保険会社はまずない」(専門商社の与信担当者)と厳しさを語る。
 ファクタリングの場合、契約解除の通告後、一般的に90日間の猶予期間があるが、基本的には同じ構図だ。
 「これまで(高リスク企業は)保険などを前提に取引してきたが、これからはハダカ(保険無し)の取引になると(取引に)二の足を踏まざるを得ない。社内でそこまでのリスクテイクが必要かという議論もあがる」(前出の与信担当者)と苦悩を語る。既存債務を支払われても、今後を考慮すると取引撤退も選択肢にあがる。
 さらに、すぐに結論が出ないのも悩ましい問題だ。ADRの場合、規模にもよるが申請から成立まで数カ月を要することが多い。協議が難航し、不成立となれば法的手続への移行もありうる。
 「保険が適用されるうちに白黒はっきりしてほしい。これが債権を回収する側の本音だ」と心情を吐露する。

「従前の取引条件」継続が前提

 会社更生手続きに入ったイセ食品は、商取引債務について「従前同様の取引条件での取引継続を条件に全額支払う」との意向を示す。債権者にはこの条件を了承する確認書の提出を求めている。条件を飲まないと債権は更生債権になり、商取引債権の全額支払いを受けられない可能性もある。
 ただ、確認書を提出せず更生債権になっても、保険支払いの対象とする保険会社はある。仮に今後の取引に保険を掛けられるなら、いつデフォルトが起きても商取引債権の回収に心配はいらない。だが、この先の取引には保険のハードルが上がることが想像に難くない。


 ADRも法的手続きも、申請後に商取引債権を支払いながら事業を維持するには、金融機関の協力とDIPファイナンスなどの確保など、多くの事前調整が必要になる。
 債権の不良化を回避できる「商取引債権は全額支払う」という手法は、取引信用保険やファクタリングなど債権保全策が多様化するなか、商取引債権者と債務者の利害は必ずしも一致しない。
 さらに頭を悩ますのが、今後増加が見込まれる「私的整理による事業再生」への対処だ。
 コロナ禍の出口戦略が急がれるなか、中小企業版「事業再生ガイドライン」など、倒産回避の手段として私的整理が増える可能性は高い。だが、金融調整が主体のため、外部へ情報がオープンにならないことが多い。
 「当社の債権はカットやリスケの対象外だが、それでも利害関係者であることに変わりはない。ある程度の情報開示がなければ、今後の取引を進められない」と嘆くのは、金融債務のリスケ実施中の企業と取引するメーカーの与信担当者だ。
 レピュテーションリスク(風評被害)や信用不安の拡大で、事業価値の毀損には十分留意しなければならない。
 とはいえ「商取引債権は支払います」という甘言だけで免罪符になるのか。具体的な情報や方向性を開示しない姿勢は、これまで培ってきた取引基盤という事業価値をみすみす毀損させる本末転倒の事態を招きかねない。

取材の周辺

‌イセ食品が取引先に送付した書面

(東京商工リサーチ発行「TSR情報全国版」2022年4月15日号掲載予定「取材の周辺」を再編集)

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