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コミケ活況の陰で、同人誌印刷の「共信印刷」が解散

 世界最大級の同人誌即売会「コミックマーケット」(以下、コミケ)を支えた印刷会社が、ひっそりと幕を下ろした。
 コミケのパンフレットや同人誌の印刷を手がけていた老舗の印刷会社、共信印刷(株)(TSR企業コード:292053754、千代田区)が8月31日に解散した。東京商工リサーチは、 3代目として会社を切り盛りしてきた前社長で相談役の中村安博氏に事務所の撤収作業の合間に話を聞いた。


 共信印刷は設立以来、企業や学校などから冊子やカタログなどを受注していた。コミケのパンフレットは、今のような一大ブームになる前の黎明期から担当。同人作家やサークルに名前が知れると、同人誌の受注も次々に舞い込むようになった。
 コミケ主催者の公表によると、2019年末に開催された「コミックマーケット97」の来場者は75万人。2014年末の56万人から、約20万人増加している。一方で、コミケの内容は年々多様化し、同人誌の即売会としての側面や、アニメやゲーム作品、メーカーのPRの場以外にも、コスプレ参加者の交流会にもなっており、会場で同人作品を“買わない”お客が増えてきている。
 中村氏によると、同人誌の印刷は利益が出にくいという。同人誌を発注するのは個人作家やサークルが中心で、「発注者」は少ない予算でいかに赤字を出さないか気をつかう。そんな若者の気持ちに応えようと、共信印刷は少ロットでも受注した。中村氏は「うちは10部の印刷も受注した。だけど、10部を5000円ぐらいで応じると利益を出すのは本当に難しい」と、苦悩を語る。
 印刷業が「冬の時代」に入って久しいが、マンガのみならず同人誌も電子書籍化しやすくなったいま、これらを取り巻く紙媒体や印刷物の市場はさらに縮小。“紙の”マンガや同人誌を取り巻く状況は、「決して明るくはない。一見、盛り上がっているように見えても、業界は厳しさを増している」と中村氏は語る。
 経営者として、将来を見すえた決断を求められ続けてきた。ここ5年ほどで事業規模を縮小し、社屋を売却。時代の変化を捉えながら、中村氏は「この先、印刷物そのものの需要伸長が望めない。たくさんの社員を抱え、これまでの規模で事業を続けるのは難しいという思いがずっとあった」と振り返り、事業の整理を着々と進めてきた。

共信印刷

‌共信印刷の看板

 別の人物を後継者として代表者に据え、事業継続の道を模索。数年前に、中村氏は相談役に退き、裏方として事業に携わっていた。
 しかし、新型コロナ感染拡大の影響で8月のコミケが中止となり、年末も中止が決定した。これが決め手となって事業終了を決めたという。中村氏は「いま、解散して事業を終えたら、買掛金も払い、取引先に迷惑をかけることはない。コロナが直接の原因ではないが、今ある事業を他社に譲渡し、会社を終了するきっかけにはなった」と説明する。共信印刷は7月以降、オンデマンド印刷の受注をやめ、8月で同人誌印刷の受注も停止した。静かに事業終了に向けた準備を進めていた。
 「下請けさんはウチからの受注が消失する。申し訳ない」と、複雑な胸の内を明かす。
 秋葉原に事務所を構え、10人ほどの従業員らと続けてきた共信印刷の灯は消える。だが、印刷にかける思いは消えない。
 「今後も細々とでも印刷には関わっていきたい」と中村氏は言葉を紡いだ。「私と1人、2人で無理のない規模で印刷の仕事をして、生活していく」と前を見据える。


(東京商工リサーチ発行「TSR情報全国版」2020年10月20日号掲載予定「WeeklyTopics」を再編集)

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