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2025年度の「賃上げ」 82.0%の企業が実施 産業別トップは運輸業、トランプ関税の影響もジワリ

2025年度「賃上げに関するアンケート」調査


 2025年度に賃上げを実施した企業は82.0%(前年度84.2%)と80%台を維持した。ただ、コロナ禍前の水準は上回ったものの、2年連続で低下したことがわかった。企業業績は回復過程にあるが、深刻な物価高によるコストアップで利益が圧迫され、賃上げに踏み切れない企業がジリジリと増加している。
 前年度は、大企業の実施率が上昇した一方、中小企業は低下し、規模による賃上げ体力の差が表れた。しかし、2025年度は大企業、中小企業とも実施率が低下し、規模を問わず「賃上げ疲れ」がみられた。

 産業別の賃上げ実施率は、運輸業が89.6%とトップに立った一方で、燃料代などの深刻なコストアップから賃上げ率5%以上は3割にとどまった。ただ、「ベースアップ」と「賞与(一時金)の増額」の実施率は10産業で運輸業が最も高く、人材確保に向けて可能な限り利益を配分しようとする苦渋の姿勢がうかがえる。
 賃上げ機運は高いが、長引く物価高で規模を問わず賃上げへの息切れが顕在化し始めている。また、6月に続き、トランプ関税による来年度の賃上げへの影響を聞くと、「ネガティブに影響することはない」が6月の70.8%から8月に62.6%へ8.2ポイント低下し、2カ月でネガティブな回答の構成比が上昇した。トランプ関税が賃上げを阻む新たな懸念材料に浮上している。
 コロナ禍後の業績の急回復で、高水準の賃上げを実現してきた企業は多いが、今後の賃上げには課題が山積している。物価高やトランプ関税、金利上昇など、1社で対抗する術は乏しいのが実情だ。
 安定した賃上げの継続には、業務効率化などの収益改善への投資に加え、さまざまな経営課題に対する金融機関、行政の支援、環境整備も必要になるだろう。

※本調査は、2025年7月30日~8月6日にインターネットによるアンケートを実施し、有効回答6,823社を集計・分析した。
※賃上げ実態を把握するため「定期昇給」、「ベースアップ」、「賞与(一時金)の増額」、「新卒者の初任給の増額」、「再雇用者の賃金の増額」を賃上げと定義した。
※資本金1億円以上を「大企業」、1億円未満(個人企業等を含む)を「中小企業」と定義した。


Q1.今年度、賃上げを実施しましたか?(択一回答)

◇「実施率」82.0%、規模による差が過去最大
 「実施した」は82.0%(6,823社中、5,597社)で、前年度84.2%から2.2ポイント低下した。
 4年連続で80%台を維持し、高水準にはあるが、2024年度、2025年度と2年連続で賃上げ実施率が低下している。
 賃上げ機運は高まるが、徐々に限界を感じる企業も増えつつあるようだ。
 規模別の「実施率」は、大企業が92.6%(前年度94.0%)、中小企業が80.9%(同82.9%)で、大企業が中小企業を11.7ポイント上回った。
 前年度は大企業が中小企業を11.1ポイント上回ったが、今年度はさらに拡大し、過去最大の格差を更新した。

左:賃上げ動向 年度推移 右:Q1.今年度、賃上げを実施しましたか?

産業別 賃上げ実施率、運輸業が89.6%で最大

 Q1の結果を産業別で集計した。
 賃上げ実施率の最高は、運輸業の89.6%(281社中、252社)だった。人手不足が深刻な運輸業では、人材獲得に賃上げが欠かせない。規模別では、大企業100.0%(35社)、中小企業88.2%(246社中、217社)とそれぞれ10産業の中でトップで、ドライバー確保に向け業界全体で賃上げを推進する姿勢が表れた。
 次いで、製造業が88.9%(1,715社中、1,526社)、卸売業が86.4%(1,250社中、1,081社)、建設業が84.8%(977社中、829社)と続く。
 一方、実施率の最低は、不動産業の53.1%(239社中、127社)で、唯一の5割台だった。規模別は、大企業が80.0%(30社中、24社)に対し、中小企業は49.2%(209社中、103社)と50%を割り込み、中小企業の賃上げ実施率の低さが際立った。インセンティブによる報酬形態が多いことや、業績変動の少ない小規模な不動産賃貸業者の割合が高いことが背景にあると考えられる。
 また、物価高で転居費用や家賃が高騰し、消費者の住み替えニーズの抑制懸念で賃上げに踏み切れない企業が多い可能性もある。
 賃上げ実施率が8割を超えたのは、10産業中4産業で、前年度の7産業から減少した。前年度と比較して実施率が上昇したのは運輸業(前年度比0.7ポイント増)と情報通信業(同1.9ポイント増)のみ。下落幅が最も大きかったのは、農・林・漁・鉱業(同11.9ポイント減)だった。
 規模別の実施率では、すべての産業で大企業が中小企業を上回った。規模による差が最も大きかったのは不動産業で、30.8ポイント差(大企業80.0%、中小企業49.2%)だった。以下、農・林・漁・鉱業が27.1ポイント差(同100.0%、同72.9%)、小売業が20.1ポイント差(同90.9%、同70.8%)、情報通信業が14.9ポイント差(同87.5%、同72.6%)と続く。

産業別 賃上げ実施率、運輸業が89.6%で最大

Q2. Q1で「賃上げを実施した」と回答した方にお聞きします。実施した内容は何ですか。(複数回答)

◇「ベースアップ」実施企業は約6割
 Q1で「実施した」と回答した企業に賃上げ項目を聞き、5,523社から回答を得た。
 最多は、「定期昇給」の76.2%(4,211社)。次いで、「ベースアップ」が59.6%(3,297社)、「賞与(一時金)の増額」が42.6%(2,358社)、「新卒者の初任給の増額」が25.6%(1,419社)、「再雇用者の賃金の増額」が13.7%(757社)の順。
 「定期昇給」の実施率は、前年度の74.2%を2.0ポイント上回った。一方、会社全体の給与水準を引き上げる「ベースアップ」は初の6割台となった前年度(61.4%)から低下し、二の足を踏む企業が増えた。
 規模別では、「新卒者の初任給の増額」が大企業の47.6%(571社中、272社)に対し、中小企業は23.1%(4,952社中、1,147社)にとどまり、24.5ポイントと最大の差がついた。
 また、「ベースアップ」でも大企業が71.4%(408社)と7割を超えたのに対し、中小企業は58.3%(2,889社)で、大企業を13.1ポイント下回った。「ベースアップ」は一度実施すると引き下げが難しく、長期的な人件費の上昇につながるため、現状避けたいと考える中小企業が多いようだ。中小企業が大企業を上回ったのは、「賞与(一時金)の増額」(大企業42.3%、中小企業42.7%)のみ。

Q1で「賃上げを実施した」と回答した方にお聞きします。実施した内容は何ですか。

産業別 ベースアップ実施率、最大は運輸業の66.5%

 Q2の結果を産業別で集計した。それぞれの選択肢で実施率が最も高い産業は、「定期昇給」が製造業の81.3%(1,516社中、1,233社)、「ベースアップ」が運輸業の66.5%(245社中、163社)、「賞与(一時金)の増額」が運輸業の51.0%(245社中、125社)、「新卒者の初任給の増額」が情報通信業の32.1%(323社中、104社)、「再雇用者の賃金の増額」が製造業の17.2%(261社)だった。

Q3.賃上げ率(%)はどの程度ですか?年収換算ベース(100までの数値)でご回答ください。

◇最多レンジは「5%以上6%未満」

 Q1で「実施した」と回答した企業へ賃上げ率を聞き、3,376社から回答を得た。
 1%刻みのレンジでは、最多は「5%以上6%未満」の24.6%(832社)だった。次いで、「3%以上4%未満」の23.7%(801社)、「4%以上5%未満」の15.8%(536社)の順。
 賃上げ率「5%以上」は39.6%(1,340社)だった。前年度の42.6%を3.0ポイント下回った。
 「5%以上」を規模別でみると、大企業が42.8%(299社中、128社)に対し、中小企業は39.3%(3,077社中、1,212社)と4割を切り、大企業が3.5ポイント上回った。
 全体の賃上げ率の中央値は4.0%。規模別では、大企業が4.5%、中小企業が4.0%だった。
 産業別で「5%以上」の割合が最も高かったのは、金融・保険業の52.0%(25社中、13社)。次いで、不動産業が50.0%(74社中、37社)で続き、「5%以上」が半数に達したのは10産業中2産業だった。賃上げ実施率が最大だった運輸業は、「5%以上」が30.9%(142社中、44社)と2番目に低かった。産業別で、前年度から「5%以上」の構成比が上昇したのは、10産業中、金融・保険業のみ。高水準の賃上げが続き、原資の確保に苦戦する企業が増えたようだ。

賃上げ率(全体)(前年度比)

産業別回答状況

Q4.トランプ関税は、貴社の今年度の賃上げに影響を与えますか?(複数回答)

 トランプ関税が今年度の賃上げに与える影響を聞くと、「ネガティブに影響することはない」が70.4%(5,810社中、4,096社)で最大だった。前回6月調査(78.0%)から7.6ポイント下落し、トランプ関税によって今年度の賃上げにネガティブな影響が出る企業の構成比が高まった。
 「賃上げに影響が出る」と回答した企業は、構成比の最大が「賞与の増額を見送る、もしくは増額幅を縮小」の16.7%(976社)だった。年次の業績推移で変動することが多い賞与で調整した企業が多かった。
 次いで、「ベースアップを見送る、もしくはアップ幅を縮小」が14.3%(836社)、「定期昇給を見送る、もしくは昇給幅を縮小」が10.9%(637社)で続く。

Q4.トランプ関税は、貴社の今年度の賃上げに影響を与えますか?

Q5.トランプ関税は、貴社の来年度の賃上げに影響しますか?(複数回答)

 トランプ関税が来年度の賃上げに与える影響を聞くと、「ネガティブに影響することはない」が62.6%(5,635社中、3,529社)で最多だった。Q4の回答(70.4%)と比較して7.8ポイント低下し、マイナス影響の度合いによっては今後の賃上げに支障が出る企業が多い。
 来年度の賃上げに影響が出るとした企業では、「賞与の増額を見送る」が23.3%(1,318社)で構成比が最大だった。次いで、「ベースアップを見送る」が20.2%(1,142社)、「定期昇給を見送る」が14.3%(811社)、「再雇用者の賃金引き上げを見送る」が5.5%(313社)で続く。

Q5.トランプ関税は、貴社の来年度の賃上げに影響しますか?

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