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コロナ禍の「メインバンク」変更で業績差が拡大 月商の伸び率は2.5倍、経常利益は2.1倍に

2023年3月期「メインバンクを変更した中小企業」動向調査


 2023年3月期決算の中小企業(2万4,620社)の借入金は、平均5億2,000万円だった。このうち、コロナ禍の2020年から2023年にメインバンクを変更した企業(以下、「変更あり」)は1,747社で、平均借入金は7億8,100万円(2019年比17.7%増)だった。一方、メインバンクが変わらなかった企業(以下、「変更なし」)は2万2,873社で、平均借入金は5億円(同10.8%増)と、単純比較はできないがメインバンクの変更で借入金や業績に差があることがわかった。
 「変更あり」は、「変更なし」と比べコロナ禍前(2019年)より借入金の増加率が6.9ポイント高く、平均借入金も1.5倍以上多かった。業績変動を反映した借入金月商倍率は、2023年では「変更あり」が4.3カ月となり、「変更なし」の3.5カ月を0.8カ月分上回った。

 コロナ関連の支援策は、実質無利子・無担保融資(ゼロゼロ融資)を中心に、企業の資金繰り緩和に大きな効果をみせた。なかでもゼロゼロ融資は、信用保証協会の100%保証に加え、自治体が最長3年間負担する金利が通常貸出より高めに設定され、金融機関にも大きなメリットがあった。そのため、貸出先を増やしたい金融機関と資金を確保したい企業の思惑が一致し、メインバンクを変更した企業もみられた。
 2019年から2023年の業績を比較すると、月商は「変更あり」が2.7%増に対し、「変更なし」が6.8%増、経常利益は「変更あり」が14.1%増に対し、「変更なし」は30.4%増で、いずれも「変更なし」の伸びが大きかった。
 メインバンクは、取引企業の資金支援だけでなく、経営効率化への助言や成長支援なども担う。継続的な取引で情報を蓄積することで適切な支援が可能となるが、コロナ禍でメインバンクを変更した企業とは適切な関係を構築する時間が足りなかった可能性がある。今後、金融機関と中小企業が信頼関係をどのように構築するか、相互の姿勢が重要になっている。

※本調査の対象は、TSRが保有する財務データ84万社のうち、3月期決算で2019年から2023年まで5期連続で財務資料(決算書)が比較可能な中小企業2万4,620社を抽出し、分析した。資本金1億円未満を中小企業と定義した。
※メインバンクは、コロナ禍前の2019年と2023年で比較し、変更の有無を確認した。メインバンクが複数の場合は、最上位行をメインバンクとした。


メインバンク「変更あり」の平均借入金7億8,100万円 「変更なし」の1.5倍以上

 2023年3月期決算の借入金合計は、メインバンクの「変更あり」1,747社(構成比7.0%)が1兆3,648億円、「変更なし」22,873社(同92.9%)が11兆4,593億円で、4年連続で増加した。
 2023年の平均借入金は、「変更あり」が7億8,100万円(2019年比17.7%増)で、「変更なし」(5億円、2019年比10.8%増)の1.5倍以上だった。
 コロナ禍前の2019年の平均借入金は、「変更あり」が6億6,300万円だった。これは、「変更なし」(4億5,100万円)の1.4倍以上で、コロナ禍前から借入金の多い企業でメインバンクを変更した傾向がみられた。

上:メインバンクの変更有無別 借入金の推移 下:1社あたりの平均借入金推移

借入金の増減企業構成比 「変更あり」では「増加」が2年連続で縮小

 2023年3月期決算で、メインバンクの「変更あり」のうち、借入金の「増加」は3割(構成比33.0%)だったが、「減少」は50.4%と半数を占めた。
 2020年以降、コロナ禍の資金繰り支援策が相次いで実施された。ゼロゼロ融資など資金繰り支援が本格化した2021年は、借入金が「増加」した企業は57.0%と6割に近かった。 
 しかし、コロナ関連支援策が行き渡った2022年は借入金の「増加」が33.1%に対し、「減少」が51.9%と、再び「減少」が「増加」を上回った。前年に調達したゼロゼロ融資などを返済した企業もあり、「減少」が増えたようだ。
 2023年もこの傾向は継続し、「増加」が33.0%と2年連続で縮小、「減少」は50.4%と過半数を超えた。
 「変更なし」も、2021年は「増加」が「減少」を上回ったが、2022年には「減少」が「増加」を上回った。ただ、2023年は経済活動の本格化による資金需要の高まりで、「増加」の構成比が27.2%(前年25.7%)と前年を上回った。

借入金増減別企業比率 前期比較 上:「変更あり」 下:「変更なし」

借入金月商倍率 「変更あり」が「変更なし」を0.8カ月上回る

 借入金が月商の何倍かを示す「借入金月商倍率」(借入金総額÷年間売上高÷12)を5期推移で比較した。なお、各年無借金の企業は、借入金月商倍率の算出から除いた。
 2023年は、メインバンクの「変更あり」の借入金月商倍率は4.3カ月で、「変更なし」(3.5カ月)を0.8カ月上回った。2019年以降の5年間を通して、借入金月商倍率は「変更あり」が「変更なし」を上回っている。
 コロナ関連融資の利用が進んだ2021年は、「変更あり」では借入金月商倍率が4.4カ月(前年3.7カ月)、「変更なし」では3.8カ月(同3.5カ月)と、いずれも上昇した。上昇幅は、「変更あり」が2020年から2021年で0.7カ月上昇したのに対し、「変更なし」では0.3カ月の上昇にとどまる。
 その後、「変更なし」は2022年3.6カ月、2023年3.5カ月とコロナ禍前に近い水準まで戻している。一方、「変更あり」は、2022年4.36カ月、2023年4.35カ月と高止まりの状況が続く。メイン行が安定しない企業は売上回復が遅れた可能性が高い。

借入金月商倍率推移

月商、経常利益の伸長率 ともに「変更あり」が下回る

 2019年3月期から2023年同期の業績推移を比較した。
 2023年の月商は、メインバンクの「変更あり」が3,901億円(2019年3,795億円)、「変更なし」が4兆5,673億円(2019年4兆2,728億円)となり、ともにコロナ禍前の2019年と比べ、売上は増加した。
 2023年の経常利益も同様に、「変更あり」が1,692億円(2019年同期1,482億円)、「変更なし」が2兆5,019億円(2019年1兆9,184億円)で、ともにコロナ禍以前と比較して増加した。

 一方、2019年から2023年の月商伸長率を比較すると、「変更なし」が6.8%で、「変更あり」の2.7%を4.1ポイント上回った。経常利益伸長率ではさらに差が大きく、「変更なし」(伸長率30.4%)が「変更あり」(同14.1%)を16.3ポイント上回った。
 2023年の経常利益率は、「変更なし」が4.5%で、「変更あり」の3.6%を上回る。2019年以降の5年間では、「変更なし」が「変更あり」より高い利益率を維持している。
 コロナ禍の影響を受けた2021年は、「変更あり」、「変更なし」ともに売上高は落ち込んだ。その後、「変更なし」はメインバンクの支援体制が整っていたことで、業績回復のスピードが速まったとみられる。

上:月商推移 中:経常利益推移 下:経常利益率(経常利益÷年間売上高)推移


 

 メインバンクの変更が借入金依存度、企業業績に影響している可能性が浮き彫りになった。
 コロナ禍を挟んでメインバンク「変更なし」の企業は、売上が落ち込んだ2021年3月期からの回復が早く、借入金も月商倍率で2021年3.8カ月→2022年3.6カ月→2023年3.5カ月と、概ねコロナ禍前(2019年3.4カ月)の水準まで戻した。コロナ禍以降借入金は増加傾向にあるが、これは赤字補填だけでなく売上増に伴う資金需要により増加した格好となる。業績が回復したことで、債務の過剰感が軽減されたことがうかがえる。
 一方、「変更あり」は、借入金月商倍率が2021年4.4カ月→2022年4.36カ月→2023年4.35カ月と高止まりし、過剰債務の解消には至っていない。

 2009年12月、リーマン・ショック後の景気低迷で中小企業金融円滑化法が施行され、借入金の返済猶予(リスケ)が打ち出された。さらに、2016年2月の日本銀行のマイナス金利導入で、低金利での貸出競争が激化した。この結果、従来の金融機関と企業の立ち位置が変化し、企業も金融機関を選択する時代を迎えた。企業とメインバンクの関係は資金的な面だけではない。経営者の意思決定が経営指針となる中小企業には、金融機関はガバナンスの健全性への監視機能も併せ持っている。

 金融庁は、金融機関に企業の再生や再建のための伴走支援の深化を求めている。将来性を含めた事業性評価を行うには、金融機関と企業の継続的な対話が不可欠で、金融機関が事業内容を深く理解し、企業は金融機関に迅速・積極的に情報開示を行うことが必要だ。
 金融機関が取引先の経営を監視する 「デット・ガバナンス」は、金融機関と企業が対等な立場で発揮されることが望ましい。今回の調査結果では、中小企業の経営を左右するメインバンクの変更は、企業と金融機関との関係性の希薄化を招くリスクもあることを示唆している。




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