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生産性向上、見直すべきは「中小企業の定義」 ~ デービッド・アトキンソン氏 単独インタビュー ~

 2023年度の最低賃金は全国加重平均で1,004円となった。10月1日より順次、適用される。政府は2030年代半ばまでに1,500円へ引き上げる目標を掲げる。
 賃上げには原資が必要だが、日本の労働生産性は49.9ドルでOECD(経済協力開発機構)加盟38カ国中27位(※1)に沈む。こうした中、政府の成長戦略会議の委員を務め、自身も(株)小西美術工藝社(TSR企業コード:291492657、東京都)を経営するデービッド・アトキンソン氏の発言に注目が集まっている。東京商工リサーチ(TSR)は、中小企業の生産性や賃上げなどについてアトキンソン氏にインタビューした。

※1 日本生産性本部がOECDデータを基に2021年の時間あたり労働生産性を分析した。順位は1970年以降で最低だった

―日本と関わるきっかけやご経歴は

 私は1965年にイギリスで生まれた。オックスフォード大学を受験するにあたって、専攻科目を決めかねていた。経済誌を購入し、主要国の経済成長率を調べると日本はトップだった。一方、履修言語別の学生数は日本語が最下位だ。このため、「日本学は狙い目だ」と考え、専攻を決めた。卒業後はアンダーセン・コンサルティング(現アクセンチュア)やソロモンブラザーズ証券などを経て、ゴールドマン・サックス証券(GS)・東京支店でアナリストとして勤務した。ソロモンに勤務していた1992年、日本の金融機関が抱える不良債権の総額は約20兆円とのレポートを書いた。不動産市況の落ち込みや不動産業向け融資の総額、融資時期などを分析した結果だ。処理できずに塩漬けになっている不動産を流動化すれば、経済は良くなるとの確信もあった。
 GS勤務時代の1998年には「日本に主要銀行は2-4行しか必要ない」とのレポートを公表した。いわゆる住専問題を経て、日本の金融機関の「不倒神話」が大きく揺らいでいた時期だ。世界の金融機関のシステム投資額と収益力の差には一定の相関があることが分析によって導き出され、トップグループとそれ以下の境界線が投資額2,000億円/年だった。ここから逆算すると、日本では2-4行しか生き残れないとの結論になった。


インタビューに応じるアトキンソン氏
インタビューに応じるアトキンソン氏

―どのレポートも大きな反響を巻き起こした

 不良債権の問題は、その後の金利低下も相まって金融機関側に債権放棄のインセンティブが働きにくくなっていった。ただ、それでは社会、国全体が犠牲になる。これは避けないといけない。金融機関の統合や合併も同じだ。金融機関にメリットは多くない。このため、勤務していた会社に街宣車が横付けされたり、様々な手段で個人攻撃を受けた。
 考え方の根底にあるのは、「本来、価値があるのに有効活用されていないものをしっかりと活用しよう」ということで、徐々に主張は理解されるようになった。

―近年、積極的に発言している「中小企業の生産性」問題に繋がると感じる

 日本の中小企業数は全体の99.7%(※2)を占める。従業員数でみると、中小企業で働く人は全体の約7割(68.8%)だ。日本の企業支援策は中小企業に手厚い。このため、中小企業の経営者には「何もしない」インセンティブが働きやすい。例えば、中小企業は法人税の損金算入で優遇され、融資や助成でも支援体制が整っている。サービス残業や最低賃金に満たない雇用は違法行為だが、私が見聞きする限り、当局が中小企業には「注意」で済ませているケースもあれば、無視をすることもある。

※2 「平成28年経済センサス―活動調査」に基づく。以下、中小企業、小規模事業者に関する数値は、特段の記載がない限りこれに基づく

―中小企業の定義は中小企業基本法で定められている

 従業員基準で言うと、小売業が50人以下、サービス業や卸売業が100人以下、製造業などは300人以下だ。諸外国をみると、例えばアメリカは業種に関わりなく従業員数500 人未満、EUは250人未満だ。日本は世界第3位の経済大国で、世界に14カ国しかない人口1億人以上の国(※3)だ。その中で、50人や100人を上限にするのは、あまりにも小さい規模に企業を留めることに繋がる。中小企業基本法で従業員数が少なく定義されている小売業やサービス業は他業種と比較して労働生産性が低い。これは規模の経済学の通りだ。
 私は中小企業の定義を一律500人以下にすることを主張しているが、「優遇される企業が増えて自分たちが享受するメリットが少なくなる」と中小企業の経営者に言われる。「なるほど、そういう考え方があるのか」と思った。「中小企業であること自体が特権化している」と気付かされた。特権を享受しているのは、ずっと生産性が低いままの企業の経営者だ。

※3 総務省統計局「世界の統計2023」

―中小企業の数が多すぎるということか

 「中小企業の数が多すぎる」というのは私の直接的な主張ではない。私は「生産性が低い中小企業に働く労働者の割合が高すぎる」と言っている。この2つは大きく違う。生産性が高い企業の数は多くて構わない。
 大切なことは日本の社会構造が大きく変わっているという認識を正しく持つことだ。これまでの日本の経済成長は人口の増加に支えられてきた。人口が増えれば食べるものや使用する電気が増える、住む場所も必要だ。つまり、ビジネスの仕組みを作っておけば黙っていても売上が増え、ある程度利益も残せた。利益が増えれば賃金を上げることもできた。
 しかし、人口は減少に転じており、生産年齢人口の割合も加速度的に低下する。高齢者の割合が高まる中で社会保障を回していかなければならず、社会保障費は今後も増大する。そうすると現役世代の1人あたりの負担は増えるが、日本は長い間、賃金が上昇していない。納税する人が激減するので、賃金が上がらなければ貧困になるだけで、賃金を上げるために何が必要なのかというと、人口増加要因がないのだから、中身を強化するしかない。つまり、中小企業の生産性を強化しないと国が立ち行かなくなる。
 これまでの手厚い中小企業支援策が日本の経営者を「奇跡的に無能」に陥れている恐れがある。そうした経営者は、設備投資をしない、賃金を上げない、金利も払わない、税金も払わない、困った事態に遭遇したら「政府が補填してください」と言う。これが正しい姿なのか。税金を納めていない企業は6割(※4)に上るが、経済合理性から考えれば2-3割が本来の姿だろう。

※4 2023年公表の「国税庁統計法人税表」によると、2021年度の赤字法人(欠損法人)は187万7,957社。普通法人(287万3,908社)の赤字法人率は65.3%

―中小企業政策は時代時代の最適解であろうと努力しているのではないか。例えば、中小企業基本法は1999年の改正で、これまでの「画一的な弱者」への支援から「多様で活力ある中小企業の成長発展」へ軸足を移した

 極端な言い方だが、人口が増加していた時代の政府の中小企業への期待は「雇用さえしてくれればいい」だった。これは日本の特徴でもある「分散型経済」の形成に繋がった。ただ、その時代がとっくに終わっているのに、支援の骨格は当時のままなので、今の時代に合っていない。その際たる例が様々な支援の前提となる中小企業の定義(※5)だ。
 支援の在り方についてもさらに変えていく必要がある。支援は行為・行動に対して為されるべきだ。企業規模によって一律に支援するのではなく、「設備投資をする」や「研究開発を増やす」、「人材研修を通じて従業員のレベルアップを図る」などへさらにシフトすべきだ。成長戦略会議でこうした意見を述べると、反応が非常に悪かった。経済団体は中小企業の経営者の意見を代弁している。これまでは中小企業でありさえすればお札が降ってきたが、そこにメスを入れるべきと主張したためだ。
 行為・行動に支援する場合も、企業規模が小さすぎると効果は薄い。生産性向上に繋がるイノベーションは起こしにくい。
 中小企業は、狭義の中小企業と小規模事業者に分けられるが、小規模事業者304.8万社の平均従業員数は3.4人(※6) だ。経営者も1人とカウントしている。この人数で、例えば、売上を伸ばすために輸出はできるのか、DX(デジタルトランスフォーメーション)への取り組みを進められるのか。実現したとして、どれほどの金額を稼ぐことができるのか。

※5 1999年の改正は資本金基準の見直しが中心で、従業員基準に大きな変更はなかった
※6 2016年の小規模事業者の従業員数(1,044万人)÷小規模事業者数(304.8万者)


―賃上げについて積極的に意見を述べている

 先ほど申し上げた「分散型」で日本経済が成り立ってきたことと、日本が直面している人口減少をきちんと認識する必要がある。分散型は雇用促進には役立つが賃上げの観点では障害になる。企業の生産性が向上して稼ぐ力が上がり賃上げされないと、社会保障費は増えるので可処分所得は減る一方だ。

―TSRが実施した企業アンケート(※7)では、これ以上の賃上げは容認できないと回答した企業は2割程度だ

 そのアンケート結果は読んだ。中小企業の実態はきちんとデータに基づいて議論されないといけない。その点で非常に貴重なアンケートだ。実態把握がないまま「中小企業は弱者だ」「賃上げすると倒産する」と声を上げるのは、生産性の低い中小企業の経営者の声しか代弁していない。そもそも中小企業は全体の99.7%だ。ほぼすべての企業が弱者なわけがない。

※7 「2023年・最低賃金引き上げに関するアンケート調査」(調査期間:2023年8月1日~9日)、「貴社で許容できる来年度(2024年度)の最低賃金(時給)の上昇額は最大でいくらですか?」の問いに対して、「許容できない」と回答した中小企業16.3%。ここでの中小企業は資本金1億円未満(個人企業等を含む)


(東京商工リサーチ発行「TSR情報全国版」2023年9月14日号掲載「WeeklyTopics」を再編集)

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