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【取材の周辺】コロナ禍で暗躍する「パクリ屋」の手口

 やられた・・・。
 東京商工リサーチ(TSR)の取材に応じた経営者は肩を落としながら憤った。初回の取引は約定通りに支払われた。コールセンターの電話応対も親切だったという。「ネット販売が好調なので、取引額を増やして欲しい」と打診を受けた。増額後の代金が支払われることはなく、最終的には1,000万円以上の被害となった。コロナ禍で苦しい隙をつかれた。
 2022年1月、警視庁は支払う意思がないのに取引を持ち掛ける「取り込み詐欺」を行ったとして(株)七里物産(TSR企業コード:016185285、藤沢市)の実質経営者A氏を逮捕した。A氏は過去にパクリ屋行為で逮捕歴があり、業界では有名人だった。


コロナ禍で懸念される 「パクリ屋」の増加

 長引くコロナ禍で販路に窮する企業は多い。渡りに船とばかりに経営者や営業マンに詐欺師が近づく。リーマン・ショックや東日本大震災など、経済危機を逆手にとった詐欺は尽きない。社会不安や先行きの不透明感は、経営者の目を曇らせる舞台装置だ。
 「取り込み詐欺」、いわゆるパクリ屋は、古典的な経済犯罪だ。最初は小口取引を重ねて期日通りに支払い、相手を信用させ取引量を増やす。やがて大量の商品を仕入れ、経営悪化を理由に債務を踏み倒す。手口は単純かつアナログだが、令和の時代でも減らないのは相応のうまみがあるからだ。一般企業を装い、大企業と見違えるほどの看板や名刺、ホームページを作る。信用調査への対策として、優良企業ばりの「ニセ決算書」も準備する。
 もともと払うつもりがなかったのか、払いたくてもお金がないのか。結果は同じ倒産でも、倒産を犯罪に問うことは難しい。パクリ屋は、そこを突いてくる。「コロナ禍での業況悪化で・・・」は打ってつけの理由だ。よほどの証拠がない限り、詐欺での立件は難しく、運よく犯人が逮捕されてもすでに資金は還流され、回収は期待できない。

「夜逃げ型」から「弁護士受任型」へ

 かつてのパクリ屋は、突然姿を消す「夜逃げ型」が大半だった。最近は通常の倒産を装い、事業停止と同時に弁護士が債務整理を引き受ける「弁護士受任型」が増えてきた。弁護士が表に立って当人は雲隠れする。そのうち、「債務者と連絡がつかない」、「依頼者から弁護士費用が支払われない」などの理由で、弁護士が債務整理を辞任し、うやむやのまま終わる。パクリ屋と思しき企業の債務整理に何度も同じ弁護士が登場することがある。経緯を聞いても「詐欺行為は関知していない」の一点張りだが、審査担当者や調査員はチェックを欠かさない。

パクリ屋が狙う「三種の神器」

 ターゲットにされる商品で多いのは、食料品、日用雑貨品とパソコンなどOA機器。換金性が高い「三種の神器」だ。七里物産の登記簿をみると、定款には、食料品、日用品販売、清涼飲料水、酒類販売、精米及び雑穀類の販売、水産物、畜産物の加工販売、インターネットにおける通信販売、と連なる。
 売上が低迷する営業マンは、実績欲しさに、新規取引に飛び付く。相手は「コロナ禍でも弊社のネット販売は好調だ」、「テレワーク需要でPCの注文が殺到している」と、もっともらしい口実で近づき、不審感を与えない。新型コロナを端緒に価値観やニーズは大きく変わったことも彼らにはチャンスだ。
 七里物産は、代表交代と移転を繰り返し、2021年2月に神奈川県藤沢市に移転し、活動を始めた。商品取り込みを活発化させたのは2021年4月~7月と見られ、この時期に東京商工リサーチには多くの問い合わせが寄せられた。
 被害は地方企業にも及んだ。遠方の営業所に注文するのは営業マンの直接訪問を避けるため。情報インフラや物流の発達を逆手に取り、メールのやり取りだけで完結する顔の見えない取引が被害に拍車をかける。
 TSRの担当者より、パクリ屋の解説を受けた前述の経営者は七里物産の裏の顔を知って肩を落とした。だが、一度引っ掛かると与信管理が甘い企業としてリストが闇に流れるという。気を付けるのは、むしろこれからだ。

だまされないために

 商業登記簿を取得し、代表交代や移転歴を確認するのはパクリ屋チェックでは定石だ。この際、移転歴や会社分割があれば、閉鎖登記などの履歴まで追いかけることも心がけたい。先日、問い合わせを受けた都内のX社。移転歴もなく代表1名、一見すると何の変哲もない登記簿だ。ただ、X社は2年程前に会社分割で設立されていた。そこで、分割元となるY社の登記を確認したところ、Y社はX社のほかに、わずかな期間で10社以上に会社分割していた。
 アメーバのように会社を増殖させていたが、それぞれ分割された企業の住所は、かつてのパクリ屋企業の住所と一致する。分割元のY社代表も七里物産の代表者と同じく、「過去歴」のある人物だった。分割した会社はいずれ、詐欺行為を行うためのハコとして転売されるのか。
 登記内容はパクリ屋チェックの手がかりにもなる。常習性があり、いったん逃げても、ほとぼりが冷めるとまた別の場所で活動を始める。役員、社名、住所などが重複する可能性が高い。このため、信用調査会社では長年に渡り関連データを蓄積している。


 法務省は2月、ネットで有料閲覧できる商業登記に関して、代表者の住所の開示をやめると発表した。9月から実施される見込みだ。個人情報保護に配慮した措置だが、パクリ屋チェックの面では障害になる可能性がある。こうしたなかで何よりも重要となってくるのは「情報」にほかならない。被害を防ぐためには同業者との連携や、業界の垣根を越えた情報共有も必要だろう。
 詐欺師は経営者の油断や慢心、業績悪化を挽回したい焦りや、スキを巧みに突いてくる。自分だけはだまされないという根拠のない自信ほど危険だ。先行きが見通せない今こそ、気を引き締めることが大切だ。


(東京商工リサーチ発行「TSR情報全国版」2022年5月10日号掲載予定「取材の周辺」を再編集)

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