三重苦のネクタイ業界「絶対にネクタイはなくならない」 業界団体の理事長に聞く
「カジュアル化」「クールビズ」「在宅勤務」と、三重苦が続くネクタイ業界。ネクタイ需要は、バブル期のピークから7割減少し、コロナ禍がさらに追い打ちをかけている。
だが、業界団体は「ネクタイはなくならない」と希望を託す。「こんな時こそ、TPOに合わせたネクタイ使い」を提唱している。
ネクタイ業界のコロナ破たんは目立たない。業界団体の東京ネクタイ協同組合の和田匡生理事長は「(組合員は)コロナよりずっと前から厳しい環境が続き、耐え方を知っている。無理せず、無駄を省いた経営が生かされている」と話す。
クールビズで父の日のプレゼントからネクタイが消えた
ネクタイは、スーツや革靴に並ぶビジネスウェアの象徴だった。毎年6月の「父の日」には百貨店のネクタイ売り場にはお客が押し寄せ、飛ぶように売れた。
しかし、時代の移ろいはそうした光景を根底から変えた。IT企業の台頭、猛暑などでビジネススタイルはカジュアル化が進み、同時にネクタイ需要は下降線をたどった。
幅が広く、原色を使った派手なネクタイは、徐々に幅の狭い、多様なデザインのネクタイに置き換えられていった。そして、円高で海外の高級ブランドも手の届く価格になり、業界は大きく変化した。
こうしたなか、業界全体を震撼させたのが「クールビズ」の提唱だった。2005年に始まったクールビズは、一部の大手企業と官公庁が先陣を切った。だが、ただネクタイを外し、ジャケットを身に着けない服装はしまりが悪く、“オジサン”スタイルと不評を買った。 ただ、アパレルメーカーがボタンダウンなどノーネクタイでも首元が綺麗に見えるオシャレなシャツを販売すると、次第に若者にもクールビズが広がっていった。
また、「父の日」とクールビズの開始時期が重なることも、ネクタイ業界へ大きな影響を与えた。クールビズでノーネクタイが定着すると、「父の日」のプレゼントからネクタイが消えた。
それでも縮小が続く市場にようやく底が見えた矢先、今度は新型コロナウイルス感染拡大で在宅勤務が広がった。
大手企業を中心に、在宅勤務やテレワークが浸透した。外出や通勤の機会が減り、ビジネスウェア市場は大きく落ち込んだ。スーツも軽く、柔らかいジャージー素材が評判を呼び、スニーカーのような履き心地の革靴も脚光を浴びるようになった。そして、ネクタイ需要は再び冬の時代を迎えた。
国内のネクタイ需要が激減
東京ネクタイ協同組合の「日本におけるネクタイ生産調査」によると、バブル期の1988年のネクタイの国内生産は4780万本で、輸入を含めると流通数は年間5620万本に達した。
だが、その後は需要が減退。2007年には国産が965万本と1000万本を割り込み、輸入も落ち込んだ。直近の2019年は国産が310万本、輸入を含めても1730万本にとどまり、ピーク時から約70%も減少している。
以降はコロナ禍で、国産も輸入も一段と落ち込んでいるとみられる。
東京都区内のネクタイ単価は3490円
総務省の「小売物価統計調査」によると、東京都区内(特別区部)のネクタイ1本の平均価格は、2000年が5233円だった。だが、安価な商品が市場に流入し、2020年は3490円にまで落ち込んでいる。
紳士服チェーン店やネット通販では、安価な製品が目に付く。ブランド品や高価格帯を扱う百貨店は来店客数が落ち込んでいる。
また、2020年の「都道府県・県庁所在市及び人口15万以上の市」のネクタイ1本の平均価格は、水戸市の6419円が最も高く、札幌市6050円、奈良市6039円と続く。
一方、最低は鹿児島市の2581円。次いで、新潟市の2837円、青森市の2880円の順だ。
業界団体の東京ネクタイ協同組合の和田理事長は、「これまでの三重苦に加え、シルクなど原材料価格の高騰の影響が出ている」と、コロナ禍だけでない複層的な要因をあげた。
だが、「(2021年の)秋口からようやくネクタイ売り場が動き出し、注文も徐々に回復してきた」と、苦境が続く業界に明るさが差し始めたと語る。
和田理事長は、大事な商談やオフィシャルな会議、プレゼンなど、TPOに合わせたネクタイの着用を勧める。ビジネスシーンでネクタイは一つの身だしなみであることに変わりはない。「絶対にネクタイはなくならない」(和田理事長)と断言する。
他の服飾品と比べて布地の面積は少ないネクタイだが、業界は生地からデザイン、縫製、販売と裾野が広い。長引く不振で、経営体力が落ち込み、経営者の高齢化も進んでおり、業界の課題は多い。
一説では、景気が良くなると派手なネクタイが流行るという。コロナ禍で暗い世の中を、明るいネクタイが照らす日も近い。