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門司港レトロビール・宮本会長 独占インタビュー ~「ローカルプライドでコロナ禍を乗り切る」~

 新型コロナウイルス感染拡大から1年半が経過した。消費者の行動は大きく変化したが、根強い地ビール、クラフトビールブームを背景に、地ビールメーカー各社は負けずに動いている。
 地ビールの業界団体である「全国地ビール醸造者協議会」が開催する全国地ビール品質審査会(以下、JBA)がある。ここで門司港レトロビール(株)(TSR企業コード:882200097、福岡県)の小麦麦芽を使ったビール「ヴァイツェン」が、2019年、2021年に最優秀賞を受賞した(2020年は未開催)。
 受賞までの苦労やコロナ禍での取り組み、地ビール業界の展望について同社の宮本正吾会長に話を聞いた。

宮本会長

‌門司港レトロビール・宮本正吾会長(同社提供)

―JBAで2回連続最優秀賞を受賞した

 まず品質の安定に取り組んだ。ビールはレシピ通りに作っても、温度や圧力、酵母の元気具合の違いでビールが大きく違ってくる。試行錯誤を繰り返した。国税庁管轄の独立行政法人酒類総合研究所が広島県にあるが、JBAに働きかけて、自社向けに講習をしてもらった。
 講習は長期で3週間、短期でも1週間、ビールの醸造学を学ぶ。また、「どんなビールが美味しいのか」を社員に経験させようと毎年の(コロナ禍を除いて)社員旅行で各地の地ビールを何カ所も飲みに行った。醸造者だけではなく、社員全員で各地のビールを飲んで「どう感じたか」、「どこがいいか、悪いか」をディスカッションした。これを10年間繰り返している。
 9年前には全社員でドイツに行き、モルトを作る会社を見学した。5泊6日で約60種類のビールを飲んだ。ドイツのミュンヘンでもビール三昧した。本物は何か、体験しないと良いものはできない。これが社員の動機付けにもなったし、チーム力も高まった。
 ビールは感覚で作る人が多いが、当社は酵母を作る会社に醸造者を宿泊させ、ビールの研究と味覚を鍛えた。こうして「ヴァイツェン」のスタイルを追及、確立したことが受賞につながった。

―ネットでの受注状況は

 コロナ禍以降、ネット通販が増えてきた。タイミング良く、JBAで2回連続最優秀賞を受賞し、地ビールに関心のある日本中の方にも広がり、需要が伸びてきた。
 また、北九州市若松区で昨年度から取り組んでいる若松の農場や小学校の校庭でホップを栽培し、そのホップを使ったビール「若松エール」の発売を2021年9月18日から始めた。生産は約9,000本だが、発売開始前に約6,000本の発注があった。
 今回、ホップを積む作業をマスコミに取材してもらった。ホップは、ほぐして香りを出しやすくすることを1個1個しなければならない。これに地元の酒屋さんが参加してくれた。そういう映像やビールの仕込みの場面も取材してくれた。その映像が流れ、また昨年の評価もあって若松エールは順調な滑り出しとなっている。

―Jリーグ・ギラヴァンツ北九州との提携は

 ギラヴァンツ北九州とは1年以上前からプロジェクトを進めていた。ギラヴァンツのサポーターに試飲を重ねてもらい、ヴァイツェンをベースに「ギラヴァイツェン」を作った。
今はサッカー場でビールを出せない(取材日は9月末)が、来年は期待している。また、ギラヴァイツェンを北九州市内のスーパーでも置いてもらえるようになり、ギラヴァンツが勝った時は販売が伸びている。
 地ビールは、地元住民が自分の地域にどれだけプライドを持てるかという「ローカルプライド」商品だ。北九州市にはギラヴァイツェンを作る門司港地ビールがある。美味しいものを作るプライドを持ってもらわなければならない。

―コロナ禍での不安は

 当社が門司港地区で運営していたレストランは2020年10月に閉店し、12月に小倉に移して営業開始した。「withコロナ」は、社会として出来上がりつつあるように感じる。福岡県はコロナ対策をしている飲食店に、感染防止認証店のマークを付けている。当社レストランも県内で選ばれた700社の中に入った(取材時点)。
 マークは第三者機関に委託して各店舗で実地検分し、ヒアリングして合否が決まる。賛否両論はあるが、コロナパスポートなどワクチン接種者へのサービスが経済を動かすと認識し、悲観していない。第6波がどうなるかわからないが、対処できている。

―地ビール業界の今後の動向は

 地ビール業界は全体としてピークから売上が3割は落ちている。ただ、緊急事態宣言が終われば、徐々に戻る可能性はある。コロナ前から比較しても地ビール業界自体は成長の余地はある。課題は品質。1996年の第1次地ビールブームでは「地ビールを作れば売れる、儲かる」と、かなり業者が増えた。そうした業者の中には、品質の伴わない業者が多かった。地ビールは美味しくないとの認識が広まり、3年後には業者はピークの半分まで減った。
 こうした苦難を経て、品質を維持・向上させて、ようやく今の地ビールブームにつながっている。それが2019年、地ビールの規制が変わり参入が容易になり、業者が再び増えた。ここでの心配は、第1次地ビールブームのようにならないかという点だ。おいしくないビールを作られたら業界がダメになってしまう。JBAの品質調査も、もともとは悪いビールをなくすのが目的だった。品質がこれからの地ビール業界の明暗を分けるカギとなる。第1次ブームの二の舞は踏みたくない。
 今後、各地の地ビールメーカーは、ローカルプライドを耕し続けてほしい。全国に向けたネット販売もいいが、ドイツの小さな町では教会の数だけ地ビールがある。それだけのファンを作れる可能性がある。地ビールの文化とローカルとの結びつきを強め、自己満足せず、地ビールの良さを発信し続けてほしい。


 地ビールメーカー各社は、酒税改正に向き合い、市場を活性化させるかが課題になる。
 ネット販売などの販路の確保も経営安定には欠かせない。地ビールメーカーの経営戦略と実行力が問われている。

(東京商工リサーチ発行「TSR情報全国版」2021年10月6日号掲載予定「WeeklyTopics」を再編集)

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