• TSRデータインサイト

【特別寄稿】中小企業白書より(第2回/全3回)~中小企業の財務基盤と感染症の影響を踏まえた経営戦略~

 中小企業は、財務や資金繰りの状況に留意しながらも、感染症流行後の事業環境に適応することで、再び成長軌道に戻る取組も並行して進める必要に迫られている。連載第2回となる本稿では、中小企業の財務基盤・経営戦略について紹介する。

◆中小企業の財務基盤・収益構造と財務分析の重要性

 まず、企業の資金調達構造の変遷について確認すると、中規模企業の自己資本比率は、1998年度を底に上昇傾向にあり、2019年度時点では42.8%と大企業とほぼ同水準となっている。一方、小規模企業の自己資本比率は、2019年度時点で17.1%と依然として低い水準にある。中規模企業では、過去20年にわたり、借入金への依存度を下げて、財務面の改善を遂げてきたことが分かる。
 一方で、損益分岐点比率に着目すると、大企業では2019年度時点で60.0%にまで改善している一方、中規模企業では85.1%、小規模企業では92.7%と、改善はしているものの、大企業との格差が大きくなっている。売上高が大きく減少するような局面での耐性は、大企業に比べて低いことが推察される。
 続いて、財務指標を計算している企業と計算していない企業で各財務指標の水準に差異があるか確認する(第1図)。売上高経常利益率は、計算している企業の方が高く、損益分岐点比率も、計算している企業の方が低い、すなわち売上高の減少への耐性が高いことが分かる。さらに自己資本比率も、計算している企業の方が「債務超過」、「0%以上20%未満」の企業の割合が低く、中小企業自身の財務に対する意識と財務の安全性・収益性との間には密接な関係があるといえる。まずは、中小企業自身が財務・収益の状況について把握することが重要である。

中小企業白書2_1

◆危機を乗り越えていくために必要な中小企業の取組

 経営方針や事業環境などを整理する手法の一つに、経営計画の策定がある。経営計画の策定や運用を通して、自社のおかれた事業環境や、その変化に対して取るべき行動を明確化し、経営改善の PDCA サイクルを回していくことが重要である。感染症流行前における、経営計画の実績の評価や見直しの状況別に、感染症の影響について見ると、経営計画を十分に見直してきた企業の方が、感染症の影響が小さいことが分かった。
 続いて、感染症流行後の経営計画の見直し状況別に、売上高回復企業(脚注1)の割合について確認する(第2図)。売上高回復企業の割合は、「見直した上で計画を実行している」と回答した企業で最も高いことが分かる。また、感染症の影響が大きかった企業の中で比較しても、同様に「見直した上で計画を実行している」と回答した企業が最も高いことが分かる。感染症の影響が持続する中で、計画の見直しに一早く取り掛かったかと、売上高が回復しているかの間には、関係があることが推察される。

  • 1)感染症流行後(2020年4-9月)に売上高が落ち込んだ企業を分析し、落ち込み幅が同程度の企業に比べて同年10-12月時点の売上高が比較的回復している企業を「売上高回復企業」と定義。

中小企業白書2_1

◆中小企業を取り巻く事業環境の変化への対応

 今後の経営戦略を検討する上では、感染症流行前からの事業環境変化にも着目しておく必要がある。例えば、感染症流行前の2019年に、中小企業に対して新たに進出を検討している成長分野を聞いたところ、「環境・エネルギー」と回答した企業が最も高かった。我が国では2020年12月に「2050年カーボンニュートラルに伴う成長戦略」が策定され、こうした政策の後押しも背景に、企業が環境・エネルギー分野への参入や同分野での事業拡大が増加していくことが期待される。
 また、感染症の動向は国ごとに異なり、海外に販路や生産拠点を持つ中小企業には深刻な影響を与えた一方、我が国の人口が減少する中、海外需要獲得は引き続き重要である。感染症流行後の2020年10月に、海外ビジネスの見直し方針について確認したところ、中小企業では「販売戦略の見直し」を回答した企業の割合が高いことが分かった。また、海外販売先を見直していくための手段として有用と考えられるのが越境ECである。今後国内外での販売において EC 利用を拡大する企業の割合について確認すると、中小企業の方が利用拡大意欲が高く、2020 年には更に高まっている。加えて、越境 EC を利用している割合も 2016 年以降増加している。越境ECをはじめとする生産拠点の進出を伴わない海外輸出は、中小企業でも比較的取り組みやすい海外展開手法であり、感染症流行下でも海外進出のチャンスをつかむことができる可能性がある。


 以上、今回は、中小企業の財務基盤・経営戦略について紹介した。連載最終回となる次回は、中小企業のデジタル化や事業承継、M&Aの動向について取り上げる。

(著者:中小企業庁 事業環境部 調査室 依田直生氏、東京商工リサーチ発行「TSR情報全国版」2021年7月14日号掲載分を再編集)

人気記事ランキング

  • TSRデータインサイト

建材販売業の倒産 コロナ禍の2倍のハイペース コスト増や在庫の高値掴みで小規模企業に集中

木材や鉄鋼製品などの建材販売業の倒産が、ジワリと増えてきた。2025年1-7月の倒産は93件で、前年同期(75件)から2割(24.0%)増加した。2年連続の増加で、コロナ禍の資金繰り支援策で倒産が抑制された2021-2023年同期に比べると約2倍のハイペースをたどっている。

2

  • TSRデータインサイト

「転勤」で従業員退職、大企業の38.0%が経験 柔軟な転勤制度の導入 全企業の約1割止まり

異動や出向などに伴う「転勤」を理由にした退職を、直近3年で企業の30.1%が経験していることがわかった。大企業では38.0%と異動範囲が全国に及ぶほど高くなっている。

3

  • TSRデータインサイト

女性初の地銀頭取、高知銀行・河合祐子頭取インタビュー ~「外国人材の活用」、「海外販路開拓支援」でアジア諸国との連携を強化~

ことし6月、高知銀行(本店・高知市)の新しい頭取に河合祐子氏が就任した。全国の地方銀行で女性の頭取就任は初めてで、大きな話題となった。 異色のキャリアを経て、高知銀行頭取に就任した河合頭取にインタビューした。

4

  • TSRデータインサイト

ダイヤモンドグループ、複数先への債務不履行~蔑ろにされた「地域イベントの想い」 ~

ライブやフェスティバルなどの企画やチケット販売を手掛けるダイヤモンドグループ(株)(TSRコード:298291827、東京都、以下ダイヤモンドG)の周辺が騒がしい。

5

  • TSRデータインサイト

2025年1-8月の「人手不足」倒産が237件 8月は“賃上げ疲れ“で、「人件費高騰」が2.7倍増

2025年8月の「人手不足」が一因の倒産は22件(前年同月比37.5%増)で、8月では初めて20件台に乗せた。1-8月累計は237件(前年同期比21.5%増)に達し、2024年(1-12月)の292件を上回り、年間で初めて300件台に乗せる勢いで推移している。

TOPへ