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体のいい希望退職? 「選択定年制度」を活用する企業の思惑とは

変わるリストラの背景

 上場企業の希望退職募集が10月29日までに72社に達し、昨年の2倍に広がった。
 年初まで有効求人倍率は1.5倍を超え、人手不足が顕著だった。業績好調な企業では、年齢構成の是正や新規事業を見込んだ“黒字リストラ”を進めていた。だが、「新型コロナウイルス」感染拡大で状況は一変。インバウンドが消失した小売業、外食などのサービス業を中心に、様々な業界で売上不振に陥る企業が続出。従来型の「赤字リストラ」の希望退職募集に踏み切る企業が急増している。さらに、最近は「選択定年」という新たな取り組みも目立つ。

「選択定年」の導入

 10月22日、JASDAQ上場の(株)ワンダーコーポレーション(TSR企業コード:280197969)が「選択定年制度の導入」を発表した。募集対象は45歳以上の正社員等で、期間は2020年11月2日~11月16日。割増退職金に加え、希望者を対象に再就職支援も行う。親会社のRIZAPグループ(株)(TSR企業コード: 295695790、札証アンビシャス)の担当者によると、「募集人数を明確には定めていないが、応募人数ゼロは想定していない」と説明する。
 「選択定年」の募集は、同社が初めてではない。2019年に日本ハム(株)(TSR企業コード:570401577、東証1部)が、45歳以上を対象に200人を募集している。また、片倉工業(株)(TSR企業コード:290031915、東証1部)も、45歳以上を対象に募集した。いずれも割増退職金と再就職支援プログラムを設けていることが共通している。

 「希望退職」と「選択定年」の違いは何か。日本中央社会保険労務士事務所の代表で、特定社会保険労務士の内海正人氏は、「希望退職と選択定年制に明確な定義があるわけではない」と語る。選択定年制度を利用した退職者は、「自己希望による選択として割増退職金を受け取るなどの優遇措置がある」(内海氏)。選択定年制は、50歳や55歳など一定の年齢を設定し、その年齢に達した時点で退職するかを選べる制度として機能する。ただ、過去の「選択定年」では、募集期間や退職日(予定)が設定されるなど、「希望退職」と変わらないものも存在する。

 選択定年を60歳以降も同じ企業で働く “雇用期間の延長”として導入する企業も少なくない。2015年以降の上場企業の開示資料(有価証券報告書、決算短信、添付資料など)で、「選択定年」に言及したのは14社ある。このうち、6社が定年制の延長に触れ、長く働けるポジティブな意味合いで用いている。
 企業としても、ネガティブなイメージの「希望退職」より、一見前向きな響きが良い「選択定年」を使った方が、体はいいだろう。
 特に、一般消費者や多くの就職希望者は、「希望退職」募集を実施した企業より、「選択定年」を導入した企業に好印象を抱くはずだ。とはいえ希望退職と変わらない選択定年は、そこで働く人や関係者に混乱を招く可能性もある。そして退職者を募りたい企業の“逃げ道”にもなりかねない。

雇用が守れない

 内海氏は、「中小・零細企業を中心に、クライアントから希望退職、退職勧奨の相談が多くある」と、コロナ禍での雇用環境の変化を口にする。現状は「(新型コロナが)ボディブローのように経営に影響が出ているように感じる」という。
 コロナ禍での環境変化は、どの企業も変わらない。雇用調整助成金の特例措置が年明け以降も続く方針で調整が進むが、まだ先行きは不透明だ。上場企業だけでなく、多くの企業で雇用維持が大きな課題に浮上している。


(東京商工リサーチ発行「TSR情報全国版」2020年11月2日号掲載予定「WeeklyTopics」を再編集)

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