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「介護離職」に関するアンケート調査

 東京商工リサーチが実施した「介護離職」に関するアンケート調査(有効回答7,391社)で、過去1年間に介護離職者が724社(構成比9.8%)で発生していたことがわかった。
 また、将来的に介護離職者が増えると考えている企業は5,272社(同71.3%)で約7割にのぼった。自社の「仕事」と「介護」の両立支援への取り組みは、約7割(5,358社、同72.4%)が不十分と認識しており、企業の「介護離職ゼロ」への歩みは端緒についたばかりのようだ。
 政府は、親族の介護を理由にした離職や転職などの「介護離職」のゼロを目標に掲げている。日本は人口減少のスピード以上に生産年齢人口が減る可能性が高く、GDP600兆円の達成には介護離職をいかに抑え、働き手を確保できるかが重要になっている。
 2015年8月に介護サービス利用の自己負担の割合が1割から一部の人は2割に引き上げられた。また、2015年度には介護給付費が10兆円を突破した。今後も介護給付費の増加が見込まれており、「社会保障費」の抑制が急務になっている。しかし、過度な抑制は介護サービスの質の低下や利用率の減少に直結しかねず、「介護離職」ゼロと「社会保障費の抑制」のジレンマを抱えながら難しい舵取りを迫られている。


  • 本調査は、2016年11月17日~28日にインターネットによるアンケートを実施し、7,391社の有効回答を集計、分析した。
  • 本調査では、資本金1億円以上を大企業、同1億円未満を中小企業と定義した。個人企業は資本金1億円未満に算入、中小企業に区分した。

Q1.過去1年間(2015年11月~2016年10月)に介護を理由とした離職者(以下、介護離職者)が発生しましたか?(択一回答)
介護離職は企業規模で格差

 全企業では、「ある」が724社(構成比9.8%)、「ない」が5,612社(同75.9%)で、介護離職者は全体の約1割の企業で発生している。
 資本金別では、1億円以上の大企業で、「ある」が244社(同11.3%)、「ない」は1,150社(同53.5%)だった。
 1億円未満の中小企業では、「ある」が480社(同9.1%)、「ない」が4,462社(同85.0%)だった。
 従業員の多い大企業ほど、中小企業より介護離職者の発生割合が高かった。

Q1.過去1年間(2015年11月~2016年10月)に介護を理由とした離職者(以下、介護離職者)が発生しましたか?(択一回答)

Q2.Q1で「ある」と回答された方にうかがいます。過去1年間の介護離職者は何名ですか?(択一回答)
「介護離職者数」の最多は1名で7割

 Q1で「ある」と回答した724社のうち、介護離職者の人数について545社から回答を得られた。
 介護離職者数の最多は、「1名」の388社(構成比71.1%)で7割を占めた。
 資本金別では、1億円以上では150社のうち、最多は「1名」の93社(同62.0%)。1億円未満では、395社のうち「1名」は295社(構成比74.6%)だった。
 ただ、「6名以上」は、資本金1億円以上が2社(同1.3%)に対し、同1億円未満は6社(同1.5%)あり、離職者数別でみると介護離職は中小企業ほど深刻な状況にあるようだ。

Q2.Q1で「ある」と回答された方にうかがいます。過去1年間の介護離職者は何名ですか?(択一回答)

Q3.将来的に介護離職が増えると思いますか?(択一回答)
7割の企業が介護離職は「増加」と想定

 全企業で最多は、「増えると思う」が5,272社(構成比71.3%)と約7割を占めた。次いで、「変わらないと思う」が1,866社(同25.2%)。
 資本金別では、「増えると思う」は1億円以上が1,661社(構成比77.3%)だったのに対して、1億円未満では3,611社(同68.8%)で、大企業が中小企業より約10ポイント高かった。
 「減ると思う」は、資本金1億円以上では22社(同1.0%)、1億円未満では49社(同0.9%)でいずれも少数にとどまった。

Q3.将来的に介護離職が増えると思いますか?(択一回答)

Q4.Q3で「増えると思う」と回答された方にうかがいます。理由は何ですか?(複数回答)
社会を反映し「従業員の高齢化」が上位、「独身者の増加」も

 Q3で「増えると思う」と回答した5,272社のうち、最多は「従業員の高齢化に伴い家族も高齢化しているため」で4,318社(構成比81.9%)と約8割を占めた。
 次いで、「現在の介護休業、介護休暇制度だけでは働きながらの介護に限界があるため」の3,060社(同58.0%)、「公的な介護サービス縮小による従業員の介護負担増」の1,821社(同34.5%)と続く。
 「その他」では、「独身、未婚者が多い」が21社(同0.3%)、「核家族化と共働きの増加で介護を担当できるものがいない」、「一人っ子が多いため、兄弟でサポートすることができない」など。核家族化、少子化の余波が介護の現場に影響を与えそうだ。

Q4.Q3で「増えると思う」と回答された方にうかがいます。理由は何ですか?(複数回答)

Q5.「仕事」と「介護」の両立に向けた取り組みや整備している制度は何ですか?(複数回答)
啓発や啓もうに関するものが多い

 全体で最多は、「就業規則や介護休業・休暇利用マニュアルなどで明文化」の3,503社(構成比47.3%)だった。「介護休業や介護休暇の周知、奨励」の1,299社(同17.5%)、「従業員の介護実態の把握」の1,226社(同16.5%)と続き、上位は啓発や啓もうに関するものだった。
 「なし」と回答した企業は、資本金1億円以上で336社(同15.6%)、1億円未満では1,362社(同25.9%)。大企業が中小企業より10.3ポイント低く、規模間で浸透度合いに差が出ている。

Q5.「仕事」と「介護」の両立に向けた取り組みや整備している制度は何ですか?(複数回答)

Q6.「仕事」と「介護」の両立支援について、貴社の取り組みは十分だと思いますか?(択一回答)
「そうは思わない」が7割

 全体で最多は、「そう思わない」の5,358社(構成比72.4%)で、回答企業の7割が「仕事」と「介護」の両立支援は不十分と考えていることがわかった。
 一方、「そう思う」は1,336社(同18.0%)と2割に満たず、「分からない」は697社(同9.4%)だった。
 資本金別では、1億円以上で「そう思わない」は1,497社(同69.7%)だったのに対し、1億円未満は3,861社(同73.6%)だった。
 中小企業は大企業より、両立支援に向けた取り組みが遅れており、多様な支援が必要かもしれない。

Q6.「仕事」と「介護」の両立支援について、貴社の取り組みは十分だと思いますか?(択一回答)

Q7.Q6で「そう思わない」と回答された方にうかがいます。理由は何ですか?(複数回答)
社内体制の不備が上位に、人手不足に関連した回答も

 Q6で「そう思わない」と回答した5,358社のうち、最多は「介護休業、休暇を取得中のフォローアップ体制が整備されていない」の2,793社(構成比52.1%)だった。次いで、「介護休業、休暇を取得後のフォローアップ体制が整備されていない」の2,113社(同39.4%)。
 「その他」では、「少人数での経営のため休業者のバックアップが難しい」、「休業者に代わる人材が確保されていない」など、深刻な人手不足に起因する回答も目立った。

Q7.Q6で「そう思わない」と回答された方にうかがいます。理由は何ですか?(複数回答)

Q8.経営者の方にうかがいます。ご自身がどなたかの介護をする必要に迫られた場合、どのようなご決断をされますか?(択一回答)
「廃業する」は3.7%

 経営者が親族などの介護を迫られた場合、どのような決断をするかについて尋ねたところ、2,039社から回答が寄せられた。
 全体での最多は「親族外の後継者に経営を委ねる」の927社(構成比45.4%)、次いで「親族の後継者に経営を委ねる」の846社(同41.4%)と、ほぼ拮抗した。
 また、「廃業する」は76社(同3.7%)だった。
 「親族外の後継者に経営を委ねる」を資本金別でみると、1億円以上は57社(同69.5%)に対し、1億円未満は870社(同44.4%)と25ポイントの差が出た。中小企業ほど後継者に親族を選ぶ傾向が強いことがわかる。

Q8.経営者の方にうかがいます。ご自身がどなたかの介護をする必要に迫られた場合、どのようなご決断をされますか?(択一回答)

Q9.貴社は「介護離職防止支援助成金」の助成を受けたことがありますか?(択一回答)
3割の企業が「分からない」

 全体で最多は、「ない」で5,038社(構成比68.1%)と約7割に達した。次いで、「分からない」の2,316社(同31.3%)。「ある」は37社(同0.5%)にとどまった。
 資本金別で、1億円以上でも「分からない」が1,118社(同52.0%)と半数にのぼった。「介護離職防止支援助成金」の浸透度は今一つのようだ。

Q9.貴社は「介護離職防止支援助成金」の助成を受けたことがありますか?(択一回答)

Q10.介護離職を防ぐための具体的な提言などがありましたら、ご記載ください(自由回答)。

・フランクに話し合いできる機会を多く持てる雰囲気を醸成する、離職を決断する前に、お互いに知恵を出し合える関係を構築する(鹿児島県、小売業、資本金1億円未満)
・介護は育児休業以上に長期になるにも関わらず、休業期間が「93日」と短い。最低でも育児休業と同等の1年、半年延長を認めるべき(大阪府、サービス業、資本金1億円以上)
・先日、当社で初めての介護離職を防ぐことが出来なかった。介護の状況が様々違うので、その都度の対応をしていかなければならないと思う(東京都、卸売業、資本金1億円未満)
・介護離職防止支援助成金を調べようと思った(北海道、サービス業、資本金1億円未満)
・自宅介護には車いすの出入りが難しいなど限界がある。要介護者の施設入所に関する補助制度の拡充などが必要。 介護離職だけでなく、当社では保育園に入れない保育離職も発生しており、この点も深刻な問題(東京都、サービス業、資本金1億円未満)
・当社は、40、50歳代で独身者が多いため安価で入居出来る介護施設(国民年金程度で入居できる施設)を早めに準備願いたい(宮城県、建設業、資本金1億円未満)
・物理的な物(特に紙)のやり取りをなくし、インターネットを活用する。中小企業にはテレワーク設備の導入費を支援すれば、業種(職種)によっては離職を回避できる可能性がある(東京都、サービス業、資本金1億円未満)
・「介護離職」という括り方に疑問がある。育休にしても、休暇に対する議論自体が前提が「ネガティブ」だ。介護も育児も「ポジティブ」に捉えれば、「働き方を変える」もしくは「他人に介護を任せる」という選択肢が圧倒的に増えると思う(東京都、製造業、資本金1億円未満)
・雇用維持の問題と絡み、深刻な問題になりつつあることは、十分理解している。必要なのは、人口増加による活力のある社会づくりだと思う(岡山県、製造業、資本金1億円未満)
・企業と介護施設との提携や連携が必要(東京都、サービス業、資本金1億円未満)
・私自身が介護離職者。親の介護者は主に中年以上ですが、一旦離職すると再就職は事実上不可能で、介護を放棄するか、社会人人生を放棄するかの二者選択。従来の介護制度を拡充しても、結局は大企業や官公庁といった一部の人しか利用できない。中小企業は休暇の交代要員を雇う余裕がない。一人で介護と仕事の両立可能となる様に、給料も労働時間も正社員の半分で働けるような勤務体系が普及すると良い(東京都、卸売業、資本金1億円未満)


 人口減少と高齢化が進み、介護離職者への対応は避けて通れない。今回のアンケートでも、約7割の企業が介護離職者が将来増えるとみている。その一方で、自社の取り組みが不十分と考える企業も約7割あり、企業の「介護離職」への取り組み、支援は喫緊の課題でもある。
 現在、整備されている制度や取り組みは、「就業規則や介護休業、休暇マニュアルの明文化」「介護に関する悩みなどの相談を出来る体制」など、啓もう活動や相談窓口の整備などが中心になっている。これに対し、「介護休業、休暇を取得中、取得後のフォローアップ体制が整備されていない」との声も聞かれ、企業側では実際に取得した場合の金銭面での支援や、キャリアパスが途切れない仕組み作りが遅れている様子もうかがわれる。
 また、「少人数での経営で休業者のバックアップが難しい」「休業者に代わる人材が確保されていない」との深刻な声も出ている。特に、中小企業は常に人手不足の中で凌いでおり、介護休業や休暇に対応する人的な余力を持つことは難しいことが背景にあると思われる。
 介護離職防止支援助成金の活用については、「分からない」との回答が2,316社(構成比31.3%)と約3割あった。アンケートでも「介護離職防止支援助成金」について「調べようと思った」との回答もあるように、同助成金が認知されていない実態が浮かび上がっている。関係省庁や自治体は、ホームページへの掲載だけでなく、積極的な告知に向けた動きが求められている。
 人的余裕のない中小企業では、介護離職が経営に重大な影響を及ぼしかねない。介護休業、休暇を取得しやすい体制の整備は、企業の努力だけでは限界があり、国や自治体がさらに踏み込んだ支援強化も必要だろう。もちろん企業側も、付加価値力の向上など利益率の改善を意識した経営が求められる。「高齢化」と「介護」は誰もが避けられず、すでに国・行政と産業界が手を携えて取り組むべき社会的な課題に広がっている。

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