• TSRデータインサイト

「待ったなしのマネー・ローンダリング及びテロ資金供与対策」第1回(全4回)

 2019年秋、FATF(金融活動作業部会)の第四次対日相互審査が控えています。すでに金融機関は、「リスクベース・アプローチ」に沿った「マネロン・テロ資金供与」対策の強化に動き出しています。
こうした対策は企業も他人事ではありません。海外に拠点があったり、外国企業と取引をしている場合は、取引確認のための書類提出を求められることも想定されます。企業が知らなくてはいけないFATF対策について、金融庁のご担当者から寄稿いただきました。全4回の連載で詳細に解説します。(TSR情報本部)

金融庁 総合政策局 マネーローンダリング・テロ資金供与対策企画室 室長補佐 大澤貴史

1. はじめに

 我が国を取り巻く地政学的リスクや国際社会におけるテロの脅威、金融犯罪や犯罪収益の移転は、引き続き高いレベルで推移しており、それらの脅威に対して、資金の動きに着目して予防措置を講ずるというマネー・ローンダリング及びテロ資金供与(以下、「マネロン・テロ資金供与」)対策についても、金融庁は、所管の金融機関等に対し、これを重要な経営課題として取り組むよう求めている。特に本年は、FATF(Financial Action Task Force:金融活動作業部会)による第四次対日相互審査の実施が控えており、また我が国がG20の議長国でもあり、マネロン・テロ資金供与対策に関する国際的議論をリードし、課題解決に向け国際社会において主導的な役割を果たしていく必要がある。

こうした状況を踏まえ、金融庁は、その遵守が国際的に要請されるFATF基準等を踏まえ、実効性をともなうマネロン・テロ資金供与対策の基本的な考え方を示すべく、2018年2月に「マネー・ローンダリング及びテロ資金供与対策に関するガイドライン」(以下、「ガイドライン」)を公表し、金融機関等にリスクベース・アプローチ(以下、「RBA」)に基づく態勢整備を促すとともに、その実施状況をモニタリングしてきた。ここでのRBAとは、金融機関等が、自らが直面しているマネロン・テロ資金供与リスクを適時・適切に特定・評価し、当該リスクに見合った低減措置を講ずることであり、マネロン・テロ資金供与対策における基本原則となっている。

現在、金融機関等は、RBAに沿って態勢を高度化している途上にある。今後、一般企業が金融機関等と取引を開始する際には、例えば取引目的について書面等による確認を求められるなど、金融機関からの質問や資料提出要請に応じなければならない場面が増えることが予想される。
これは取引開始後も基本的に同様であるが、取引先の金融機関等と日常的にコミュニケーションをとっており、金融機関等が当該企業の商流や送金先、取引先、資本関係等を十分に把握している場合には、企業側にそれほど追加的な負担なく、そのコミュニケーションの過程で、マネロン・テロ資金供与対策に必要な情報・資料を金融機関等が収集することができるとも考えられる。

このような状況のもと、本連載においては、FATF審査の概要、ガイドラインのポイント及び金融庁の取組みに触れるとともに、それらに伴う一般企業への影響について述べることとする。なお、本連載で意見にわたる部分については、筆者の個人的見解であり、筆者が所属する組織の見解ではないことにご留意いただきたい。

FATF審査スケジュール

2. FATFによる第四次対日相互審査

(1)審査の概要

FATFとは1989年のG7アルシュ・サミット経済宣言を受け、マネロン・テロ資金供与対策における国際協調を推進するため設立された政府間会合であり、国際基準(FATF勧告)の策定や各国における勧告の遵守状況の審査等を実施している。
我が国が2008年に受けた第三次相互審査では、FATF勧告に沿った法令等の整備状況(技術的遵守状況)が審査されたが、第四次相互審査では一段目線が上がり、当局及び民間事業者による取組みの有効性も審査される。有効性審査では、当局のみならず金融機関等も、FATF審査団によるオンサイト審査(インタビュー)を受け、自身の取組みの有効性を説明しなければならない。審査はFATFの審査手引書に従って実施され、金融分野については、当局がRBAに従ってマネロン・テロ資金供与対策に係る監督を適切に実施しているか、金融機関等がマネロン・テロ資金供与対策に係る予防的措置をリスクに応じて適切に実施しているか(リスク評価、顧客管理、記録の保存、疑わしい取引の届出等)などといった事項が総合的に検証される。
相互審査で認められた不備に対しては改善状況のフォローアップが行われ、審査結果によりフォローアップの程度(通常か強化か)が決定される。審査結果及びフォローアップ対応への評価が著しく低い場合、マネロン・テロ資金供与リスクの高い国と認定され、他国金融監督当局による監視の強化や他国金融機関からの取引拒絶・契約解除により、我が国の利用者による海外送金の不能・遅延等が生じ、貿易取引の決済をはじめとする経済活動全般に支障がでるおそれがある。


(2)他国審査結果等

FATF第四次相互審査については、2018年12月末現在では21か国の結果が公表されているが、通常フォローアップは5か国(ポルトガル・イタリア・スペイン・イギリス・イスラエル)にとどまり、16か国が強化フォローアップとなっている。
強化フォローアップ先のうち、例えばデンマークは、「主要な銀行を含めた、ほぼ全ての金融機関において、リスクに対する不適切な理解とマネロン・テロ資金供与対策にかかる措置の不十分な実施が見られる」との評価がなされ、特に、「金融機関によって実施されたリスク評価が包括的なものとなっておらず、全ての取引や商品・サービスをカバーしていないため、予防措置が不適切」と指摘されている。アイスランドも、「ほとんどの金融機関は、自社が晒されているマネロン・テロ資金供与リスクを評価・理解していない。また、リスクベース・アプローチを適用している金融機関はない」と評価されている。
FATF第四次相互審査においては、金融機関等が、全ての商品・サービス及び顧客について、包括的かつ具体的なリスクの特定・評価を実施した上で、リスクに応じた予防措置を講ずることが、極めて重視されていることが分かる。

(東京商工リサーチ発行「TSR情報全国版」2019年1月28日号より転載)

 TSR情報とは

人気記事ランキング

  • TSRデータインサイト

M&A総研の関わりに注目集まる資金流出トラブル ~ アドバイザリー契約と直前の解約 ~

東京商工リサーチは、M&Aトラブルの当事者であるトミス建設、マイスHD、両者の株式譲渡契約前にアドバイザリー契約を解約したM&A総合研究所(TSRコード: 697709230、千代田区)を取材した。

2

  • TSRデータインサイト

中小企業、中高年の活用に活路 「早期・希望退職」は大企業の2.8%が実施

 「早期希望・退職」をこの3年間実施せず、この先1年以内の実施も検討していない企業は98.5%だった。人手不足が深刻化するなか、上場企業の「早期・希望退職」募集が増えているが、中小企業では社員活用の方法を探っているようだ。

3

  • TSRデータインサイト

【解説】秀和システムの法的整理、異変察知は「船井電機より前」

(株)秀和システム(TSRコード:292007680、東京都)への問い合せは、船井電機(株)(TSRコード:697425274、大阪府)の破産の前後から急増した。ところが、あるベテラン審査マンは「ERIが弾けた時からマークしていた」と耳打ちする。

4

  • TSRデータインサイト

1-6月の「訪問介護」倒産 2年連続で最多 ヘルパー不足と報酬改定で苦境が鮮明に

参議院選挙の争点の一つでもある介護業界の倒産が加速している。2025年上半期(1-6月)の「訪問介護」の倒産が45件(前年同期比12.5%増)に達し、2年連続で過去最多を更新した。

5

  • TSRデータインサイト

2023年度「赤字法人率」 過去最小の64.7% 最小は佐賀県が60.9%、四国はワースト5位に3県入る

国税庁が4月に公表した「国税庁統計法人税表」によると、2023年度の赤字法人(欠損法人)は193万650社だった。普通法人(298万2,191社)の赤字法人率は64.73%で、年度集計に変更された2007年度以降では、2022年度の64.84%を下回り、最小を更新した。

TOPへ