再開発と半導体が牽引する九州経済 日本銀行福岡支店長に聞くー広域連携が生む新たな成長軸 2026/7/9
福岡市中心部の再開発や、TSMCの熊本進出を契機とした半導体関連産業の拡大により九州は全国でも最も勢いのある地域の一つとして認識されている。人口増加が続く福岡市を中心に都市の魅力が高まり、街並みも大きく変化。さらに、九州・山口を一体で捉える広域連携の文化が、地域全体のポテンシャルを押し上げている。現在の九州経済について、4月に就任したばかりの日本銀行畠中基博福岡支店長に聞いた。(インタビュー日:2026/6/4)
―最近の福岡の状況をどのように見ていますか。
前回、北九州支店に赴任していた時も、福岡については、非常にポテンシャルの高いエリアだと感じていました。3年ぶりに福岡に戻り、改めてその勢いが一段と高まっていると感じています。象徴的なのは、天神ビッグバンや博多コネクティッドに代表される再開発です。以前はまだ完成していなかった新しいビルが数多く建ち、街の姿が大きく変わっています。加えて、福岡市は人口増加率でも政令指定都市の中で高い伸びを示しており、都市としての魅力がさらに高まっていると感じています。
―福岡、そして九州経済のどのような点に注目されていますか。
福岡支店から九州経済を見ていくうえで、まず重要なのは自動車産業です。自動車は従来から、福岡県、さらには九州経済において大きなウエートを占める基幹産業です。今後、大手自動車メーカーの国内再編に伴う工場の生産移管や、多様な車種への対応などを背景に、福岡県内で自動車産業のすそ野がさらに広がっていくでしょう。
もう一つが半導体産業です。熊本県へのTSMC進出を契機に、関連企業や半導体製造装置関連の動きが九州全体に波及しています。重要なのは、これを各県が個別に進めるのではなく、県をまたいで協力しながら取り組んでいる点です。
この地域間の連携こそが、九州のポテンシャルを高めている要因の一つだと思います。昔から、九州、そして山口までを一体で考える発想がありました。広域で経済圏として捉える考え方です。他の地域では、九州ほど一体となって取り組んでいる印象はあまり強くありません。そういう意味では、九州には協力し合う文化がある。協調して進めていくという姿勢は、非常に良いことだと思います。
福岡県でも、半導体の設計や後工程といった分野で新たな広がりが出てきています。半導体工場がフル生産の段階に入れば、さらに大きな経済効果が期待できると思います。
また、特区を活用した動きも進んでおり、外資系金融機関やフィンテック企業、スタートアップの進出など、さまざまな動きが一段と強まっています。経済成長の勢いは、非常に高まっていると感じています。
―観光やインバウンドについてはいかがでしょうか。
街の魅力が高まれば人は集まりますし、九州には食文化、祭り、観光資源が豊富にあります。インバウンドは引き続き消費面で大きく貢献しています。
中国からの観光客は減少していますが、他の地域からの観光客が増えており、全体としては勢いが落ちているとは見ていません。むしろ、インバウンド消費は強いと感じています。
物価高などの影響はありますが、株高による資産効果や街の賑わいもあり、消費は比較的堅調です。百貨店では高額商品も売れていますし、ハレの日消費も含めて、全体として消費動向はしっかりしていると見ています。
―福岡県ではバイオ関連やロボット関連についても、行政がしっかり支援しています。今後、こうした分野も期待できますか。
その通りだと思います。現在、全国的にも地域ごとの成長戦略について議論が進められていますが、九州からもさまざまな成長分野があがっています。国が進めようとしている重要戦略と、九州が取り組もうとしている方向性には、重なる部分が多くあります。
福岡県内では、北九州や京築地域を中心に、製造業の基盤があります。北九州地域は、かつて鉄冷えなどの厳しい時期も経験してきましたが、炭鉱や鉄鋼の歴史を経て、地場企業がさまざまな技術や強みを培ってきたことが、現在の成長につながっている面もあります。半導体関連部品への取り組みなど、多角化の動きが進んでいます。
今後は再生可能エネルギー、バイオ、フィジカルAIのような新しい分野でもポテンシャルをいかに実現していくかが、福岡、そして九州経済にとって重要になると思っています。
―物価動向と賃上げについて
物価動向については、金融経済概況でもお伝えしている通りです。九州エリアの消費者物価は前年比で1.3%程度の上昇となっています。全国は1.4%程度ですので、全国と九州で大きな違いはないと見ています。
前月と比べると、プラス幅はやや縮小しています。物価自体は上昇していますが、上がり方は少し落ち着いてきています。その要因の一つが米価です。
一時期大きく注目された米の価格が落ち着いてきたことで、外食関連などにも下押しの影響が出ており、前年比で見ると、足元では上昇幅が縮小しています。
また、ガソリンなどの自動車等関係費についても、政府の補助金の効果があります。補助金によってガソリン価格が抑えられている面があり、現時点では物価を大きく押し上げる要因にはなっていませんが、今後は、こうした物価を抑える要因と中東情勢を受けた物価の押し上げ要因の両方を見ながら、動向を丁寧に確認していく必要があります。
賃上げの動きは、大企業だけでなく中小企業にも広がっています。背景には、人手不足があります。賃金を上げなければ人材を確保できないという要因が、非常に強く働いています。現時点では、中東情勢の影響によって賃上げの機運に水が差されている状況ではないと見ています。
こうした賃上げを継続できるかどうかが今後の大きな課題です。現在は、価格転嫁、企業収益、設備投資、賃上げという良い循環が少しずつできつつあります。この流れが崩れないよう、引き続き注意深く見ていく必要があると考えています。
―「金利のある世界」について
現在は、物価高によって仕入価格が上昇し、それを十分に価格転嫁できない企業が出ています。加えて、賃上げに伴う人件費の上昇もあります。
一方で、金融環境そのものは引き続き緩和的です。銀行が貸し渋っている、あるいは過度な金利引き上げによって企業が苦しめられているという話はあまり聞きませんし、データ上もそうした状況は強く見られていません。
また、「金利のある世界」と言いますが、むしろ金利がない世界の方が特殊だったとも言えます。正常な景気循環を実現するためには、一定の金利は必要です。金利がない状態が長く続けば、不動産バブルや資産価格全体への影響も生じかねません。
―中東情勢について
セクター別に見ると、中東情勢の影響などにより、生産がやや落ちている分野はあります。特に化学セクターでは、ナフサなどを中心に原材料の調達面で影響が出ています。一方で、AI半導体や半導体製造装置の分野では、需要が非常に強い状況です。
アメリカではデータセンターへの投資が活発で、GPUや半導体への需要が高まっています。九州はすでにその恩恵を受けている面があります。
全体として見ると、中東情勢の影響を受けている分野がある一方で、半導体需要の強さがプラスに働いています。そのため、全体では横ばいという評価になっています。今後は、海外需要の強さと、中東情勢による景気下押し圧力の両方を丁寧に見ていくことが重要だと思います。
―金融リテラシー教育と地域連携について
日本銀行として、金融リテラシー向上には力を入れています。実は、日本銀行福岡支店は、福岡県金融広報委員会の事務局を務めています。金融経済教育推進機構、いわゆるJ-FLECをはじめ、関係団体、福岡県、銀行協会などとも連携しています。地方銀行など地域金融機関も、こうした取り組みに非常に熱心です。
その中で、私どもも金融教育は重要なテーマだと考え、力を入れて取り組んでいます。
最近では、子どもたちの生きる力を育むため、学校における金融経済教育の推進に取り組んでいます。また、社会人が自立する力を高めるための金融知識の普及活動も行っています。
金融情報の適切な提供、金融リテラシー向上に向けた学習支援、生涯学習支援などを、県内の企業、職域、学校向けに展開しています。詐欺的な投資勧誘や金融トラブルも増えていますし、人生100年時代、そして資産運用立国という流れの中で、一人ひとりが金融に関する知識を持つことが重要になっています。そうした意味で、地域の支店としても取り組むべきテーマだと考えています。
また、国庫金のキャッシュレス納付の推進にも取り組んでいます。キャッシュレス納付が進めば、金融機関の負担が軽くなりますし、中小零細企業にとっても、一度仕組みを整えれば、その後の事務負担が軽くなります。人手不足が課題となる中で、こうした業務効率化は非常に重要です。
―九州経済の今後の見通しについて
長い目で見れば、九州の経済は成長していくという明るい見方をしています。
ただ、足元の1年については、一時的な要因がどの程度続くのかが見えにくい状況です。その最大の要因が中東情勢です。
中東情勢が短期間で落ち着くのであれば、九州・沖縄経済の前提が大きく崩れることはないと見ています。長引けば長引くほど、サプライチェーンへの影響は重くのしかかってきます。
九州はアジアとの貿易が多い地域です。資材、部品、加工品、中間生成品など、さまざまなものが国境を越えて行き来しています。
日本もそうですが、アジア各国も原油や天然ガス、LNGを含めて中東に一定程度依存しています。幸い、日本はLNGについて中東以外からの調達もあり、原油備蓄もあります。アジアの国々と比べれば、一定の余力はあると言えます。
ただ、アジア各国が苦しくなり、自国優先で他国に物を出さないような動きになれば、九州の生産活動にも影響が及ぶ可能性があります。そういう意味では、中東情勢の動向は、今年最大の変動要因だと見ています。そして物価については上振れリスクをよく見ていく必要があります。