日本銀行での30年間と東北地方の展望 2026/6/8

日本銀行 仙台支店長 横堀裕二氏と(株)東京商工リサーチ 土持功 東北地区本部長

日本銀行

仙台支店長

横堀 裕二氏

(株)東京商工リサーチ

東北地区本部長

土持 功

日本銀行・横堀裕二仙台支店長(2025年6月就任)は1996年4月の入行後、アジア通貨危機を経験し、国内外の金融システムのモニタリングや規制枠組みの策定に注力するとともに、IMF(国際通貨基金)への出向やパリ事務所長を経験した国際派でもある。前半では日本銀行における経験談および東北・仙台についての所感などを語ってもらった。後半では自ら東北各地に足を運び、現場の空気感を肌で感じてきた中で「推し活」や「聖地巡礼」まで見聞を広げ、東北経済がより活性化するためのヒントを分析してもらった。(インタビュー実施日は2026年3月3日)。

聞き手:(株)東京商工リサーチ 土持功 東北地区本部長

国際金融危機、デフレとの闘い、パリ事務所長を経て

日本銀行でのキャリアについて

―日本銀行におけるご自身のキャリアを教えてください。

私は日本銀行には1996年に入行し今年で勤務31年目です。子供の頃に海外で過ごしたこともあり国際的な仕事に関心があったのですが、入行後は若い頃を中心に国際的な仕事が多く、次第に金融安定や金融政策、広報・リスク管理関係の仕事が増えていきました。入行2年目の1997年にはアジア通貨危機が起きましたが、金融取引がグローバル化し資金フローが急速かつ巨額に移動しうる下で、金融面の不均衡が世界的な危機に繋がるリスクを強く印象付けられました。当時担当していた国際銀行統計の分析を通じて、いわゆる「通貨と満期のダブルミスマッチ(国内長期融資を外貨建ての短期借入れで調達)」が脆弱性を高めていた構図が明らかになったのですが、金融取引のトランスペアレンシー(透明性)を高めるために一段の統計整備の重要性や、アジア域内で長期資金を調達可能とする債券市場育成の重要性を認識することになりました。同時に、中央銀行には金融危機を未然に予防するためのモニタリングや国際協調等、果たすべき役割が多いとの思いを強くした原体験でした。

金融危機とIMFでの経験

―私が当社に入社したのは1998年ですが、1997年には日本国内では北海道拓殖銀行が破綻し、翌1998年には長銀、日債銀が破綻するなど、金融機関の破綻が続きました。

日本の金融危機ですね。バブル崩壊により不良債権が増えていたことで金融システムの再建が大きな課題になっていました。当時は、国際的にもアジア通貨危機に続いて、ロシア金融危機がありましたし、2000年にはドットコムバブルの崩壊もありました。それまでは国際収支の不均衡に起因する危機が意識されていましたが、アジア通貨危機の経験から、IMFを含めて世界的に金融システムの健全性をチェックしなければならないとの気運が高まり、IMFは1999年よりFSAPと呼ばれる金融セクター評価プログラムを世界銀行と共同で導入しました。私はIMFに2003年から2006年に出向しましたが、まさにこのFSAPの導入初期段階に金融システムのモニタリングの定型化に従事し多くのことを学ばせてもらいました。IMFでは、日銀からはなかなか訪問する機会がないアフリカのウガンダやナミビア、旧ソ連のウズベキスタンやモルドバといった国にFSAPや4条協議(加盟国の経済政策を定期的に評価・助言する仕組み)で訪問しましたが、それぞれの国の経済構造や発展度合いに応じた処方箋の重要性、そして政策を支える安定的な実務能力やガバナンスの大切さを痛感させられました。

横堀裕二仙台支店長がインタビューに応じる様子
インタビューに応じる横堀裕二仙台支店長

リーマン・ショック後には、金融機構局でメガバンクの海外拠点などを中心に考査業務に従事しました。日銀考査とは、ドラマ「半沢直樹」で話題になった金融庁検査と比較されることが多いですが、金融機関のリスク管理態勢や健全性等の点検、いわば健康診断のようなもので、日銀が提供する決済システムである日銀ネットを安心して利用いただくために参加金融機関の健全性を確認する目的で契約に基づいて実施しています。その後、私はバーゼル銀行監督委員会の部会の日本メンバーとして「バーゼルⅢ」(銀行の自己資本比率や流動性に関する国際的な規制基準)の検討に従事し、リーマン・ショックの際に問題の発端ともなった証券化商品のリスク管理枠組みの見直しに取り組みましたが、この際、考査で金融機関のリスク管理実務を検証していたことが大変役立ちました。このほか、国際的な分野でのキャリアとしては、2016年から2019年にパリ事務所長を経験しました。当時は、グローバリズムに逆行する動きが世界的に出てきた時期で、ブレグジット(Brexit)の発表は私が日本を出国したのとほぼ同じタイミングでしたし、大陸欧州でも反EUのポピュリズム的な動きが勢いを持ち始め、今もくすぶり続ける移民問題や格差問題が大きな政治・経済問題として持ち上がっていました。同時に、欧州各地でテロが頻発しフランスは非常事態宣言下にあり、金融・経済の土台として安全保障の確保の重要性を強く実感した3年間でしたが、今振り返ると時代の転換点だったのかもしれません。

パリでの思い出

―パリでの仕事以外での思い出はいかがでしょう。

ヨーロッパはサッカーが盛んですが、息子たちがサッカーをするようになり、私も欧州サッカーを一緒にフォローするようになりました。2025年にはヨーロッパ最高峰であるUEFAチャンピオンズリーグでパリ・サンジェルマンが初優勝を遂げましたが、パリでは何度か生で試合を観戦する機会を得たほか、スペインを家族旅行で訪問した際には、強豪バルセロナの試合を観戦できたことは良い思い出です。

金融政策との関わり

―金融政策関連で印象深い関わりについてはいかがでしょうか。

パリ事務所に赴任する前の2013年から2016年までの3年間、政策委員会室企画役として日銀のボードメンバーである審議委員のスタッフをやっておりました。当時の経済情勢はマイルドなデフレが続いていて、株価は1万円を切り、為替は円高で6重苦という言葉もあった時代です。そこにアベノミクスが提唱され、日銀も「2%の物価安定目標」を掲げ、黒田前総裁が異次元と呼ばれた量的質的金融緩和を導入し、デフレでない状況が実現していくという過程を私も近くで見ておりました。それでもなかなか2%に至らず、その背景にはデフレマインドの払拭が進まなかったことがありました。価格低下競争の結果として賃金も上がらなかった訳ですが、昨今ようやく物価と賃金が緩やかに上昇していく状況となっており、本当にここまで来るのに時間がかかったと思います。収益を稼ぐためには価格転嫁が必要であり、それにより賃上げを実現するという、緩やかな物価上昇と賃上げのサイクルが自然であるとの考えが定着しつつあることは非常に良いことだと思うと同時に、しっかりと持続可能な形でないと意味がないので、そこを注視しつつ期待しているところです。

仙台ならびに東北への思い

―ありがとうございます。2025年6月に仙台支店長として赴任されましたが、仙台ならびに東北に来てからの所感、気づきなどはいかがでしょうか。

地方支店勤務は初めてです。もちろん東北に関する情報に接したり関連する本を読んだり、そういった知識はありましたが、実際に来てみての所感というのは、まさに就任記者会見の時に申し上げた印象を深めているところです。すなわち、人口減少・人口流出という中長期的に解決すべき大きな課題を抱え、そこを起点に考えるべきことは多いですが、その一方で、過度に悲観する必要はなく、日本三景である松島や温泉地、あるいはウィンタースポーツが盛んな蔵王など豊かな自然観光資源に恵まれているため、インバウンド増加のポテンシャルは非常に高いと思います。それに加えて近年、特に震災以降では、半導体や自動車産業といった製造業の集積が進んでおり、これらが強みとなって経済成長に寄与していくことを期待しています。

人口減少については、残念ながら東北6県のうち宮城を除く5県が減少率全国ワースト10に入るという状況ですが、ただ経営者の方々は皆さん危機感を持ちながら取り組んでおられます。新卒採用が難しいもとで、女性や高齢者の労働市場参入が進められていますし、外国人労働者活用についても行政を含めて積極的な取り組みがみられます。外国人労働者については、1事業所あたりの労働者数はまだ全国平均の半分以下ですが、伸び率では2015年以降は全国平均を上回っているなど取り組みが実を結んできています。それでも人手不足は今そこにある危機ですので、その対策としての意味合いも含めて賃上げに積極的な姿勢がみられています。2025年の東北6県の春闘の最終集計値は前年を上回りましたし、最低賃金も金額・引き上げ幅ともに過去最高となりました。各種コスト上昇の中で、賃上げは正直苦しいという声も聞かれますが、2026年も前年並みの賃上げを目指すとの声が多く聞かれていることは心強く思います。一方で、先に申し上げた価格転嫁についてはそろそろ限界だという声も出てきておりますので、賃上げ原資を確保するために、並行してDX推進やAI活用などの省力化、省人化投資によって生産性を上げていくことが必要になると思います。この点、近時、東北の設備投資の動きを見ると、省人化投資を含めて設備投資計画はしっかりとしたものになっていますので、実を結んでいくことを期待しています。

「推し活」や「聖地巡礼」 インバウンドにも好機

設備投資に前向きな企業が増加

―弊社も経済の動きの中で企業倒産集計を発表しておりますが、倒産件数が前年並、もしくは微増という状況の中です。また倒産の前段階で廃業、休業をしてしまうというケースが倒産件数の5倍強にまで増加しており、先ほど支店長が言われた人手不足の影響、ひいては事業承継が出来ない状況がますます続いていくのかなというのを考えておりました。また御行よりいただいた2月末「経済の動き」でも持ち直している数値が見られ、公共投資や設備投資に前向きな要素が見られるところですね。

「12月短観」でご確認いただいている通り、省人化・省力化投資のほか、能力増強や新製品の開発投資も積極的になっています。弊行が2025年12月に公表した「さくらレポート」別冊では地域企業の設備投資の動向を取りまとめましたが、従前ですと、コストが上がる、金利が上がる、人手不足などとなると、それが制約になって投資計画をやめようとか、後ずれさせようかといった判断がありましたが、ここに来て、人手不足は中長期的な課題であるとの認識、あるいは物価高についても今後は基本的にデフレ経済からインフレ経済に転換していくのだと、そういった認識のもとで、逆に「今ここで投資しないと大変なことになる」と判断する経営者が増えてきているのが最近の特徴となっていますね。

横堀裕二仙台支店長がインタビューに応じる様子
インタビューに応じる横堀裕二仙台支店長

東北経済の動き

―弊社も中小企業を回らせていただいている中で、おっしゃるような状況をよく取材しています。繰り返しになりますが、人手不足、事業承継、物価高等々が倒産のトレンド化となってきているので、そこをどうやって回復していくかというところが課題になるのかなと思っておりました。

東北経済の動きでは、GDPは「消費」が大きいウエイトを占めていますが、これは緩やかに回復していると見ています。一方で、物価高の下で節約志向が強まり消費が弱くなるのではとの見方があるかもしれません。確かに節約志向によって選別が強くなっている面はあるのですが、その一方で雇用環境は改善し賃金も上がってきていますので、最近は消費者が価値を認めるモノ・コトには惜しみなく支出する動きが広がっています。典型的には「推し活」ですね。これは富裕層に限らず、より幅広くみられますので消費の堅調さを下支えているとみています。

なお、当店を含む東北4支店で東北の主要「夏祭り」の動向に関するレポートを発表しました。夏祭りはご存知の通り東北の誇る財産であり、貴重な観光資源ですが、2025年の入込客数はどうだったかというと、天候要因や日並びの関係で前年よりも減少していました。ただ一方で関連ビジネスを見ると割と堅調でした。そこにはいろんな工夫もあったのですが、夏祭りにおいてもアニメやゲームとコラボしたキャラクターグッズの販売・配布が人気を呼び、「推し活」に支えられる形で、地域内外から、あるいは海外からの集客向上につながったという事例がありました。

推し活と聖地巡礼による地域活性化

―近しいキーワードで言うと「聖地巡礼」というのもあります。

おっしゃる通りですね。アニメとコラボしたイベントや商品を目にする機会も増えている印象ですし、「推し活」、「聖地巡礼」といった価値を認めるものや体験に支出を惜しまない消費行動が拡がり、東北の活性化に繋がっていくと良いですね。

東北経済の先行きをどう見るか

―経済の先行きについてはいかがでしょうか。

今後のポイントは、個人消費の回復状況と、企業の前向きな賃上げと価格転嫁の動向、各国の通商政策の動向、そして中東情勢の影響になるかと思っています。

個人消費については、物価高の下での節約志向の強まりでメリハリ消費がみられており、引き続き雇用・所得環境の改善が個人消費の回復を下支えしていくか、また、賃上げについては、持続可能であることが重要ですので価格転嫁や生産性向上を通じた企業収益の改善を伴うものとなっていくか、注視していきます。

企業の生産活動については、全体的に持ち直しているとの判断を続けており、輸送機械が主力の国内向け製品での受注残解消に向けて高水準の生産を継続していますし、電子部品・デバイスはEV関連需要こそ少し軟調ですが世界的に旺盛な生成AI関連需要により緩やかに回復しています。その一方で、食料品は外食や観光産業向けの需要は堅調ですが2025年10月の一斉値上げなどの物価高の影響で買い控えが生じていますし、水産加工品は原材料不足、例えば気候変動で獲れる魚種が変わってしまった、といった話も聞かれ、弱めの動きとなっています。こうした動きと米国関税を巡る不確実性といった下押し要因が持ち直しの動きを腰折れしないか注視していきます。

米国のトランプ関税については、2025年に大きな不確実性をもたらした要因として注視しておりましたが、年末にかけて影響は当初懸念したほど大きくなく霧が晴れてきたと感じていました。ただ年明け後、米国の最高裁での違憲判決を踏まえて新たに10%の代替関税が発動され、さらに15%に引き上げる意向が表明されており昨年夏の日米合意の扱いを含めて再び不確実性が高まっているところです。加えて、中東情勢緊迫化により原油などエネルギー価格が上昇すれば、ガソリン代や電気料金、物流コストなどを通じて、幅広く経済に影響を与えますので、特に注視していきます。

横堀裕二仙台支店長がインタビューに応じる様子
インタビューに応じる横堀裕二仙台支店長

仙台支店独自の取り組み

―ありがとうございます。ここからはフリートークとして、仙台支店独自の取り組みなどはいかがでしょうか。

国民の皆様に日銀や金融・経済への理解を深めていただくために、「店内見学」や学校・一般の方向けの「出前講座」は、引き続き力を入れてやっています。私は、本店の政策広報を担う政策委員会室広報課、またホームページ作成や見学などを仕切る情報サービス局総務課の両方の課長を経験しており広報への思い入れも強いのですが、中央銀行によるコミュニケーションはとても大切だと考えています。従来、金融政策の情報発信はマーケット関係者やプロ向け、専門家向けの発信が多く、必ずしも一般の方々に分かりやすいものではなかったかと思います。ただ、物価高で生活が苦しいといった声があがる中で、日銀が目指す2%の物価安定目標について、単に物価さえ上がれば良いというものではなく、それによって企業の収益が増え、賃金も上がりみんながハッピーになる、そのような持続的な経済成長を支えるためのものであることを分かりやすく発信し理解を得ていくことが大事だと考えています。本店でも日銀のファンを増やす取り組みが大事だということで、YouTubeの動画配信やオンラインによる見学も実施するようになりましたが、仙台支店でも、日銀の業務を身近に感じていただけるよう、分かりやすさを意識して見学案内や広報ルームの展示など工夫して取り組んでいます。

また、2026年3月で東日本大震災から15年を迎えましたが、震災時に仙台支店で行った取り組みも経験値として広報・伝承していく必要性を感じています。国民の皆様に直接関係するところとしては、被災直後から、水に流され、汚れ、破れてしまった大量の紙幣や貨幣が当店に持ち込まれました。皆様の大事な資産としてなるべく1枚でも多くお返しできるように、ピンセットで1枚1枚剥がしながら対応しました。当店だけでは対応できないので、本店はじめ日本各地の支店の職員も含めて応援に来てもらいました。震災後5年間でお返しできたお金は、紙幣で約40万枚、貨幣は約550万枚を数えます。

経営者の方へメッセージ

―ありがとうございます。最後になりますが、東北の経営者の方向けにメッセージをお願いできますでしょうか。

経営者の方々には、まずは、持続的な賃上げを実現すべく価格転嫁や生産性向上を通じた企業収益確保への取り組みをお願いできれば、と思います。そのうえで、東北には先ほど申し上げましたようにポテンシャルの高さを感じますので、そうした強みについては自信をもって発信し活かして頂けたらと思います。特に観光については、山形県がアメリカのナショナルジオグラフィックが発表した「2026年に訪れるべき旅行先25選」に日本で唯一選ばれました。また東北各地でクルーズ船の寄港が増えていますが、大きな船だと乗客3,500人規模にもなりますので、単純計算ではありますが1人1万円の消費でも1回の寄港で3,500万円の経済効果になります。寄港地としては山形の酒田や岩手の宮古、青森などがあげられますが、寄港の回数がハイペースで伸びていますので、地元の魅力をアピールしつつ乗客のニーズを取り込めるよう、寄港地周辺の周遊バスツアーを充実させるなど地元の企業・行政で連携して、点から面へと波及効果を高めるような取り組みに期待しています。一方で東北のインバウンドはまだ日本全体の1.5%程度にとどまっており、特にウエイトが低い欧米からの訪日客を伸ばす余地は大きいと思います。欧米の方は滞在日数が長く消費単価が高い傾向があるため経済効果も大きくなりますし、特に欧州では夏に長期休暇(バカンス)を取り歴史・文化的な体験を楽しむ習慣がありますので、東北の魅力を体験いただけるような観光プランは売りになるのではないでしょうか。例えば、東北に来て農業体験をする、こけし作りを一緒にやる、神社仏閣で精進料理をいただきつつ修行体験をするなど、そういう体験型観光のコンテンツの種を見渡すと東北は本当に宝庫だと思います。

また、学術面でも日本初の国際卓越研究大学に指定された東北大学があります。またナノテラスも本格稼働を開始し、幅広い分野での研究開発、イノベーションが推進されています。大学等1校当たりの企業との共同研究数は東北地域が全国1位との調査結果もあり、産学官連携がしっかりと進んでいますので、こうした取り組みがより好循環につながっていくものと期待しています。

―今回はありがとうございました。

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