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必要なのは「本業支援と拡充した事業再生メニューの周知」~ 私的整理で中小企業の再生に取り組む宮原一東弁護士 単独インタビュー ~

 コロナ禍において、中小企業の事業再生に関する制度の整備が進んでいる。一方で、事業再生の成功には、増加した選択肢の中からそれぞれの事業者にとっての「最適解」を見つけることが不可欠だ。こうしたなかで、企業支援を得意とする再生実務家の重要性は、以前にも増して高まっている。
 私的整理を中心とする多くの案件で、中小企業の事業再生を手掛けてきた宮原一東弁護士(桜通り法律事務所)に、事業再生を志すきっかけや再生を目指す中小企業が利用できる制度などを聞いた。



―事業再生に携わる経緯は

 2003年に弁護士登録した当時、弁護士過疎問題が盛んに取り上げられていた。弁護士の助力を必要としている地域で働くことに魅力を感じ、日弁連のひまわり基金法律事務所(※1)の協力事務所の一つに入所した。
 その後、札幌の事務所を経て2005年1月、北海道倶知安(くっちゃん)町に「倶知安ひまわり基金法律事務所」を開設した。ちょうど高金利のクレジットカードや消費者金融が社会問題になった頃で、個人消費者の任意整理などを中心に手がけるなか、時折、旅館やペンションなどの事業者からも相談を受けることがあった。だが、当時はまだ財務諸表を読む訓練をしていたわけでもなく、事業再生の知識・経験も乏しかったため、適切な助言ができていないのではないかと不甲斐なく思いながら対応していた。
 倶知安での任期終了が近づき、今後を考えていた頃、村松謙一弁護士(光麗法律事務所)が企業倒産を阻止すべく奔走されているテレビ番組を見かけ、企業の債務整理や事業再生にやりがいを感じた。
 それが縁で2008年4月、光麗法律事務所に入所した。その頃は、リーマン・ショックを機に倒産や再生案件が増加した時期であり、中小企業再生支援協議会(現:活性化協議会、以下協議会)の案件のほか、弁護士主導による自主再建や債権放棄案件にも多く関わることができ、非常に有益な経験だった。
 そして2012年、桜通り法律事務所を開設した。その際、事業再生や倒産は周囲に与える影響が大きく、その都度判断が必要になるため、なるべく複数で案件を担当した方が誤りも少なくサービス価値を高められると考え、岡本成道弁護士と2人での独立を選んだ。
 現在は再生案件のなかでも「準則型私的整理」という、ルールに基づいた私的整理案件を中心に手掛けることが多い。

※1 弁護士過疎問題解消のため、日弁連、弁護士会、弁護士会連合会の支援で開設される法律事務所。

―事業再生のやりがいは

 再生案件には金融機関の協力が不可欠だが、債権者と債務者という立場の問題から、金融機関のみでは難しい場面もある。そうした際に、協議会や協議会アドバイザーの公認会計士と共同し、金融機関や株主、従業員、取引先など様々な利害関係人と交渉し、その意図を経営者に正確に伝え、あるべき方向を目指すための調整ができるのは弁護士だけだ。
 そして調整の結果として、多くの関係者の納得や一定の解決を得られ、従業員や地域にもいい影響を与えられることが、この仕事の魅力であり、やりがいだと思っている。

インタビューに応じる宮原一東弁護士
インタビューに応じる宮原一東弁護士

―再生において重要なポイントは

 1つ目は資金繰り。資金繰りが破たん状態であれば、経営者がどんなに良い人で、収益性のある魅力的な事業でも継続は不可能なので、最優先で確認する。
 最近は、表面上の資金繰りには問題ないが、実は税金や社会保険料を滞納しているというケースも多い。その場合、解消の見込みがあるか、猶予が可能かなどを精査する。一時的に資金が厳しくても、事業再生専門の金融機関などから融資を受けられるケースもあり、事業再生ファイナンスを出してくれるところには積極的に相談を持ちかけている。
 2つ目は事業性。キャッシュフローを生み出す力があるか、赤字なら黒字化する見込みがあるか。仮に現状では事業性がないとしても、なにか一定の強みがあり、第三者によってその価値を高められるならば、再生の余地はある。
 3つ目は再生への姿勢。経営者に再生への熱意・誠実性があるか、もしくは、高齢などの理由で再生までの熱意はなくとも、再生に前向きな後継者やスポンサーへの承継などに協力的であるかどうか。

―相談のタイミングは

 もちろん早ければ早いほどいいが、資金繰りが破たんしているからもう遅いということはない。
 例えば、不渡りを起こしていると私的整理は無理かもしれないが、民事再生を通じたアナウンスメント効果により早期にスポンサーが見つかり再生できるケースもあるので、手遅れだと諦める必要はない。ただ、早いに越したことはないし、遅いときは遅い場合の対応方法でなんとかするしかないというのが実情だ。

―コロナ禍以降の私的整理について

 相談件数はかなり増えている実感がある。近時は、金融機関や各地の中小企業活性化協議会、他の専門家から案件紹介を受けるケースが多い。相談企業の多くは、収益力の回復が遅れていたり、猶予されていた税金や社会保険、コロナ融資の返済に困っている。
 「中小企業の事業再生等に関するガイドライン」(以下、ガイドライン)の制定や協議会の拡充など、私的整理の整備が進んでいる面もあるので、ガイドラインや協議会の積極的な活用が望まれる。

ガイドラインの利用は

 ガイドラインには再生型、廃業型の各手続があるが、外部専門家(代理人)と第三者支援専門家それぞれの立場で相応の件数に関与している。
 特に、ガイドラインの廃業型手続きの利用は増加している。任意の廃業であれば、倒産と違って取引先に迷惑を掛けずに済み、経営者の再チャレンジを進めやすい。ガイドラインの制定により、廃業に悩む経営者の後押しをしやすくなった面がある。

―特定調停スキーム(※2)の利用は

 もともと特定調停は個人の債務整理を前提として作られているため、経営者保証ガイドラインの単独型において特に有用だと考えている。会社の破産時に、保証人は経営者保証ガイドラインを利用して特定調停で整理するケースは多く、今後も必要だろう。
 他方で、法人の場合は、再生型であれば協議会があるし、ガイドラインにも再生型および廃業型の手続きがそれぞれ規定されたので、まずはそれらを検討するケースが多いと思う。

※2 日弁連によって2020年2月に改訂された「特定調停スキーム利用の手引」を利用した私的整理。
 

―多数決に関する私的整理の法制化議論があがっている

 中小企業の再生の現場では、少数の金融機関の不同意で計画が頓挫する例はあまり見たことがない。丁寧な説明で全行同意を取れるケースが多いので、法制化の必要性がどこまであるのかは正直、疑問だ。
 また、中小・零細企業の場合は、賛同しない金融機関がいるまま多数決で手続きを進めることで、今後の協力が見込めなくなるなど、かえってその地域で生き残っていくのが難しくなるのではないだろうか。多数決原理の導入によって不同意の理由の確認が疎かになり、金融機関との関係が悪化するだけで終わることは危惧している。
 ただ、それなりの規模の事業者が事業再生ADRを適用する場合や、海外債権者が多く存在するケースなどであれば、一定の意味はあるかもしれない。

―今後必要な政策支援や法的な支援は

 最近は(社会保険の取立てがきっかけとなる)「社保倒産」のような話も聞く。だが、実際は社会保険料や税金を滞納したことが原因で倒産が起きるわけではなく、収益が悪いせいで滞納せざるを得なくなっているだけだ。収益が回復すれば、猶予してもらいつつ返済することも可能になる。
 収益が回復しない原因は、そもそも事業性がないことにあり、本業支援が必要だ。キャッシュフローを改善しなければ、公租公課の滞納の有無にかかわらず、いずれやっていけなくなる。
 ただ、協議会や405事業(※3)など、既存の制度も充実はしている。それらを活用しながら収益力の改善に努め、自力再建が無理な場合にはスポンサーを探索するのも手だろう。
 むしろ問題は、そういった制度があまり知られていないことだ。かつては倒産を専門とする弁護士ですら「再生支援協議会ってなんですか?」という認識だった。機関や制度をどう専門家や事業者に周知するかは課題だ。
 また、適切な経営改善支援や事業再生支援ができる専門家がどれだけいるのか、どう増やしていくのかという課題もある。
 スポンサー型支援を選ぶにしても、債権放棄を伴う場合は、適正なプロセスでスポンサーを選定する必要がある。一般的なM&A仲介会社だけでは難しいので、早い段階から売り手側企業に弁護士が入り、金融機関や協議会など準則型私的整理の専門家等と調整を交わすこともポイントになる。

※3 中小企業等が認定経営革新等支援機関の支援により経営改善計画を策定する際の費用を補助する事業。

―倒産件数はコロナ前の水準に戻りつつある

 今後も倒産は徐々に増えていくだろう。なかでも、公租公課の支払いは問題で、この3年間で猶予されていた分を一定期間で完済するめどが立っている企業は限られる。公租公課を滞納しているケースでも、調整の結果、私的整理で済んだ経験もあるが、やはり難しいプロセスとなる。
 私的整理や再生ができない場合に、単純な破産で申し立てるのか、もしくは破産の前後で事業譲渡するのか、その見極めも重要だ。

―事業譲渡できれば従業員の雇用は続く

 とはいえ、破産直前の事業譲渡は詐害行為や否認権行使を問われるおそれもあるので、毎回悩ましい。
 譲渡対象資産の実態価値、清算価値(清算配当率見込)の確認や譲渡プロセスの公正性の確認等が重要になるだろう。金融機関調整をしている場合には、金融機関との交渉状況も大事になるかもしれない。これまでも事業譲渡と破産を組み合わせたケースは数多く手掛けてきたが、幸いトラブルになったことはない。
 ただ、破産申立の依頼を受ける前にすでに事業譲渡していたケースでは、(破産後に)破産管財人が事業譲渡先に金銭の請求をしていたことがあった。こうした潜在的なリスクはどうしても払拭できないので、いかに公正・適正に事業譲渡をするかという点は、常に大きな課題でもある。


(東京商工リサーチ発行「TSR情報全国版」2023年4月19日号掲載「WeeklyTopics」を再編集)

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