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城南信用金庫・川本恭治理事長 単独インタビュー(前編)

~ コロナ禍での事業先アンケートから見えてきたもの ~


 「企業の7割が賃上げの予定なし」――。城南信用金庫(品川区、以下城南信金)が取引先にヒアリングしてまとめたアンケート結果(※1)が、マスコミだけでなく国会でも取り上げられ、大きな反響を呼んだ。

 一方で、東京商工リサーチ(TSR)が2月に実施した賃上げアンケート調査では、賃上げ予定の企業は8割だった(※2)。同金庫の結果と大きな差異が出た理由は何なのか。
 賃上げの実態を把握するため、コロナ禍でのアンケートを踏まえた中小企業の経営環境の現状と、地域金融機関が果たすべき役割について、信用金庫大手の城南信金・川本恭治理事長に話を聞いた。

※1 1月10~13日に中小企業783社へ実施
※2 2月20日公表「2023年度『賃上げに関するアンケート』調査(第2回)」より


―取り組んでいるアンケートについて

 コロナ禍に入って始めたこのアンケートはこれまでに20回を数える。新型コロナの猛威にさらされ、まずお客様がどういう状況かを聞く必要があると感じて始めた。
 業界でも景況調査はあるが、集計が終わる時期には時勢が変わってしまっている事が多いと常々思っていた。このため、このアンケートは実施から公表まで1週間。私から各支店長に連絡して、3日以内でヒアリングする。すぐに集計にとりかかり、1週間後には結果を各方面に伝えるようにしている。
 そのなかで、最近最も話題になったのが、賃上げへの対応状況だ。賃上げの予定について聞いたところ、72%のお客様が「できない」「予定がない」という回答だった。政府が賃上げを求めている状況下で、それでも中小企業は厳しいというデータとして今国会の冒頭でも取り上げられた。


取材に応じる「城南信用金庫」川本理事長
取材に応じる「城南信用金庫」川本理事長

―「(賃上げ)できない、予定がない」が72%は大きな数字だ

 我々の実感としては、意外な結果ではない。むしろ「やっぱりか」との感触だ。
 この3年間、お客様の声を聞き続け、地域の事業者、特に我々のお客様である中小・零細企業がいかに困っているかということは把握していた。現状では中小・零細企業の多くは、賃上げが難しいだろう。

―TSRも同様の「賃上げアンケート」を実施しているが、真逆の結果となった

 アンケートの対象が大きく異なると考えている。我々のお客様は、町場の飲食店や小売店、工場にしても家族経営や従業員が数名程度というような事業者が非常に多い。中小企業のなかでもさらに小規模で、最も弱い立場に置かれている事業者だ。
 その層では、7割が「賃上げどころじゃないよ」というのが本音ではないだろうか。

―より実際の街の声に近いということか

 我々のお客様である、品川や目黒、大田、世田谷、横浜、川崎方面等を中心とした地域に密着した声だ。業種でも、飲食店や町工場に加え、建設業、運送業やタクシー、クリーニング屋に至るまで、街の皆さんの声だ。
 そして、本当に厳しい状況に置かれているお客様の声を反映しているとも思っている。


賃上げ実施率

―アンケート結果の変遷をどう感じているか

 当初、飲食店の時短営業や酒類提供が制限された時期は最悪の状況だった。少し制限が緩和され、客足も戻り明るい兆しが出た時期もあったが、その後にまた、今回の(物価高の)事態に陥った。せっかく客足が戻りつつあるにもかかわらず、原材料価格が高騰して利益が出ないという声が多くなった。また、なかでも特に目立つようになったのが、価格転嫁したくてもできないという声。
 こうした状況を背景に、1月に実施したアンケートでは、7割の事業者が賃上げできないという結果だった。

―中小企業の賃上げは今後どうなっていくか

 まもなく大手企業の賃上げ状況の結果が明らかになる。(注:インタビューは3月中旬に実施)そこで、大手は軒並み賃上げする、満額回答だという結果が出る可能性が高いのではないか。そうなれば、当然、中小企業も改めて考える必要が出てくる。少しは賃上げするという答えも増えるかもしれないし、もしかすると(賃上げを実施しない)7割が5割、4割に下がる可能性もある。
 そこで、4月に21回目のアンケートを予定している。大手企業が賃上げをするなかでも、本当に我々のお客様は賃上げをしないのかどうかについて聞く予定だ。
 というのも、価格転嫁できず利益が出ないという回答とともに多いのが、人材を確保できないという悩みだからだ。人手が集まるのは賃金が良いところなので、人材確保のために賃上げしたいという気持ちは、人手不足の事業者は皆持っているはずだ。このまま賃上げをしないでいると、給料が良い会社に人材を取られてしまうという不安もある。これらを踏まえて、賃上げへの姿勢がこの3カ月間でどう変化するのか。

―中小企業の状況は目まぐるしく変化する

 20回のアンケートのなかで、街の声は毎回変わっている。それほど我々のお客様は小規模で体力に乏しい企業も多く、(時勢の変化が)影響しやすいのだろう。
 小池都知事からは「アンケート結果を無駄にせず、受け止めて都政に反映する」旨のメッセージをいただき、自民党の金融調査会では街の現状を伝える機会もあった。
 今回、多くの政治家やマスコミに取り上げられたことで、7割の中小企業が賃上げ困難と回答している現実が知られるようになったと思う。我々が期待するのは、今後、価格転嫁の動きが進み、例えば下請けの町工場から「親企業や受注先が少し値上げを認めてくれて、少し賃上げができるようになったよ」といった回答が出てくることだ。
 そうなれば、我々がやってきたこのアンケートの意味もあるという気がする。

(東京商工リサーチ発行「TSR情報全国版」2023年3月23日号掲載「WeeklyTopics」を再編集)

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