• TSRデータインサイト

増加する私的整理、早期の相談が成立の鍵 ~ 事業再生の最前線に立つ鈴木規央弁護士 単独インタビュー ~

 2022年4月の「中小企業の事業再生等に関するガイドライン」運用開始に象徴されるように、私的整理への取り組みが加速している。コロナ禍では、社会保険料などの公租公課の延滞や過剰債務が問題として浮上し、「事業再生」局面に立つ企業は多い。
 東京商工リサーチ(TSR)は、私的整理や民事再生法などを活用する際に企業側代理人を多く務め、事業再生の最前線に立つ、鈴木規央弁護士(アクトアドヴァイザーズ法律事務所、東京都港区虎ノ門1-17-1、03-6868-8426)に、企業債務の現状や課題を聞いた。


―事業再生を手掛けるようになった経緯は。

 1993年10月に公認会計士補に合格し、太田昭和監査法人(現:EY新日本有限責任監査法人)に入所した。1997年3月に公認会計士に登録、もともとは監査業務に携わっていた。 
 その後、退職してアルバイトや非常勤などで働きながら司法試験の勉強を始め、2004年11月に合格。2006年10月に弁護士登録した。
 シティユーワ法律事務所に入所し、1年目に民事再生の申立代理人を3件務めたことで事業再生にやりがいを感じ、この道でやっていきたいと考えた。同じ事務所の松田耕治弁護士の下で多くの事業再生を経験し、学ぶことができた。
 例えば、デベロッパーや旅館、電子部品メーカー、ゴルフ場、ゲームメーカー、場外舟券売り場など、(様々な業種の)民事再生法の申立代理人として関与してきた。

―独立した背景は。

 2018年1月に渥美坂井法律事務所・外国法共同事業に移籍し、これまでの事業再生の経験を活かして後輩の弁護士を育てながら事業再生を多く手掛けた。特に2019年の1年間は、事件番号で数えると東京地裁の民事再生を14件担当した。その年の東京地裁の民事再生事件は67件で、東京地裁民事20部の当時の部長から「民事20部のヘビーユーザー」と言われたぐらいだ。
 様々な事業再生を手掛けてきたが、これからは私的整理が主流になると思った。ノウハウが先行している東京弁護士会の倒産法部にいた他の弁護士と連携して私的整理に取り組みたいと思い、2022年5月に独立。同年11月に小山哲弁護士と一緒になり、アクトアドヴァイザーズ法律事務所となった。

―代理人としての苦労は。

 相談を受けたなかで、民事再生の事件になるのは10件中、1件か2件だ。民事再生をしなくても課題解決で経営が改善できることもあれば、代表者が民事再生の申請に踏ん切りがつかず、破産しか選択できないケースもある。
 倒産事件は、依頼者から相談を受けてから短時間で信頼関係を構築し、手続きを進めないといけない。私的整理や法的手続きを進める場合、一般的に代理人弁護士が主導するが、代表者と方針があわないと調整が難航することもある。依頼者の勝手な行為により、手続が頓挫しそうになったこともある。依頼者との信頼関係の構築には苦労が多い。
 また、監督委員と良好な関係が築けず、苦労したこともある。倒産は債権者の理解を得る必要があるが、まずは裁判所から選任される監督委員の理解を得る必要がある。監督委員を味方につけることは大切だ。


取材に応じる鈴木規央弁護士

取材に応じる鈴木規央弁護士

―事業再生の現場で、コロナ前と現在の変化は。

 大きいのはWEB活用が非常に増えたことだ。コロナ前は(民事再生法の)債権者説明会は会場で行われ、規模の大きな事件は複数回や会場を分けるなどの対応をしたが、遠方の取引先は参加できないことが多かった。
 それがコロナ禍では、WEBの活用が進んだ。債権者説明会でも使われるようになり、会場とオンラインで分け、出席者も増えた。今年1月に法制審から倒産手続のIT化についての要綱案がとりまとめられ、裁判所もシステム構築を始めていると聞いている。倒産事件のIT化がさらに進むことを期待したい。

―企業倒産が今年2月まで11カ月連続で前年同月を上回っている。

 確かに相談件数は増えている。また、「中小企業の事業再生等に関するガイドライン」を活用した私的整理が間違いなく増えている。そのため民事再生は横ばいだが、破産は増えている印象だ。破産増加の理由は、コロナ対応で2021年1月まで社会保険料などを猶予できたが、最近は徴収が戻りつつあることだ。溜まった公租公課の解消が難しく、破産するケースも多くなっている。

―私的整理の枠組みが強化されているが。

 枠組みは出来たが、私的整理を扱う弁護士の数が十分ではない。また、「中小企業の事業再生等ガイドライン」について、一部地銀や信金などが慣れていないことも問題だ。国などによるガイドラインの認知アップを期待しているが、(金融機関の)担当者が新しいことに踏み込めず、中小企業活性化協議会を使わないと難しいと言われることもあり、手続きに時間がかかり再生が遅れることが懸念されている。

―私的整理ができる企業と法的手続きを余儀なくされる企業の違いは。

 私的整理は、金融機関が判断する期間が必要で時間がかかる。相談時点で資金繰りが逼迫していると私的整理のハードルが高くなる。この場合、民事再生の検討に入るが、申請までと申請後の資金繰りが維持できることが前提となる。また、公租公課の滞納や猶予額が大きすぎると事業再生が難しくなり、破産しか選択肢が残らないことも出てくる。

―事業再生を目指す企業のデューデリ(DD)で注目や気をつけていることは。

 一般的に、資金繰りや財務の悪化原因の説明をするのは経営者や経理財務担当者だが、これまでの経験上、すべてを鵜呑みにすべきではない。他の情報と比較しながら検証することが大事だと思っている。会社内部からは窮境原因を外部環境に求めることが多いが、実は、取るべき対策を取らず、改善を怠るなど会社内部に原因があることにも気をつけている。

―経営悪化が進行しながら、事業再生が手つかずの経営者へアドバイスを。

 経営者の多くは、経営が悪化しても自分の努力で何とかしようするが、客観的に効果のある解決方法があっても実行できずにいることが多い。自主再建の可能性があっても、遅れると困難となる。経営悪化が進行すると、スポンサーの選定が難しくなり選択肢が狭まる。早期に専門家に相談することが重要だ。
 また、金融機関と事業再生に強い弁護士の両面から見てもらうことも大切だ。金融機関はその企業のことをよく知っているが、融資しているため利益相反の問題もあり、金融機関への相談が事業再生のネックになることもある。そういう意味ではしがらみのないアドバイザーとして、顧問弁護士から事業再生や倒産に強い弁護士を紹介してもらい相談すべきだ。

―今後の事業再生の見通しは。

 私的整理が増え、民事再生など法的手続きは低水準の状態が続くと思う。いわゆる「私的整理円滑化法案」(※1)の検討が進んでいると聞く。今後、ますます私的整理が増えていくだろう。準則型私的整理は、中小企業事業再生等ガイドラインの施行もあり、今後さらに進化して使われるようになるのではないか。そうなると、借入返済のリスケから債権カットの事案も増えてくるだろう。さらに、私的整理の認知度が高まると、これまで株式譲渡が中心だったM&Aの場面で、事業譲渡や会社分割、事業承継も増えるのではないか。
 また、「経営者保証ガイドライン」の活用も進みつつある。東京地裁から法人の破産は増えているが、経営者個人の破産は減っていると聞く。同ガイドラインの利用が今後も増えていくと思う。

 ※1 「新たな事業再構築のための私的整理法制」として、内閣官房(新しい資本主義実現本部)で検討が進められている。具体的には、経済的窮地に陥るおそれのある事業者の債務整理を債権者の多数の同意や裁判所の認可を受けた再構築計画により実行する。


―2023年の倒産動向については。

 民事再生より破産が増えるだろう。経営者保証ガイドラインは東京地裁で扱う首都圏では認知や活用が進んでいるが、全国的に認知されているとまでは言えない。
 私的整理は増えると思うが、同ガイドラインの認知不足などで相談が遅れるケースや公租公課の支払いなどもあり、破産が増えると予想している。




 鈴木弁護士は、信用調査会社の印象について、「昔は、調査会社に倒産情報が報じられると企業価値を毀損してしまうと考えたこともあった」と正直に語る。しかし、現在は「SNSなどで情報が広がることを止めることができない。怖いのは、不正確な情報が広がることで、倒産取材などで調査会社に正確な情報を発信していただくことの意義は大きい」と正確な取材への期待を語る。また、「民事再生の場合、これからスポンサーを選定する時に、信用調査会社から情報が発信されるとスポンサーを探しやすくなる」と影響力にも期待を示した。
 私的整理が広がると、法的手続きより信用低下も避けながら短期間で事業再生が進むことが想定される。一方で、安易な私的整理の選択によるモラルハザードや、関係者にノウハウが少ないと手続きが混乱する恐れもある。
 コロナ禍で過剰債務の解消が難しい中小企業は多い。それだけに事業再生の有効な手段として、私的整理の活用を広く浸透させることも必要だろう。


(東京商工リサーチ発行「TSR情報全国版」2023年3月17日号掲載「WeeklyTopics」を再編集)

人気記事ランキング

  • TSRデータインサイト

2023年度の運送業倒産345件に急増 人手不足・燃料高で採算悪化

 2023年度の道路貨物運送業の倒産は、件数が345件(前年度比31.1%増、前年度263件)で、3年連続で前年度を上回った。年度で件数が300件台に乗ったのは2014年度以来9年ぶりとなる。

2

  • TSRデータインサイト

【破綻の構図】テックコーポレーションと不自然な割引手形

環境関連機器を開発していた(株)テックコーポレーションが3月18日、広島地裁から破産開始決定を受けた。 直近の決算書(2023年7月期)では負債総額は32億8,741万円だが、破産申立書では約6倍の191億円に膨らむ。 突然の破産の真相を東京商工リサーチが追った。

3

  • TSRデータインサイト

借入金利「引き上げ」、許容度が上昇 日銀のマイナス金利解除で企業意識に変化

3月19日、日本銀行はマイナス金利解除やイールドカーブ・コントロール(長短金利操作)の撤廃を決めた。マイナス0.1%としてきた短期の政策金利を、0~0.1%へ変更し、利上げに踏み切った。 東京商工リサーチは4月1~8日に企業アンケートを実施し、企業の資金調達への影響を探った。

4

  • TSRデータインサイト

2023年度の飲食業倒産、過去最多を更新し930件に 「宅配・持ち帰り」「ラーメン店」「焼肉店」「居酒屋」が苦境

コロナ禍が落ち着き、人流や訪日外国人も戻ってきたが、飲食業はゼロゼロ融資の返済や食材価格・光熱費の上昇、人手不足などが押し寄せ、コロナ禍前より厳しさを増している。

5

  • TSRデータインサイト

「お花見、歓迎会・懇親会」の開催率29.1% 慣習的な開催は限界? 訪日外国人と仲間うちが活況

新型コロナの5類移行からほぼ1年。今年の桜開花には人が押し寄せ、各地でコロナ前の賑やかなお花見が戻ったように見えたが、実際は様子が異なる。 4月上旬に実施した企業向けアンケート調査で、2024年の「お花見、歓迎会・懇親会」の開催率は29.1%で3割に届かなかった。

TOPへ