事例の積み上げが進む「事業再生ファイナンス」 ~ 銀行員の知恵と専門家としての矜持 ~
事業再生への取り組みが活発になってきた。
今年3月に「事業再生ガイドライン」が公表され4月から運用が始まり、次の通常国会への法案提出を目指して「私的整理の法制化」も議論されている。また、準則型私的整理手続の「事業再生ADR」を活用した再生も話題に上ることが多い。
再生局面では、どのように資金繰りを維持するかが重要になる。だが、金融機関が積極的にファイナンスするケースは多くない。
こうしたなか、三井住友銀行(TSR企業コード: 299005240、SMBC)は2021年に専門部を立ち上げて「事業再生ファイナンス」に取り組んでいる。東京商工リサーチ(TSR)は、同行のスペシャライズドファイナンス部事業再生グループの川瀬高宏グループ長に、取り組みを推進する意図や再生局面での金融機関のあり方などを聞いた。
中小企業金融円滑化法(※1)から時間が経ち、リスケだけでは耐えられない企業への対応方法を模索するなかで、2017年から行内で研究を始めた。企業を支えるという側面はもちろんのこと、金融機関として将来の収益も考えないといけない。「高度な金融ニーズに対するリスクテイク」と「ビジネス機会の捕捉」がコンセプトだ。
これの整理とテストに2年くらいかかった。
SMBCには多くの取引先があるが、利益相反や情報遮断の問題、経営陣の善管注意義務など乗り越えるべき課題は多い。情報遮断でいうと、我々(スペシャライズドファイナンス部)は、既存取引店とも線を引いている。その信頼感があるので案件を頂いている側面もある。
- ※1 中小企業者等に対する金融の円滑化を図るための臨時措置に関する法律。2009年施行。
蓄積されたデータや決算書をみると、赤字で債務超過のケースが多いが、それは過去だ。事業を見て取り組むことが重要だ。過去の情報は重要である反面、要らない情報や感情が入り込む。そこは「いったん断ち切ろう」とやっている。
定義が曖昧になっているだけだと思う。法的整理手続を申請後、計画認可決定確定までの「アーリー」部分のみを「DIPファイナンス」と呼ぶ向きもある。我々は私的整理手続中の「プレDIP」、「アーリーDIP」、計画認可決定確定後から計画完了までの「レイターDIP」、手続終結のための「イグジットファイナス」を総称して、事業再生ファイナンスと呼んでいる。
個人として100件以上携わったが毀損したことはない。案件の6~7割は弁護士から持ち込まれる。残りはコンサル会社、会計士、中小企業活性化協議会や他行の審査部の場合もある。メイン行として債権放棄もやぶさかではなく支えたいが、ニューマネーが出せない、などそれぞれに事情がある。
相談を受ける際、多いのは「融資して欲しい」ではなく、「一緒に再生手法を考えて欲しい」だ。銀行員は知識がある。さらに知恵を出すと可能性が広がる。例えば、担保設定に関して、売掛債権の自己信託スキームを活用して実行したケースもある。判例はなかったが、裁判所や監督委員から許可・同意を得るなどして実績を作った。対応方法を考える際、「これってリスクあるよね」で終わるか、乗り越えるための前例がないなら事例を作り上げることができるかで成果は変わる。
本来、事業再生ファイナンスではアーリーDIPよりプレDIPの方がニーズは多いが、我々は最初にアーリーDIPから取り組んだため、今年9月末までの取り組み実績でいうと、アーリーが全体の約40%を占めている。
金融機関では再生中の企業に融資するのは、リスクがあると思っている人は多いため、ファイナンスで大切な「貸付金が完済される」事例を作りたくてアーリーにまず取り組んだ。
二桁はいかない。また、これまでの取り組み実績のうち、融資枠3億円以下の案件が約60%を占める。あくまで「枠」だ。なので、実行がないケースもある。不動産などの見やすい担保がなくオーダーメイドで対応する場合が多いことやモニタリングを含めた作業コストなどを考えると、再生実務家からは「お願いする方としてはリーズナブルだが採算は大丈夫か」との声を頂く。我々としては、儲かるかどうかの前に事業再生の経験値を上げたい。積んだ経験も価値でありお金では買えないと考えている。
SMBCグループにおける「ソリューション機能の発揮」と「資本性ファイナンス、再生ビジネスの推進強化」が大きなミッションとしてある。私自身、SMBCCPの立ち上げにも関わった。当初はDIPファイナンスを指向しても、スポンサーが決まり、DIPが不要になるケースもある。それぞれの企業に合うものをどう提供するかが大切だ。
この規定をプレDIPを実行する際の拠り所にはしていない。特例がなくても、蓋然性がみえるパッケージを作らないといけない。
ぎりぎりまで頑張ってしまい、再生に着手するタイミングが遅い企業が多い。専門家へ相談するタイミングが遅い。また、相談が遅いことから金融機関からの適切なアドバイスのタイミングも遅い。再生への判断を迷わせているのは、着手した瞬間にマーケットから排除されると感じているからだろう。日本の商慣習の問題かもしれないが、アメリカでは経営者はリスクを経験している方が良いと捉えることもある。
我々は、刑事罰の対象となる場合は別だが、基本的に経営者責任は問わない。「事業を頑張ったけどダメでした」で問うことはない。そもそも我々は迷惑をかけられてはいない。経営責任の有無は既存債権者が決めることだ。
金融機関の距離が遠くなったのではないか。(企業に対して)「なんで早く言ってくれなかったのか」と言うが、早く言ったら口座をロックされるなどして事業が続けられないと思い怯えている人は多い。粉飾している場合は後ろめたさもあるだろう。ただ、案件をデューデリすると「こうやったら黒字に出来ますよ」という金融機関とコンサル会社が作成した粉飾のやり方をアドバイスするようなレポートが出てくることもある。企業も金融機関も事業を守るためにやっており、金融機関側も「ここで何かあると会社を守れない」と思ってやっている可能性もあるのではないか。
事業再生ファイナンスの観点から、現在の担保法の議論の方向性には個人として賛同しにくい。担保を多く設定できるようになると、既存金融機関は過剰債務問題もあるなかで、新たに担保を求めたくなる。これまで融資を継続出来たものが出来なくなると共に、事業再生ファイナンスを調達できず、破産しか選択肢がなくなる恐れもある。
- ※2 金融審議会「事業性に着目した融資実務を支える制度のあり方等に関するワーキング・グループ」で、「事業成長担保権(仮)」の検討が進んでいる。
「ガイドラインありき」で入ってくることはない。依頼を受けたあとに「こういったガイドラインもありますよ」と説明している。
案件ごとにディスカッションをするなかで、どのスキームが最適かを判断する。「準則型なら何を使うか」、「事業再生ガイドラインだ」のような感じだ。
企業と弁護士の初期の会合の際に、我々が呼ばれることもある。ファイナンスが結果的に不要となるケースもある。我々は企業の医者として、「どこに問題があり、どの手術をするのか」をチームとして判断し、外部専門家とともにやっていこうとメンバーには言っている。初診でミスをしてはいけない。事業再生には時間の制約がある。
金融機関側からすると、私どもが入ると「金融債権のカットが始まるのか」と捉えられることもある。一方で、一般債権者にとっては「再生に繋がる」と受けとめて頂けることもある。金融機関を含めた関係者全員がメリットを感じられる再生を我々は目指している。
資金繰りは生き物なので完全に見えることはない。勿論シミュレーションはしているが、確実なのは1カ月がいいところだ。ただ、事業を見て得意先も把握していれば、おのずと資金繰りは見えてくる。関係者とともに、資金繰り見通しは毎日モニタリングしている。