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座長・小林信明弁護士に聞く!中小企業等事業再生ガイドライン(前編) ~ガイドラインは「ダメージ」を少なくするためのツール~

 2022年4月、政府が進める中小企業活性化パッケージの中心を担う「中小企業の事業再生等に関するガイドライン」(以下、ガイドライン)が策定された。
 ガイドラインでは、第三者支援専門家による再生支援や廃業型の私的整理にも言及している。新たな取り組みが盛り込まれ、コロナ支援の副作用で生じた過剰債務の出口戦略として期待は大きい。
 東京商工リサーチ(TSR)は、策定に携わった「中小企業の事業再生等に関する研究会」座長の小林信明弁護士(長島・大野・常松法律事務所)に、ガイドラインの特徴やポイント、目指す将来像について聞いた。


―注目が集まっていたガイドラインが公表され、運用が始まった

 コロナ禍以前から、中小企業者の過剰債務は解決すべき問題だった。過剰債務は経営改善や事業再構築の障害になるが、解消に必要な金融支援はなかなか進んでこなかった。
 これを進めるためのツールとして中小企業版のガイドライン策定が検討課題だったところ、2021年6月に閣議決定された「成長戦略実行計画」に明記された経緯があり、具体化が進んだ。
 法的整理が否定されるわけではないが、私的整理で処理できるなら債務者である中小企業者や金融機関、社会経済にとってもダメージが少なく、ガイドラインはそのためのツールでもある。

―コロナ禍で「過剰債務」企業が増加した

 コロナ禍での資金繰り支援として実施された緊急融資、それ自体は正しかったと考えているが、過剰債務の企業がより増加し、その対応が必要になった側面はある。過剰債務の状態では、収益力や経営の改善が難しい。だが、現状の低金利下では、中小企業者は返済リスケを通して当面は金利だけ払ってやり過ごした方がよく、金融機関も抜本的な再生に着手するより、金利だけでも払ってもらう方がいいという姿勢になりかねない。
 ただ、それは社会全体にとって好ましくない。過剰債務で事業再構築もできない企業が放置されると事業毀損が進み、いずれ破たんする。中小企業者は再生ができず、金融機関も回収額が減るうえに、突然の破たんは地域経済にとっても悪影響だ。
 このガイドラインが、「先延ばしできるなら先延ばししておきたい」という現状の傾向に歯止めをかけ、必要な処理の方向に進むきっかけのひとつになればいいと考えている。

―市場から退場していく企業もある程度は必要なのか

 ガイドラインが廃業を積極的に勧めているわけではない。だが、客観的に廃業せざるを得ない中小企業者は一定程度、存在している。ガイドラインにより、こうした企業の放置を回避し、法的整理で処理せざるを得なくなる前に、早めに対応できれば、中小企業者と金融機関の双方にとって良い面が多く、社会経済にとっても混乱が少ない。また、早期に着手した場合、廃業に至らず再生できる可能性もある。
 経営者が決断しづらいのは、事業を止めることに加え、経営者保証の問題が現実化することも大きい。自己破産で個人的な生活まで破たんしてしまうことを恐れて決断できないケースだ。その対策として従前、「経営者保証ガイドライン」が整備された経緯がある。

ガイドライン

‌インタビューに応じる小林信明弁護士

―「経営者保証ガイドライン」の活用はどの程度進むか

 融資の段階では、すでに経営者保証ガイドラインが浸透しつつあり、経営者保証に依存しない融資は増加する傾向にある。再生型私的整理の局面でも、金融機関との協議の段階で、経営者保証をどう整理するのかという話し合いが持てるようになってきた。
 ところが、廃業などの清算型の場合はそうとも言い切れない。例えば破産手続きでは、中小企業者が金融機関と話し合う機会が少なく、保証債務について協議や私的整理をすることが難しい場合も多い。
 だから今回、経営者保証ガイドラインを促進・活用する意味も含め、「廃業時における経営者保証ガイドラインの基本的な考え方」を、留意点として改めて明示し、公表した。

―ガイドラインでは「事業再生等に関する基本的な考え方(第2部)」にも触れている

 特に、第2部の意義については強調したい。中小企業者の状況を平時と有事に分け、平時から金融機関が中小企業者とどう付き合っていくべきかを記載した点には、大きな意義がある。
 平時における中小企業者の「予防的対応」と金融機関の「予兆管理」、つまり、有事へ移行する兆候が出た場合の双方による事業改善計画の策定・実行と支援。これらは有事の予防と、双方の信頼関係の構築に繋がる。
 ガイドラインでは、平時から中小企業者には「適時適切な情報開示等による透明性確保」を求め、金融機関にはそれを受けた「中小企業者に対する誠実な対応」を求めている。誠実な対応というのは、具体的には「開示の事実や内容だけをもって不利な取り扱いをしないよう努める」ということだ。
 これまで事業再生を手掛けてきた経験から言えば、中小企業者による経営内容の開示は、不十分だったり、不適切な場合がある。それを早く金融機関へ適切に開示したほうがいいとアドバイスしても、「金融機関に開示すれば、取引解消や不利な取り扱いをされるのでは」という懸念から、開示を躊躇することがある。
 金融機関側も中小企業者が適切な情報開示をしないので、(破たんに備えた)早めの対応が必要になっているという面がある。それはお互いにとって不幸なことだし、不適切な財務情報では経営改善支援は難しい。適切な情報開示を中小企業者に求めるには、金融機関による誠実な対応も重要で、そして結果的には、それが金融機関のためにもなると考えている。
 ガイドラインが中小企業者と金融機関の信頼関係の構築に資することを期待している。

(続く)

(東京商工リサーチ発行「TSR情報全国版」2022年6月10日号掲載「WeeklyTopics」を再編集)

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