• TSRデータインサイト

【特別寄稿】中小企業白書より(第1回/全3回)~新型コロナウイルス感染症流行の中小企業への影響~

 「2021年版中小企業白書・小規模企業白書」(以下、「白書」という。)では、新型コロナウイルス感染症が中小企業・小規模事業者に与えた影響をきめ細かく分析し、その実態を明らかにするとともに、危機を乗り越えるために重要となる取組や、経営者の参考になるデータや事例を豊富に掲載している。本稿では、白書の概要について3回に分けて、紹介する。今回は、新型コロナウイルス感染症流行の中小企業への影響について取り上げる。

◆我が国経済の現状

 2020年は、新型コロナウイルス感染症(以下、「感染症」という。)の世界的流行に伴い、我が国経済には未曽有の事態が生じた。2020年の実質GDP成長率は前年比4.8%減となり、2019年を大きく下回った。2020年を通じた動きを見ると、2020年第1四半期及び第2四半期はマイナス成長が続いた。特に、2020年第2四半期は、感染拡大防止のための外出自粛等による内需の下押しや主要貿易相手国での経済活動の停止等による外需の大幅な減少により、前期比8.3%減となった。その後、国内外における社会経済活動の段階的な引上げに伴い、2020年第3四半期は前期比5.3%増、第4四半期は前期比2.8%増と2四半期連続のプラス成長となった。

◆中小企業・小規模事業者の現状

 次に、感染症による中小企業の企業活動への影響について確認する(第1図)。これを見ると、感染症の流行により多くの中小企業が影響を受けていることが分かる。

中小企業白書1_1

 中小企業の業況について、業種別に業況判断DI(脚注1)を確認すると、建設業を除き、2020年第2四半期はリーマン・ショック時を下回る水準となり、その後はいずれの業種においても回復傾向で推移したが、2021年第1四半期は卸売業、小売業、サービス業で業況判断DIが低下した。
 また、投資の動向を確認すると、中小企業の設備投資は、2016年以降はほぼ横ばいで推移してきたが、2020年に入ると減少傾向で推移している。一方で、中小企業のソフトウェア投資は、2020年に入っても横ばいで推移した。
 続いて、中小企業の資金繰りDI(脚注2)の状況を確認すると、感染症流行による売上の急激な減少と、それに伴うキャッシュフローの悪化により、2020年第2四半期に大きく下落した。これはリーマン・ショック時を大きく上回る下落幅となったが、第3四半期には大きく回復した。足元では、資金繰りDIは再び低下している。
 一方で、我が国の倒産件数は、2009年以降は減少傾向で推移してきた中で、2020 年は資金繰り支援策などの効果もあり30 年ぶりに8,000 件を下回る水準となった。また、業種別に2020年の倒産状況を確認すると、感染症の流行によるインバウンド需要の消失や外出自粛などで大きな影響を受けた「サービス業他」を除く業種では、2020年の倒産件数が前年を下回った。さらに、前年を上回った「サービス業他」の内訳を見ると、「宿泊業」や「飲食業」において倒産が前年比で増加となっている。

  • 1)業況判断DIは、前期に比べて、業況が「好転」と答えた企業の割合から、「悪化」と答えた企業の割合を引いたもの。
  • 2)資金繰りDIは、前期に比べて、資金繰りが「好転」と答えた企業の割合から、「悪化」と答えた企業の割合を引いたもの。

◆感染症流行による事業環境変化への対応

 感染症流行による事業環境変化を踏まえて、企業は事業の継続・成長や、借入金の返済原資の確保のため、再び収益力を回復させることが必要である。ここからは、感染症流行下でも回復を遂げている企業の特徴を確認する。第2図は、事業環境の変化に対し、柔軟な対応ができているかについて見たものである。これを見ると、柔軟な対応ができている企業ほど、売上高回復企業(脚注1)の割合が高いことが分かる。

  • 1)感染症流行後(2020年4-9月)に売上高が落ち込んだ企業を分析し、落ち込み幅が同程度の企業に比べて同年10-12月時点の売上高が比較的回復している企業を「売上高回復企業」と定義。

中小企業白書1_2

 また、事業環境変化への柔軟な対応は、経営者だけでなく従業員を含めて企業全体が取り組んでいく必要がある。従業員の能力開発・ノウハウ取得のための研修の実施状況別に、事業環境変化に対応できている企業の割合を確認すると、研修を積極的に実施している企業ほど、事業環境変化に対応できている企業の割合が高いことが分かった。さらに、試行錯誤(トライアンドエラー)を許容する組織風土と売上高回復企業との関係を見ると、そうした組織風土があると回答した企業ほど、売上高回復企業の割合が高いことが分かった。事業環境が変化する中でも失敗を恐れず新たな取組に挑戦し続けることが重要であるといえよう。
 白書では、感染症による影響を大きく受けたものの、感染症流行前から事業環境の変化に合わせて柔軟に経営戦略を見直してきていたことが、感染症流行の影響を乗り切る上でも功を奏した企業の事例などを紹介している。企業や経営者が実現したい理念やビジョンは保ちつつ、事業領域や取組については柔軟な発想で見直していくことも重要である。


 以上、今回は、新型コロナウイルス感染症流行の中小企業への影響について紹介した。次回は、中小企業の財務基盤と感染症の影響を踏まえた経営戦略について取り上げる。

(著者:中小企業庁 事業環境部 調査室 依田直生氏、東京商工リサーチ発行「TSR情報全国版」2021年7月13日号掲載分を再編集)

人気記事ランキング

  • TSRデータインサイト

「マレリグループ」国内取引先調査 ~国内の取引先2,942社、影響懸念~

経営不振が続いたマレリグループの持株会社マレリホールディングス(株)(TSRコード:022746064、さいたま市北区)が6月11日(日本時間)、米国でチャプター11を申請した。東京商工リサーチ(TSR)の企業データベースからマレリグループの取引先数(重複除く)は国内2,942社あることがわかった。

2

  • TSRデータインサイト

2025年1-5月の「病院・クリニック」の倒産 18件 前年上半期に並ぶ、ベッド数20床以上の病院が苦戦

コロナ禍を経て、病院やクリニックが苦境に立たされている。2025年1-5月に発生した病院・クリニックの倒産は18件で、すでに2024年上半期(1-6月)に並んだ。

3

  • TSRデータインサイト

「日産ショック」とマレリ、部品サプライチェーンの再編含み

マレリホールディングス(株)(TSRコード:022746064)と主要子会社は6月11日(日本時間)、チャプター11(連邦破産法第11条)を申請した。東京商工リサーチのデータベースによると、マレリグループの国内取引先は全国2,942社に及ぶ。

4

  • TSRデータインサイト

事前調整に明け暮れたマレリHDが再度破たん ~支援プレイヤーの場外乱闘の果て~

マレリHDを巡っては、準則型私的整理の一種である事業再生ADRでの再建を目指したが、海外金融機関の反対でとん挫し、前年の産業競争力強化法の改正で規定された民事再生の一部手続きを省略する簡易再生へ移行した。

5

  • TSRデータインサイト

2025年度の業績見通しに大ブレーキ 「増収増益」見込みが16.6%に急減

トランプ関税、物価高、「価格転嫁」負担で、国内企業の業績見通しが大幅に悪化したことがわかった。2025年度に「増収増益」を見込む企業は16.6%にとどまり、前回調査(2024年6月)の23.3%から6.7ポイント下落した。

TOPへ