理研数理・江田社長 独占インタビュー(前編) アカデミアとビジネスを繋いで新たな付加価値を
2020年10月、システムコンサル大手の(株)JSOL(TSR企業コード:296615889、東京都中央区)と、国内トップの研究機関、理化学研究所(TSR企業コード: 313749256、埼玉県和光市、以下理研)が共同出資して(株)理研数理(TSR企業コード:136982522、東京都中央区)が誕生した。
「社会の基本的な問題解決に数理科学を最大限活用する」ことを目的とした理研数理は、スーパーコンピューター「富岳」など、理研が持つ様々な技術やノウハウの活用を通じてアカデミアとビジネスの協業を目指す。
JSOL常務執行役員で、理研数理の代表取締役を務める江田哲也社長に、会社設立に至った経緯や今後の展望などを聞いた。
―JSOLが理研と協業して新会社、理研数理を設立した経緯は
JSOLは、多くのお客様にシステム構築・運用をお任せいただいているSIerであるが、特徴的な事業領域にCAE分野がある。
これは、前身の日本総研のサイエンス部門の流れをくむもので、自動車業界を中心に、国内外のお客様へ各種シミュレーション技術・コンサルティングの提供を行っている。
DXの進展に伴い、この領域の価値は増大していくと確信しており、理研数理とも高い親和性を発揮すると期待している。
理研とは、2016年以降、農業生産や企業業績といった予測技術の研究開発を共同で行うようになり、パートナーシップを深めていくことになった。
その過程で、リアルに確認された社会課題は、日本の研究者の処遇が低いことだ。なるほど、学生は研究者を志さない。研究者は短期で離職する。GAFA他の海外へ流出する。
基礎研究の直面する困難は、行政やアカデミアだけで解決されるテーマではない。サステナブルな事業活動を未来に繋ぐためにも、ビジネスサイドは、傍観者ではいけない。
この課題解決に向け、研究者と検討・議論を重ねてきた。
抜本的に状況を転換するには、古いルール・意識の変更が不可欠だが、そんな環境は、待っていても出現しそうもない。
アメリカや中国を追従しても、差は広がるばかりだ。
スモールスタートでも、トライを重ねながら日本起源のモデルを稼働させる。その起点が理研数理の設立だ。
―理研法の改正も追い風に
これまでもアカデミア側に産学連携機能は存在していたが、ビジネスを駆動するエンジンが無かった。
2018年12月、「国立研究開発法人理化学研究所法(理研法)」が改正され、これまでできなかった事業会社への出資が認められることになった。
公的な研究機関も、研究成果を、積極的に社会実装することで、民間資金を流入させようという動きになってきた。
勿論、今後も税金で基礎研究を支援していくことは必要だ。但し、一辺倒であれば、研究活動は、清貧を旨とした崇高なる目的に閉じられる。官民ハイブリッドで、基礎・応用研究を活性化させなければならない。正々堂々と研究者の好奇心を開放する基盤にこそ、イノベーションが宿る。
DXの進展も好機だ。AIや機械学習ばかりクローズアップされているが、それらは数理科学の一部にすぎない。数理全般と計算科学を広範活用することが、現在進行中の産業革命における勝者の条件だ。
これを充足する為の、世界最高峰の人財・知財・富岳に代表される計算機が、私たちの隣にある。その所在地が理研だ。
正直、これまでは近寄り難い隣人であったかも知れないが、今後は、ガイド・通訳を理研数理が務める。
―経済活動と研究活動は相反しないか
立場が変われば、目的や狙いが異なるのは当たり前のこと。無理に合致させようとすれば、共にモチベーションは低下する。
モチベーションはシンプルにマネタイズと合意すれば良い。高潔でありたければ、稼ぐことの是非ではなく、使い道にこだわるべきだ。
勿論、マネタイズは容易ではない。ROIを証明することが難しいから、産学連携は活性化してこなかった。
アカデミアの高度・先進シーズを、企業の各種R&Dに取込むことの有用性は、漠然とはイメージできるが、基礎研究がどのように活用されるのか、予めクリアな例は少ない。
企業・アカデミア双方が、他方を深く理解していないため、この問題は解消されず、両者は、深い谷によって隔てられている。
いま、全ての谷に橋を架けるのは難しいが、それが可能な分野がある。それが「数理」だと思う。DXとは新しい収益モデルへの移行であり、数理そのものだからだ。
―理研数理が担う役割とは
理研数理は、産学をつなぐ橋の役割を果たすが、従来の共同研究の組成には止まらない。明確な目的・要求駆動で始まるプロジェクトであっても、理研数理自ら、サイエンティスト・コンサルタント・エンジニア・営業といった人財を投入させることで、ROIのRを進化させる。そして新たなオーナーを呼び込む。
リソースに依存するモデルなので、同時並行で進められるプロジェクトは限定的で、Rの進化形を予測することも難しいが、イノベーションしか生まないモデルだ。
産学の人財交流・還流及び起業支援も行っていきたい。数理を言語に産学のコミュニケーションが活性化し、それ以外の谷が埋められていくことを期待している。
Society5.0の実現に向け、社会課題大国ゆえに、チャレンジしたいテーマも無数に存在する。私たちの環境は、不確実性が高まる一方だが、それを遠ざけることに終始するのではなく、しっかりと洞察・予見・実行を重ね、中に潜む新しく巨大な価値にリーチしていく。
理研数理は、自らの収益を極大化する為に存在はしない。広く多様な人財が集う広場であり、サロンでありたい。
日本に新たな産学連携のモデルが根付き、理研数理のような仲介者が必要なくなることになれば、本望だ。
(東京商工リサーチ発行「TSR情報全国版」2021年6月14日号掲載「WeeklyTopics」を再編集)