日本銀行仙台支店・岡山和裕支店長インタビュー ~金融環境で経済と物価を支え、賃金と物価の好循環を作る~ 2024/05/31

 日本銀行が4月に公表した「さくらレポート(地域経済報告)」で、東北地域の景気は「緩やかに持ち直している」と、前回(1月)の「持ち直している」から判断を引き下げた。住宅投資の弱含みや企業倒産の増加などを指摘している。
 2023年4月に就任した日銀仙台支店の岡山和裕支店長と東京商工リサーチ(TSR)代表取締役社長・河原光雄が対談した。経済がより活性化するためのヒントやマイナス金利解除の影響のほか、東日本大震災発生時の日銀仙台支店の対応を紹介する新たな見学プログラムの狙いなど、幅広いテーマについて聞いた。

高い東北のポテンシャル

―東北経済の現状は

 東北地方はポテンシャルが高く、その潜在能力を活かしつつあるという印象だ。5つのキーワード「イノベーション」「デジタル化」「ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン」「カーボンニュートラル」「インバウンド」の切り口で話したい。
 1つ目の「イノベーション」は、2024年4月からNanoTerasu(ナノテラス)の運用が開始された。2023年に日銀仙台支店がレポートをまとめたが、学生の人数あたりの大学発スタートアップは東北地方が日本一だ。さらに、東北大学が国際卓越研究大学の認定候補に選定され、スタートアップに「産」と「学」の連携が出ている。
 2つ目の「デジタル化」は、東北地方は電子部品関係のウエイトが大きく、地域別の事業所数は、関東甲信越に次いで多く集まっている。最近、台湾の半導体企業が宮城県に工場を新設するという報道もあった。元からあった半導体の資源集積が進むことで、ますます経済効果も出て、これまで首都圏に流れていた理系の人材を東北地方で雇用することが可能になる。デジタル化を通して人手不足を解消し、労働生産性を向上していくことにもつながる。
 3つ目の「ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン」について。東北地方は人口減少が著しく、若者流出率が地域別で1位だ。だが、視点を変えると女性と高齢者の労働力比率が高く、女性の正規雇用率が1位でもある。女性が出産・育児で退職する割合も全国一低く、女性が働きやすい環境があるように思う。外国人を雇用していこうという取り組みもみられ、“多様性”つまり“ダイバーシティ”が活かされつつある。
 4つ目の「カーボンニュートラル」に関しては、風の強い日本海側では風力発電が盛んで、太陽光発電も広い土地が確保しやすく、また、森林資源によるバイオマスや温泉を活用した地熱といった多岐にわたる資源がある。日本初の水力発電所である三居沢発電所(仙台市)など豊富な水資源により、水力発電にも歴史がある。
 5つ目の「インバウンド」の面では、東北地方のインバウンド比率はゴールデンルートに比べれば流れがきていないかもしれない。しかし、観光庁のデータによると、桜、紅葉、雪など四季の体感を希望する観光客は東北地方を選ぶ傾向にあり、滞在時間も長い。新型コロナウイルス流行後は人が多い観光地を避ける風潮もあるので、そういう意味でも好機となっている。

岡山和裕・日銀仙台支店長

岡山和裕・日銀仙台支店長

―インバウンドに関して、昨年はニューヨーク・タイムズ紙でも盛岡市が取り上げられた

 ニューヨーク・タイムズ紙の「2023年に行くべき52カ所」に取り上げられ、欧米からの観光客も増えたようだ。もともと東北地方の観光の特徴として、台湾から来られる方が多かった。それは東北出身者が台湾の経済発展に貢献していて、歴史的なつながりが深いということも一因かと思う。例えば、新渡戸稲造や後藤新平もそうだ。また、台湾の方は温泉も好み、自国で雪を見る機会がないので蔵王周辺で樹氷を見るといった楽しみ方をしているそうだ。
 私も週末にいろいろなところを巡り、東北の良さを感じることが多い。住んでいる人にとっては当たり前のことでも、外から訪れた人にはその良さが一層わかる。中でも、東北地方の夏祭りは盛大だ。他の地域に比べて夏が短く、その次の秋に向けて盛り上げていこうという意気込みを感じる。青森ねぶた祭、秋田竿燈まつり、盛岡さんさ踊り、仙台七夕まつり、山形花笠まつりなどを各県に見に行った。地理的に広く出向くのもなかなか大変だが、やはり伝聞情報よりも実際に足を運び、見て、肌で感じることが大事だ。今年6月8、9日には「東北絆まつり」が仙台市で開催されるのも楽しみだ。

収益確保と賃金上昇の好循環目指す

―深刻化している人手不足について

 AIなどを活用して機械化を進める取り組みも必要だ。海外人材に頼っていると、昨今の円安の影響も大きく受ける。
 単純に海外の方を労働力として日本に呼ぶだけではなく、それぞれの国との関係を良くしたいと考える企業は少しずつ増えてきているように思う。優秀な技術を持った海外人材に日本で働いてもらって、その方が自国に帰りたいと希望した時に、例えば現地に拠点を設けるような動きもある。海外に拠点を設けることで、企業としても現地で販路開拓や採用活動も行えるし、相乗効果になることもある。
 日本経済の成長力を上げる方策を考えると、付加価値を上げることが大切だ。従来は日本の“おもてなし精神”で、ある意味無償でサービスを提供する場面も多かったが、そこに少しずつ付加価値をつけてフィーを払っていただく仕掛けをすべきだ。金融業界でも、これまでは金融機関が顧客にアドバイスするのは基本的に無償だったが、コンサルティングという形でフィーをいただくことは妥当かと思う。
 今までは物価も賃金も上がらない経済状況が続いていたが、金融政策との兼ね合いから見ても、今後はサービスのクオリティに応じて価格が設定される方が望ましい。しっかりとした価値があれば、それに見合う価格を支払うなど、従来より価格を上げて収益を確保し、きちんと賃金を上昇させて好循環にしていく必要がある。

―日銀の政策や役割がますます重要になる

 我々が単体でできることには当然限界がある。ただ、いろいろなところで話を聞ける立場なので、聞いた内容を個社ベースではなく、マクロ的な話として他の企業につなげていけるよう協力できればと考えている。先ほどの人手不足対策に関しても、4月に特別調査として公表した。
 人手不足対策はすぐには効果が出にくいので、先行きの状況をある程度予測して、早めに対応することが大事だ。昔はフルラインで展開していたが、だんだんフルラインで対応できなくなるケースがある。その時に同業他社と連携して、不得意分野をお願いしたり、逆に自社の得意分野を他社から回してもらったりということは可能ではないか。M&Aという道もある。状況をどうやって改善していくかを事前に考えることで、さまざまな対応を取ることができるだろう。

“物流の慣習”変えて効率化を

―2024年問題による経済への影響は

 マイナスの影響というのは当然出てくるだろう。ただ、2024年問題といっても突然出てきたものではなく、事前に分かっていたことなので、これまでも単価の引上げや労働環境の改善などの対策は進められてきた。時間外労働の削減やペーパーレス化、デジタル化、あるいはロボットを活用するRXに取り組む動きもある。逆に2024年問題によって交通アクセスの良い場所に物流倉庫を設置するなど、設備投資にもつながっている。
 一方で、よく言われるのは“物流の慣習”をどうやって変えていくのか。従来は荷出しする側が荷物をどんどん置いて、荷物を運ぶ側が整理して積み込むというケースが多くあった。それを、荷出しする側がある程度整理しておけば、荷物を積み込む時間を短縮できる。最近進められている共同配送では、コンビニなど複数企業が連携してトラックを運行して荷物を運んでいる。また、バス会社や鉄道会社が乗客を乗せながら荷物を一緒に運ぶという貨客混載の事例もある。当然、セキュリティ確保などの問題はあるが、需要があるにもかかわらず供給がない場合に、別のところから供給できるのであれば、物流の効率化を進めることができると考えている。

TSR代表取締役社長・河原光雄

TSR代表取締役社長・河原光雄

―マイナス金利が解除された。中小企業に対する金融機関の貸出基準の変化は

 市場金利の動向も踏まえて各金融機関が対応すると思うが、今回の政策変更に伴う短期金利の上昇は0.1%程度。国債の買い入れについてもこれまでと概ね同程度の金額(6兆円程度)を維持する方針だ。貸出金利が現時点において大幅に上昇するということではないと見込まれている。日銀本店が対外的に話しているように、基調的な物価上昇率が上昇していくとすれば、金融緩和度合いを調整していくことになる。ただ、当面は緩和的な金融環境を維持するということであり、こうした金融環境で経済と物価をしっかりと支える方向だ。
 物価はこれまで長い期間にわたり大きく変わらずに推移してきた。金利は経済の“体温”のようなものなので、物価が変わっていないのに金利を上げるというわけにはいかなかった。昨今の情勢では輸入物価が上昇し、それに応じて賃金を上げなくてはいけない状況なので出発点はやや違うが、今後は「物価が上がっていくかもしれない」という前提のもとに経済活動をしていくことができるかが重要になる。
 日本経済の歴史を振り返ってみても、バブル崩壊、リーマン・ショック、東日本大震災のように大きなショックが起きると、一旦需要がぐっと減り、その後の政策対応から需要が戻ってくる状況ができている。そうしたなかで、自分たちが支払うものは増えるけれど、逆に受け取るものも増えていくという環境を作れるかどうか。賃金と物価の好循環を作れるかということだと思う。

―現状維持よりは、時代の一歩先を読んで進む必要がありそうだ

 「収入が少しずつ増えるのではないか」という前提のもと、消費者マインドがどう変わっていくか注目している。消費者の行動は、現在のキャッシュフローも当然大事だが、「将来はこうなりそうだ」という先行きが消費行動や投資行動に大きな影響を与えると考えている。先行きに不安があると、行動も控えるようになってしまう。
 一方で、1980年代のバブルの頃は永遠に成長が続くとみんなが考え、それも良くない状況ではあった。みんなが「この経済は大丈夫」と思うとバブルのような状況となり、逆にみんなが「今の経済はダメだ」と思うとデフレに陥ってしまう。また、為替による経済への影響は当然注視している。円安でも円高でもそれぞれプラスの影響とマイナスの影響があるが、急激な変動は経済にとってはよくない。

若年層に震災を伝えるプログラム設置

―日銀仙台支店では、東日本大震災発生時の対応について紹介する見学プログラムを設けている

 今の小学生から高校生は、東日本大震災発生時に何があったかを知らない。これまでも本店や支店で見学会は実施してきたが、仙台支店では震災の記憶を風化させないための取り組みとして、我々が当時どのような対応をしたかを画像や資料を元に紹介する見学プログラムを追加した。「経済と金融の話を一緒に織り込んでほしい」というニーズが多いので、震災に関する見学プログラム単独ではなく、内容をミックスしながら実施している。小学校・中学校・高校に出向いて発信することもあり、大学で講義をすることもある。
 私は東日本大震災発生時、金融機構局の業務継続関係の仕事に携わっていた。支店が被災した金融機関をサポートするため、日銀仙台支店や金融庁と連携しながら対応した経験がある。
 震災後の計画停電では、計画停電のエリアに金融機関のシステムセンターがあると、システムが止まってしまう可能性があった。停電しても業務を継続できるようにするため、自家発電の設備はあるか、燃料は確保できているのかをしっかりモニタリングする業務も行った。震災から5年の節目となる2016年には、災害時の対応を取りまとめた資料を作成し、世の中にどのようなことが起きたのか、日銀はどのように対応をしたのかを公表した。

―東日本大震災発生時は現金の破損や流失もかなりあったのではないか

 東日本大震災の時は、日銀仙台支店でも損傷現金をきれいな現金に交換する引換事務が急増し、東北4支店(青森、秋田、福島、仙台)では累計約33億円の引き換えを行った。引き換え業務を正しく行うには、汚れた紙幣や貨幣を一つ一つきれいに手洗いして真贋鑑定をする作業が必須だ。紙幣が乾くのに時間がかかるので布団乾燥機を活用して乾かしたり、貨幣も海水に浸かっているとサビが生じるので一枚ずつ磨いたりした。
 仙台支店のマンパワーだけでは到底全部に対応することはできないので、全国から応援に来てもらったが、最長で1カ月程度お待ちいただくケースもあった。引き換えるお金は生活の再建に使う必要性が高いお金であり、だからこそ我々は決して間違えてはいけなかった。仙台支店の見学プログラムでは当時の様子を写真やデータで紹介している。
 一方で、世の中の効率性を上げるために、キャッシュレス化というのは当然大事だ。もっとも、緊急時にクレジットカードや電子マネーなどが使えなくなった場合にどうするかを考えると、現金も重要な資金決済手段だ。日本銀行では、災害などの緊急時にも現金が円滑に供給できるよう努力している。
非常事態が発生した時の対応や考え方はある程度似ている部分もあるので、今後に生かすことができる。我々の仕事はある意味インフラなので、柔軟に対応しなくてはならない。
 例えば、岩手県にある日銀の拠点は支店ではなく事務所なので、汚れた紙幣を取り替える引き換え業務は通常行わない。しかし、東日本大震災の時は岩手銀行に場所を借り、津波で汚れた損傷現金の引き換え業務を行った。いざという時に、通常状態に少しでも早く戻るためのお手伝いをするのも日銀の役目だと考えている。

2024/05/31

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