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今再び、先賢の英知に学ぶべき事業経営理念

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公開日付:2016.07.01

 参議院議員選挙を控え、安倍政権とそれに呼応した日銀の黒田総裁は、財政出動など人為的操作による目先の対応で株価を煽り上げ、アベノミクスによる景気の順調な回復を演出し、成果を自画自賛的に喧伝しているが、果たしてその実態は如何なものでろうか?
 その評価は、何処に判断の焦点を当てるか、マクロ経済の表面的数値の都合の良い点だけを採り上げるか、ミクロの庶民生活に重点を置くかで大いに異なり、長期的展望に立つ健全で持続的な経済成長体質への構造改革はなされておらず、実体経済や、中小零細企業、庶民家計の実情としては、とてもそのような実感はなく、貧富格差は増大する一方であり、将来への明るい希望は抱けず、為政者の認識との乖離を感じる。
 現在のわが国経済や景気の実態を、率直に端的な例で表現すると、「高山の山頂部分(一部の大企業や富裕層)は春の日差しを浴びているものの、それとても斜面の向きで(業種や地域など)陽当たりの良い部分と日影の部分といったように様相が異なり、ましてや谷底までは春の日差しが未だに差し込まず、冷え込みが厳しいばかりか、山頂部分の雪解けの(生き残り合理化策)の悪影響で、雪崩(下請け価格の下落、株価暴落、バブル崩壊)の危険性さえある」といえよう。
 事実、日本を代表する名門大企業の三菱商事や三井物産が有史以来初の赤字決算となったり、東芝、シャープ、ソニーなどが苦境に陥り、また、世界的に見ても企業寿命が最も長いといわれた伝統ある老舗企業の倒産さえ見られるようになり、その上に近年は、ベンチャービジネスの育成促進、雇用機会の創出などといったまやかしの美名の下で、合同会社など経営基盤の弱い一人企業や零細資本の事業の増加、株式市場への上場資格基準の緩和などもあって、この神話は崩れ、企業寿命も短縮化傾向にあり誠実、勤勉、信用重視、職人気質に支えられた高度技術と高品質、社会貢献、顧客満足志向、経済・経営道徳律重視などといった伝統的な日本型経営の長所が失われ、アメリカ流の自由・資本主義、自社と株主収益至上主義、競争に勝ち誇り、生き残るためには手段を選ばずといった企業風土が蔓延するようになってしまった。
 しかし、「信用や顧客の支援があっての企業発展」、「道徳的に正しいことは経済的にも正しい報いを受け、非道徳な事業は永続しない」、「信者を集めてこそ、信+者=儲けさせていただける」、「報徳仕奉~先に徳を売れば、後から利益がついてくる」、「物極必反~戦線と事業は、身の程を弁えず、手を広げ過ぎると、屏風と同じように倒れ易くなる」などといった真理は永久不変であるし、先賢の貴重な失敗・成功体験からの至言は謙虚に尊重すべきであり、温故知新、今こそ再び原点に立ち帰り、改めてその経営哲学や理念、手法を学び直す必要があろう。


(1)あなたは織田信長、豊臣秀吉、徳川家康の、どのタイプか?

 事業経営のあり方や経営者の資質・手腕を云々する場合、よく引き合いに出されるのが、この戦国時代の3大名将であり、その特性を、織田信長は「鳴かぬなら、殺してしまえ、ほととぎす」、豊臣秀吉は「~鳴かせてみよう~」、徳川家康は「~鳴くまで待とう~」などと象徴的に表現されている。
 しかし実際は、そう単純に誰のタイプがベストだと割り切れるものではなく、それぞれなりに長所も短所もあり、時に応じてさまざまな面をみせており、要は、狭量で一つのタイプに偏重・固執した資質や能力では、激動と変革の複雑な世では生き残って志を達し得ないこと、猛将・勇将でも知将でなくば、真の名将にあらずであること、文・武・財・心の4器量のバランス感覚に優れていること、如何に有能で強権の持ち主でも、この全てをただ一人で具備することは至難なので、自分の弱点を補充してくれる良き補佐役に恵まれ、その存在価値を認めて待遇し、これを巧みに活用することと、民衆の支持を得なければ、統治の永続的な維持は不可能であることを認識し、時に応じて変幻自在の柔軟性を発揮し、その時代環境に適応し得る者こそが、その時代の最も良きリーダーといえることだが、そういった意味では、この3人は、それぞれの時代に即し、動乱の乗り切りと建設的な破壊の改革期には、強力なリーダーシップと独創的能力を有した織田信長が、それを更に肉付けし、破壊から再構築を図る時期には、その施策のアレンジと人を手なづける能力に優れた豊臣秀吉が、戦乱が一応の終結を見た平時には、その後始末と、武力だけでなく治世にも優れた能力を有する徳川家康が最適任であったといえ、それぞれ、なるべき時期に、なるべくして時代のリーダーになり得たともいえよう。


(2)企業理念や社訓の創始者…徳川家康

 健全な企業経営でその事業の存続・成長発展を図るには、適切な経営理念と方針、その目的と目標の明示と全ての関係者への周知徹底が肝要であり、そういった意味から、近年は社是や社訓、就業規則や服務規程などを制定・明示している企業が多いが、この発端となったのは、「人間の一生は、重い荷物を担いで遠い道を歩むようなものだ。急ぐべからず」、「不自由を常と思えば、不足するものはない」、「心に欲望が起きたときは、貧しく困ったときのことを思い出せ」などといった名言で知られる徳川家康の平易で簡明だが要点を抑えた遺訓にあったとされる。これは庶民への要望ではなく、人の上に立つ自己も含めたリーダーの心構えである。
 これに見習って三井家が家訓を定め、呉服の越後屋として大成功したことから、江戸時代に各商家が競って家訓を制定するブームになった。
 家康の志や治世を最も忠実に踏襲し、江戸幕府中興の功労者とされる名君は8代将軍吉宗であるが、彼は幕臣に要求するだけでなく自らも率先垂範し、庶民の声もよく聞き入れ、権利を認めると同時に義務の重要性も説き、協力を求め、質素・倹約だけでなく積極的な殖産振興、先進的な西欧の良い手法の導入にも注力した。


(3)論語と算盤…近代日本産業の祖、渋沢栄一翁の経営哲学

 幕末から明治維新を経て大正時代にかけての激変期に、新日本の近代経済・産業を主導し、現在にまで続く有名大企業の多くを育てた功労者は渋沢栄一翁である。
 彼は現埼玉県深谷の豪農の子として生まれ育ったが、江渡幕府末期には、最後の将軍徳川慶喜にも仕え、明治維新後は大蔵省に出仕、辞職後は第一銀行の設立など、製紙、紡績、保険、運輸、鉄道など多岐の分野にわたる近代殖産立国を目指す日本産業の根幹を成す多くの企業を育て財界の大御所として活躍され、第一線を引退後も、社会事業や知恵・徳育の教育に尽力されたが、個人的生活は案外質素で、迎賓館兼用の別荘とされ現存する青淵文庫も、彼を慕う有志の寄贈によるものである。
 彼の経営哲学は「論語と算盤」に代表され、それを言行一致、私利よりも国益や社会貢献を第一とし、拝金主義を戒め、右手に論語の思想をベースに、左手には先進的な西欧の合理性や効率性の向上、数値的事実に基づく採算管理、技術の習得にも意を用いた和魂洋才のバランス感覚の良さと実践は、実に素晴らしいものであったといえる。
 この点は、昨今の悪知恵に長け、国益や社会貢献、顧客第一主義より、私利益優先、事業経営をその手段とし、従業員を酷使し、不都合になれば簡単に切り捨てたり、巧妙な納税回避策を講じても違法ではないとし、道徳律を軽視し、本業より投資収益に主体を置くような経営者や富裕層は、よく見習っていただきたいものである。


(4)利益の社会還元…旧三大財閥の社訓と経営理念

 三菱、三井、住友の旧三大財閥グループの特性は、組織の三菱、個人逸材の三井、人の和(チームプレイ)の住友といわれたが、それぞれが事業に成功した基礎には適切な理念や社訓の実践にあった。
 三菱グループの社訓は、私利よりも国益優先の貿易立国、三井グループの社訓は、越後屋の創始者の家訓に基づく顧客満足第一主義で、貧富で客を差別扱いせず、小口の買い上げ客や返品の申し出客も大切にしたこと、住友グループも家訓に基づき、国益と社会貢献を重視し、そのためには信用第一、堅実経営、些かな目先の「浮利」を追うな、お金を貸すも良識、貸すべきでない先には貸さないことも銀行の良識であり、真の顧客志向とは、顧客に迎合することではなく、顧客指導と心得よ、ケチと始末は異なり、公私混同は慎め、個人プレーでのスターを輩出するよりチームプレー重視、外観的体格での業界No.1より、堅実な経営体質、社員一人当たり収益でのNo.1を目ざせということを徹底的に叩き込む従業員教育には非常に熱心で厳格であったという。
 いずれのグループにも共通することは、社員の働かせ方と信賞必罰には厳しく、組織総合力を結集してしっかり稼ぎもしたが、その利益を国策への貢献、学校や病院の建設への寄付などで社会還元し、社員を大切に扱い、生涯企業福祉には留意した。
 それだけに、近年になっての三井と住友との統合、主柱ともいえる大商社の経営不振、伝統的社是に反した一部企業の不祥事などは大変なショックであると同時に、時代や世の中の価値観の変化を痛感させる。


(5)経営の神様…松下電器(現パナソニック)創業者松下幸之助の経営哲学

 神様の称号を得ながらも、威張らずに常に謙虚で腰が低く、気取らぬ関西弁丸出しで、素朴ながらも数多の名言を残された松下幸之助氏の代表的なものは、「商売は長い目でしないとだめ。商売とは正売、即ち正しい理念で、正しい高品質の商品を、適正な価格で、上手にお勧めして買っていただくことに尽き、商人だからといって、いかにも儲けに拘っていると感じさせるような強引な押し付けやお願い販売は、下手な商売の仕方、商売の極意は損して元を取れだ」などである。
 関東の商人は「目先が利き、政治・権力に迎合し、算盤のはじき方が早いが、見切りも早い。それに比し関西商法は、政治・権力に依存せず、あくまでも庶民の英知と努力で培ってきた生きた実学の智恵だから、徳を売ってから後で利益を得る算盤のはじき方の深さにある。大阪の商人は、算盤高く利益に拘り、挨拶代わりに儲かりますかというほどにガメツイ(がっちりしているの意味)とされるが、それは誤解であり、ガメツイの真意は、採算管理がしっかりしており、顧客志向で、売れ筋商品の掴み方が鋭いということである」といわれる。
 確かにその通り、見栄を張った派手な金遣いはしないのでケチなようだが、始末とは二宮尊徳が提唱した報徳仕奉の「徳利商法」であり、無駄な冗費や乱費の管理には細かいが、必要で有効な出費や前向きな先行投資は惜しまないことであり、損益採算管理をしっかりとして自己の事業の健全性と安全を図り、従業員の雇用と生活の安定を保障することは、むしろ立派な社会貢献であり、一時的に派手に儲けても、いずれ倒産すれば、もっと大きな損失を社会に及ぼすことになるというのである。
 事実、戦後に目覚ましく発展した薄利多売のスーパーやパチンコ、餃子やラーメン・チェーンなど約30業種のほとんども、企業寿命が長い老舗中堅製造業の多くも、不況期になっても倒産率が低く、地味だがしぶとく健闘が目立つのは京都府・滋賀県といったように、関西が発祥の企業であり、その真髄は大多数の庶民を対象に、人間の本能に立脚し、逆境期であっても需要が急減しない食と娯楽に関連する手堅い事業を主体にしていることにあり、このあたりは世界的も商売上手とされる華僑や本来のユダヤの商法(現在のユディッシュ・アメリカンとは異なる)にも通じるものである。


(6)和を以って貴しと為す!…聖徳太子の治世の理念

 わが国における民主的な立憲政治は、敗戦後にアメリカから導入されて学んだものではなく、わが国の方がずっと早く、6世紀頃に聖徳太子が発した17か条のご誓文にあり、その理念は、西欧流の、人間性悪説、自然界への挑戦と克服、狩猟型の力による自由競争での勝利ではなく、仏教哲学を根底にした人間性善説、自然との調和的共生・共存・共栄、おかげさま、お互い様の互譲・互恵の精神、広く民衆の声にも耳を貸して何事も公論を尊重し、人民の融和に主体を置く治世であったといえる。


(7)領民愛と積極的殖産振興策で藩政立て直し…上杉鷹山公の理念と治世

 上杉謙信を藩祖とする名門で、時の権力に迎合しない独自の考えを貫き通したために度々の減封を受け困窮の極みにあった米沢藩を、苦節約50年で見事に立て直した功労者が名君上杉鷹山公である。彼は日向高鍋の秋月藩3万石の次男から米沢藩上杉家の養子となり、若干19歳で家督を継承して藩主となったので、その苦労は並大抵のものではなかったであろう。
 江戸末期には全国各地で飢饉が続き、徳川幕府も各地の藩も財政が窮乏し、その再興策として、多くの藩が領民への増税と節約を強制したのだが、彼はこれに反して、領民への愛を基本理念に置き、消極的な緊縮財政や節約、増税による目先の藩財政建て直しよりも、将来にも通じる長期計画的と積極的な殖産振興策で、まず領民の所得向上を図り、希望を抱かせ働き甲斐を感じさせる全員参加の改革を、率先垂範と官民一体となって敢然と遂行した。
 たとえば、藩主やその家族、重臣までもが刀を鍬に持ち替え林野の開墾をし、木材をそのままで売らずに木工品に、糸は織物に加工して、付加価値をつけて売出し、雪深い米沢の飢饉に備え、牧畜や食用鯉の養殖、穀類の増産、食用にもなる生垣植栽の奨励などで食糧の確保を図るなどと工夫をしたのだが、その結果、各地・各藩が飢饉で苦しみ、脱藩者も多かった情勢下にありながら、米沢藩ではこの改革着手以降、一人の脱藩者も餓死者も出さなかったという。
 こういった点は、好ましい政治・経済、事業発展の原理にも適うものであり、安倍政権も現代の事業経営者も、是非見習っていただきたいものである。


(8)文・武両道…大義名分と信なくば成り立たず!

 武士の商法という言葉は、士農工商などという階級社会において、自ら汗をかいて田植えをしたり商いをしてお金を稼いだこともない武士が、いきなり商売に手を出しても成功せず、慣れないこと不適任なことには手を出すなどというあまり良いイメージではない言葉のようだが、戦国時代に刀を算盤に持ち替え、武士から商人に転じて成功した者も結構存在する。
 越後屋三井家の始祖も、江戸時代の初期には三井越後守であった武士が商人に転じ、小田原の名物である梅干や塩辛の創案者は、織田信長の妹お市の方を嫁とした近江の名門浅井家の分家である美濃の浅井吉兵衛が、敗者となって武士から商人に転じ、美濃屋と名乗ったもの、斉藤道三は逆に、油売りから美濃の土岐家の武士に転じ、やがて主家を滅ぼして領主となったもの、真田昌幸は九度山に蟄居を命じられて生活に困窮した頃、真田紐の編み方を村民に教え、売り捌いて糧を得ていたのだ。文武両道、武道と商道には合い通じる面があり、いずれにせよ兵法も商法も、「脆道~相手を欺くこと」では永続的には成功せず、やはり大義名分と信用・信頼なくしては成り立たない。


(9)富を得る妙薬長者丸…井原西鶴の普遍の奥義

 井原西鶴は元禄時代に大阪の商家で生まれたので、その商法の真髄を記した「世間胸算用」や「日本永代蔵」の著者として有名である。
 彼はそれを万民にもわかり易くユーモラスに、「富を得たいと思う者は、私が考案した長者になるための妙薬「長者丸」を服用するべし」として、その調合法は、「①人より朝早く起きて早く出勤し、誰よりも夜遅くまで働くこと、②本業に精を出し、業容拡大を図るにも、その関連する枝葉の接木事業は止め、他者が儲けているかといっても、自分が自信の持てないことには欲張って手をださないこと、③無駄な浪費や、道楽、ギャンブルは厳に慎むこと、④従業員に勤勉・節約を要求し、低賃金で酷使しながら、自分だけは美食、淫乱、服装に凝り、豪邸に住み、家族に法外な贅沢をさせないこと、⑤自分で内容を確かめもせず、人の甘い話に乗って安易な投資や保証人にならないこと、⑥始末、算用(財務管理)、才覚が成功の素、⑦健康に留意すること、⑧「苦労して創業した初心をわすれないこと」が大切だとし、このような「平凡で当たり前のこと(真理)を、当たり前のように、人より長く実践し続けられることこそが最も大切なことであり、非凡である」と説いている。
 「真味是淡、真理是凡」、真理は永久不変であり、やはり「道徳的に正しいことは、正しい報いを受け、非道徳な事業経営では、永続発展はしない。」

著者プロフィール

経済評論家・ビジネスドクター 芦屋 暁(あしや さとる)

幼少期の貧苦体験から「十分な教養があれば民族も国家も企業も個人も安泰」との信念を抱き、一生涯を人間能力の開発と日本経済・産業の発展に捧げる1本の杭になろうと決意し、都市銀行勤務を中退してフリーの経済評論家・経営コンサルタントの道に転身、大学の教鞭やマスコミ出演を経つつ、過去通算で全国約3千市町村を講演歴訪した実績を持ち現在に至る。庶民派で皮膚感覚の簡明率直な解説がモットー。

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