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東日本被災に思う~歴史から学ばなかった日本

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公開日付:2016.04.01

 2011(平成23年)年3月11日、14時21分に発生した東日本大地震・津波と、これで被災した東電福島第一原子力発電所の崩壊・放射性物質飛散という不幸な出来事から本年で5年目を迎えることとなった。
 明治維新後の近代日本における大地震といえば、1923(大正12年)年の関東大地震(M7.8)、1948(昭和23年)年の福井大地震(M7.4)、1964(昭和39年)年の新潟大地震(M7.5)、1995(平成7年)年の阪神淡路大地震(M7.8)、2011(平成23年)年の東日本大地震(M9.0)と5回あり、ほぼ15~20年の周期で発生してきたいえる。
 地政学的環境や人口・構築物分布密度、地場産業構造の差異、その間の時代の変化があるので、一概に表面的な被災者総数、死亡・行方不明者数、構築物の倒・損壊数などの諸統計値だけで単純にその被害損失度の大小比較やランキングづけをすることは難しいが、現象面からみても、国の想定をはるかに超える最高潮位35mという大津波が伴ったこと、有感地震動区域や被災地域の広さ、人口・世帯・構築物数に対する被災比率や死亡・行方不明者率、それになんといっても過去に体験したことがない原子力発電所の壊滅と放射能飛散・汚損被害(未だに損壊状況の克明な現場視認が危険で不能であり、目下は燃料棒取り出しのための足場づくり準備作業段階でしかないので、正確な損害額などは把握出来ていない)が加わったのであるから、今回の東日本大地震・津波被害が近年の最大級であったことは間違いない。

(1)貴重な苦難や失敗体験を風化させず活かしてこそ真の復興

 この失われた5年間を、「まだ5年しか経っていないのに」と捉えるか、「もう5年も経ったのに」と捉えるかは、その判断基準で異なろうが、「もう5年…」としては、被災地の社会的インフラ復旧、護岸・防潮堤建設、安全な地域への住宅移転、地域経済・産業復旧、放射能汚染物の除去、風評被害の完全解消、今後の国家エネルギー政策理念と、その具現化への取り組み、未だに県外避難者が約21万人も存在し、いつになれば故郷に帰られるかどうかの見通し、生活設計さえも立たない状況、復旧から復興への対応などが鈍く、遅々として進展せず停滞していることなど、「まだ5年…」としては、喉元過ぎれば熱さを忘れるで、早くも、不時の災害に備えるリスク管理意識の希薄化、被災地・被災者への関心や、支援活動意識、防災・リスク管理意識が風化しつつあること、他都府県に緊急被災・避難されている方々への仮設住宅提供・生活支援などが漸次縮小・打ち切り傾向にあることと、一方では、万一原子力発電所事故で放射能汚染が生じた場合、その早期完全除去・消滅技術未開発のままで、密かに着々とその再稼働が政・財界で画されていること、安全でクリーンな代替エネルギーへの根本的な政策転換にまでは踏み込めていないこと、ごく一部ではあろうが、「他人の不幸は蜜の味」とばかりに、復旧支援予算や復興事業の特需にありつこうと非被災事業者が政治家と結託し暗躍していること、復興支援慰問イベントなどと称し偽善ぶっているが、被災者志向の慈善支援意識など全くなく、自分の売名と営業行為として出演の押し売りを図り、チャリティー募金の処理が不透明などといった芸能人も存在し、監督官庁への苦情が増加傾向にあることなどである。
 筆者自身、阪神淡路大震災で実家の損失被害を受け、これまでの生涯で、戦時の空襲も合わせ3度も自宅を消失するという実体験もあったので、東日本大地震の直後から、コメや水など生活物資の買い占めや風評被害で多くの国民が不安に駆けられてパニック状態になったり暴動を起こしかねないことを懸念し、「福島原子力発電所の被害実状や経済的損失、間接的な風評被害、派生的損失、被災者の精神的被害などは、正確な情報・データが未公表で不足しており、定量化し難いので除く」ということと、「決して今回の被災を軽視したり、被災者の不安や苦難を理解せず、第3者的的に冷淡・客観視したものではない。むしろ全く逆で、日本全国民の力を結集すれば、この苦難を乗り越えることは十分に可能であるとの安心と勇気づけ、激励の意を込めてのものでるから誤解のないように」と断った上で、「冷静に統計数値的事実から推計した今次の不幸な東日本大地震・津波推計被害総額の日本全体の国力に占める損失割合は、人口や事業所数などの基本指数、年間生産・販売額や税収などの経済・産業指数、図書館や医療施設などの文化指数などを総括しても2~5%、日本経済・産業へのマイナス影響力が最も強い分野で三陸地方の特質である漁業・水産加工でさえ5~7%程度の被害損失であり、従ってまだ95%強の日本は無傷で健全であるから、この不幸な災害を、国家の総力と全国民の互助の精神を発揮すれば、復旧は当然のこと、さらには逆境をバネにして従来以上の安全・安心のできる地域に復興させ、再構築し直すことは決して不可能ではない、それをもし為し得ず、もたつくようなことがあるなら、それは世界に日本政府の無能力さと他力本願姿勢、国民の愛国心の欠如を曝け出すこととなり大いなる恥である。順調な時より、こういった逆境苦難期にこそ、危機管理能力や民意の結集力など、国家の真価や風格が表れる。今こそ日本人の困窮期での底力、伝統的な良い風習の互助の精神を発揮すべき時だ」と主張し、そのキャンペーンをボランティア活動で実践展開してきたし、これからも不時の災害に対する危機管理意識を風化させないためにも、微力ながらも尽くしたいと念じている。
 被災から5年を経た現在でもまだ、被災して緊急県外避難をし、放射能汚染除去が進まないので、住み慣れた故郷に帰還し将来の生活設計を建てることが出来ない方が全国で約20万人、東京都区内だけも約2万人おられるが、ボランティア活動を通じて聴取した被災者の本音は、「被災・緊急避難時に受けた支援や生活扶助は本当に有難かったし、いざの苦難に直面した時に発揮された日本人の互助精神を頼もしく感じ、その後の芸能人などの慰問訪問などが、一時的な心の癒しや紛らわしになったことには感謝をしたい。しかし多大な苦難と犠牲を払った我々の本当の願いは、一時的な扶助の施しを受けて負債感情を抱かされることより、この貴重な犠牲や体験を国家的に受け止めて活かし、避難者が自活・自立できる支援や施策を講じ、二度と同じような想定外の不幸を招かず、安心・安全して生活できる国家や地域社会を構築して戴くこと。それが我々の犠牲が報われることである」という。
 正にその通りであり、これを契機に日本が官民挙国一致で、そのような健全で逞しい国となることこそが、今次の被災者の多大な不幸に真に報い、心の癒しともなるであろう。
 このように我が国は地理的環境からも、昔から天然災害が多発しやすい国であり、過去に何回も辛酸を舐めてきたのだが、それを何処まで真剣に受け止め、反省し、小手先の対応でなく、根本的・恒久的対応施策を講じてきただろうか?。
中国や韓国から、日本には歴史的認識が欠けていると責めたてられる。この言については多分に彼らの外交的謀略といえ、しかも彼らの言う歴史は、軍事面からの都合の良い時期からだけを採り上げてのものであり、彼らも同類であるといえよう。
 本来、「和を以って貴しと為す」を国家的テーゼとし伝統を重んじる日本人は、歴史好きで関心が強い。
 だが、勝者により都合よく脚色・美化された歴史に酔い、敗者の歴史が負ければ賊軍と排斥され、その奥にある真実の歴史は教えられず、それを知ろうともせず、またそいった真実の歴史から善悪を判断し、活かし、学ぼうとしなかったので、同じような過ちを繰り返してきたということも一面の事実ではなかろうか。
 この傾向が象徴的により顕著になっているのが、現在の安倍政権の、日米安全保障関連法案、クリーン・エネルギー政策への無定見さ、密かに着々と進められている原子力発電所の再稼働、沖縄の米軍基地問題、株式市場頼みの経済・金融政策、貧富格差是正への無関心さと逆累進性の強い消費税率アップ、高齢者福祉のカット政策、後手後手の小手先リスク対策、アメリカ一辺倒の政治姿勢などといえようが、本稿では、リスク管理、エネルギー問題に絞って考察することとしよう。

 

(2)リスク管理

 先ずリスク管理についてだが、地球自然環境や世界情勢の激動、状況変化のテンポが速く、自由で便利、自主選択の領域が拡大し、勝敗の競争が激しくなった現代においては、財物的繁栄の一方で、More and More といった阿漕な過剰欲望の追求で満ち足りるを知ることがなくなり、勝敗に拘ることと、そのためには手段を選ばずとなって、価値観が多様化、人間の環境変化への自己適応能力の減退、精神の弛緩と荒廃が進み、その代償は、リスクの増大、自律と自己責任の増大、勝者と敗者の二極分化、貧富格差の増大を招き、それがまた社会の混乱を増幅し、安定感を無くし、不安定感を強めるという悪循環をもたらすこととなる。
 リスク管理にしろ何にしろ、「管理」といえば、我が国では事後の結果評価と責任の追及、問題が発生してからの対処と処理、つまり治療策に重点が置かれがちであるが、本来の管理(Management…語源はラテン語で手の意味、又はAdministration…語意は執行すること、Doの意味)とは、問題が起きる前に先手を打って、問題が起きず、決めた目標を必達し得るような綿密な計画を立案し、そのためには、この点に留意して、このように実施せよと具体的対処法を指示・指導するという、期待する成果の前取り、事後の治療より、そうならないための予防策、すなわちPlan(設計青写真)、Do(率先遂行)に重点を置くべきもの、あらっゆる手段を用いて「首尾」よく期待する成果を必達させること、始め良ければ終わり良し、始計良ければ目標は半分以上達成されたも同じといった目標管理を遂行することにある。
 そのためには、「問題が起きないよう配慮し、計画的に綿密な事前情報収集や調査、社員の教育研修などを実施するに必要な前向きな経費より、問題が発生してから、その問題の解決や損害賠償、信用回復などの後始末に要する費用や労力、時間の方が数段も高くつくという認識と、不祥事がバレて支払う罰金額が予防経費よりずっと高くて割りが合わないとなれば、不祥事を起こそうとしない(重罰主義の考え方)ということを肝に銘ずる事が重要である。
 このことは、東日本大地震での想定が甘過ぎた津波護岸、原子力発電所の安全対策、大型マンションの杭打ち不正問題などが立証し、痛感されたことであろう。
 リスク予防マネージメントでは、社内牽制の検査制度確立、コンプライアンス経営の強化、ジョブローテーションによる仕事の互換性とダブルチェック体制の確立、信賞必罰、経営幹部の現場実務精通、風通しのよい社風などが必要不可欠である。

(3)我が国のエネルギー事情と原子力発電

 現在の世界では、毎日約30万人が生まれ、約5万が死亡しており、年間にすると、毎年約9,000万人の人口増加であり、しかも経済先進国では少子高齢化で減少傾向にあるが、発展途上・後進国で急増しており、このままで推移すると、これらの国の経済発展に伴うエネルギー資源の需要増を考えると、地球の石炭や石油などの天然埋蔵物資源、木材などの植物資源に頼る限り、20世紀のエネルギー資源の需要増加率が1桁であったのが、今世紀中には2桁台に増加し、これらが採掘・伐採され尽くされ、枯渇することは必至であり、地球自然の荒廃、異常気象が一層深刻化し、人類の平穏な生存が不可能になりかねないと推計されている。
 そこで目下は、石炭・石油に代わるエネルギー資源として、シェールガスや原子力エネルギーなど、再生可能エネルギー、クリーンで無公害の天然自然エネルギー活用への関心が高まっている。
 とりわけ我が国は、これら鉱物資源の自給力がなく、輸入に頼る比率が高いので需給の不均衡、コスト変動の影響を受け、しかも原油の輸入先はサウジアラビアやイランなどの中東諸国に依存することが約90%と圧倒していたので、近年はこれをインドネシアやアメリカのシェールガスなどに振り分け80%程度に下げ安定化を目指すと同時に、脱石油依存、原子力や天然エネルギー活用に転換しようとしている。
 電気エネルギー事情に限ってみると、第一次エネルギーの供給率は原油が約40%と第1位、石炭が2位で約23%、天然ガスが3位で約19%、原子力は4位で約11%となっており、この原子力発電依存率は世界で第4位ということになる。
 原子力発電に必要なエネルギーであるウランの国産は極めて僅少、その大部分をオーストラリア、カナダ、アメリカ、アフリカからの輸入に依存し、その再生施設も国内にはなく、フランスなどに船で運んで依頼している。
 水力、火力、原子力などの総合発電電力使用量を地域別に見ると、人口や事業所分布構成に比例することは当然で、関東地区が第1位で全国の約30%、近畿が第2位で約14%、中部が第3位で約13%、原子力発電に限ってもほぼ同様であるが、ここでは北陸が第3位で約8%と第4位中部の5%が入れ替わる。つまり関東、関西の大手電力会社の原子力発電所が、域外の北陸地方に集中的に存在していることを示す。
 東日本大地震後の現在の日本の原子力発電所は、全国で11社、13道・県に及び、計58基が設置され、建設中が3基、合計61基となるが、地震後は全面的な一時停止、総点検と安全見直しがされ、現在はこの内の4基だけが再稼働許可を受け、目下その準備作業が進められているが、審査中が22基、停止中が18基、廃炉決定が14基、建設中が3基となっており、その総発電電力量に対する原子力発電量のに構成比は、最盛期2000年には約32%であったのが僅か4%に低下した。
 原子力発電に関しては、安倍総理が震災後の2013年には、「2030年代に原発ゼロ方針をゼロベースで見直す」表明したが、一方では新規建設中もあり、どうも曖昧なまやかし表現と感じる。
 電力供給については、従来の地域独占的10社と日本原子力発電の他に、民間異分野からの新規参入、売買電も認められるようになったので、わが国電力エネルギー事情は大きな転機に立たされているといえよう。
 地球規模で見た近未来のエネルギー事情としては、供給面では埋蔵化石燃料の量と地球環境保全の両面で考える必要があり、化石燃料の埋蔵量は2020年~30年をピークに、以降は低減に転ずるとされ、環境面では地球の汚染はもう既に限界にある。さりとてその繋ぎのエネルギーとしての原子力発電にも、万一大事故が発生した場合の放射能早期完全除去・消滅技術が未開発状態では不安が残るし、太陽熱などの再生可能エネルギーについては、各戸の屋上発電程度ではとても需要に追いつけず、大規模な設備投資をしても、お天気次第、地域的制約もあり、コスト高で商業ペースの採算性確保には年数を要するので、省エネ・節エネの努力も併せて考える必要があろう。


(4)「自然と歴史は最も良き教科書」といわれるが?

 人間不平等起源論や民主主義理論の先駆者として有名なフランスの啓蒙思想家J・ルソーは、「自然と歴史は最もよき教科書だ」と述べているが、筆者も全く同感である。
 ただしここで大切なことは、美しい大自然の風景を目にして、感覚的に綺麗だとか、過去の歴史書を紐解き、振り返って、ただ感情・感傷的に、そんなこともあったのか、懐かしいなと受け止めるだけでなく、意識して心の目で観察したり、過去の実例と現代とを比較し、時系列的にその推移を辿り、善悪を判断し、反省し、そこからまた新たな発想を得たり、未来を予測・予知するなどということがあってこそ、温故知新の生きた実学の糧になるということである。
 地球の歴史は天災の繰り返しの歴史、人類の歴史は戦争の歴史ともいえるが、そういった幾多の貴重な苦楽の体験を重ねながら、「愚か者は失敗に懲りず同じような過ちを繰り返し、凡人は体験して初めて気づき、賢者は未然に危機を察知し、それを先取りし、予防・回避する努力をし、人類社会は進歩してきたのである。不幸な天災も、人類の物質文明万能という驕りへの神の警告・試練と前向きに受け止め、逆境を心を引き締める句読点、適切な進化へのチャンスとしたいものである。

著者プロフィール

経済評論家・ビジネスドクター 芦屋 暁(あしや さとる)

幼少期の貧苦体験から「十分な教養があれば民族も国家も企業も個人も安泰」との信念を抱き、一生涯を人間能力の開発と日本経済・産業の発展に捧げる1本の杭になろうと決意し、都市銀行勤務を中退してフリーの経済評論家・経営コンサルタントの道に転身、大学の教鞭やマスコミ出演を経つつ、過去通算で全国約3千市町村を講演歴訪した実績を持ち現在に至る。庶民派で皮膚感覚の簡明率直な解説がモットー。

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