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感情に走り勘定で躓くか英国のEU離脱問題

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公開日付:2016.07.29

 近年になり、欧州の3大主導国の一つで、EU加盟国でもある英国では、テロ組織の「IS」が仕掛けた戦乱被害から逃れてきたイスラム教を信奉する難民が急激に多数流入し、国内経済・社会秩序の混乱と不安をもたらすようになったという。
 ご参考までに申し添えると、毎年6月21日は世界難民の日であるが、本年の速報値では、国内外の難民総数が約6,520万人(世界総人口約73億5千万人の0.8%)で、2005年以降急増の傾向を示し、2014年比では18.6%増、内、国外難民の発生国別では、シリアが1位で約455万人、2位アフガニスタン、3位ソマリアと続き、難民の庇護国としては、1位がトルコで約160万人を受け入れ、2位パキスタン、3位レバノンとなっており、現在のところ英国はまだ庇護国ベスト10内には入っていない。
 しかし、従来の難民発生地がアフリカや中東・南アジア諸国であったのが、最近になって旧ソ連圏や西アジアなど近欧州地域圏諸国からの難民流出増加、欧州のEU加盟国内の移転が増加傾向にある事は事実で、英国はそれを恐れていた。
 かつては議会制民主主義、金融・資本主義経済の創案国として世界を主導してきたとの誇りを持つ英国としては、EU傘下の欧州各国が、こういう難民流入急増、国内経済秩序混乱という事態を招く原因となったのは、欧州経済への貢献度が高いと自認する英国の意向を無視したEUの、理想主義的なモノ・ヒト・カネ・情報などのサービスという4つの自由化促進政策、とりわけEUから英国への移民流入、EUの権限拡大によるものであるとし、これに危機感と不満を抱く国論が一斉に沸騰、それに応じてキャメロン首相が、英国のEU残留か離脱かを問う国民投票を実施し、その結果が本年6月24日に発表されたが、当初から、離脱後の経済リスクを深慮し、EUへの残留に望みをかけてきた首相の予想に反し、僅差ではあったが、離脱賛成51.9%対残留支持48.1%と、離脱派が予想外に勝利することとなった。
 これを受けて、国民投票の結果がどちらになっても、この民意は尊重するとしてきた首相は、その読み違えの責任をとり辞任するとの意思を表明し、「今後のEUとの交渉は後任首相のもとで行うべきだ。それまでは、この動乱で大揺れする船の安定化に全力を尽くす。しかし自分が改めて首相となり、嵐の海に突き進むこの船を統率することは不適切だ」とも言明した。
 これを受けて、英国内としても、僅差の勝敗であったことから、国民意識を二分する政治・社会の不安定さ、経済的にも株価暴落、国債の信用格付低下、経済の混乱などを招くこととなり、感情的に走り離脱の意向は示したものの、少し冷静になると、勘定面のリスクや混乱に戸惑い、停滞を余儀なくされかねないと危惧するようになっているようであり、今後の動向を注意深く見守る必要があろう。
 また国際政治・経済的にも、まさかといった想定外の結果となったことから、リーマンショックに次ぐほどの大きな衝撃と、世界的な一斉の株価や為替相場への影響と混乱を受けることとなり、目下の世界は、英国のEU離脱が連鎖的に波及、拡大して、大きな地殻変動とならないかと警戒心を強めると同時に、互いに疑心暗鬼、取り敢えずは、その先行きを慎重に探り、見極め、状況変化に敏感に対応しえる体制を整えようと、各国とも、先ずは自国本位での安全策と防衛に重点を置くようになった。
 国民世論を踏まえた国家として意思決定とEUへの正式通告は、EU基本条約に基づき、2年の猶予期間内に正式な国家としての意思表示通告と、離脱手続きを取り、合意を得る必要があるので、今後の英国内と世界の行方は目下予断を許されない微妙な状態と時期にあるが、一応、現段階での私見を述べておこう。
 先ず始めに、今回の事態の各位なりの適切なご判断の基礎的参考知識に供するために、案外、よく知っているようで知らないヨーロッパ諸国の歴史とEU創設の理念と現状などについて簡潔に述べておこう。
 明治維新以来のわが国の政・財界では、先進的な欧・米諸国に見習い、追いつき、追い越せとして努力し、その亜流で近代産業立国を目ざしてきたし、その感化も受けて親しみさえ感じ、欧・米大陸間は近距離で、アメリカはイギリスの兄弟国、第2のヨーロッパで一体だと思いがちであるが、彼らと日本人の感覚とはかなり異なり、彼らからすれば日本はあくまでも極東の地球の果ての小国、イギリスからの移民が建設したとされるアメリカとイギリスとの間でも、同じ英語を話し通じはするが、日用語とでは違いがあり、例えば「欧米文化」を日本的英語で直訳すれば「Euro Americans Culture」となるであろうが、彼らには英国はイギリスではなくUK、アメリカは米国でなくUSA、欧州は欧州、アメリカ大陸とは別といった意識が強く、欧・米一体感は弱く、イギリスでのエレベーターはアメリカではリフト、フラットはマンション、薬局店のケミストリーはドラッグストアなどと異なり、アメリカ国内だけでも未だに頑としてフランス語しか話したがらない地域も、髭を剃らず室内でも帽子を取らないユダヤ系民族なども存在する頑迷さなので、初めて赴任した特派員などは、その違いと使い分けに戸惑うという。戦前のわが国英語教育はKings Englishの表現と発音であったが、敗戦後の英語教育ではそれがAmerican Englishの表現と発音でないと逆に先生に叱られたものである。
 このように単一民族・単一言語の小さな独立島国と、陸続きで各種民族が混住する国とでは、今回のイギリスの選択だけでなく、いずれの国でも同じで、我々とはかなり異なった感覚と価値観があり、彼らのこのように自己主張と排他的自立心の強さは日本人の想像以上のものがあるようである。
 欧・米の各国は元来、北方のバイキング、中央部の西北アジア地域からの騎馬民族の大量移入、南方のラテン民族系など多種多様な民族の混合で構成されてきたものであり、概して、自然環境が厳しかったが故に、土地を巡る争乱が多発し、進取の気性と攻撃性に優れた北方騎馬系民族が次第に支配するようになった。
 本来、彼らは狩猟・採取型の遊牧民族であり、家畜に豊かな牧草を与えて太らせ富を得るには、常に広大で肥沃な土地を求めて移動し続けることが必要であるから、競争心が強く排他的・攻撃的であり、それを得るためには武力で他者の土地を奪うこともいとわない。
 宗教的にも一神教を信奉し、他者の存在を認めないなど独善的、人間性悪説を根底とし、だから神に、これまでの悪業を懺悔し、悔い改め、救いを求め、神との約束としてのルール、契約を基準とした社会生活を営んできた。
 その点は、本来、定住型農耕生活を主体とし、限られた地域内で、森林や荒地を近隣住民が協力し助け合って開拓し、土地を耕して肥沃な土地に替え、そこに永住して食用作物を育成栽培し、見守り、反覆・永続的に豊かな収穫を得ようとし、生活が安定するある程度で満ち足りるを知るといった自然界との調和的な共存・共生・共栄を図ろうとする農耕民族、多神教で八百万の神の存在を認めて崇め仏教や儒教思想をベースとし、法律以前に道徳律を重視する東洋系民族の日本人とでは、肌の色だけでなく、価値観も生き様も、大きな違いがあるのだ。
 こういった点をよく理解し合い、互いにそれを尊重し合わないで、どちらかが優越感で支配し、自己流を押し付け、その都合が良いように統一的に運営しようとすること、またそれを表層的な物まねだけで従属しようとすることだけでは、両者の円滑な関係維持は困難である。
 今回の英国のEU離脱に関する大混乱は、数年前から英国内の労働層の間で、安い賃金でも働く労働者の大量移入で、自分たちの職が奪われるのではないかという不安から、EUからの離脱を望む気運が高まりつつあったことは承知してきたが、最終的にいざ離脱となれば、英国の欧州での孤立化や経済的リスクも多いので否認されるであろうと考えていたものが、まさかという想定外の離脱賛成という結果となったことによる狼狽と困惑といえるが、この問題で改めて痛感することは、やはり自己中心の利害・損得だけで結成された組織は脆弱で崩壊しやすく、事前の双方対等の十分な話し合いによる相互理解、利害調整の上で、正しい理念と目的・目標の一致を見た心の融合に基づきまとめられた組織は堅固だということ、悪因悪果・善因善果という因果応報の原理は永久不変だということが確認されたことである。
 振り返ってみれば、新世紀に入ってからの世界騒乱の原因のほとんどは、過去の15世紀から17世紀にかけての大航海時代に、当時の世界を主導した先進欧州諸国(現EU加盟の主要国)と、後からこれに参加した米国を含めた欧米諸国が、未開発な諸国をいいように武略で蹂躙して植民地あるいは友好国と煽てて利用し、それら地域の鉱物資源や産物を収奪し、安い労働力として移住させこき使い富を独占し経済的に豊かに発展してきた事への不満と反発が、第2次世界大戦の終結後、一斉にその束縛から解放され、独立しようと立ち上がったことと、これを阻止・抑制し既得権益を保持し続けようと画策する先進国諸国との対立に端を発したものといえ、国境や領有権争い、人種間の争乱の主因も、すべてこの因果応報であり、大航海時代の大後悔と、精算・後始末を、今、彼ら欧・米先進諸国が余儀なくされているということである。
 次に、EU創設の理念と沿革でるが、EU(European Union、欧州連合)とは、その前の1963年に結成されていたEC(European Community、欧州共同体)と、1967年に結成されていた欧州石炭鉄鋼共同体、OECC(欧州経済協力機構)の3機関を、1993年のマーストリヒト条約の発効に伴い統合し、ECの経済統合の深化・拡大に加え、外交、安全保障、司法などの多方面にわたる政治統合を進めるために再編成され成立したもので、欧州委員会、欧州理事会、欧州議会、欧州裁判所、欧州中央銀行、欧州会計検査院、欧州オンブズマン、ユートラム(欧州原子力共同体)などの機構を有する。
 当初の発起原加盟国は、アイルランド、イギリス、イタリア、オランダ、ギリシャ、スペイン、デンマーク、ドイツ、フランス、ベルギー、ポルトガル、ルクセンブルクの12カ国であったが、その後旧東欧諸国からの加入もあって組織が拡大され、2007年現在の加盟国数は27カ国となっており、2004年には、EU憲法の原型を作り、大統領や外務大臣を置き、市民の基本的人権を定め、EUを一つの国家としてまとめ上げようとする欧州憲法条約が調印され、各国が批准すればこれが発効することにまでなっている。
 この象徴的な制度としては、加盟国中の13カ国で共通の基本的通貨ユーロを発行し使用できるようにしたり、自国通貨との併用、ユーロ債の発行を認める、(統一通貨と単一金融政策)、域内関税の完全撤廃と、モノ・カネ・ヒト・情報などの交流自由化促進など、見える象徴的現象としては、1990年に英仏間の海底に38kmの世界最長の鉄道トンネル(ユーロ海底トンネル)を貫通させて、1994年から営業が開始されたことなどである。
 この落成時に、イギリスのエリザベス女王は、「4千万年前に自然の力により引き裂かれた英国とヨーロッパ大陸は、再び結ばれる歴史的偉業が達成された」と、また同じくフランスのミッテラン大統領は、「仏・英両国は、陸続きの国境で相接する仲になった」と挨拶したという。
 ちなみに、英国が欧州大陸と地続きで結ばれるのは氷河期以来のこと、これで英国は「栄光の孤立」を放棄し欧州大陸の一部となった。また、この歴史的な壮大な難工事を完成させた裏には、わが国企業の海底トンネル開発技術と、優秀な掘削機が活躍した功績も大であった。br />  欧州統合の歴史は古く、その原点の理念や制度は古代ローマ時代にあったといえよう。
 古代ローマ帝国は、ほぼ現在の欧州全域を支配し、北アフリカから西アジアの一部にまで手を広げ権勢を誇っていたが、これを統治するために制定されたローマ法では、契約、家族などの規範が定められていたし、キリスト教を精神的統合の支柱とした。
 その後大ローマ帝国自体が東西に分裂するなど、巨大化し過ぎた弊害や幾多の統合、反乱、分裂、再編成統合といった変動の歴史を繰り返してきた。
 現代のような欧州統合論が具体的に提唱されるようになったのは、14世紀初に、フランスのピエール・デュボアが、対立していたトルコへの対抗手段として、欧州諸侯や各都市国家に団結を求め、「キリスト教共和国」の設立を呼びかけたことに発するが、彼が提案した共和国の構想には、諸侯や国家間の紛争を調停する罰則つきの評議会、軍事費削減、国境を越えた国際学校の設立などが想定されていた。
 15世紀には、ボヘミア王が欧州国家連合を提唱し、多数決制と、そこで決定されたことには各国の主権を制限してでも従うことを義務付ける規定が盛り込まれた。またフランスのシェリー公爵が、ロシアを除く欧州15カ国によるキリスト教連合の設立、信教、通商の自由保障、欧州軍の結成などを提案した。
 こういった夢想段階でしかなかった欧州統合化が現実化したのは、第一次世界大戦後にオーストリアのクーデンホーフ=カレルギー伯爵が提唱した「汎ヨーロッパ運動」がきっかけであろう。彼はオーストリアの外交官であった父と日本人の妻との間に生まれた東京育ちであったという。当時、欧州全域はこの大戦で敵味方に分裂し、勝者も敗者のいずれもが国土の荒廃、経済的困窮となり、欧州没落という悲観論さえ蔓延し、更にロシア革命により、従来のキリスト教とイスラム教との対立の上に、共産主義という別のイデオロギーの脅威にも晒されることとなった。そこで彼は、世界を欧州、新興のアメリカ、ソ連、アジアのその他の5ブロックに区分し、欧州の弱点や衰微を克服するには、地域内で弱小国同士が覇を争うより、アメリカ合衆国のような緩やかな連合体の合衆国を設立すべきだと各国に呼びかけた。この欧州統合論は、第1段階で、欧州会議を開き、軍縮、関税、通貨など共通の利益を検討し合い、第2段階では、域内の紛争を処理する欧州仲裁裁判所を設立し、各国間で相互安全保障条約を結ぶこと、第3段階では、ソ連を除く欧州全域での関税同盟と通貨同盟の結成を柱とし、単一の欧州経済圏を築き、最終段階として欧州合衆国を誕生させるというものであった。
 これらが現在のEUやTPPなど、各地域の団結や経済化ブロック化の原型となってきたが、いずれにしても相変わらず、比較的狭域の国境を接し合う近隣国同士の利害に基づく物理的、軍事的、経済的目的の結束であり、それで域内の権益を保護し、富を享受し合い、他国からの侵略を防護し合うが、対外的には、他者の競争力を弱め繁栄を牽制し、排除しようとする排他的、競争的、独善的な理念のものであり、地球規模の恒久的平和と幸福の実現といった崇高な理想の世界像設計までは描けておらず、依然として欧米キリスト教国の優越性護持を主体としたものであった。
 こういった歴史的経緯や各国の本音の論理などを総括的に判断して、英国のEU離脱問題で大揺れした当時関係諸国と世界の今後の政治・軍事・経済・社会の動向と将来を大胆に予見すると、
 ①先ず、震源地である英国は、労働者層や低年齢層に煽り立てられ、感情的に突っ走り離脱の意思の方がやや強いことを世界に表明したものの、少し冷静なって現実のリスクや国家の将来を考えると、勘定的には躓き、もう一度慎重に検討すべき懸念要素も多いので、軽々草々のEUへの離脱正式通告の突きつけとはいかず、国内と海外の反応を見極めつつ、あくまでも離脱は国民の意向を把握する参考資料であり、政府の最終決定事項ではないとし、今後のEUとの秘密裏の折衝で妥協、時期見送りとなる可能性もあり、早くても後任の新首相が決まる本年9月以降、恐らく2年間の準備期間ぎりぎりまではかかるとういうことになろう。
 ②世界的株価の暴落、為替層変動の混乱は、ほぼ一週間ほどで冷静さを取り戻すであろうが、リスク回避のための小幅な乱高下は頻繁になり安定感を欠く。
 ③国内分裂の危機を招いた後始末は大変、一度ひび割れした器の復元は至難であり、歴史的に見た時流からも、いずれは再び英国内は分裂圧力が高まる事は避けられないであろうし、こういった傾向は世界的にもいえる周期変動的な時流でもあり、物極必要、平和が続けば分裂化が、苦難期になると相扶助のため統合化が進み、その周期は上げ潮期が約40年、引き潮期が約20年、都合約60年周期、今後の世界は分裂、自立、自国本位主義が強まる不安定な時期に入るであろう。

著者プロフィール

経済評論家・ビジネスドクター 芦屋 暁(あしや さとる)

幼少期の貧苦体験から「十分な教養があれば民族も国家も企業も個人も安泰」との信念を抱き、一生涯を人間能力の開発と日本経済・産業の発展に捧げる1本の杭になろうと決意し、都市銀行勤務を中退してフリーの経済評論家・経営コンサルタントの道に転身、大学の教鞭やマスコミ出演を経つつ、過去通算で全国約3千市町村を講演歴訪した実績を持ち現在に至る。庶民派で皮膚感覚の簡明率直な解説がモットー。

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