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Gゼロ時代の世界秩序混乱と再構築への道

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公開日付:2015.12.11

(1)「Gゼロ」時代を迎えた世界の混迷

 予てから筆者は、世紀の転換期は「時代をリードしてきた主役交代と大激動と過去の悪弊の大清算期であり、この刷新を済まさない限り、斬新な感覚での新世紀の舞台は演じられない」と予言してきたが、近年はまさにその主唱通りとなってきた感がある。
 今世紀になって、確かに世界において巨大な力を有する政治・軍事・経済の主要大国アメリカ、中国、日本、ロシアのG4諸国、国際情勢に対する影響力が強いフランス、ドイツ、イギリス、韓国、台湾、イスラエル、イラン、サウジアラビアなどG8諸国の首脳や、一時代の経済・産業を牽引してきた主導的存在の石炭・石油エネルギー、鉄鋼、繊維紡績、運輸産業、家電、情報・通信機器産業や企業が首座から追われるなどといった主役交代が相次いだ。
 しかしそれらは現段階では、まだ表層的・外観的な地位やイメージの低落・看板やネーミング、システムの変更に止まり、最も肝要である根本的な、革新への基礎となる人類の幸福と世界平和実現へのコンセプト(哲学的概念)やビジョンの明確な提示、意識革新はなく、抽象的で曖昧模糊としており、単なるスローガンやタイトルの看板塗り替え、懸垂幕の付け替えに過ぎず、その目標を達成・実現するための具体的なポリシーの明示や施策の実践着手には至らず、世界的な合意も意思統一も未だに得られず、当然、実質的な改善の成果が伴わず、実現のものとして実感できるまでにはならず、目下はむしろそういった変革と再構築への道の模索と混迷で混沌とし、過渡期としての否定や破壊の混乱期にあるといえ、連合や合体による同志仲間の囲い込みグループ形成化とその間での切り崩し競争が激しくなっているが、これは世代交代末期の悪足掻きともいえる空しいものであり、こういった時代を仕切り主導する偉大な、中立的で世界的にも信頼される威厳のあるリーダー(国家やイデオロギー的指導者)不在の時代をアメリカの政治経済学者イアン・ブレマーは「Gゼロの時代(注:ここでいうGには、Great、Governer、Groupな国家、組織、機構や人物などを包括的に意味する)」と称している。
 こういった現象は、人類社会や世界の政治・経済界だけのものでなく、動物・植物界においてもみられる一定の周期自然現象であり、特定優越者の独占的永遠の繁栄を許さず、生者必滅、何事も限度を超えて巨大化し過ぎると反転し、分裂や衰退が始まり、それを回避するには自然淘汰や新陳代謝が必要だとする大自然の栄枯盛衰の摂理、間引き、修正作用ともいうべきものであろう。

(2)人知を超越した大自然の摂理

 自然界にはこれさえやれば絶対万全といったものは存在せず、何ものにも表裏、陰陽、善悪の両面があり、流動的で、有為転変、万物流転し、その時期に応じさまざまな面を見せ、逆もまた真なりといった点もあり、実に複雑多様であり、要はその時機、その環境や状況に適応したどの進路を選択するかに成否がかかり、真理以外には、大自然の摂理への畏敬と遵守の念と一抹の謙虚さ、互譲・互助・互恵の節度や自律なき限り、永遠不変の万全も、ワンベストも、オールウインといった魔法の名案も手法もなく、そういったことは、人為的に悪知恵で演出された一時的な繁栄の奇策でしかないのであり、いずれは大自然の法則に則り衰退滅亡の途を辿ることとなる。
 大自然の摂理によれば、先に述べたように、特定優越者の独占的永遠不変の繁栄を許さず、強者は常に強者、弱者は常に弱者とか、弱肉強食と決められたものではなく、強者にも弱点、弱者にも利点や特性を付与し、大小強弱さまざまなもののそれぞれなりの生存を許容している自由さと、その反面での制約を負わせ、大事・難事と平時・順境の時に応じて結合と分裂、独裁と集団合議制の適否なども周期的に定めており、常に「大きいことだけが良いこと」ではなく、「小よく大を、柔よく剛を制する」こともあるのである。
 たとえば、猛毒を持つことで恐れられているコブラにも、小さくても小回りが効くマングース、百獣の王ライオンは草原の小さな毛ダニや蜂、蟻という難敵が存在する。
 また樹木は、若い低木の頃には、複数の幹や枝葉が競い合って横に枝葉を広げて拡大成長を図るが、老成して背の高い樹木になると、次第に中心のただ一本だけにエネルギーを集積させて突出して伸ばし、複数の幹の並立を許さず、その他の幹や枝葉はこれを補佐する役割を担う。
 背丈が高い樹木は他の低木への日差しを遮らないように針葉樹が多く、低木は少ない日差しを受け止めるように広葉樹が多く、その低木広葉樹はさらにその下に隠れる草花にも太陽光を浴びさせるために、落葉する。
 図体が大きい肉食の猿は地面か樹木の低いところを縄張りとし、小さくて外敵の攻撃に弱い猿は雑食性で樹木の高い細い枝で棲息するし、獲物の捕獲率が悪い猛獣の縄張り区域は広くせざるを得ず、間引かれる率が高い弱小動物は多産で、妊娠期間や出産時間が短く早く、生まれ落ちた新生児は産み落とされて直ぐに独立走行が可能といったように、それぞれなりの長・短所や特性を発揮し、棲み分けをして健気に共生・共存しているのである。
 武略で覇権拡大を貪欲に主張するエゴな大国は、この点を謙虚に見習うべきではなかろうか。広大な領地を有しながらも小さな離島の領有権に拘るのは、自国の経済効率や労働生産性の低劣さを自ら曝露している愚かなことではないか。
 政治家でも企業のトップでも、乱世と平穏時とでは、期待される人柄や能力に差異があって然るべきであり、大事・難事にこそ、担当能力の真価を見抜くことが出来る。
 一旦緩急の難事には、時間をかけた合議制では間に合わない場合もあるので、多少は強引で独裁的、革新的であっても、良識と実学があり決断が早く、実行力があって民衆の信頼が厚い「俺を信用して任せろ」、「よし、あいつに賭けよう」といったワンマン型が適任であり、平時には「広く会議を興こし万材公論に決すべし」といった保守的調整型が適任とされており、そいったタイプの人材の巧妙な組み合わせと、それぞれの時期や環境に適した人材の入れ替えが重要である。

(3)20世紀の総括と反省

 前20世紀の世界は、第2次世界大戦終結の前後で大きく情勢が変化したので、前半と後半を2分割して捉えるのが適切であり、これを一括して表現することは適切でないが、あえて総括すると「加速と拡大の激動の時代、欧米主導の時代」であったといえよう。
 ここでいう加速や拡大、激動とは、前半世紀においては、急加速的な科学技術と機械生産技術の進歩で大量生産が可能となり、物質文明が栄え、その必要性を満たすための産業資源やエネルギー資源確保を目指す欧州主要先進国と、この流れに乗り遅れるまいとするアメリカ、ソ連も加わり、アフリカ、東南アジア、中国、中南米、オセアニア諸国などの植民地支配地域の拡大競争、覇権争の激動化、これに抵抗し彼らの植民地化支配を抑制しようとする諸国グループ化などがあった。第2次世界大戦や太平洋戦争発生の遠因もここにあったといえよう。
 この結果、独・伊・日本の同盟国側が敗戦の憂き目を味わったが、戦争終結後の後半期においては、それまでの世界の争点と枠組みが、主として欧米とそれに見習って力をつけ仲間に割り込んで入ってきた日本を加えた先進国グループ間での覇権と植民地領域拡大の競争であったものが、戦後処理を巡るG2国米・ソの対立と、それぞれの政治理念に同調するグループとの間の武力によらないイデオロギーの是非の争い、いわゆる東西冷戦へと対立軸が大きく変わったことと、もう一つは、戦争に参加した敗者国の衰退はもちろんのことだが、それのみならず戦勝国までもが、戦時の負担で経済的にも疲弊し、領土の拡大といった当初の意図が達成出来なかったばかりか、既得権益であった植民地管理まで放棄せざるを得ないようになり、その支配下にあった多くの弱小経済国が、Gの重石が取り払われて一斉に自主独立を果たしたことである。
 こういった背景での戦後処理過程で、各国の領土やその境界線引きなどの複雑な問題は、独立国の意思などは無視され、戦勝国や旧宗主国の都合で多分に強引、あるいは曖昧に処理され、それが戦後から現在に至るまで尾を引き、世界の国家間紛争や民族対立の原因となっているといえる。
 特定大国(G)のエゴによる独善的な武力の圧制は好ましくないが、良識的な重石として存在があることで世界の秩序が維持できるという良い一面があることも事実なので、その重石がなくなったことで戦後しばらくの期間の世界は、第1次Gゼロの混乱が続き、その後は再び、新しい重石として世界を主導しようと目論む米・ソを主体として、東西のイデオロギー対立の冷戦が益々深刻化することとなった。
 この結果、一枚岩の結束が弱かったソ連邦が分裂することとなり、東西の壁が撤去され、第2次世界大戦時に実力を発揮し自由資本主義圏のリーダーにのし上がったアメリカ一国がG1の世界のポリス国家として君臨するようになり、一応世界秩序の混乱は収まった。
 しかしそれもやがて、超大国アメリカの独占的世界支配の弊害、アメリカ自体の経済的疲労、アメリカ流の新自由・投資金融資本主義経済の歪露呈、アメリカの都合が良いグローバル・スタンダートや国際開放経済の押し付けなどへの世界からの疑問や不満・抵抗が高まり、国際的な不信となって、世紀末にはその威信が揺らぐこととなった。
 このように20世紀を振り返って総括すると、激動と動乱、拡大と分裂、建設と破壊、躍進と停滞、武略と経略など相反する両極端の事象が混在した不安とハイスピードで、安心と安定感を欠いた「過剰欲望と暴走の世紀」であったといえよう。
 確かに、目覚ましい科学技術や機械生産技術、医療技術、政治・経済運営システム、大量生産や大量販売、通信販売といった事業経営手法、情報通信システムなどの向上・進歩があり、総じて世界の経済、教育水準も高まり、物資文明の発展があったこと、しかもそれを、過去では数百年も要したことを、短期間で加速度的に成し遂げたことなどは認められ、一応の評価はし得る。
 しかしその反面では、かけがいのない地球自然環境の戦争や乱開発による破壊が進み、あまりにもハイスピードな環境の変化に人間の意識改革がついて行けなくなって、物質文明繁栄の一方で精神文明の荒廃もあり、経済的効率化や生産性の向上を追うあまり、「経世済民」の真理を忘却した拝金・収益至上の誤った自由化や強欲な博打的投資資本主義が横行、武力が経済に変わりはしたが、エゴな覇権や市場の過当競争が激化し、生き残り競争を勝ち抜くためには手段を選ばないといった醜い争いで、勝ち組・負け組、地域や階層による貧富格差増大の二極分化社会となり、新たな対立や争乱を生み出し、相手国の事情や弱者を思いやる互助互恵、自然界との調和的で共生・共存・共栄を図るなどといった人間としての崇高な理念や真理が見失われるようになってしまい、こういったさまざまな問題や課題を整理し解決することなく積み残し、「豊かなる困窮」といった矛盾を抱え混沌としたままで新世紀引き継がれることとなった。

(4)世代交代の過渡期で混迷する21世紀当初の世界と課題

 21世紀はこういった前世紀の反省に基づき、引き継がれた残滓を整理・精算し、改めるべき点を改める建設的な破壊と再構築に取り組まねばならないが、そのためには、緩んだ軟弱な地盤の上に立つ傾きかけている家屋を、ただ色や看板だけを塗り替えるだけといったリフレッシュでは根本的な健全な家屋への建て替えとはならないので、先ずは基盤からの本質的な改善、つまり人間の根本的理念や意識改革から取り組む必要があろう。真理を忘却した過った理念では、何事をやっても良い成果は得られないからだ。
 「財貨多き徳傷(やぶ)る」などといった真理は永遠不変であろうが、真理にも、もちろん政治や経済も含め、なにごとにも陰・陽、表・裏、善・悪、明・暗、好調・不調などの両面があり、それらは有為転変、万物は常に流転して止まらず、周期的に巡り来るものであり、また生者必滅、特定のものの独占的永遠の繁栄は認められず、それがゆえに時流に応じた適切な両面の使い分けと新陳代謝の努力が要求される。
 「両雄並び立たず」と言われるが、世界は両雄が拮抗し、良きライバルとして良い意味で競い合ってこそ、相乗効果を発揮して共に発展するということも、もう一面の真理であり、このことは歴史的事実からも立証される。
 たとえば、大国の栄枯盛衰の歴史を辿れば、17世紀の世界を主導した国はスペインとポルトガル、18世紀はオランダとプロイセン(ドイツとオーストリア)、19世紀は英と仏の栄光の世紀、20世紀は米とソ連邦の2G時代といったように、ライバル2国が競い合って世界を主導し発展してきた。
 しかしやがてこういた国が全盛の頂点を過ぎると、巨大化の弊害から反転して衰微期を迎え、外攻をうけての敗退というより内部崩壊し、その一方が衰退すると、生き残ったもう一方も漸次凋落の途を辿り、共に衰微し、その縮小・衰退の課程でバブル経済破綻を性懲りもなく繰り返してきたのであり、現在のアメリカの威信低下や衰退も、こういった足元の地盤沈下によるものであり、そのに取って変わる次の主役国は、全く従来の系列とは異なる国となる。
 案の定というべきか、米・露の停滞に反比例するかのように、21世紀になって、その主導国を目指して再び急速に台頭してきたのが中国だが、これも、それから15年程にして、もう早くもその背伸び成長と、諸外国からの投資呼び込みによるバブリーな膨張拡大が峠を越え、翳りが見え始めた。その原因は、一国二制度の矛盾、情報の自由化や国際開放に伴い、社会主義的な圧制による民衆の国家統制が効かなくなったこと、一度自由さと多様性の快適さや急成り金の豊かさを体験した民衆の緩んだ心を再び危機感を煽って引き締め直したとしても、今世紀末までその地位に君臨することはなかろう。
 それに比してわが国は、アメリカ従属・亜流の姿勢を改め、戦略的外交折衝能力と平和的国際貢献能力を高めるという賢明な対応をすれば、時流はアジアに陽が当たる周期変動にあり、その地政的条件と中立性、良識ある国民性、平和志向国などといった国際的信頼などから、今世紀の主導国としてわが国がその一翼を担う地位になり得る可能性を十分に秘めているといえる。
 新世紀に期待される世界の恒久平和と人類の幸福の実現という目的達成への道を探求し、新世界秩序の再構築を図るには、先ずその基礎と主柱を為す哲学的理念を「あらゆる物事の真理への回帰」とし、その具体的なモットーは「過剰欲望や自己本位の自由、偏重と執着を戒め、中庸とバランス感覚を重視すること、物心一如、道徳と経済の調和、自然界と全世界の各国と人類の共生・共存・共栄」とすべきである。
 それを具現化する差し当たっての基本方針としては、「屈を以って伸と為す」という気構えで、暫くの期間の成長・発展の停滞や鈍化、縮小は覚悟しても、前世紀の過ちの反省に基づき、それを改め、残滓を清算し切って、歪な成長を是正するために、一旦は屈んで、そのスピードダウンをし、目先を損益だけでなく周囲を見回す視野を広め、縮小均衡を図り体勢を建て直し、一から出直すことも止むを得ないが、それは決して弱気で消極的なマイナス思考ではなく、次なる飛躍への雌伏とエネルギーや能力の蓄積期間であると心得ること。
 あらゆる紛争は、自由さの束縛、貧困、差別化などによる人間の不満に基づくので、平和と幸福の実現を志向する新世紀の再構築にあたっても、当たり前のようだが重要で忘れられがちな、先ずこういった根本的問題を解決する必要があり、政治・外交も、科学技術や経済の発展も、国際的交流や自由化も、すべてはここに根本理念を置き、そのための人間の意識改革と教育から着手すること。なぜなら、改革は正しい理念と大多数の民衆の支持を得ることなしでは決して成功しないからである。

著者プロフィール

経済評論家・ビジネスドクター 芦屋 暁(あしや さとる)

幼少期の貧苦体験から「十分な教養があれば民族も国家も企業も個人も安泰」との信念を抱き、一生涯を人間能力の開発と日本経済・産業の発展に捧げる1本の杭になろうと決意し、都市銀行勤務を中退してフリーの経済評論家・経営コンサルタントの道に転身、大学の教鞭やマスコミ出演を経つつ、過去通算で全国約3千市町村を講演歴訪した実績を持ち現在に至る。庶民派で皮膚感覚の簡明率直な解説がモットー。

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