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地球環境にやさしい経済発展

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公開日付:2015.10.02

(1)「道法自然!」道に迷ったとき、自然は最もよき教育者

 経済を意味する英語の「Economy」の語源は「Ecology」にも通じるが、これは宇宙大自然の摂理や地球の生態秩序を尊重し、それに則った天然資源の保護や有効活用で環境保全に配慮し、人類との共生・共存を図ることが好ましい経済活動の真の目的であり、それでこそ安定的な永続発展が可能になることを示唆するものであり、言葉や文字を創案した先賢の素晴らしい思慮に改めて感服する。
 しかしながら、近代の産業革命以降の世界の主流を成す欧米流自由資本主義経済の思想と発展の歴史は、これに反した地球自然環境の破壊と、内蔵する天然埋蔵資源の乱開発や収奪による物質的文明の発展であったといえ、その結果、近年になりその行き過ぎから、繁栄の反面での弊害といえる地球の温暖化による異常気象、甚大な天然災害の頻発、天然資源の供給力と需要との関係逆転、食料やエネルギー、産業諸資源の枯渇化、資源収奪競争激化、貧富格差の増大、精神文明の荒廃、経済道徳倫理観の衰退などが深刻な問題となり、これが世界的な政治・軍事の動乱や経済秩序の混乱、市場や世情の不安定、人間の崇高な理性や知能の衰退などを招いた根本的な原因になったといっても過言ではない。
 また、こういった地球自然と世界情勢の変化に極端に過剰反応した、イスラム主義の資本主義大国への反発的無差別テロや、暴力的な自然保護活動のグリーンピース活動、消極的な資源節約、社会主義的統制経済への復帰、原始的な生活への回帰運動なども活発化しつつあり、自然に一切人工的な手を入れず原始的なワイルドなままの状態で置くことが自然保護、石ころ一つを拾うことも、木の枝一本・花一輪を手折ることも自然破綻だと大騒ぎする傾向も見受けられるようになったが、こういった両極端に大きく揺れ動き、思考が二極分化することもまた問題といえる。
 「Culture(文化)」の語源はラテン語で「耕すこと」を意味し、ワイルドなままで放置すれば、万物を育てる父である山林、それを生み出す母である海洋も、健全な状態を保持し続けることが困難なので、自然界では適当な間引き淘汰現象が生じるように、人間の理性、知能や技術で「適度に耕された自然」こそが本当の「文化」、自然界との調和的で物心一如の経済活動こそが真に正しく好ましい経済運営といえ、何事も中庸とバランス感覚、阿漕な過剰欲望の節制、ある程度で満ち足りるを知ることの重要性を教えてくれるが、それに気づかず、改めず、これまでのようなモア・アンド・モアの愚かな行動の爆走を性懲りも無く繰り返し続けるなら、近い将来必ず、自然界の摂理からの厳しい警告と試練、さらにはこの過ちを正すために、「物極必反」の修正・調整の自然淘汰ともいうべきバブル破綻、世界同時大恐慌、その結果の勝者も敗者もない双方共倒れ、人類の危機ともいうべき天罰を受けることとなろう。
 本稿は、今ちょうど関東地区の記録的な集中豪雨で大被害が出ているという悲惨なニュースと、東京都下の強い地震の速報を片一方の耳で聞きながら執筆している最中で、「道法自然!道に迷った時、自然は最も教育者である」という、自然の力の偉大さ、自然との調和的経済発展の重要性を改めてつくづく実感している。
 昨今は自然回帰ブームで、山ガール、キャンプ族、バーベキュー奉行などといった流行言葉もあるように物見遊山が盛んだが、現代の日本人は、自然の中で楽しむといいながらも、軽装とハイヒールでの登山、キャンプ場ではレトルト食とゴミは捨て置き、森林の中をバイクで乗り回し、海上スクーターで海水浴場を突っ走って粋がるなど、美しくも厳しい大自然界から、一体何を、どう学んできたのだろうか?。

(2)自然界の大原則から見た現代の自由資本・市場主義経済の問題点。

 本稿で筆者が幾度も強調してきたことだが、自然界には環境適応の原則、適者生存の原則、適量安泰の原則、弱肉強食の原則、生者必滅の原則、新陳代謝の原則、相互作用の互助原則、特性保持と発揮の原則、陰陽、善悪二面性の原則、共生・共栄の原則といった10大原則がある。
 こういったごく当たり前のような原則だが、これらはあらゆる動植物の数千・数十万年に及び数多の苦・樂や、栄枯盛衰体験を通じ、それも好調な時よりも、むしろ各種族の生死を分かつ瀬戸際に立たされた苦難や逆境の厳しい試練状況の中から、それに適応して生き抜くための長期間の努力の賜物として自然発生的に生じた態様の変化、知恵や技能の進歩を得てきたものであり、決して短期間での突然変異的華麗な劇的変身ではなく、少しづつ地味であっても、瞬時も留まることなくアナログ的連続性で着実に変身を遂げてきたものであり、これからも進化し続けるものである。
 これが自然界の第1原則「環境適応の原則」の真意であり、現代の政・財界でよく見受けられる、常に勝ち馬に乗ろうとする狡猾で要領の良い変節、自己の信条や言動がその時々の情勢に応じて無定見に揺れ動くといった処世の術や保身の策、身の程も弁えず、儲かるものや世の中の流行には遅れまいと何にでも手を出すといった事業の領域拡大、多角化経営とは主旨が異なり、あくまでも各種族なりの持ち味や身の程をよく弁えた上で、根幹の芯は不変でしっかりしておりブレることなく、その長所を活かしつつ弱点をカバーして、周囲の環境に巧みに融和するように変質・改善して行こうとする姿勢が、ここでいう自然界の環境適応の原則である。
 柔軟で多様な政治姿勢とか業域拡大の多角的積極経営といった場合も、こういった自然界の原則の根本的理念を誤った解釈で履き違えることなく、根幹にマッチしない接木や欲張り過ぎた枝葉の拡張や背伸びは健全な生育の妨げとなることや、立てかけた屏風は、拡げ過ぎると倒れやすくなることなどは、政治や事業経営においても同じであり、「過ぎたるは及ばざる如し」で、「物極まれば必ず反転」し寿命を短縮させ危険であるから慎まねばならない。
「焦り過ぎないこと、諦めないこと、飽きない努力を地道に続けることが大切である」から「あきない(商い)」といわれるのであり、事実、業歴200年以上を誇る企業の比率が世界一多い日本の老舗の暖簾の守り方の秘訣も、この身の程を弁え、欲張り過ぎずに、「幹の本業に邁進し、それに適合しない接木は避ける」ことと、その他に「伝統の良い点は残して活かしながら新感覚も注入」し、他者の物まねをしない「独自のオンリーワン技術や特性の堅持と更なる研磨」、「3~4年代ごとの優秀人材の輩出・移入によるマンネリ排除と組織の活性化努力」、「厳しい環境や逆境の苦難に何度も遭遇し、堪え抜いて身に着けた貴重な知恵の累積」、「厳しく恵まれない環境、限りある乏しい資源を、人知と技能で価値を付加し、キリのものをピンに仕たて上げようとする創意工夫と努力、飽くなき進歩・向上心」などであるが、これらも前述した自然界の原則②③⑥⑧を忠実に遵守・実践してきた結果といえ、「奇策」は無く、当たり前のことを、当たり前のように貫き通してきた「平凡さの中に秘めた非凡さ」であるということに尽きよう。
 こういった自然の偉大さに謙虚に従い、その摂理を尊重し、原則を遵守すべきであるといったことや、今再び好ましい政治や経済の原点に回帰することの重要性を強調する見解は、元東大名誉教授で、世界計量経済学会会長、社会的共通資本研究センター長、文化勲章の受章者などという経済学界の功労者であられた故宇沢弘文先生も主張しておられたことである。
 師の説かれたことによれば、好ましい政治や経済の原点と真の目的は、GDPなどといった外観的規模の大きさで世界の優位に立ち、その主導と支配力を強め、他者を従属させることではなく、あくまでも「経世済民」、すなわち「最大多数者の最大幸福の実現」であり、そこでいう「幸福」とか「豊かさ」とか「成功」は、財物的豊かさや優雅な生活態様だけを尺度とした近代の欧米、とりわけ近年のアメリカ流の自由資本主義(ネオ・エコノミー)、大株主と企業本位の収益市場主義経済、奇麗ごとのシステムとしては公明に公開されたフエアな自由取引で形成される市場価格とはいえ、実質的には大手機関投資家の思惑が主体となって裏面の情報操作で形成される、流動的で必ずしも本来の業績実態や需給関係を素直に反映しているとはいえない株価や商品価格といった市場経済主義、梃子の原理でお金を転がして、他人のお金で、お金にお金を儲けさせる投資金融市場経済などでいう尺度とは根本的に理念や主旨が大きく異なり、もっと崇高で壮大な視野と哲学的思考、物質文明だけでなく精神文明にも重点を置いた、自然の摂理や自然界の多種族との調和的な幸福、豊かさ、成功を意味するものである。
 それによると、真に豊かな社会とは、「全ての人々が、その先天的、後天的社会共通資源と能力とを十分に活かし、それぞれが抱いている夢とアスピレーション(上昇志向)が最大限に実現できるような仕事に携わり、その私的努力や社会的貢献に相応しい所得を得て、その所得が、同程度の能力や努力をしているものと極端な差がない程度に正しく評価され、分配に報われ、人並みに公平な生活が保障され、万一の病苦や貧苦、災難、老後生活などといった不安に怯えることなく、安全に安心が出来て、安定した家庭生活が営め、家族が周囲の人たち、地域社会とも良好な接触と関係を持ち、経済的、物質的な豊かさだけでなく、精神的、文化的な面とも良いバランスがとれた水準の高い一生を送ることが出来る国家や社会であること」と述べておられる。

 そしてそのためには、

  1. 美しく、豊かな自然環境が、安定的、持続的に維持されていること。
  2. 快適で、清潔な生活を営むことが出来る住居と、生活的、文化的環境が用意されていること。
  3. 全ての子供たちが、それぞれの持っている多様な資質と能力を出来る限り伸ばし、発展させ、調和の取れた社会的人間として成長し得る学校教育制度が整っていること。
  4. 疾病や傷害に際して、その時々における最高水準の医療サービスを受けることが出来ること。
  5. さまざまな希少資源が、以上の目的を達成するために、最も効率的、且つ公平に配分されるような経済的、社会的制度が整備されていること。
  6. 各人が、その多様な夢と願望に相応しい職業に就けるような自由な選択幅のある社会であること。
  7. 全ての人々の人間的尊厳と精神的な自立が守られ、国民としての権利が最大限に確保できている、本来的な意味でのリベラリズム(自由主義)の理想実現される国家・社会であること。

が肝要とされている。しかしここで大切なことは、恩恵の享受は「各自の能力や努力に相応しい恩恵」とされ、その如何に係わらず、完全に全ての人が公平で平等な分配の保証が受けられることとは言っておられず、もし、人並み以上に努力して能力を身につけ成功をした人と、そういう努力をしなかった者も同じ恩恵が受けられるというのでは、励みにも、向上心の刺激にも有益でなく、逆不公平感を抱かせ、社会の活力低下になるとされている点、基調的には社会主義的幸福感というより、西洋の自由主義に立脚した考え方である。ただし概して、先天的な恵まれた環境にあり、優れた知能や技術水準を有する、進歩した立場や視点、高次元な欲求段階での理想的な幸福感や豊かさの姿といえなくもくない。
 しかし現実の世界はもっと厳しく冷徹であり、全世界の大部分の一般民衆の意識や欲求レベル、実際の生活環境や水準からすると、自然環境的にも、気候風土的にも、地政学的にも、経済的にも、置かれた環境や事情に大きなギャップがあり、同じ程度の努力をしても、同じ程度の報いが得られないといった先天的なハンディキャップがあることも否めないので、そういった環境に応じて、期待する幸福や豊かさのレベルも、差し当たりの期待水準も、理想とする姿にも違いが生じることも当然といえ、画一的に、これが世界の、全人類の理想とすべき幸福や豊かさの固定的な水準や姿と決め付けることは難しく、またそれが適切なことでもなかろう。
 要は、人間の意識、欲求、価値観、能力レベルも、各国、各自の置かれている環境や立場や事情も、実に十人十色、さまざま多様であり、しかも移ろいやすく、周囲の環境の変化に応じて変わり得るものであるから、各国、各自なりの基準で、安全で安心、安定的な生活が維持され、経済的だけでなく精神的にも満足感があり、欲求不満からの社会混乱が生じず、国家や社会の秩序が保たれ、将来にも明るい夢が描けるのなら、それはそれなりの幸福や豊かさであっても良く、それこそが本当に①の環境適応の原則、②の適者生存の原則、③の適量安泰の原則に則った、ごく自然で賢明な生き様といえ、むしろ置かれた環境や状況に鈍感で、身の程にマッチした夢や目標を描くことも無く、事情の異なる他国との比較で、その差を嘆き、敵対心を抱き、猜疑心からの不安に怯え、ストレスや社会不満を増幅していることの方が愚の骨頂であり、「道法自然」に逆らった異常な対応の仕方といえるのではなかろうか。
 現在でもこのような下手で間違った対応をし、大多数の弱者の庶民を苦しめ、そこから富を絞り取り、それを一部の大企業や富裕層、巨大な外国に貢ぎ、武力には武力で対抗する虚勢を張り、権力の座を確保しようとしている国がどこかにあるようだ。
 自然界の④の弱肉強食の原則とは、特定の万能の種族が存在し、常に強者が弱者を食い物にして太り、弱者は必ず負けて食いものになり滅び去る運命にあるとしたものではなく、強者といえども万能ではない弱点があり、強者なりの節度ある振る舞いと責務(ノブレシオブリージュ)もあり、弱者は弱者なりの特性と生き様で生きながらえ、それにより多様な種族が⑦の相互作用の互助原則、⑧の特性発揮の原則でそれぞれなりに健気に立派に生き、⑨の陰・陽、善・悪二面性の原則を巧みに使い分け、⑩の共生・共存の原則に従って共存して、それでまた自然に潤いを与えるというとリサイクル活動で、その生態系の秩序を保っているのである。
 このように、道徳的に正しく、自然界の摂理を尊重し、地球自然環境にもやさしい政治や経済活動は、善因善果の良い報いを受け、永続的生存発展が約束されるが、悪因悪果では、一時的な背伸びの成長や内容の伴わないバブル的膨張発展は出来てたとしても、決して健全で安定的・持続的な生存・成長・発展は許されないというのが、厳然たる自然の掟の厳しさと、正しい審判といえる。
 自由主義の正しい自由さとは、弱者にも努力をすれば、それ相応の正当な成長、発展、成功するチャンスを公正・公平に与えたり、環境に恵まれないがゆえの弱小国にも、それなりの考え方や生き方を選択し得る自由を与え、それを尊重し認容するという寛大な自由さのことであり、恵まれた環境で優越的地位にある強者が、自己に都合のいいような自由勝手気ままな行動をとる自由の主張や、自分たちのやり方が正しいのだから、我々が定めた大・小、強・弱の差を無視した画一的グローバル・スタンダードのルールに従い、同一の歩調をとれと強要することなどは、真の自由ではないのだ。
 資本主義や市場主義経済、投資金融主義経済の本来の趣旨も、大手機関投資家や大株主の利益の極大化を図る錬金術ではなく、国策的にも有益で将来性のある事業を、みんなで株を持ち寄って大きな森に育てようとするように、篤志家的な投資で育成・支援しようとしたものであり、その売買取引の差益稼ぎより長期安定的な株主としての配当利益に重きを置いたものであったのであり、またその自由な売買の需要と供給関係や企業業績、人気などで、公明で開かれた市場取引に委ねれば、自ずと落ち着くべき妥当な市場価格で収まるというのが自由な市場主義経済の狙いであったのである。
 自然界の⑤生者必滅の原則は人間も含めた動植物だけでなく、生きものといわれる経済にも通じるものであり、浮沈や栄枯盛衰はつきもの、そのままの状態ではいつかは寿命が尽き、永遠不滅は不可能である。だから花形産業や企業、食品、流行にも「3、5、10、15、30、40、60、100年」といった節目や寿命の法則性が認められ、それをカバーするのが⑥の新陳代謝の原則である。
 全世界の各国各民族が、大自然に摂理に畏敬の念を持って従い、その原理を遵守すれば、現代の世界的な過当競争からの争乱や混乱は収まり、平和で穏やかで安定した世界、人類の幸福や物心一如の豊かさの実現も決して夢ではなくなろう。

著者プロフィール

経済評論家・ビジネスドクター 芦屋 暁(あしや さとる)

幼少期の貧苦体験から「十分な教養があれば民族も国家も企業も個人も安泰」との信念を抱き、一生涯を人間能力の開発と日本経済・産業の発展に捧げる1本の杭になろうと決意し、都市銀行勤務を中退してフリーの経済評論家・経営コンサルタントの道に転身、大学の教鞭やマスコミ出演を経つつ、過去通算で全国約3千市町村を講演歴訪した実績を持ち現在に至る。庶民派で皮膚感覚の簡明率直な解説がモットー。

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