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道徳的「感情」より「勘定」優先経済の是正を

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公開日付:2015.08.21

 フランスの哲学者であり物理学者でもあったB・パスカルは、有名な「人間は考える葦である」という名言を残した。
 つまり、「人間は葦の如く弱いが、全知万能でないことを謙虚に知り、一つの小さな愛の業も大切と考える人間は、万物を支配し得ると力任せに横暴な行動をとることよりも更に偉大で賢明であり、これが物質・精神・愛という崇高な人間としての秩序の3要素というものである」と説き、財物的な無限の欲求の追求や損得の算盤「勘定」と、理性や道徳倫理などの精神性という「感情」とのバランス感覚と、阿漕な欲望の抑制と富の適正再分配の重要性を強調、よって生産活動に参加した土地所有者には地代を、資本を提供した資本家には利潤を、労働力を提供した労働者には賃金をといった、各分野の生産に預かった割合に従った応分の分配といった三面等価の「分配の正義」や「実存主義」の先駆者とされている。
 このような理念は、古今東西を問わず、過去の歴史における多くの人間の貴重な失敗や成功の体験から得た知恵といえ、わが国でも、江戸時代の井原西鶴、米沢藩中興の祖上杉鷹山公、幕末期の篤農家二宮尊徳、明治から大正時代にかけての近代日本殖産振興の大功労者渋沢栄一翁、戦後のわが国高度経済産業発展に多大な影響を与え、経営の神様とまで称された現パナソニックの創業経営者松下幸之助、地方の小さな町工場を世界のホンダにまで育て上げた本田技研の本田宗一郎氏など、道徳的経済や経営の哲学的理念と実践で成功した賢者は存在した。
 また戦後、欧米の自由民主主義政治体制や経済運営、企業経営手法が導入された際にも、日本国の運営基本的理念は、「恒久的平和主義、国民生活の安定と安全の確保、主権在民、基本的人権の尊重、自由と平等」が、経済運営の目的と理念は、「経世済民~最大多数者の最大幸福の実現、需要と供給の均衡確保、富の適正な再配分」が、企業経営の目的と理念は、「国家や地域社会の健全な発展と安定・安全への貢献、国民生活の向上や利便性への寄与、企業経営に必要なモノ・カネ・ヒトなどの諸要素の効率的活用、企業経営に関与する各部門への応分で適切な利益の分配・還元、そのために必要な適正利益の確保と自主独立性の確立」が強調され、「道徳的に正しいことは、経済的にも正しい報いを受ける」とされてきた。
 元禄時代の井原西鶴は、「浮世草子」や「好色一代男」などの文筆家として著名だが、大阪の商家生まれ育ちということから、「日本永代蔵」や「世間胸算用」といった著述もあるように、当時の大阪商人の生き様にも精通しており、経済・経営の思想的主導者でもあった。
 彼はその著書の中で、大阪商法の真髄を「始末、算用、才覚」の3項にあるとし、その根底には、あくまでも庶民のお台所大阪らしく、権力におもねず、自分の安全は自分で守り、他者に依存したり迷惑をかけず、顧客が望む商品を、適正な価格で上手にお勧めするという、現代的にいえばマーケティング・マインドを持ったコンサルティング・セールスプロモーション、顧客第一主義に徹することと、自己の利益より他者の便益を優先して考える他利優先の経営公徳心が肝要だとしている。
 すなわち、「始末」に関しては、「ケチ(吝嗇)と始末は異なる。お金に執着して細かく、支払に汚く、お金使いや下手な使い方をするのがケチ(吝嗇)であり、始末は、戦略的・計画的に最初にサービスを提供することで信用を得て、その感謝料として後刻にもっと大きく儲けさせていただく「先奉後利」、見栄を張った無駄金使いは惜しいむが、いざの必要な時にお金を生かして使うのが始末だ」としている。
 「算用」に関しては、「お金の出し入れの管理がしっかりしており、計画的にお金を有効に使い、売上高より利益重視、損益採算観念が強いこと、そろばん勘定の速さより深さこそが大切だ」としている。
 「才覚」に関しては、「ずる賢く人を欺いたり、濡れ手で粟の暴利を狙わず、一時的な浮ついた浮利を追わず、自己の利益ばかりを考えず、お金を稼ぐには頭を使い気を遣い、知恵を働かせ、それを使うときには心を大切にし、こつこつと頭に腰を低くして勤勉節約に努めること」だという。
 大阪商法については、その独特な「儲かりますか?」、「毎度おおきに」などといった挨拶や物腰から、「ガメツイ(お金に細かく汚くがっちり、ちゃっかりしているといったニュアンスの俗語)」とか、他人の懐具合を探り、足元を見るので油断がならない」などと誤解されているようだが、「儲かりますか?」の挨拶の真意は、「しっかり頑張って儲けていらっしゃいますか?」といった商人らしいお互いの激励の挨拶、相手の繁栄を願ったかけ言葉であり、英語の挨拶「グッド・モーニング(良い朝だね。今日もお互いに頑張って仕事に精を出そう)といった意味」にも通じる軽い慣用の挨拶語であり、「ガメツイ」には、「先見性があり、読みが深く、鋭く、しっかりしており合理的だ」といったニュアンスが強いものである。
 だからこそ洞察力が鋭い徳川家康は、未開の関東に移封されて江戸の町の開発を進めるに当たり、関西の有能な逸材を多用し、商人や職人などの江戸移転入を誘致、歓迎したのであり、その名残は今日でも、東京の地名や特産品などとして引き継がれ存在していることからもご理解願えるであろう。
 篤農家といわれた二宮尊徳は、先に徳を売って信用を得、その結果で利が自ずと得られるという「報徳仕奉、徳利商法」といった思想と手法を創案し、その重要さを主張し、自らもその信念を貫いて実践し、没落した実家の農家を見事に再興させたばかりか、それを周囲の他者にも推奨・伝授し、現在の小田原市の郊外にあたる貧しい農村地域の開発振興にも多大な功績を残し、その実績と能力を認められて、やがて小田原藩の財政再建にも招聘されて参画し、この目標も達成して期待に応え、更に後には、全国各地の貧村の開発振興を指導して回って実績を残したので、未だに財界人や農業者の間で信奉者が多い。
 名門の雄藩であったが故に敬遠されて減封され財政危機に陥っていた米沢藩の上杉家中興の祖と賞賛された名君上杉鷹山公の治世の理念と手法も、まさにこの「道徳と経済の合致」にあったといえ、好ましい経済や事業経営の原点に沿った施策であったことが成功を見た要因といえよう。
 徳川将軍家の治世による江戸幕府時代は、隆盛と太平の世が永続した時代といわれるが、実際には江戸幕府の発展成長と全盛期は初代徳川家康の威光と創生期の緊張感やエネルギーが残存していた5代綱吉の元禄時代までであり、以降は停滞・衰微の途を辿ったともいえる。
 この流れを何とか立て直そうと、第1回目の努力が8代将軍吉宗と町奉行大岡越前守のコンビによる享保の改革(1717~1747年)で実施され、一応の病状悪化を抑制する治療成果を見たものの、その後再び第2回目の10代将軍家治と老中田沼意次のコンビによる寛政の改革(1772~1784年)、第3回目の12代将軍家慶と老中水野忠邦のコンビによる天保の改革(1841~1851年)と都合3回の大改革が実施されたものの、一度頂点から停滞衰微へと転じた世の中の流れを再興の流れに大きく転じることは困難で、第2、第3の改革は成果をあげられず、天災や海外からの圧力が加わったこともあったが、繁栄の宴の後の反動としての内政の墜落や混乱が要因となったことも見逃せず、後半期の幕政は漸次、威光の低落、財政の困窮などで衰退の歩を速めた。
 中央集権的な時代での中枢幕府の状態がこのような状態であったから、その悪影響は地方にも及び、弱小各藩の困窮振りがなお一層深刻なものとなったのも当然であろう。
 こういった苦難の江戸後期に、小藩の日向高鍋秋月家の次男から、120万石の雄藩から15万石の弱小藩に没落したとはいえ、名門意識だけは強かった米沢藩上杉家の養子に入り、若干19歳で家督を引き継ぎ藩主となり、その再興の重責を担わせれることとなったのが上杉鷹山である。
 後に鷹山公と称されるようになったのだが、着任して上杉藩の深刻さを知らされた時は、その責任の重大さに思わず身を屈めて振るわせたというが、この難局から逃げ出さず、見事に克服し、幕府も他藩も成し得なかった藩政の再興に成功をした要因を列挙すると、①恩師細井平洲の教えを尊重し、いきなり領地に乗り込まず江戸藩邸で冷静に困窮実態の要因分析と、その改善の可能性を見極め、再建策をじっくり練り上げてから領地入りをし、その治世の哲学として「公衆道徳律」を基盤としたこと、②藩政改革・再興の目的を、藩や藩主としての自己の威光や名誉、藩財政の回復などより、先ず領民の生活の安心と安定、向上のためとし、それを明確に周知徹底させたので、家臣のみならず全領民の信頼と支持、協力が得られたこと、③そのために、藩主やその家族、重臣、武士自らが、武器を鍬に持ち替え、荒地の開拓や日常生活などで有言実行し、率先垂範したこと、④幕府の天保、寛政の改革が、ただ家臣や領民に勤倹節約を義務づけながら、将軍自身は華美で贅沢な生活を改めなかったので失敗したのに対し、米沢藩でも勿論、勤倹節約も奨励したが、自らも奥方、重臣などもそれを実践し、もう一方で、積極的な殖産振興で経済の発展を進め、富の拡大を図り、その富の領民に至るもでの応分の公正・公平な分配を行い、やる気をおこさせたこと、⑤殖産振興の内容を、一時的な収益確保でなく、持続的で実生活に役立つ有益なものを主とし、たとえば不時の災害や飢饉に備える農作物、豪雪期に備える蛋白性食品の確保、備蓄性のある食品への加工、一次産品のままでの輸出販売でなく、木工や絹織物などと2次・3次加工して付加価値を高めたこと(注:したがって各藩が飢饉で多数の死者を出し困窮している時でも、米沢では以降、ただ一人の餓死者も出さなかったし、これらの現代に至るまで山形県の特産品として引き継がれ、根付いている)、⑥この約束事に反した場合は、例え重臣でも厳罰処分にするなど、信賞必罰を徹底したこと、⑦貧しい中でも「事業は人なり」であるからと、人材の育成には費用を惜しまず教育を重視し、また平民からも逸材の登用をしたこと、⑧全ての改革の目的や目標、進捗状況を領民にまで公明に開示し、参画と協力心を高めたこと、⑨領民に至るまで登城、謁見、会議に参加させるなど、合議の機会を与えて重要事項を議決し、会話を通じた意思の疎通を留意したこと、⑩自らの立場を弁え、その地位や権力に執着せず、改善の見込みが立つと、若くして身を引いて上杉家直系に藩主の座を譲り戻し、以後は陰で支える補佐役に徹するといった引き際の鮮やかさがあったことなどであり、現在の自己保身的な政治家や財界人にも是非見習ってもらいたいものではなかろうか。
 明治維新以後の日本経済・金融・産業・教育・福祉医療など多方面にいたるの近代化の課程で偉大な功績を残したのが渋沢栄一翁である。
 彼は幕末期には最後の将軍徳川慶喜を支えたり、明治新政府の要職を務めるなどで政治に関与したこともあるが、政治的権力や名誉、地位には執着せず、人生のほとんどを前記の通り、わが国の近代産業立国のために尽力し、当時の最先進西洋文明の導入にあたっても、単なる西欧かぶれやそのままの模倣でなく、良い点は謙虚に見習い採用するが、伝統的日本文明の良い点も見失わず、両者を巧みに組み合わせ中和させ、さらに日本独自の理念やシステムに仕立て上げて導入・普及させ、現在の日本銀行や主要大企業の多くの設立・発展に関与したという多大な功績を残したのである。その経営哲学は、自著の「論語と算盤」の題名が示す如く、まさに「道徳と経済の一体化とバランス感覚」、「物心一如の繁栄と幸福の追及」そのものの体現者といえよう。
 戦後の経営者で「道徳・経済一位」を実践された方といえば、松下電器産業(現パナソニック)の創立者で、「商売には良い時も悪い時もあるのが当然だから、とにかくお客様好きになり、目先に捉われず長い目で、飽きずに、根気強くやらなあきまへん。だから商い(飽きない)というのだ」とか、「調子の良い時期に儲けることは誰にでも出来ること。好況期には突っ走り、不況期になると立ち止まるというのでなく、好・不況にかかわらず、常にマイペースを守って歩み続け、逆境期に耐え、真価を発揮し得てこそ本物の経営者だ」など、事業経営に関する幾多の貴重な実体験からの至言を残された松下幸之助氏であろう。

 個人松下氏とは筆者自身、何度も直接お目にかかり公私にわたり訓導や多大な影響の恩恵を賜ったので筆舌し難いほどの思い出深いものがあるが、とにかく気取らず飾らず、気さくに物腰低く接し、関西弁のままで平易に話されるが、お会いした瞬間に「この人は大変な器量人であり、平凡さの奥に秘められた非凡さ」といった印象が非常に強く残っている。
 ところが誠に残念ながら近年になり、戦後のアメリカ占領軍による日本洗脳で、すっかりユダヤ系アメリカ流の行き過ぎた、優越的立場にある大株主や富裕者主体の自由資本主義経済、市場万能主義経済や、収益市場主義、金融・投資資本家主義の経営一辺倒に塗り変えられ、その結果、本来の好ましい政治・経済・事業経営の原点まで忘却してしまい、アメリカの亜流で良しとなり、まるでその属国のように成り下がり、アメリカの都合に振り回され利用され、バブル経済の招来、その破綻後の悲劇を味合うこととなったが、それでもなを未だに性懲りもなく、脅したり貶されたりの狡猾な日本褒め殺し戦略の罠であること、いずれ不必要・不都合な存在となれば見捨てられることに気づかず、更に集団自衛と煽てられ、防共の盾として軍事力強化や海外派兵にまで突き進もうとしており、全く愚かしい限りであるが、道徳倫理観念や理性などといった「感情」より、勝つか負けるか、損か利得かといった博打的算盤「勘定」が優先・支配することとなってしまった。
 これを是正するには、コンプライアンスの強化などといった形式的なシステムを整備するうだけで抑制、解決し得るものではなく、人間の意識や価値観を根底から改めねばならない。算盤「勘定」と理性的な「感情」は、どちらを優先して考えるべきかとか、これをどう並立させるかといったものでなく、先ず道徳倫理的にも正しい理念が基盤として根底にあり、その上とその枠内で、どう経済的成果を最も効率的に発揮するかである。
 だから経済・経営管理の語義は、「経」は、道徳倫理の枠、物事の正しい筋道を通すこと、「済」は、取引の決裁をきちんとつけること、「営」は、あらゆる手段・手法を用いて物事をうまく取り扱い処理すること、「管」は、通路や筋道で、これをスムーズに通れるように障害を除去して整備すること、「理」は、物事の真理・摂理に従い、投入した資源や努力に見合う適切な所期の目標や成果を、合理的に「ムダ・ムラ・ムリ」なく使いこなして達成する意味から成り立っているのである。
 とはいえ、毒には毒、策略には策略でもって対抗するといった手も全くないとはいいきれないので、不当な行き過ぎた行為や不法行為に対しては取り締まり規制や、罰則の強化でといった経済的勘定の対抗手段を講じることも必要であろう。なぜなら、何事も勘定で処理しようとするタイプのものは、道徳倫理的には好ましくない行為と知りながらも、不当・不法な行為で得られる利益の方が、それが発覚して罰せられたり賠償させられる費用より相当に多ければ、不当・不法行為を実施するからであり、これと全く逆なら、損が生じるので、危険を冒してまで絶対に手を出そうとしないからである。また勘定や理性による抑制の問題もデリケートな相対性の曖昧さがあり、絶対的な高度な感情とは言い切れない、恵まれた者や努力で富を得た者への、恵まれない者の妬みや僻みからの不平・不満や抵抗といった面も多分にあり、あわよくば自分も優越者の仲間に入りたいとか、立場が変われば思考が簡単に逆転するといった可能性も秘めているからである。
 それゆえに道徳倫理と経済の問題は、万民が自由に思考し行動しながら、自然にお互いの心遣いで抑制・調整することが理想、成功を夢見る者にも平等な進歩の機会が与えられていること、恵まれた優越的立場にある者の方にこそ、多分に弱者を思いやるノブレス・オブリージェ(高貴なる者に期待される責務と品格)が肝要、両者の格差の程度で心理的均衡が保たれるということであろう。

著者プロフィール

経済評論家・ビジネスドクター 芦屋 暁(あしや さとる)

幼少期の貧苦体験から「十分な教養があれば民族も国家も企業も個人も安泰」との信念を抱き、一生涯を人間能力の開発と日本経済・産業の発展に捧げる1本の杭になろうと決意し、都市銀行勤務を中退してフリーの経済評論家・経営コンサルタントの道に転身、大学の教鞭やマスコミ出演を経つつ、過去通算で全国約3千市町村を講演歴訪した実績を持ち現在に至る。庶民派で皮膚感覚の簡明率直な解説がモットー。

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