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混沌とした時代に活かせ老子の思想

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公開日付:2015.06.12

(1)混沌とした時代に期待される救世主の出現

 近年は、急速な経済成長の弊害が噴出し、世界が「カオス」状態にあるとされる。
「カオス(Chaos)」とは本来ギリシャ語で、天地創造以前の原始宇宙の裂け目を意味するものだが、現在では、先の見通しが効かず周囲の状況や物事の成り行きがはっきりとしない不安定で予断を許されない閉塞・混迷状態を表現する言葉として「混沌」と訳され用いられている。
 そういった時代にこそ、目先の小手先対応や如才のない自己保身の処世術に長けた平和時の担当能力保持者よりも、洞察・先見力があり、人々に正しい将来への進路を指し示し、捨て身で事に当たり、その実現可能性を感じさせる説得力と言行一致で、未来に希望を抱かせ、国民を、当面の苦難に耐えても協力してやろうという気にさせる、難事の担当能力を発揮し精神的な支柱となる救世主の出現が待ち望まれる。
 人間にとって、目先や周囲の状況が見えないほど不安なことはなく、積極的な行動も取り難くなるが、道に迷った時には、焦って悪足掻きをせず、「温故知新、原点回帰、歴史と自然は最も良き教科書」と言われるので、むしろホップ・ステップの突進を続け、モア・アンド・モアの阿漕な欲望を拡大させることの方が危険であり、時には一息入れて周囲の環境を見回し、次の動作に備えて屈みこみ、エネルギーを蓄えてからジャンプするといった「屈をもって伸となす」ことも必要不可欠なことである。「雌伏長きは跳躍」、目下の混迷は過去数世紀に及び、大昔なら数千・万年もかけた変化や進歩を数百・数十年という短期間で突き進めた、ハイテンポな産業・経済の近代化促進、物質文明発展の疲労蓄積の弊害が諸般にわたり一斉に噴出したものといえようから、ここらで一息入れて周囲を見回し、明日の飛躍へのエネルギーを蓄え、「雌伏長きは跳躍すること高し」と受け止め、一歩停滞二歩前進といった対応を考えることも決して弱気で消極的とはいえず、むしろ慎重で勇気ある根気強い対応といえよう。
 そういう意味からも、古代中国春秋戦国の混迷時代の、対立した二大思想のリーダーであり良きライバルでもあった孔子と老子の思考や処世の仕方を、改めて対比的に学び、参考とすることも意義があろう。

(2)老子と孔子の思想と処世術

 古代中国の春秋戦国時代という乱世を、権力者におもねた仕官・立身出世や高名を望まず、宇宙大自然の摂理に謙虚に従い、悠然・淡々として生き抜き、人間としての処世の道(真理)を説いて諸国を歴訪し、あの有名な論語を残した儒教の祖孔子までが教えを乞いに訪ねたとされるのが、実学的体験哲学ともいえる道教の祖老子で、その思想や生き様から学び修養することを道学を修めるという。
 老子の出自や生・没年は不詳で、その実在や、自著とされる道徳教上下2編88章も、果たして彼単独の直筆著書なのか、弟子達がその教えを後日にまとめたものなのかを疑う説もあるが、筆記術が未発達で口述伝承が主体の時代であったのだから、そんな詮議はともかく、実際に長年、儒教と共に中国のみならず東洋の2大思想として認められ、大きな影響を与えてきた立派な考え方や示唆であるから、それを素直に受け容れ学び、知識より知恵として実際活用することの方が重要であろう。
 老子と、その全容を備えた荘子の思想や著書も併せて老・荘思想とされることもあるが、この荘子の出自や実在も不詳である。「荘子の学は老子に基づき、孔子を斥く」とされているが、彼は詩書六芸に通じ、孔子に学ぶことも多かったという。
 老子と対を成す存在であった孔子は、古代中国は春秋戦国時代の思想家、学者で、その実在は確かで、前551年、現代の山東省の出身、儒教の祖。その有名な著書「論語」は、わが国でも戦前までは官民共によく学ばれ、治世の理念や社会秩序維持、精神的バックボーンとして活用された。彼が弟子達と論議しながら教え、弟子の質問に答述した言葉をまとめて編集されたものであるから、冒頭の字句が「子曰(いわく)という質疑応答風になっている。
 孔子は秩序の維持を最重視し、「礼」を理想の秩序、「仁」を理想の道徳とし、最高権力者である君子や指導者、父母や年長者への尊崇の念と忠義・孝行を以って理想は絶対に達成し得ると説き、その厳格な「知・勇・仁・信・厳」の実践を推奨し、自分の考え通りにやれば必ず成功すると各国の長に自分を売り込んだように、大変な自信家であり、支配者の影の参謀として仕官し、立身出世したいとの意図を腹中に秘めた権力志向の強い野心家でもあった。
 それ故にやや上から目線で物事を考え、教え、人の上に立つ為政者は、私の教えのような人格を備えていなければならないと決め付ける教条主義で、完全な理想の姿の具現化を求め、他説との調和や妥協を許さず、あくまでも優越者の立場からの威圧的統制の治世・管理論、男性優位主導論であり、一般庶民から支持される治世を説くというよりは、いかにすれば民衆をうまく従わせるかを説いた為政者側の論理であり、違った角度からのものの見方や考え方をする複眼志向や、柔軟・鷹揚性を欠くきらいがあったので、十年余も各国の長に治世の道に関する自分の考え方を売り込み、お抱え御用学者としての仕官の機会を求めて回ったが、崇高な正論ではあるが、あまりにも立て前の理想論で実践が困難な面もあり、理論的で弁が立つ切れ者過ぎたので、かえって警戒・敬遠され、結局はその地位を得ることが適わず、著述と地方遊説を続け、前479年に72歳という長寿で世を去った。
 これについて老子は、「孔子も時に遇わず」、つまり、「いかに有能で論理的には正しく優れた見解や手法でも、高尚過ぎて時代の環境や情勢、相手のニーズや能力にマッチして受け容れないものは意味がなく、不運に終わる」と評し、良きライバル孔子の優秀さや能力を認めながらも、その言動に柔軟性と許容量がないことを惜しんだという。
 そういう一方で老子は、当時の中国の指導者や民衆の教養レベルがまだまだそういった理想的高水準になじめない程度であることも認めて嘆き、自分は、母なる大自然を尊重し、その摂理から学び、それを日常実践することを望み、仕官や立身出世、名声、蓄財などを望まず、権威や権力に迎合もせず逆らいもせず、是々非々を率直に述べ、春風駘蕩、あるがままの自然体で振る舞い、為政者に対する教育助言でお抱え御用学者となるより、その圧制や権力闘争の動乱で苦しめられている庶民のための救援に重点を置き、そのような状況下でも、これに面と向かって逆らわず、巧みに交わして、しなやかにしぶとく生き抜く術を身につけさせる啓蒙教育を進めたいと望んだ。
 そのために、孔子のように高度な理論や知識、理想論の披露で、自己が権威のある有名学者になることより、幅のある柔軟な思考と方法で、あくまでも時代の要請に応え相手のニーズに合わせた対処で、なじみやすく、実践しやすいように説明・指導し、実際にその著も、日常会話そのものの平易な言葉で、事例を物語か逸話風に記している。
 それが俗っぽく権威がない、説得する重みがない、平凡で当り前のことを説いているに過ぎないと批判されても変節することなく、「平凡さの非凡」、即ち「平凡なことを正しく長く続けられることが大切であり、それこそが非凡なのだ」と動じなかったという。
 孔子が、高邁な理論の知識を説き、力でその厳格な実践を求めた真っ向からの直球勝負のハード・アプローチであったのに対して、老子は、日常生活に役立つ実際的な柔軟に状況に即応ししぶとく生き残る知恵の重要さを説き、力より対話による問題解決、柔軟よく剛毅を制すという生き様を推奨、真っ向勝負を避け、婉曲な逆説的説明という変化球で交わすソフト・アプローチであったともいえよう。

(3)老子が残した名言から学ぶこと

 1.無は天地の始めなり!

 (君子は無が天地に先立つものと認識し、その無から、あらゆる天地が生ずると考えることが肝要である)

 ここでいう「君子」とは、皇帝や王などの特定の最高権力を有する統治・支配者という狭義でなく、人の上に立ち指導する立場の人格者を意味し、「無」は、固定概念や私的感情・私欲に拘らない純粋な心境を、「天地」は目に見える有形の成果や新しい価値のこと。即ち、高い地位の人は、些細な事に拘らず、自己の名声や出世、固定概念に捉われない大きな心と広い視野、純粋な気持ちで自然の摂理に謙虚に従い、つまり真理に基づく正しい判断と言動で公正・公平に職務に尽力してこそ、良い結果を得ると示唆するもので、この理念こそが老子が説く道教の思想の根幹をなし、ここから、仏教でいう「色即是空」の教えも導き出されたとされる。「空」が道教の「無欲の境地」、「色」が「天地」という生臭い欲望の結果である。

現在の思考や価値観は、いくら奇麗事の屁理屈で繕っても、心底では自己本位の阿漕な欲望や、財物的豊かさに拘るから、あらゆる面での不満や不都合な事や争いが生じ、不安に怯え、安心感や世界の恒久平和が得られないのである。

全人類がこの心境に至り、意識改革をすれば、今、世界の争点となっている核武装や軍事力の強化、領有権問題、経済・貿易戦争、貧富格差からの不満と争いなど、全く愚かでナンセンスということになろう。

 2.無為を成せば、則ち治まらざるはなし

 (無為、即ち人為的策を用いず、自然の摂理に従う良い治世をすれば、世の中はうまく治まる)

 目先の利欲に拘った姑息な人為的策を弄せず、自然界の法則を尊重して、真理に基づく好ましい治世をすれば、世の中は万事スムーズに運営され、全世界・全人類の安定と平和が達成される。

本稿でも常に強調してきたことだが、真に好ましい経済や企業経営とは、「経世済民」、「道徳的に正しいことは経済的にも正しい報いを受け」、生産や消費の拡大という外形的大きさを競うのでなく、富の適正分配に配意した貧富格差の適正化や需要と供給のアンバランス解消など、質的向上を図り、最大多数者の最大幸福の実現を達成することにある。

自然界の野生猛獣でさえ、力の論理や目先のエゴな欲望で獲物を収奪し尽くせば、今はよくても明日の獲物が枯渇してしまうので、自己の満腹さえ得たら、それ以上の阿漕な皆殺しの獲物収奪はしないというのに、理性と知恵のある優れた種族とされる人間は、なぜこの節度さえ守れないのだろうか、全く愚かな「財貨多きは、精神の荒廃を招く」ということであろうか。

老子はこの点に関しては、「富貴にして驕れば、自らその咎を遺す」という警告も発している。

 3.有を以って利を為すは、無を以って用を為せばなり

 (有形物が世の中で利用され役立つのは、無という目立たない存在があってのことである)

 これは前記1.の具体例としての説明で、ここでの天地が有にあたるが、老子はこれを平易な車輪の例で、「車輪が有益な有形物として役立っているのは中央にコシキという円筒があり、そこから多くの車輻が出て車輪を強化しているからだが、もっと重要なことは、この車軸筒の中の目立たない無の空間に一本の真っ直ぐな心棒が通っており、これが円滑に機能しているから車として役立つのだ」と説いている。

政治も事業も物づくりも、目立つ表面だけを見て評価せず、すべて見えない下支えの重要性を忘れてはならないと教える。わが国の精密工業製品も、目立たない中小下請企業の熟練工の見えざる部分に心血を注いだ努力で支えられ、京都料理の美味しさの真髄も、盛り付けの美しさだけでなく、目立たない隠し味にあり、価格競争だけが事業の優劣・盛衰を決定づけるのみではない。

 4.道法自然(道は自然に則る)

 人として正しい判断や行動は、すべて自然界の法則に謙虚に従って行えば過ちを犯すことも無く、スムーズに正しい道を進むことになる。

 5.功を絶ち利を棄つれば、盗賊あることなし

 みんなが功名心や利欲を断ち切り、その優劣にこだわりを捨て去れば、この世から、悪いことをしでもお金持ちになろう、有名になろうといった盗賊のような悪事をする人がいなくなり、安心と平和が得られる。

昨今のわが国では、物事の善悪の正しい判断が出来ず、悪いことをしてでも目立ちたい、TVに映り有名になりたいなどといった誠に愚かしい事件が多発しているが、この要因はすべて、「人は乏しきを憂うのでなく、等しからざるを憂う」のであり、貧富格差の増大にあるといえ、このことは、戦後の日本がそうであったように、貧しい国ほど国民の相互扶助の精神がり、幸福満足感も強いが、国が急激に豊かになり、その過程で競争や貧富格差が目立つようになると、道徳心が低下し、凶悪犯罪や詐欺犯罪が増加していることが立証する。

 6.足ることを知る者は富み、止まることを知る者は危うからざる所以なり。

 財物の豊かさの適度や、道に迷った時には焦らず、少し立ち止まって一息入れる要領を心得ている者は、心も豊かで健全であり、失敗することも少なく成功する。

なにごとも、身の程を知ったほどほどの適度と、心の余裕、バランス感覚が大切であり、阿漕な過剰欲望や、功を焦った突っ走りは危険だと示唆する。

唐の白楽天も、「心の豊かさがあれば、実際は貧しくて、決して自身は貧者ではない立派な人格者」だと、お金が全ての拝金主義を戒めている。

 7.多くを蔵すれば、必ず厚く忘う(うしなう)。

 お金や物を必要以上に欲張って増殖・獲得しようと考えると、必ず危険な目に遭遇し大きく損をするということで、財物の損失だけでなく、人間性や人格の消失にもなると過剰欲望を戒め、悪銭身につかずにも通じる。

涙してパンを食べた者でないと、本当のパンの美味しさは解らず、自ら努力・苦労してお金を稼がない者、濡れ手で粟のボロ儲けをした者には、本当のお金の価値や、正しい使い方は学べないものだ。

一頃、「貯蓄は悪徳、消費は美徳」などといわれたが、貯蓄は必要で大いに奨励すべき大切なこと、問題はその資金の健全な再投資活用の仕方にあり、必要量の正しい消費活動をする「正費」は不可欠であり有益だが、浪費・冗費・乱費は悪であり、慎むべきだ。

 8.生じて而して有せず、為して而して恃まず。

 自然界は、その営みであらゆるものが生産・供給されるが、それを全て多くの分野に分け与えて惜しまず、自己占有しないし、その成果を決して自分の手柄として誇示することもなく、ごく当たり前のことのように繰り返し続けているが、これが自然体という拘らない捉われない心と行動である。

この自然界の秩序や生態系のリサイクルといった不文律の法則を守っておれば、自然界の間引きや新陳代謝などの営みで、需要と供給のバランスが保たれ、生態系の秩序は維持され、世の中の安定と平穏無事は保てるのだが、それを人為的に崩そうとするから、自然罰の災害多発や過当競争からの混乱や紛争が生じる。自然を大切にし、その摂理を尊重し、その則に従い、自然と調和して共生・共存・共栄を図ることこそが真の自由であり、大国の力による自己都合の勝手気侭な行動は間違った自由であり、「物極必反」の理の通り、決して永続はしない。

老子は、「大国は河でいえば上流でなく下流と心得、細流が集まって大河となったのだから、小川が流れこめるような配慮も必要だ。大なるものは、宜しく下ることを為すべし」、つまり、「強者は威張って更に上流に進もうと考えがちだが、へり下ってこそ大きくなれるのだ」とも説いている。

著者プロフィール

経済評論家・ビジネスドクター 芦屋 暁(あしや さとる)

幼少期の貧苦体験から「十分な教養があれば民族も国家も企業も個人も安泰」との信念を抱き、一生涯を人間能力の開発と日本経済・産業の発展に捧げる1本の杭になろうと決意し、都市銀行勤務を中退してフリーの経済評論家・経営コンサルタントの道に転身、大学の教鞭やマスコミ出演を経つつ、過去通算で全国約3千市町村を講演歴訪した実績を持ち現在に至る。庶民派で皮膚感覚の簡明率直な解説がモットー。

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