ホーム > 最新記事 > 時局レポート > 2018年 > スモール・バッド・スマートな日本再興を!

スモール・バッド・スマートな日本再興を!

  • RSS
  • お気に入りに登録する

公開日付:2015.03.20

(1)「大きいだけが良いことか?」

 もう数十年前にもなろうが、テレビのコマーシャルで「大きいことはいいことだ!」というキャッチフレーズが喧伝されて大流行し、こういったヒットしたキャッチコピーや書箱のタイトル、新聞の大見出しなどの積み重ねが近年の歳末恒例となった「今年の流行語大賞」の定着化にまで発展した。
 筆者が安倍政権の発足時に本稿でも、その売り物とされた「アベノミクス」が、劇薬投与の対症療法でしかなく、その副作用が怖いし、成果は将来の日本再興隆への土台づくりとしての国家構造・体質の改革には疑問であると看破し、「安倍首相のみが、愚衆を手なづけ選挙での勝利と空景気で一時的な人気を得てほくそ笑む」から「アベのみクスッ」であると揶揄したが、この戯れ句も、まさにアベノミクスの進捗状況が思惑通りにならぬ苛立ちと期待はずれからか、最近、種々の雑誌や新聞の記述で流用されるようになって来た。
 「大きいことはいいことだ」についても、「大きいことも良いことだが、大きいだけが良いことではなく、スモール・バット・スマートであることこそが大切」と論評したものだが、これはどなたが主張されたのかは浅学非才の身で不詳だが、「スモール・バット・ストロング」というキャッチコピーの方が世の中で受け容れられ流行した。
 しかし筆者は今でも、「Small but Smart and Wholesome」であることこそが肝要であるとの信念は曲げていない。
 なぜなら、西洋風の大きな規格化された石材だけの石垣は案外に脆くて崩れ易いが、日本古来の城のように、大小さまざまな形状の石材を一見乱雑に積み上げられているようだが、かえって互いが支え合う相乗作用で頑丈な石垣になることからも理解できるように、大きな石の隙間を埋める小さな石材の存在価値も偉大であり、この大小さまざまな形状の石材の絶妙な組み合わせがあってこそシナジー効果(力の相乗的結集効果)が発揮できると信じるからである。

(2)老庭師の名言から学んだこと

 筆者が画一的な形状の「大」だけでなく「小」の存在の重要性を認めるべきと提唱するようになったもう一つの理由は、小生がまだ駆け出しのバンカー時代に、僅かな有り金をはたいて初めて小さなマイホームを建てた時に、庭づくりを依頼した老いた庭師が発した言葉から学ぶことがあったからである。
 本家の敷地の一部を借りて分家として建てたちっぽけな安サラリーマンの家でしかないが、家が出来ると庭も整えたくなるもの。しかし残金が乏しくなったので、古くから出入していた庭師に、「あり合わせの植木や石でなんとか庭らしくまとめて欲しい」と遠慮がちに頼んだところ、その老いた庭師が「いいですよ、任せて下さい」と快く引き受けてくれ、数日後に仕上がった庭を見ると、何処にこんな枝ぶりの良い木や苔の生えた庭石があったのかと驚くほどの予想以上に素晴らしい出来栄えであり、好みを見抜いて箱庭程度だが予期せぬ水の流れまで添えてくれた。
 そこで、「僅かな予算なのに素晴らしく仕上げてもらい有難う」と感謝の意を述べたところ、この老庭師は「なあに若旦那、お金をかけて立派な庭を造るのなら誰にでも出来ること。日本古来の伝統的な造園職人の技は、そこにある素材を巧みに活かして世に出してやり、周囲の環境との調和を重視し、四季折々の変化をつけ見飽きない庭に仕上げることに尽きる」との返答であったが、この名言が、自分にとっては人生に大きな影響を与えた一言として未だに脳裏に鮮明に焼きついている。
 まさに年季の入った庭師の実学体験からの至言であり、以来、この精神を見習い忘れず、企業人であった時の部下扱いや人材の育成と登用でも、企業を退職して独立し事業を創業経営していたときでも、常に心がけ実践してきたし、その後も、人間能力の開発と日本の経済と産業の健全な発展に資することを一生涯の責務にしようと現職を志すことを決意させるきっかけとなった。
 残念ながらこの故郷の家も庭も、阪神大震災で消滅し現在は存在しないが、こういった(1)(2)のようなことは、現在の国家・企業の運営においても通じるものであろう。

(3)巨大化の弊害と小型化の利点

 第2次世界大戦の末期になって追い詰められた日本軍は、戦局挽回策として、これまで温存していた、当時世界最大・最強の不沈艦といわれた戦艦大和を、最後の決戦に出動させたのだが、空・海連携の米軍の迎え撃ちに遭い、まともに戦う間もなく脆くも撃沈されてしまい、わが国の敗戦を決定づけた。この海戦での日本の損害は主要艦艇7隻で連合艦隊は消滅、死者約5千人、それに対するアメリカ空・海軍の損害はゼロだったという。物量の差はその相乗的効果の差を生むが、これが力の論理、大きいことはいいことだの真の意義である。しかし、巨大な艦船には、重武装で巨大な大砲が積載できる利点もあるが、方向転換が容易でなく大きな回転半径を要するし船足も遅いという欠点がある。だから大きいことだけが良いことでもないのだ。
 小さな艦船では巨砲装備は無理であるが、行動はスピーディーで機敏な方向転換が可能で小回りが効き、状況の変化に即応し易いという小なりの特性もある。
 従って、決して大きいだけが良いこととはいえず、逆に小さいから負けると限ったものではなく、小よく大を制することも可能である。

(4)道法自然~道に迷ったときは謙虚に自然界の摂理を尊重せよ

 紀以来、欧・米が主導した人間の無限欲求と財物的豊かさの追求、物質文明、自由・資本主義経済、市場競争主義の歪や巨大化の弊害、あまりにもハイテンポな諸般の変化に人間の意識の変革がついて行けなくなってきたこと、過当競争、貧富格差の増大、弱者の切り捨て、精神文明の荒廃、地球自然環境の破壊と諸資源の枯渇化などとい自然界の摂理は「物極秘反」、つまり物事には全て適度や限界があり、その則を超えて巨大化し過ぎると無理が生じ、管理の不行き届きや意思疎通を欠くようになること、力を過信し、過剰欲望を抱き暴走しがちになること、力の論理での圧制・独裁に対する反発勢力が生じ、足元を掬われかねないこと、慢心から弱者への配慮を欠きがちになること、勝者と敗者の二極分化、格差に対する不満の爆発などといった巨(過)大さの弊害が生じ、やがて頂点を過ぎると反転期に入り衰退に向かう。
 万物は常に流転して止まず、特定者単独の独占的永遠の繁栄は許されず、「競争→対立→結集・提携→統・併合→画一的な巨大者の支配→極限→反転・バブル破綻→衰微→底打ち→分裂・破砕→停滞→反転・再起→上昇志向→挑戦→競争→復元」といった繰り返しが続き、時代を主導する主役の交代などで新陳代謝が進むことで、生態系の秩序が維持され、世の中の浄化や良識の覚醒がなされるのである。
 要は大・小それぞれなりの長所をうまく組み合わせ、短所をカバーし合い、巧みなバランスを保ちながら活用することが肝要ということである。
 哲学者ヘーゲルの弁証論における「定立(肯定的な主張)、反立(否定的な主張)、総合(両者の存在の認識と妥協点の見出し)の繰り返し(正・反・合と要約されることが多い)による論理的思考展開の3段階を経て、矛盾を正し、より高い思考レベルでの総合(認識合致)の境地に至る」という哲学的手法論も、この自然の摂理にヒントを得たものとされている。
 過去の歴史的事実からも、こういった「禍福は糾える縄の如し」といった国勢や経済・産業の好・不調の周期的な変動の繰り返しは体験してきたことである。
 それによると現代は、地球気象環境の変化、急速な技術革新や物資文明的進歩、人間の意識や幸福に対する価値観、精神文明の変化などを主因とする時流の超長期的波動の大きな転換期で、その周期はほぼ400年といわれ、近年はその大きな変動の頂点を過ぎた成熟社会となり、反動の衰退、停滞、分裂・縮小の時期に向かいつつあり、過渡期の混迷と動乱が多発しており、17世った現象で露見することとなったし、それが目下の欧米流自由資本主義国とその他のイスラーム主義、社会主義諸国、貧富・大小国間の理念や価値観の対立、文明の衝突といった混乱状態を招く原因になったともいえる。
 このことは過去400年の拡大成長期の間にのし上がり世界を主導してきた、17世紀のスペイン、ポルトガル、18世紀のオランダ、プロイセン、19世紀のイギリス、フランス、20世紀のアメリカ、ソ連邦などがいずれも世紀末になるとバブル急成長の反動の停滞や破綻の混乱を招き、民衆の不満爆発や植民地支配下にあった弱小属国の反発から、革命や分裂・分離・独立を余儀なくされ、主役交代で王座を譲るという途を辿ってきたことからも明らかであり、今世紀に入って今再び、急進中国の混乱や挫折が懸念されるようになり、世界の勢力図が塗り替えられ、新世界秩序の根本的な再構築が切望されるようになってきた。

(5)屈を以って伸となせ!

 世界平和と経済安定化のための新世界秩序を再構築するには、地震で壊れかけた家屋の部分的補修や、緩んだ軟弱な地盤の上に急造の仮設住宅を建てる応急処置で良しとするようなことや、天災を受け易いことが明白な地に再建するような愚かなこと戒めるべきは当然であり、修復不可能なまでに傷んだ家屋は、一旦すっかり壊し、緩んだ地盤は固め直してから、耐震性のあるものとして再構築するといった将来を展望した恒久的な取り組みが要求される。
 従って今の時期は、全世界が一体となって「雌伏雄飛」の夢を抱き、互いに譲り合い助け合い、各国がそれぞれなりの置かれた立場と特性を生かし、大国は大国なり、小国は小国なりの存在価値をフルに発揮し、「屈を以って伸と成す」気構えで対処することが重要と考える。
 地球規模の自然環境の破壊で、異常気象や食糧・エネルギー・諸産業基礎資源の枯渇化の一方で、発展途上国の人口爆発的増加があって、世界的な需給環境のミスマッチや逆転が生じているなどの、全人類の危機深刻化に直面している現在、世界的な視野に立てば、小さな離島の領有権争いや宗教教義の解釈相違からの争いなどは、良識ある国家としてはみっともない限りであろう。
 わが国としては、こういった見地からの理性的・合理的な主張と非核・非攻撃的武装、世界平和への貢献姿勢を明確に全世界に発信し、正しい理解と信頼、支持と支援を求めることと、その地政的条件や持ち味からも、背伸びをした外観的な大きさの競争での優位性を誇示するより、「Small but Smart and Wholesome」な国家、即ち、「たとえ外観的な体格は小さくとも、内容的に充実した高品質で道徳的にも健全で、良識と風格のある、体質や体力に優れた国家」を志向し、世界の平和と経済的な繁栄に積極的に貢献し、存在価値を高めることの方が得策と考えるべきではなかろうか。
 そういった面で参考とすべきは、明治維新当時の日本の外交姿勢と、日本近代史の権威で北海道大学名誉教授であられた田中彰氏の「小国論」であろう。
 明治維新後の初期、1871年(明治4年)11月から1873年(明治6年)9月までの間に、岩倉使節団が編成され米・欧12カ国を歴訪・巡視したが、その一員であった久米邦武(後に男爵)が編集し、明治10年に刊行された「岩倉特命全権大使米欧回覧記」は、僅か2年足らずの短期間で、移動交通手段も不便、言葉も不自由であったのに係わらず、彼らが如何に優秀で、実に精密な調査と鋭い洞察をしたことの記録が格調高い文章で要領よくまとめられている報告書であるが、先ず関心させられることは。使節団が、当時の米欧の先進的大国だけでなく後進的な小国までもつぶさに訪ね、その対比で、それぞれの長所と短所を冷静に見抜き、わが国とっては何を学び導入すべきか、見習うべきでないことは何かを峻別し、その理由をつけて伝えていることと、先進大国への熱い眼差しと畏敬の念を抱くと同時に、大国に囲まれた小国の生き様にも強い関心を持っていたということである。
 残念ながらその後の日本の近代史に見る明治から昭和の敗戦に至るまでの治世の方針は、ひたすら欧米先進大国に見習い追いつけとばかり、殖産新興、工業立国、富国強兵の大国主義、軍国主義への路線を志向して突っ走り、彼らに遅れを取ってはならじとの対抗意識を持ってアジア大陸諸国への影響力も強めようと図り、このことが、既得権益を脅かされることを嫌った欧米連合国の日本叩きとなり、その戦略の罠にはめられ、その結果、国史上初という敗戦の憂き目をみることとなったのである。
 1467年の応仁の乱発生以降、1600年の天下分け目の関が原の合戦で徳川家康が勝利し天下を平定する間での約130年間は、わが国は地方豪族たちが千々に乱れて争うという小国分立の戦国時代であり、1603年に江戸幕府が開幕し徳川の治世が始まってから、1867年に江戸幕府が大政奉還して倒壊するまでの約260年間は、中央集権制の大国化と各地各藩の自立という小国化との併用・混合時代、明治維新後の1871年(明治4年)に廃藩置県が実施され、新政府の下で一応、全体主義の統一国家体制が整ってからは、前記した通り、日本は大国化を目指した時代といったように大国化と小国化の正・反・合が繰り返されながら変遷し続けてきたが、近年になり再び、地方自治の強化や活性化を求める声の高まりもあり、地方分権の小国主義による各地の事情に即したきめ細かな治世の利点を活かすべきとする一方で、広域地方行政による合理化といった道州制の検討や、中央集権制の大きな政府も乱時には有効であるとの声も強く、これらをミックスしたアメリカの合衆国や連邦制のような国家運営体制の選択を模索する動きも芽生えつつある。
 但し、誤解しないで戴きたいことは、小国主義でいう「小国」とは、「大国」や「大国主義」の反対語、つまり「国際関係において、恵まれた豊かな経済力、強力な軍事・外交力を有し、その力を背景に、威圧的に弱小他国を支配下に置こうとする態度を取る国」が大国、「大きな勢力を誇示し、その威圧で勢力圏を世界に広め、圧倒的な、更には独占的な覇権を制しようとの野望を抱くこと」が大国主義であるが、単純にその要件を満たさない対極にあるのが弱小国、あるいは辞書の定義にあるような「国土面積が狭くて小さく、国民の人口も少なくて、経済規模も富の生産力も小さく、軍事・防衛力も国力も弱く、国際外交的発言力や影響力が乏しい国」といったものではなく、あくまでも、「外観的体格の形状は小さくても、内容的には優れた知識や技能を創出する能力を保有し、政治・経済の道徳倫理観念もしっかりとした、健全で安定した国家運営をしており、国際的な存在価値と貢献、影響力が発揮できて、信頼されている品格のある国」というものであり、そのような理想の国家建設を目指し、そういった国の存在が許される体制を志向すること、特定国の支配に抵抗し、覇権に反対する姿勢や態度が「小国主義」である。
 小国の利点や存在価値を認め、大国の支配を排除し、小国主義を進めることが平和に連なるなどといったことが主張されたり記述されている歴史は古く、東西の古典でも見受けられる。
 たとえば孟子(紀元前372年~289年)は、「君主のとるべき道には覇道と王道の二方法があり、前者は大国によってのみ可能だが、後者は小国でも実践・実現が出来る」と述べており、老子(紀元前700年~400年の古代中国春秋時代の賢人)も、小国を礼賛した「小国寡民」といった記述を残しているし、古代ギリシャの哲人プラトンやアリストテレスも、小国論を論じていたと聞く。
 岩倉ミッションでは、英・米・仏の三国を大国とし、その他のプロシャ(現在ドイツ)、スイス、デンマーク、オランダ、ベルギー、スエーデンなども小国として訪問・視察しているが、新興国アメリカが急発展したエネルギーは、恵まれた物力(資源とその生産力の意味)と自主・自治の精神にあったと評し、共和国は自由の弊害多しと、やや批判視している。筆者は、大か小かの二者択一論より、大小それぞれの良い点を絶妙に組み合わせた日本の古城の堅固さを支えた「乱積みの石垣論」と、日本の経済・産業の足腰を強める、賢くて逞しく、優れた精密加工技能を保持する中堅・中小企業の育成・支援政策こそが、日本の持ち味を最も活かす望ましい姿ではないかと思っている。

著者プロフィール

経済評論家・ビジネスドクター 芦屋 暁(あしや さとる)

幼少期の貧苦体験から「十分な教養があれば民族も国家も企業も個人も安泰」との信念を抱き、一生涯を人間能力の開発と日本経済・産業の発展に捧げる1本の杭になろうと決意し、都市銀行勤務を中退してフリーの経済評論家・経営コンサルタントの道に転身、大学の教鞭やマスコミ出演を経つつ、過去通算で全国約3千市町村を講演歴訪した実績を持ち現在に至る。庶民派で皮膚感覚の簡明率直な解説がモットー。

資料請求・お問い合わせはこちら。お気軽にお申込み下さい。

製品詳細・資料請求・お問い合わせに関して

製品に関する詳細情報、料金体系につきましては、「資料請求・お問い合わせ」ボタンをクリック後、以下の手順でお問い合わせください。

  1. お問い合わせ種別:「お問い合わせ」を選択
  2. お問い合わせの内容:「○○○」(任意:質問事項・要件など)とご記入
  3. ご連絡先:必要事項を入力し、送信してください。
このページを見ている人はこんなページも見ています

重要な経済指標である倒産をベースに国内経済を把握できます。
倒産月報・企業倒産白書

倒産情報や債権者リストなど経営判断に欠かせない情報誌です。
TSR情報誌(倒産情報誌)

国内を含めた世界最大級の多彩な企業情報をオンラインでご提供!
インターネット企業情報サービス(tsr-van2)

1日2回、最新の倒産情報をメールいたします。
TSR express(TSR情報Web) -倒産情報配信サービス-

TSRネットショップ TSRの商品がオンラインで購入できます!

インターネットエラベル TSRがオススメする就職・営業に役立つ地域の優良企業紹介サイト

TSR Express 1日2回の倒産情報配信・検索サービス

メルマガ登録 無料セミナーやイベントを優先的にご案内!

ページの先頭へ