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世界歴史の抜本的な見直し時代

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公開日付:2015.03.06

(1)歴史は繰り返すが、人類は過去の歴史から何を学んだか?

 17世紀のフランスの哲学者であり物理学者でもあったパスカルは、「人間は風にそよぐ葦である」と提唱した。
 この主張の解釈の仕方にはさまざまな説があるが、筆者は「人間は大自然の力と比べるとか弱い存在であるが、弱い風にも強い風にも抗うことなくそよぎながらも、折れることなく育つ葦のように、周囲の環境に巧みに適応して進化しつつ逞しく生きる知恵を持つ存在である」という解釈が最も最適であろうと考える。
 パスカルよりもっともっと古い紀元前5世紀に仏陀が開いた仏教の用語にも、「輪廻転生」、「因果応報」という教訓的な4字熟語がある。
 「輪廻転生」とは、人間の心や思考のあり方や迷いの世界において、「世の中は常に循環的に有為転変を繰り返しながら次第に変化し続け、生まれ変わっている」という意味だが、この仏陀の教訓は、「だからその世界に生きる人間も、常にその環境や条件の変化に順応し得るように自己の修養や鍛錬に励み、時には厳しい試練や過ちを体験することもあろうが、それを反省したり克服する努力を重ねることで、学び、成長・進化、悟りの境地に至り、無欲の真の幸福を勝ち取ることが出来るのだ」と説くものと解釈すべきであろう。
 「因果応報」とは、人それぞれなりに「過去の行いの善悪の業に応じて、現在における幸・不幸の果報が生じ、また現在の善・悪の業に応じて、未来の果報の良否が生じる」という善因善果・悪因悪果の摂理を説くものであり、従って「自らがまだまだ愚かで未熟な存在だと謙虚になれば、過ちをすることもあろうし好ましい成果を得ることもあろうが、その貴重な体験を反省し、学び、生かして、日々の行いを正すことが肝要である」と諭すものである。
 歴史は繰り返すといわれるが、人類や諸国の栄枯盛衰、文明興亡の歴史を振り返って、動乱の発生とその結果の衰退要因を探ると、先ず内部圧力の要因としては、周囲の環境変化への適応・進化の努力を怠ったこと、特定権力者による圧制や身分階級による差別化、貧富格差の増大への不満の爆発によるもの、逆に、豊かさや平穏無事状態が永続した結果、逆境や危機管理に対する警戒と対応への関心が薄れ人心が緩み、精神的堕落と荒廃を招いたこと、もっともっという阿漕な過剰欲望の末に、物事が極まって反転し、過ぎたるは及ばざるが如しで衰退・破局期を迎えることなど、外部から受ける圧力としては、予期せぬ突発事件や大きな天災の発生、予想以上に急速な環境の激変、それに適応する人間の意識や技能の変革・向上がついて行けず、自然生態系の秩序に混乱が生じること、国際間の過当な各種競争の激化、国内外の需要と供給関係の顕著な不均衡、他国からの情報や諸資源、金融、経済活動、軍備などに関する過干渉と締め付け、仲間はずし行為による圧迫、他国との領土や諸資源の獲得を巡る紛争、これらを理由とし他国から侵攻を受け、武力衝突が発生すること、民族・宗教・イデオロギー・伝統的文明のギャップからの対立などさまざまな要因により、まさに「世に争いのタネは尽きまじ」であり、その結果の勝・敗で明・暗が大きく分かれる。
 これらの中でもとりわけ武力争乱だけは、規模の大小はあれ、人類の有史以来この地球上から完全消滅したことはなかったといえる。
 にもかかわらず人類は、こういった過去の歴史、幾多の苦難や失敗・成功体験を繰り返しながら、果たしてこれまで、一体何を、どう学び、どう改め、お互いに自らを律する理性や英知を養い、悟りを得てきたであろうか。
 それとも、解っていながら、こういった欲望には抗しきれないのが人間の業であり、ある程度の苦難や闘争は、人間の動物的生得本能、必要悪の刺激や社会のガス抜き浄化作用であると意図的に看過・黙認してきたのであろうか?。
 近年はまさに、世界人類4千年余の過去の行いの結果によりもたらされた種々の問題が一斉に噴出し、わが国のみならず、また先進的発展国、発展途上国、発展から取り残された国に係わらず、世界中が激動と混迷の時期を迎え、先の見通しがつけ難く、不安・不透明で、道を見失って混沌とした状態となり、「道に迷った時は原点回帰」、「歴史と自然は最も良き教育者」であるからと、今再び、過去の歴史への関心が高まり、その再評価のために、世界歴史の冷静で中立的・客観的な見直しをして、それに基づき、目先の対症療法だけでなく、将来に向けての世界新秩序と新たな歴史の構築を希求する根本的対応策を模索する動きが高まりつつある。

(2)敗者の歴史は抹殺され、歴史は勝者により都合よく塗り替えられる。

 過去の歴史的真実を振り返りつつ追求するには、考古学的に事実を探求して実証するなどの方法もあるが、通常最も多用されるのは、古文書や外交機密とされていた文書を紐解くことである。
 しかしこういった古文書、とりわけ政治・外交関係や権力者の監修によるもの、検閲を受けたもの、敗者側の記述や主張のものなどは、禁書として抹殺・無視され焚書処分にされてしまうことが多いので残されておらず、残存する文献の多くは、勝てば官軍、勝者や権力支配者側の言い分や記述資料だけが残され、しかもそれらは、彼らの都合が良いように粉飾・美化、誇大化され、塗り替えられている場合が多いので、必ずしも中立的な歴史の真実とは言いがたいので、出来る限り当事者双方の文献を調べたり言い分をよく聞き、このあたりの事情を斟酌して評価・判断する必要がある。
 特に16世紀以降の近世・近代の文献や記述は、この時代の世界を支配した西欧・米諸国の我々こそが世界を先導する正義や道理だとする優越的・先進的見地からの理念や価値観を主体としたものが多く、例えば大航海時代やアジア諸国の植民地化政策時代、それに第1次、第2次世界大戦期に関する資料についてはなおさら、彼らの正当性や功績を誇示し、敗者となったドイツと日本については、負ければ賊軍とばかりに、一方的に徹底的に悪として断罪された嫌いが大いにある。
 最近の中国や韓国や北朝鮮などは、こういった当時の戦勝国側の主張や記述の、しかも彼らの都合が良い部分だけを誇張して、戦時の特異な一時期の、一方だけの見解を基準にすることをもって、わが国だけが不当で残虐な侵略者、軍国主義国であると決め付け、その歴史観を改めようと喧伝しているが、それはいつの時代からの歴史、どんな史実の立証をもって、そのように主張しているのであろうか?。
 彼らが過去に日本に対してとってきたことや、日本から受けた恩恵、欧米から受けた侵略や蔑視扱い、東南アジアの多くの弱小国が、日本の敗戦という犠牲の下に、戦後、欧米の植民地支配から解放され独立を勝ち得た事などについては一切触れず、非難も評価もしないというのは不公平であり、日本だけを非難・攻撃対象に絞り込むというのは卑劣で、何らかの抗日・攻撃の悪意を感じさせるが如何なものでろうか?。
 京都大学の中西輝政名誉教授は、現代の世界は「歴史戦争の時代」だと主唱しておられるが、中国が国際法を無視して一方的に尖閣諸島を領有海域圏内に組み入れ、無謀にも実質的に領有し、これは日清戦争で日本が盗んだものだからと正当性を主張したり、韓国が、竹島はかつての植民地支配時代に日本が奪ったものと言い立て、事前の話し合いもなく無謀にも軍事施設の建設をするなどという現状を見ると、日本は既にその戦争に巻き込まれていると言えるが、そんな不当な目にあいながらもこれまでわが国政府は、彼らが強調する歴史観問題で、いわれるままに謝罪するばかりで明確な反論もしない事なかれ主義で済まそうとしている。
 日本は独立主権国としての矜持をもって、外交の妙で堂々と史的事実の立証資料の提示で論理的に説明して理解を求め、逆に彼らにも、論理的な立証資料の提示を求め、国際法に従って行動せよと主張すべきではなかろうか。
 このままでは、情宣活動で反日ネットワークを構築している彼らの方が一枚上手であり、いずれも既成事実として実効支配を許し、奪いとられてしまいかねない。
 例えば、戦後の極東軍事裁判では、戦勝軍アメリカ主導で勝者の連合国側関係の裁判官が主で構成・運営され、平和に対する罪で日本だけが一方的に厳しい審判を受けたが、裁判は当事国を避けた中立国の裁判員で構成すべきが常識、当時の国際法では、外交で決着がつかない場合の名誉ある決闘としての戦争権は認められていたのであり、厳重禁止とされていたのは、武器を持たず抵抗しない子女や非軍事的施設などへの無差別攻撃、残虐な化学兵器や原子爆弾など大量殺戮兵器の使用の方である。
 確かに開戦の直接動機は日本軍のハワイ奇襲攻撃であったとしても、真の遠因は、欧米・ソ列強諸国の横暴なアジア諸国植民地化支配への日本の危惧と予防策、この連合国の野望に盾をつき、それを阻止しようとする日本を叩きつぶし弱体化させようと仕掛けた経済・資源封鎖の罠というのが真実、日本はその罠にはめられ、生きるために止むなく闘わざるを得ない状態に追い込まれたものである。
 開戦直前までの日本外交の戦争回避の折衝努力や和戦両様の構えから、十分開戦は予測できたこと、宣戦布告の有無や時間的ズレには、開戦の大義づくりのための謀略といった感も多分にある。
 戦後日本の再軍備についても、占領米軍の当初の方針では、日本を農業国に戻そうと企んでいたが、その後のソ連・中国による東アジアの社会共産主義化に対抗する米国の戦略で、日本を再軍備化させて防共の盾に仕立てようとしたものであり、こういった都合よく日本を属国化して扱い、褒め殺しの罠に取り込もうとするアメリカの対日姿勢は黒船襲来の昔から現代に至っても未だに引継がれ、改まっていない。
 1898年に、北米大陸の領有を巡る新興アメリカとスペインの戦争を終結させる講和条約がパリで開かれ、アメリカはスペイン領であった東洋のフィリピン、東西の大海洋を結ぶスエズ運河の管理・防衛拠点プエルトリコなどの割譲を受け、新興大国アメリカは東西両大陸・海洋に影響力を及ぼす存在にのし上がったのだが、この開戦理由の正当付けや終戦の折衝においてもアメリカは、スペインの苛烈な植民地化支配から中南米諸国民を解放するためという大義を掲げたが、本質はキューバ、プエルトリコ、ハワイ、フィリピンなどの実質領有支配にあったのであり、第2次世界大戦に日本を引き込んだのも、元はこういったアメリカの世界制覇の遠謀や野望戦略の一環であり、欧州のアジア植民地化進出に出遅れた新興アメリカが、広大な未開の中国大陸に目を向け、ソ連を牽制しつつ、日本はこのために邪魔な存在であったので、罠に嵌めて叩き潰そうと仕掛けられたというのが歴史の真実であり、日本のアジア侵略が先導し、アメリカがそれを阻止しアジアの弱小国を守るために、中国を支援して闘ったというのは事後の虚構であり正しくなく、全ては自国のアジア利権の獲得のためである。
 アメリカは現在でも、こういった狡猾な武力と経済力を背景とする外交戦略、巧妙な言質で危機感を煽ったり、正当な理由づけの謀略、情報操作などといった手法に変わりはないのだが、何度騙され、罠に嵌められ、褒め殺しに合い、見捨てられても、未だにアメリカの巧みな甘言に乗せられ、洗脳催眠術から目覚められず、すがり付いて離れられないマゾヒズム傾向にあるのが日本政府ではなかろうか。
 そもそもアメリカは、国際的な国家概念の3要素、特定境界で明確に仕切られた①「領土」、共通的習慣や言語、文化を有する民族を主体に構成された②「国民」、排他的③「統治主権」を有する国家なのであろうか?
 アメリカ人といった人種は不在、本来の新大陸原住民はアメリカン・インディアンで、これも元来はアジアのモンゴロイドが移住したものといわれ、雑多な多様人種の坩堝、第2のヨーロッパとか大英帝国からの移民集団などといわれるが、経済・産業・行政の実質支配は、総人口の3%程度のユダヤ系アメリカンで、国富の約8割を支配し、多国籍・無国籍企業による世界経済支配、ご都合主義のグローバル・スタンダードやビジネス・ルールの押し付け制定、冷戦終結後も引き上げず、世界各地の他国に自国の軍事基地を残存・確保し、頼まれもせず、中立主義でもないのに、勝手な時だけ世界のポリスマン国家気取りなどなど、流動的で得体が知れない。

(3)なぜ人類社会から争乱が絶えないのか、その要因は?

 闘争心は、人間も含めた全ての動物が基本的・生得的に有する本能であり、抑制しえない必要悪というより、むしろ弱肉強食の自然界では、種族の生存・維持のためには必要不可欠な能力であり、この生存をかけた争いで負けたものは間引かれて消滅するが、勝ち残った強く元気な有能者が、種族の長として君臨し集団を統率し、強い子孫を生み育て、種族の生存・発展を図る。
 しかし大自然の弱人強食という厳しい環境の中で原始的生活を営む動物たちにも、生死を賭けた体験から得た共生・共存の知恵としての暗黙のルールがあり、全て万能といったワンベストの百獣の王は存在せず、ライオンにも、かなわぬ天敵がいるし、小さいから負けとは限らず、それぞれなりの特性を有し、お互いにそれを活かして逞しく共生・共存・共栄を図っているし、いかに捕食力に優れているからといっても、自身と一族の生存に必要な量の獲物を得て満たされたら、満ち足りるを知り、それ以上に不必要な獲物の捕食・殺生はしないし、大小・強弱それぞれなりに譲り合って領域をうまく棲み分けており、こういったルールを秩序正しくお互いに守っておれば争いは起きない。こういった大自然の摂理や掟、暗黙の約束事を守らずに秩序を乱す身勝手なアウトローが出現すると争いが生じるのである。
 原始動物でさえ理解し守っているこういった原理を、万物の長たる霊長類のホモサピエンス(知恵ある種族の意味)人間が理解し実行できないことはないはずだが、それを阻害しているのは無限の欲望と不満、他者との比較における不公平感と優劣の争いの程度に問題があるということになろう。
 心理学者マズローの欲求段階説によると、人間には低次元な基本的・生得的本能といえる①安全・安定・安心を求める心から漸次、②他者と比較して公平・公正さを求める心、③他者から認められたり、褒められたいという認識・賞賛を求める心、④人並み以上に努力して優位に立ち優越感を味わいたい、⑤自分なりの独自の境地を見出したり、特異な知識や技能を身につけ、自己実現の願望を満たしたいといった高次元の欲求へと段階的にすすむのだが、各段階で、そういった欲望が満たされない不満が鬱積し、我慢が出来なくなると爆発的行動を起こし、暴力的な言動や争いの原因となる。
 従って、何かが欲しいといった欲望(需要)と、それを満たしてあげましょうというサービス(供給)との均衡が保たれていると争いは起きないが、この需要と供給の不均衡が生じると不安や不満が生じ、その均衡状態に復元しようとする意識や力が働いて争いの発生原因となる。例えば、昔のように、未開の自然が豊かであるが、そこで生活する人の数が少なく、食料資源などが十分にあり、安心・安定を求めるという人間の基本的欲求が満たされている「需要=供給」や「需要<供給」といいった環境の下でなら争いは起きないが、現代の世界のように、地球の自然環境が荒廃し、その天然埋蔵資源や食糧資源が枯渇化する一方で、人口は爆発的に増加し「需要>供給」といった状態になったり、あるいは、機械化で生産・供給能力が高まる一方で、少子高齢化の進展で消費需要が減退するといったことで「供給>需要」の状態になるなどで、需要と供給の不均衡・不安定となると、その不安や不満から、不足分を充足するため獲物競争が激化し争乱が発生する。こういった不満感は、例示した食糧や石油といった物だけでなく、貧富格差といった経済、欲求不満といった心や感情の充足感にも及ぶので、紛争動乱の原因は実に多種多様である。
 以上を総括し、世界歴史の大転換期にあたり、人類紛争の歴史を根本的に改め、争いのない平和な未来の世界を構築するには、まず人類の意識や幸福の価値観から抜本的に改め、阿漕な過剰欲望を戒め、満ち足りるを知るなど、理性のある人間として慎み深く「道法自然」で生き、互助の精神を養い、自然界との共生・共存・共栄を図り、物心一助の豊かさ追求に頭と心を切り替えることが肝要である。

著者プロフィール

経済評論家・ビジネスドクター 芦屋 暁(あしや さとる)

幼少期の貧苦体験から「十分な教養があれば民族も国家も企業も個人も安泰」との信念を抱き、一生涯を人間能力の開発と日本経済・産業の発展に捧げる1本の杭になろうと決意し、都市銀行勤務を中退してフリーの経済評論家・経営コンサルタントの道に転身、大学の教鞭やマスコミ出演を経つつ、過去通算で全国約3千市町村を講演歴訪した実績を持ち現在に至る。庶民派で皮膚感覚の簡明率直な解説がモットー。

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