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アベノミクスで忘却された貧富格差の是正

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公開日付:2014.09.26

(1)経済優先で忘却された貧富格差の是正論

 「人は乏しきを憂えず、等しからざるを憂う」といわれるが、出自による身分格差や大企業と中小下請企業の二層構造による格差、雇用形態による正社員と非正規社員との待遇格差、拠点都市一極集中による中央と地方の格差、とりわけ所得分配の不適正に伴う貧富格差の増大は、社会不安や不満の原因、更には国家や世界動乱の起因ともなるので、わが国でも国家運営の根幹法である憲法で、「基本的人権尊重」、「法の下での平等」、「国民の健康で文化的な生活の最低限を保証すべき義務を国が負う」ことなどが明記されており、この理念に基づき、民主党政権下の2006年頃から、所得分配の公平・公正化が重視されるようになり、そのための貧富格差問題の是正が大きな社会的課題となった。
 しかし再び自由・公明党連合への政権交代があってアベノミクス政策が打ち出され、デフレからの脱却、経済再建優先や、憲法条文の拡大解釈による軍事力の強化や集団的自衛権の主張などが政策主題となると、マスコミを抱き込んだ巧妙な領土問題など国家外交の危機という政治的煽動に乗せられ、消費増税と共に、貧富格差の是正への関心がすっかり薄れてしまったというより、むしろ国家経済発展優先や財物的豊かさの追求で国際的優位性を確保するためには、競争原理で「勝ち組や負け組」、「所得格差」が生じることを容認し、逆に「社会福祉負担増で弱者を切り捨てにすることさえも止むなし」といった風潮になり、「六本木ヒルズ族」が羨望の的となるなど、弱肉強食が世の常、勝ち残るためには手段を選ばずとなり、これまで日本経済の底堅さを支えてきた「1億総中流」といわれた中流層が下層に陥れられて上下の二極分化社会となり、伝統的な日本の良き道徳的風習や経済秩序が混乱し、社会制度や精神文明の荒廃が一段と高まったような感さえする。
 近年は無理なダイエットでウエストを細くしたスリムな体形が美男美女の典型とされているようだが、これは下手をするとリバウンドして健康を害する恐れもある。昔は、名画ヴィーナス像に代表されるように、ウエストの辺りもふっくらとした肉付きの良さが健康美として評価されたように、中堅層が消滅する二極分化の貧富格差増大社会が国家経済体質の健全化にどう影響するか、もう一度関心を持つ必要があろう。

(2)立場により異なる格差社会の是非評価

 何をもって平等、どの程度の差をもって不平等や不当な所得格差というかは、人それぞれの現在の生活状況や立場、将来に期待できる地位や状況によって異なり、豊かさや幸福に関する価値観もさまざまであるから、一概にこれが理想の水準値と決め付けることは難しく、この問題は人類永遠の課題ともいえよう。
 たとえば、元来無一文であった者が、ただ一人だけで、自分自身の才覚や奮励努力の結果として人並み以上の富を得たような場合、それは自分の勤労努力の対価として当然の成果配分であり、何の不当性も感じず、他者から賞賛されこそすれ、何等非難されることもないし、才覚もなく勤勉努力もしなかった者と所得に差がついて当然のこと、またそれがないと、人並み以上に勤勉努力をしようというインセンティブも高まらないので、むしろ好ましいことではないと考えるであろう。
 しかしもし、人並み以上の勤勉努力した者も、しなかった者も、同等の対価(所得や評価)が得られるとしたら、一生懸命人並み以上に努力をした者としては、それはちょっとおかしく、逆不公平・不平等だと考え、不満を感じるであろうし、やる気を起こす人もいなくなりかねない。
 現に、天性の幸運さで予期せぬ所得にありついた者や、自身には能力や才覚もなく、人並み以上の勤勉努力もしなかったにもかかわらず、先祖代々の遺産相続資産での不労所得で、人並み以上の富に預かるなどの恵まれた環境にある者もいるが、これらに対しては、やっかみ半分で不公平だ、不当な所得だと感じ、応分の社会還元の納税などの負担をすべきだと考える人も多かろう。
 また、人並み以上の勤勉努力もなく、その平均水準以上の高所得が、他者の支援や協力による結果の恩恵であったり、社員や顧客など他者の勤労所得や富の不適切・不当な搾取や収奪など、不法・不当な手段で得られたものであった場合には、当事の相手(被雇用者や購買客など)や社会から、不当・不公正だと非難され、相応の負担や処分(課税や脱税追求など)を受けても当然であろう。
 ましてやその人並み以上の富や恩恵が、国政や税制などの人為的配慮やシステムによる支援や助成や優遇政策で、特定の分野や対象者(大手銀行や大企業、富裕者など)にだけ、国家経済・産業政策や社会公共の利益のためといった大義名分の妥当性や常識的範囲を逸脱して、意図的に不公正・不公明・不適切な仕組み(特別優遇税制や公的資金投入により支援など)で付与された結果によるものであった、大多数の国民が不当と感じるようなものであったり、特定の分野や対象者(中小零細企業、高齢者・非正規雇用者・社会的弱者など)が、いくら勤勉努力して人並みの応分の対価を得ようとしても、その機会が諸制約や制度的弊害で十分に与えられず閉ざされていたり、職種による3階建ての年金制度や基本的な生存権が脅かされるような社会生活保障制度などといったように、制度的に不公平な差別扱いを受けている場合などでは、社会的非難や応分の制裁、法的処分を受けて当然と考え、不当を訴えるデモや、先鋭化した暴動や国内反乱にまで発展しかねない。
 従って、個々人の基本的能力や勤勉努力の差で、多少の所得格差が生じることを全面的に否定するものではなく、要はその程度が問題ということになろう。

(3)物質文明発展の下で、益々増大・多様化する現代社会のリスク

 近年、わが国のみならず世界的にも、物質文明発展の一方で諸種のリスクが増大化する傾向が益々加速し、しかも多様・複雑化している。世の中に環境や情勢の変動がある限り、リスクとそれに対する不安の種は尽きない。
 多様なリスクを大別すると、自然界の環境や状況の変動に伴い生ずる天災などの天然リスクと、科学技術や経済システムの進歩から生ずる、人間自らが招く人為的リスク、発生する場面や舞台による分類では、国際リスクに大別され、その内容としては、地震や台風被害などの天災リスク、国際的な交易取引や人事交流などの場面で相手国の事情が急変することで生じる国家間リスク、為替相場リスク、政治的信条やイデオロギー、宗教観の差異による対立や領有権を巡る争いから生じる戦争リスク、経済活動や産業活動の場面での市場環境変動リスク、金融リスク、信用リスク、労務災害や事故発生による自損災害リスク、物価変動リスク、コンピューターの普及に伴う電子取引リスク、情報漏洩、職場内人間関係の不和などから生じるハラスメントなどの人事リスク、盗難事故などの防犯・防災リスク、日常家庭生活での家庭内不和や近隣関係などの各種トラブルリスク、罹病や負傷、交通事故などの医療リスクなどなど実にさまざまであるが、近年では、少子高齢化社会、社会公共福祉問題、NEETの発生、雇用形態の多様化などから生じる日常生活や将来生活設計の不安定・不公平・不満などは、すべて貧富格差の増大に起因するものとして、特に「格差社会リスク」への関心が急速に高まってきた。

(4)格差は進歩への刺激となるか、競争・争乱の原因となるか?

 国家経済活動は、①国際部門と国内部門、国内部門は更に②政治・行政といった公共経済部門と民間の③産業部門と④家計生活部門の4つの舞台で、①生産活動、②消費活動、③分配活動、④貯蓄(再投資)という4つの場面のいずれかに、直接・間接税にせよ、何らかの形で、全ての国民がオールスターキャストで参加して運営され、この間でカネ・モノ・サービス・ヒト・情報などが円滑に分配されて行き渡ることで順調循環し、需要(消費)と供給(生産)の均衡が適切に保たれると、所謂「好ましい安定的経済成長」の姿となるのだが、グローバル化した自由貿易経済体制の下では、国土面積の広さや先天的に保有する天然埋蔵エネルギーや諸生産資源の豊富さなどの環境に恵まれた国が、先進国として優越的立場を制することとなり、その生産拡大が富の拡大に連なると、これまではこの生産経済が最重視されてきた。
 しかし過剰生産力から「国内供給>国内需要」となると、その余剰生産分を売り捌く市場を、自国の潜在需要の掘り起こし創出努力に向けるべきなのだが、成熟経済で国内需要の開発にも限界が生じると、手っ取り早い他国の需要に求めることとなり、輸出に注力するなど、市場の開拓など消費経済に重点が置かれるようになる。
 ところが購買力のある相手国も、同じような成熟経済の需要飽和状態であるとなれば、そこではいきおい輸出競争が激しくなり、貿易黒字の勝ち組か赤字の負け組みか、この結果次第で、値引き競争が進み、その国の通過相場の乱高下など、あらゆる面での争いが先鋭化する。
 さりとて、競争力の弱い発展途上国の未開発市場の需要を期待するには、手間もかかるし、国の政情不安定さなどからの輸出代金決済の不安などといったカントリーリスクも高いし、不要になった武器を売り込む一部先進国のような、不良在庫の売り捌き需要創出策として、裏面で局地限定戦争を煽り陰で支援する代理戦争を画策するといった狡猾なことをすれば、これもまた国家信用の喪失と新たな争いの因となるので、世界平和の見地からも好ましいことではない。
 従って今後は、生産経済一辺倒から、需要の拡大や潜在需要の発掘による新規需要の創出努力、非生産的な浪費や冗費は乱費だから不当だが、「正費」は大いに必要だから奨励すべきこと、更にはそれ以上に、所得分配の適正さといった経済分野への関心を高める意識改革も重要である。それに、所得分配の余剰分として明日の発展や不時の災害に備える備蓄の預貯金についても、一頃はアメリカの日本叩き謀略喧伝で「消費は美徳、貯蓄は悪徳」とされ、その褒め殺しの罠に嵌められたこともあったが、貯蓄性向の高さが悪いのではなく、その預貯金は間接的金融で産業界などに再投資されるのだから、それが国家経済の発展に有効な分野に向けられているか、再び不動産バブルを生じさせないかなどへの関心こそが肝要となろう。
 日本は過去のバブル経済で設けたお金が、将来の生産的な分野にどれほど活かされたか、マネーゲームや投機的不動産投資ですっかりアメリカに吸い取られてしまい、1990年代のアメリカ経済の再興には寄与したが、バブル破綻で長期デフレ不況に陥ったのではなかったか。この反省を忘れ、今再び、不動産バブルの再現を望んでいるかのようだ。
 このように考えると、「需要=供給」が安定的経済発展の基本であるほど、すべての物事の均衡感覚が人間の安定・安心と平和の維持のためには大切、逆にこの不均衡のギャップの多少、「格差の程度」が、「人は乏しきを憂えず、等しからざるを憂う」ということで、全ての不満や争いごとの重大な原因の一つになるといえよう。
 とはいえ、動物的本能である「安全・安心を求める心」や「公平・公正を求める心」といった基本的・生理的欲求が満たされると、漸次、更により高度な「人並み以上の勤勉努力をし、人並み以上の生活をしたい」、「人と差をつけ優越感を味わいたい」、「他者と競って勝利を得たり優位に立って、他者から認められ、賞賛されたい」、またそのための「競争の機会、更なる進歩や向上の機会を得たい」、自分なりの「目標に対する達成感、成功感を味わい、自分なりの境地を創造したい」などといった習得的・社会的な自己実現・表現欲求を満たそうと段階的にステップアップすることも、より優れた人間に進化するための動機づけや刺激となるので必要不可欠のことであり、それゆえに、人並み以上の才覚を発揮したり、勤勉努力をした者が、「それ相応の対価や報いを受けて当然」、「勤勉努力をしてもしなくても、全く同じ評価や報いを受けるということは、逆不公平、悪平等である」と考えることも当然のこと、全く競争がなく、勝敗での成果分配の差がないという平々凡々さでは、人間の進歩向上への刺激にも励みにならず、人々のやる気をなくし、経済や産業活動、日常生活にメリハリをつけるアクセントや活性化にも無益で、社会の停滞をもたらす。
 さりとて、反対にあまりに格差が拡大し過ぎて、到底それを乗り越え挽回することが不可能だと感じさせるようになると、これもまたやる気をなくす人の増大に連なり、社会の不安定さをもたらす。
 それではどの程度の所得分配の格差なら適当と容認できるのか、貧富格差による社会の二極分化の不安定さを平準化する目安として、現代の世界では「ジニ係数」という指標が用いられているが、これはあくまでも判断の参考とすべき目安である。
 ちなみに最近良く言われる二極分化という場合には、主として生活水準の格差を意味するが、格差にも量的格差と質的格差、見える格差と心理的な将来に描く夢や希望の格差などといった見えない格差があり、質的な差は数量化し難い点があり、このあたりに統計データによる分析の限界、国民生活の実感との乖離が生じる。
 したがって所得格差の善悪は一概には論じ難い観念的な面が多分にあり、バングラディッシュのように、経済的には貧しくても、その貧富格差が小さいので、国民の98%が幸福であると国政に満足感を抱いている国もあるので、国民の納得度こそが格差の適度だといえようか。
 「ジニ係数」とは、イタリアの統計学者ジニが考案した「所得や資産の分配の不平等度を測る指標」の一つで、0~1(100%)の値をとり、1に近いほど不平等度が強いことを示し、平均50%の水準以上になればなるほど、一部の優越者に国民の富の多くが偏重していることとなり、これが60%を超えると国民の不満から政権の崩壊、国家動乱の危険性が高くなるとされる。
 世界銀行の「所得分配状況調査」によるジニ係数(2008年版)、パラグアイが最悪で58.4、次いで東アフリカ57.8、ブラジル56.6がワースト3を占め、主要国では、中国が46.9、アメリカ40.8、ロシア39.9、日本は33.2、ドイツが上位から2番目で28.3、1位のノルウェーは25.8である。2011年版では、ワーストと1位がブラジルで53.9、次いでタイ53.6、メキシコ51.7、主要国ではロシアが42.3、中国41.5、アメリカ40.1、日本は34.9、ドイツは4位で28.8、ベスト1位はウクライナの27.5で、総体的に見ると、南米諸国や中国などの自由資本主義体制を採り入れた新興国の急成長過程で貧富格差が増大すること、またこういった国では、国民の不満が高まり、デモなどの反乱が頻発していること、北欧諸国の安定感が良いこと、EU諸国ではこの改善が、日本は逆にこの改悪が進んだという世界的傾向が窺え、独立を果たした豊かなウクライナをロシアが離したくなくて介入し、ウクライナがこれを拒んだ背景も見えてくる。
 平等・不平等の問題を考える場合、最も理解し易い所得分配の指標だが、但し上記の数値の根拠となる所得の計上基準は国によって異なり、正確な国際的統一基準は不明確な点もあり、その修正は容易でないので、あくまでも参考データと考えねばならないが、それでも各国の傾向は窺え、通常、40%を超えると格差の偏重傾向が見られるので要注意、60%を超えると社会不安が起きる危険ラインとされており、日本は高齢化が進んでいるので高い数値になるとも言われるが、その要注意水準値に近づきつつあるし、この他のデータの貧困率でも、主要先進国では1位アメリカの17.1%に次ぐ2位15.3%なので、早目にこれを改めるために、為政者の意識刷新や税制再検討など政策転換の配慮が必要といえよう。
 日本の国民が、統計数値以上に所得配分の不平等や格差を強く感じるのは、国家運営の将来ビジョンが明確に提示されず小手先の政策に追われているので、将来に希望が持てず不安感が拭い去れないこと、大企業や富裕者優遇政策や経済成長優先の一方で、その負担や犠牲を社会的弱者に皺寄せする政治姿勢、消費税増税率を下回る賃金上昇率、消費の手控えというより、庶民は消費をしたくてもその余裕がないなどの実態を政府が理解しようとしないことへの不満、平等性を無視した雇用体系による身分や待遇格差の黙認、社長と被雇用者の平均賃金との差が大きく、特に外人社長の飛び抜けた厚遇に納得出来ないこと、富裕層に有利な所得フローへ課税が主体で資産ストックへの課税が甘い税制への不満などによる。
 経済発展のための基本要素は国民のやる気や活気など心のあり方によるのと、為政者に対する信頼にかかる。「信なくば、国家も企業も成り立たない」!。

著者プロフィール

経済評論家・ビジネスドクター 芦屋 暁(あしや さとる)

幼少期の貧苦体験から「十分な教養があれば民族も国家も企業も個人も安泰」との信念を抱き、一生涯を人間能力の開発と日本経済・産業の発展に捧げる1本の杭になろうと決意し、都市銀行勤務を中退してフリーの経済評論家・経営コンサルタントの道に転身、大学の教鞭やマスコミ出演を経つつ、過去通算で全国約3千市町村を講演歴訪した実績を持ち現在に至る。庶民派で皮膚感覚の簡明率直な解説がモットー。

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