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原点を失念した減点回帰

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公開日付:2013.11.01

「論語読みの論語知らず」とは、論語を書物の上ではよく読んで理解しているが、その立派な教訓を実践し得ない者のことをいうものだが、これによく似た現象として、近年、道に迷ったり、行き詰まったり、苦難に直面すると、「原点回帰が大切だ」とよく言われるが、そういう政治家や経営者に限って、案外、その原点を正しく理解せず、過去の反省せず、実行もしないといったことが多いようである。
好ましい国家や経済、企業の発展の原点とは、本稿でもことあるごとに強調してきたことであるが、「経世(国)済民」、つまり、巧みな国や経済や事業の運営を通じて、それに所属し、その施策を期待し信頼し、それに従おうとする国民や民衆、従業員の安心や安全を図り、その生活の安定と向上発展を保障すること」であり、また「最大多数者の最大幸福の実現を目指す社会的行為」と表現されることもある。
経済や経営の「経」の字義は、「一定の守るべき道徳の枠」、「物事の正しい筋道(道理)を貫くこと、「済」の字義は、「モノやカネの取引の決済、始末をきちんとつけること」、運営や経営の「営」の字義は、「あらゆる手法を講じて、経済発展や事業経営などに必要なモノ・カネ・ヒト・土地(市場)・情報などといった諸要素をうまく使いこなし、所期の目的や成果を達成すること」であり、そのために効率化や合理化が要求されるのであり、支配者の合理化のために、民衆を苦難に陥れるというのでは、効率の「率」の字義である「双方の力が均衡している様」にも反し、効率的・合理的とはいえず、本末転倒である。
従って、この原点の理念を忘却し、大多数の善良な民衆の犠牲や、恵まれた立場にある優越的な強者が、不利な条件下にある弱者を、力任せの争いや過当な価格競争で屈服させたり、値上げ操作で濡れ手で粟のような大儲けをする者があれば、逆にその影で大損を背負わされる者が必ず存在することを承知の上で、市場相場のマネーゲームで差益稼ぎを図るなど、巨大な富や権益を得るためには、他者の不幸は省みず、手段を選ばずで、少数の特定者だけが勝ち組として優位に立ち世の中を支配するといったような現代の主流を成す思考や行動は、決して好ましい繁栄や幸福の姿ではなく、世の中の真理にも反する行為なので、永続発展は望めない。
このことは、1990年代のわが国バブル経済破綻の悲劇や、我欲の主張と強引さで急成長を遂げ巨大化し過ぎ、極端な貧富格差を招いた結果の、昨今のアメリカや中国の矛盾の露呈や社会の混乱による独占的繁栄の挫折、現代の世界的な動乱と不安定さ、豊かさの一方での困窮と精神的荒廃が物語っている。
経済や社会生活の自由さや競争の必要性を全面的に否定をするものではないが、物事にはすべて「節度と適度と限度」を知ることが必要であり、自由さの反面では「自主と自律と自己責任」が要求され、競争にも「自己本位のエゴな要求の斗争、力任せの醜い争いの闘争」などといった好ましくない競争もあれば、「技術の練成を競い合う競争や、互いに良きライバルを得て諌め合い刺激し合って、共に成長しようとする諫争」などといった好ましい競い合いもあるので、共に「譲り合い、許しあい、ゆとり」を持ち、これらの程よいバランスを保持し得てこそ、本当の全人類の豊かさと安全・安心が保障され、幸福が実現されるといえ、これまでの財物的豊かさの追求一辺倒の理念を、原点に立ち帰って根本的に「物心一如の豊かさ追求」に改めない限り、過去の過ちを反省もせず、性懲りもなく目先の見せ掛けの博打的景気回復に酔うばかりというのでは、過去の失敗例を再び踏襲するような「減点の回帰」でしかなく、将来の地球世界が、現在より良い環境になるという保障はない。成功を祈念するばかりでしかないアベノミクスの成否に対する一抹の不安感が払拭しきれないのも、ここまで踏み込めていない点にある。
経済成長発展の原理としては、先ず基本的要素としては、国民の士気・鋭気・勇気・才気などといった主として人間の心と才能の有無にかかるが、アベノミクスでは、首相の強気なアナウンス効果狙いの所信表明で、取り敢えず株価の反転上昇や行過ぎた円高の調整には効果が表れ、合理的根拠によらず気分次第で躁鬱・明暗両極端に振れやすい民衆に一抹の期待を抱かせ、閉塞感の打破にはなった。
しかしこれはあくまでも、一時的な刺激で病気の進行を抑制し元気づける劇薬投与の対症療法に過ぎないものであり、国家の未来を遠謀した根本的な日本の実体経済面の体質強化や構造改革に着手したとはいえず、しかも経済成長策というアクセルと、需要者側の庶民への増税というブレーキを同時に踏むといった矛盾もあり、その持続性と安定感に不安と疑問が残り、反動の副作用が怖いし、自立性も乏しいので、海外情勢が急変すれば、思惑が脆くも崩れる危険性も多分にある。
その上に経済発展のための直接的要素のモノ・カネ・ヒト・土地・制度の面から考察しても、モノの要素の諸資源入手難とコスト高、カネの要素では国債発行残高が1千兆円をついに上回るといった国家財政の脆弱化、実体経済の好転に直接的に好影響を及ぼす前向きで生産的な企業投資資金需要が未だ不十分であり、このような状態では、大胆な金融緩和による資金が、雇用の改善、賃上げ、消費需要の拡大、本格的な景気回復に回らず、非建設的なマネーゲームや一部富裕者の思惑投資、不健全な物価上昇となりかねない。ヒトの面では人口、とりわけ労働力人口の減少、少子高齢化、勤労意識の変化もあり、労働生産性向上の限界も見え始めている。
経済の安定的成長の原理である「需要と供給の均衡化」といった面でも、供給拡大への配慮が主で、肝心の国内需要の拡大の配慮や具体的な手の打ち方は不十分、コスト要素面では、金融コストだけは低金利政策が従来から続いており、もうこれ以上の金融政策面からの景気刺激策は打ち難く、コスト要素としては、資源・労働コストの上昇は国際的価格競争のマイナス要因となる。
景気浮上に必要な3段ロケットの手順の面から考察すると、第1弾の輸出は、基礎資源不足やコスト面、海洋国という立地条件などから、もともと日本は不利なハンディキャップを背負っており、個々の企業の生産の合理化や賃金抑制による輸出価格競争力の強化も限界に達しつつある。
第2弾の民間企業投資の面では、建設的な分野での国内企業投資、とりわけ中小企業の設備の近代化などといった生産的設備投資には積極性が未だに感じられず、大企業は生産拠点は海外でといった風潮は改まっておらず、直接的な企業の業績向上には結びつかない政府のインフラ整備などの公共投資頼みとなっている。
景気浮上に最も強い影響力を持つ第3弾の個人消費の回復については、人口増加が減少に転じた上に、雇用の増大や賃上げの大幅な向上が望み難く、大型耐久消費財の需要も一巡し買換え需要しか望めず、今後は税負担増や公共社会福祉の削減もあるので、庶民の財布の紐が急激に緩み、それほど大きな消費需要の拡大は期待出来ないとものと考えるべきであり、新ヒット商品の出現が持たれる。
このように日本がおかれている諸般の事情を勘案すると、将来の日本は、明治維新以来は、欧米流の近代国家を目指して富国強兵、殖産振興、第2次世界大戦の敗戦後はアメリカ亜流の経済大国を目指すという、身の程を弁えない背伸びをした大国主義の道を歩み、消費需要より生産供給力の増強を優先し、生産供給力の国内だけでの消費需要には限界があるので、その余剰分を海外需要に期待し、輸出増強に依存して、その拡大と低価格競争に挑んできたが、今後は、外観的・量的大きさや低価格の競争でなく、質と内容による非価格競争における優位性確保、国民一人当たりの所得など、その内容の充実で勝負するというように抜本的に転換する必要があり、経済大国より、そのおかれた環境と特性を活かした独自性のある「小さくても偉大な国」として、風格ある、高度技術先進国、高品質製品の非価格競争と無公害・省エネルギーのクリーンビジネスで国際的優位性を持つ、企業の収益優先より庶民生活の向上に主眼を置き、好ましい経済の原点を踏まえ、永久平和を希求する真の「民衆主義・智衆社会」の世界のモデル国家としての再興隆を図るために、基礎構造から根本的に改革するべきである。
それは弱気な経済論、縮小均衡の消極論だ、単なる理想論だなどといった次元の問題ではなく、もっと崇高な次元での思考、全世界・全人類の将来を深慮した「幸福の価値観や哲学的理念の選択」という重大な抜本的改善策の提言である。
次に競争の原理に関しては、自然界には「弱肉強食」という大原則があること、それと同時に「共生・共存・共栄の原則」もあり、特定者だけの独占的覇権や永遠の優位性は保障されていないこと、「強者には強者なり、弱者には弱者なりの節度と生き様がある」といういことであり、この秩序を守れば、自然生態系の循環論で、それぞれが相互作用しあって安定して生きられ、この原則に反すなら、結局は勝ち組も負け組みもない共倒れの全滅、ゼロサム・ゲームになるということである。
消費税の増税策の是非については、「税制にその国の考え方が象徴され、それで国家の進路が決まり、その遵法姿勢で国民の理性や風格が見える」といえる。
こういった観点では、安倍自民党内閣の正体は、自由・公明党の連立内閣が決して磐石の一枚岩ではなく、海水塩分交じりのセメントでこね回し、理念の一致より党利党略の打算による玉石混交のさざれ石結集のようなもので、状況の変化次第では、いつ内部分裂するかわからぬ脆さを秘めていること、アメリカ迎合と財界・富裕者優遇の一方で、声なき社会的弱者への皺寄せ冷遇姿勢であること、国家財政の健全化と景気回復は同時進行で可能であるといったまやかしの論理で、各方面に飴玉を少しづつばら撒いて非難の声を薄めようとし、優先順位を決めた長期戦略的国家再建計画が不明確で、結局は二兎を追うものは一兎をも燃えずとなりかねないと懸念される、危険な賭けに出たということなどが鮮明になった。
消費税の増税などの税制見直しに際しては、その使途を明確にして厳守すること、巨額な消費者からの預かり消費税の脱税の解消を徹底すること、欧米並みの生活必需物資の非課税制度導入や、不要な高額贅沢品への効率課税品、富裕者への資産税課税優遇策を見直すことなどで、消費税の逆累進性を是正し、併せて税の本来的機能である富の再配分の適正化や、小さな政府で民間の活力に期待するというのなら、真に民主的な税制である自発的自主申告による直接税の所得税課税制度を主体とし、政府には景気に関係なく安定的税収となる消費税などの間接税比率の低下を図るなど、よりきめ細やかな税制を検討することこそが、課税の根拠の原点に立ち帰るということになろう。
昨今、狡猾な霞ヶ関の役人の策略とマスコミの抱きこみで、「東日本地震の復興のためには増税は止むを得ない」、「日本がギリシャの二の舞にならないためには増税も止むを得ない」、「日本の税負担率は先進国と比較しても低いので、増税は必要だ」などといった意図的世論形成がなされ、不当な財政支出の見直し論がすっかり霞んでしまったが、こんな誤魔化しに騙されることなく、この際、納税資金の使途と財政運営の適正化を追求する目と声も緩めてはならない。
単純素朴に述べると景気が良いとは、国家や企業や国民の懐具合が潤沢であることであり、お金が沢山集まっているところが経済的に豊かだということになるが、そのお金(富)は、人々がモノの生産やサービスの提供などといった生産分野で、智恵と身体を用いて働いて稼ぎ出し、そこから生産に要した費用を賄い、その差額として所得(売り上げ-費用=利益。場合によっては費用>売上げで経費倒れの損失となることもある)を得るものである。
その所得を、国家運営の費用や公共サービスの利用料として負担すする諸種の租税公課や、勤労者の労働の対価としての給与、将来の再生産に役立てる企業の設備投資や新製品・技術の研究開発などに適正に分配し、国民はその分配金から生活物資購入などの消費活動をしたり、将来の生活設計や不時の災害に備えて貯蓄や証券投資に回し、その貯蓄は銀行を通じて産業界や住宅ローンなどに再投資され、それで企業は再生産に励むという循環活動をして経済は成り立っている。
経済活動はこのように、①生産、②所得、③分配、④消費、⑤貯蓄・投資の5場面で展開され、国民はこのいずれかの分野に関与し恩恵も受けているのだから、経済運営は国民オールスター・キャストで営まれているといえ、また「お金は天下の回りもの」といわれるように、その分配が適正で、経済のサイクル活動や、資金循環が円滑であること、需要に見合った適正な供給が維持されていることが、経済活動が活発で順調だということになる。
ところがアメリカが主導してきた近年の自由市場・金融資本主義による日本のみならず世界の経済運営では、この単純な基本原理を忘却し、需要に見合わない生産の拡大ばかりに注力し、その余剰生産分の輸出競争を激化させたり、富の再配分の不適正さから貧富格差・地域格差の増大や、大衆消費の不振を招いたり、限度を超え他借金生活の推奨で住宅建設のバブル経済破綻の悲劇を生み出したり、需要と供給の不均衡から資源や領土の獲得競争を加熱させたり、企業活動でも、本来の事業活動による収益より、実体経済にも寄与しないマネーゲーム(お金の投資というより短期的相場差益稼ぎの投機活動、博打経済行為)の営業外収益稼ぎに主眼を置くなどといった傾向が強まり、その結果、世界経済秩序の混乱や不安定化、景気循環周期乱調、産業・企業寿命の短縮化、株価や為替相場の異常な乱高下、国際紛争の増発、産業公害の深刻化、地球自然環境の破綻、地球の温暖化と異常気象、人類生活の未来に対する不安感の増大や希望の喪失、物質文明発展の一方での精神文明の衰退と社会秩の荒廃などといった「豊かさ弊害」ともいうべき多くの問題を招来することとなった。
アメリカの謀略による金融ビッグバン(Bangには叩き潰すという意味が含まれる)の結果、金融機構の再編成や銀行の大統合、合理化、証券化が進められたが、これにより本来の銀行の社会の公器、手堅い信用供与産業という原点まで放棄され、すっかり収益至上主義の冷徹な金貸し業となり、すっかり社会的信頼を失墜し、金融業界での地位を低下させてしまったし、金融自由化の家元であったアメリカにおいでも、サブプライム・ローンの不良債権増発でリーマン・ショックと称された金融不安、経済大混乱が生じ、全世界に大きな悪影響を及ぼした。
金融は経済活動の血液循環であり、その仲介役である銀行は信用・安全・堅実経営を第一とする保守的な、「貸すも良識、貸すべきでない業界や顧客には、貸さないことも良識」をモットーとした、経済界のホイッスル・ブローワー(警笛吹き役)であったのだ。それが証券化で変動相場に左右される不安定なものになるということは、血圧の上下変動が激しく、コントロールできなく不安定になるのと同じであり、好ましい症状ではない。
現在のわが国の年号である「平成」は、「内平らにして外成る」、即ち内政が安定・充実していてこそ、世界の諸外国との外交交渉も貿易や金融などの経済取引も、文化や観光などの国際的交流や、各種の支援などの国際貢献も、活発・円滑に進められ、成り立つという崇高な理念を込めたものである。
これを具現化するためには、国政に対する国内・海外諸国からの信頼と支持を得ることが必要だが、それには国家運営の理念が、自国のエゴや排他的・闘争的でなく、論理的にも正しく、情勢次第でブレない強い哲学的信念に裏づけされた一貫性があり、適切で明確な将来ビジョンを持っており、どっしりとして穏やかな安定感・安心感と風格があることである。
そのような国家とは、外観の装飾に満ちた豪華さや奇抜なデザイン、威圧感のある大きく高い欧米風の建造物ではなく、それはあたかも、素朴ながらも、名匠の良心的な魂と精巧な技術と心血が込められ、周囲の環境ともマッチして違和感がなく、バランス感覚もよく安定感があり、見飽きぬ美しさと風格がにじみ出ており、それでいて耐震性・耐久性もあるといった、日本の仏教建造物の傑作大仏殿のようなものである。
最大多数者の最大幸福の実現を目指すのが好ましい国家運営や経済繁栄の原点であれば、それは「民の竃は潤いにけり」、民衆生活の安心と安定、平等と公正さに第一義を置くこと。その精神と技能を元来の日本は持っていたのである。

著者プロフィール

経済評論家・ビジネスドクター 芦屋 暁(あしや さとる)

幼少期の貧苦体験から「十分な教養があれば民族も国家も企業も個人も安泰」との信念を抱き、一生涯を人間能力の開発と日本経済・産業の発展に捧げる1本の杭になろうと決意し、都市銀行勤務を中退してフリーの経済評論家・経営コンサルタントの道に転身、大学の教鞭やマスコミ出演を経つつ、過去通算で全国約3千市町村を講演歴訪した実績を持ち現在に至る。庶民派で皮膚感覚の簡明率直な解説がモットー。

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