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将来の日本再興にはドイツとスイスを参考とせよ!

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公開日付:2013.10.18

「島の掟」という熟語があるのをご存知だろうか?。これは「大きな島では大きな動植物がよく育ち、小さな島では小さな動植物しか育たない」というものである。
強大な動植物は、種族生存のために大量の獲物を必要とするから、必然的に豊かで広大な領地を求めるからであり、またそれゆえに、獲物の捕獲能力や産み落とした子供を保護する力も強く、その子供がまだ幼少で養育を必要とする段階で、外敵に襲われたり病死で間引かれる率も低いので、一回に産む子供の数も少ないし、その分、自立するまでの保育期間も長いという。
一方小さな島では食料も少ないので、棲息し得る動物の数にも、体格の大きさにも自ずと制約があるので、小さな動物しか育たず、ゆえに繁殖力も弱く、間引かれる率が高いので、それを見込んで産み落とす子供の数も多産で、外敵に対抗するために自立に要する日時が短いという。
弱肉強食といえば強者のエゴで残酷なように思えるが、たとえ強者といえども、その優れた捕食力を有しながらも、決して全ての獲物を独占的に捕殺しようとせず、自分が満腹になればそれ以上の捕殺はせず、多種族にも獲物を譲り合う。
このようにして自然界では、合理的な秩序の維持で生態系の保全と、大小・強弱多様な種族の共生・共存・共栄を図っているということを示唆するのが「島の掟」という熟語の真意である。
人類もその自然界に棲息する多様な動物の一員であるから、この自然界の掟に従ってこそ、種族の繁栄が保障されるということである。
近年は、領土が広く自然環境にも恵まれ特定大国の都合が良いようなグローバル・スタンダードやTPPなど自由貿易協定の押し付け的設定が、世界秩序の主体をなす考え方となっているようだが、これは大自然の摂理に反するものであり、決して完全無欠の普遍的真理でも、永続性のある理想の姿でもない。
この他にも大自然界の摂理には、「物極必反」、つまり太古の恐竜絶滅の悲劇のように、「大きいだけが良いこと」ではなく、何事も「限度を超えて巨大化し過ぎると、必ず反転し、分裂や崩壊、衰退の途を辿る」ので、環境や自己の能力に応じた分限を弁えよとか、「大は大なり、小は小なりの存在価値や生き様があり、それぞれが互いに作用し、影響し合ってこそ、潤いのある環境となり、万全の体勢が整い、共生・共存・共栄が可能となる」とか、自然環境の変化に適応し得るものが生き残れるという「適者生存」、自然の供給・包容力に適した量なら生存し得るが、その適量を超えると共倒れになるので、間引き衰退という自浄、調整力が働くという「適量安泰」、種族の活力維持と存続・保全のための「生者必滅」や「新陳代謝」などといった基本原則も存在する。
このことは、人工的、幾何学的に整った西洋の庭園は、一見美しいが、見飽きるのも早いのに対し、自然の持ち味を最大限に活かし、一見まとまりがない大小さまざまな自然石や樹木を巧みに組み合わせ、四季折々の花を咲かせ、個々では雑然としているようでも全体としての統一美がある日本庭園の方が、見飽きぬ変化の美しさや潤いがあると欧米人も認め、画一的なレンガやブロック積みの塀や石垣より、乱積みの日本の城の石垣の方が頑丈であることなどからもご理解願えよう。
「文化(Culture)」の語源にも、こういった崇高な大自然の摂理を無視し、人為的な技能などの働きかけで打破・克服し、人類世界の永遠の発展が獲得できると考えることは、理性ある種族であるべき人間の思い上がりというべきものであり、その行き過ぎがあると、必ず自然界からの厳しい警告の苦難が与えられよう。
だから、「文化(Culture)」の語源には、適度に耕された自然という意味が込められており、その乱開発は好ましくなく、厳に慎むべきものであろう。
従って、21世紀を迎えた世界の国家運営や経済政策、企業経営戦略などにおいても、各国それぞれなりの置かれた環境条件や事情に応じた方策があって然るべきであり、それを大国のエゴとその尺度での画一化を押し付けるのではなく、お互いに他国の立場や事情を認め合うことこそが、真の自由化やグローバル化、諸規制の撤廃であり、国際化時代のあるべき姿というものでなければならず、産業革命以降から20世紀末にかけて行われてきた自然環境の破壊による財物的豊かさの追求、そのための領地や諸資源獲得競争での国家や民族間対立や戦争多発、その結果としての地球規模の異常気象、精神文明の荒廃、貧富格差の増大、地球社会の秩序大混乱が、21世紀に入り極限に達し、それをリードしてきた資本主義大国の理念や手法の歪と弊害が一斉に露顕するに至り、閉塞状態に陥ったのも当然であり、その行き過ぎの反省と修正を求める気運が急速に高まってきた今、世界も日本も、大きな転機を迎えている。
その場合、アベノミクスの差し当たりの金融政策による株価の上昇、デフレからの脱却、景気回復による人気取り政策に止まらず、長期的展望に立つ未来の国家像や経済・産業政策、国民生活の安全・安心と幸福の実現を探求するには、従来のようなアメリカ一辺倒の亜流や追従でなく、日本が参考とすべきは、EUの経済的リーダーであるドイツと、欧州の小さな優等生スイスであると考える。
そもそも戦後、戦勝国アメリカの占領政策の影響を受けたという止む得ぬ事情もあったが、あまりにも国土面積の広さや保有資源の豊富さなどといった環境や、国民性に違いがあり過ぎるにもかかわらず、アメリカの亜流で良しとして追従し、すっかり自国なりの主体性を持った国家作りの理念や特性発揮を失念し、挙句に、いいようにあしらわれ、利用され、振り回されて、狡猾なアメリカの日本褒め殺しの罠に嵌められてきたことに、現在の日本の苦境と混乱の原因があったとさえいえるのではなかろうか。
筆者がかねがね、「アメリカの絶頂期は20世紀末を以って終った」とか、アメリカ一倒を改め、少し距離を置いて、堂々と対等の立場でイエスとノーのはっきり言える日本になるべきと主張してきた所以もここにある。
その点ドイツやスイスは、わが国と相似した点が多々あり、経済の外観的大きさより、その内容や質が優れていることや、独自の国家運営理念や政策への自信など、今後の品格ある国日本としての再興隆を目指すにあたり、参考とすべきことが多い。
先ずドイツ連邦共和国は、国勢主要数値で見るとは、国土面積が357千平方キロメートル、人口8,280万人、人口密度232人/平方キロメートル、国民総所得(GNI)36,712億ドル、国民1人当たりGNIが44千ドル、輸出14,104億ドル、輸入11,686億ドル、輸出依存率41.0%、輸入依存率34.9%、GDP対輸出比率54%で、規模的にも日本と似通った良きライバル国といえる。
「似て非なるもの」という言葉があるが、日本とドイツでは「似も非もある」というべきで、それぞれに、それぞれなりの良い点もあれば問題点もあるが、戦前の知識・技術移入や同盟国関係であったというだけでなく、お互いに通じ合うものがあり、好意を寄せ合っている好関係の国はなく、常に支配と従属といった上から目線で日本を見ているアメリカとの関係とは大違いである。
第一次、第二次世界大戦の敗北から再び立ち上がり、欧州を、世界をリードする有力国となったことや、優れた技術力、輸出に力を入れていること、伝統を誇る中小企業のウエイトが高いこと、勤勉な国民性などにおいてわが国と似ており、とりわけ、やや教条主義ともいわれるが、脱税や納税資金の不当な支出の追及が厳しいなど社会規範の遵守姿勢、質実剛健で論理的・合理的な国民性、毅然とした国際的発言と影響力、輸出依存度がわが国より高いのに国際的に非難・警戒されることがないこと、画一的な大量生産品の安売り競争を狙わないこと、過去の戦争の敗北からの反省と後始末のつけ方、主体性を持った新国家の再建姿勢などでは、近年の日本以上に優れたものがあり、見習うべき点である。
ドイツのビジネス風土を一言で表現すると、「愛社精神より愛職精神」、「職位より職能への誇り」、「沈黙は無能なり」の3項といえようか。
日本でいえば江戸時代の水戸藩士に似ており、純粋、実直で一本気、原則や規則を重んじ理論好きで、自分が信じたことは頑固に主張を曲げず、一途に徹底してやる。
日本も原則を重んじる風潮が強い国の方だが、ただ日本では原則尊重といっても、例外を援用する抜け穴が多く、それは事情を勘案した柔軟な融通性というより、特別な意図からの優遇といった曖昧さが多分にある点が異なる。
日本では就職に際しても、社会的評価にしても、個人の人間性や能力より、所属企業の規模の大小や知名度の選択に主眼を置き、企業が人柄を選び、担当職務の階級に拘り、それも、役員や部長や課長といっても、その企業内だけの地位や勤務年数に応じたエスカレーター型の能力評価であり、社会的な水平的実力水準を意味せず、他社に転職した場合、全く通用しないケースも多い。どの会社に就職すれば自分の能力を見出し、身に着けさせてもらえるかを期待する受動姿勢、発言は上司や年長者に準じて自己主張を控え、社員教育においても、誰にも平均的能力と他分野の職能にも対応できるような薄く幅広い普遍的能力育成の教育など、「愛社精神」、「寡黙さ」は美徳、「質が伴わない肩書きや階級への拘り」などが主体である。
それに対してドイツでは、どの企業や職場が自分の職能発揮に最も適しているか、人が仕事を見つけ、職階や職能は、所属企業固有の水準でなく、社会的に水平な水準の能力であるから、企業の大小や知名度に関係なく、例えば「職長(マイスター)といえば、大企業でも小企業でも、それに相応しい実力を備え、どの企業に転職しても十分に通用し、待遇の差も無い。社員教育も、日本と同様に注力し熱心だが、総合的管理職能と特性を活かす専門職能教育とを明確に分化し、それを自由選択させ、それぞれ誇りを持って働き、労働も休暇をとることも、義務感より権利であるとする「愛職精神」が主体、発言は職階などに関係なく積極的で、むしろ発言しないのは無能とみなされといったことなどは、わが国とは大いに異なる。
職人気質がある点でも日本と似ているが、やや不器用で、個々人の器用さでは日本の方が優っているように感じるが、それだけにこれをカバーするため、ドイツは誰でも使いこなしやすい、それもデザインなどでの高付加価値に拘るより、実用本位で機能性に拘ったシンプル・イズ・ベストという工作機械や工具の開発に優れ、組織全体としてそれをうまく纏め上げ、巧みな職人集団のチームワークとシナジー効果(能力の結集・相乗効果)を発揮している。
ちなみに、現代世界の金融資本経済を支配している、読みと逃げ足の速いユダヤ系アメリカンは、開発に期間のコストと苦労がかかり、しかも設備投資の回収が遅く、陳腐化が早く、簡単に撤収も出来ない割には儲からないので投資効率が悪いとされる製造業には一切手を出さないといわれるが、ドイツはこの分野を得意としているから、彼らと真っ向勝負することなく、輸出依存率が高くても、輸出市場競争において、日本ほど他国から非難されマークされることも少ない。
スイス連邦は、その正式英語が「SwissFederal」である通り、26のカントン(自治州)、行政区分としては更に細かくて2,780のゲマインデ(基礎自治体)からなる連邦国家で、フランス、ドイツ、オーストリア、イタリアの4カ国と、名峰マッターホルンなどヨーロッパ・アルプスの高い山脈に囲まれ、海洋に面しない内陸の起伏に富んだ比較的に小さな山国ではあるが、ヨーロッパ最大の超名門貴族であったハプスブルグ家発祥の地であり、歴史的に周辺諸国の侵入や影響を受けながらも、その地形的特質を活かして、独特な地方自治実体制を固め、これを結集して連邦国家化を形成し、世界で唯一の永世武装中立を宣言した特徴ある国であり、国際的に孤立化していると思えるが、民族構成は、ドイツ系が63.7%、フランス系20.4%、イタリア系6.4%%、ロマンシュ系その他が8.5%と混在していて複雑で、ドイツ語、フランス語、イタリア語、ロマンシュ語が公用語となっており、それに英語も普及しており、多くの国民は通常その5種の言語うちの3ヶ国語は話せるという中央ヨーロッパの縮図のような国ともいえ、国際的な国家でもある。
21世紀を向かえEU経済圏の発展もあり、いつまでも永世中立では、南欧の地中海商業経済圏からも、北欧の北海・バルト商業経済圏からも取り残されてしまうのではとの懸念から、国民意識も変化してきたので、近年は、国際連盟に加入する申請を出すなど、国際協調を一段と進めつつあり、主産業は牧畜、酪農、繊維産業、精密機械産業と、それに観光立国を目指しており、年間観光入り込み客数は人口の10倍以上というし、顧客の秘密性堅持などで金融機関への信頼度は抜群に強い。
スイスの国民性は、地味ながらも芯が強く、独立、自律・自助の精神に富み、実直で頑固、勤勉では早寝早起き、警戒心、猜疑心が強く、何事にも慎重で、身の程を弁え、決して無謀な冒険や投機的行為、虚勢を張った背伸びや無理はしない。
国勢の主要数値は、国土面積が41千平方キロメートルと日本の九州よりやや狭い程度でしかなく、人口は8百万人、人口密度194人/平方キロメートル、国民総所得(GNI)6,776億ドル、国民一人当たりGNIは87千ドル、貿易面では、輸出2,142億ドル、輸入1,883億ドル、輸出依存率34%、輸入依存率32%、GDP対輸出比率が52%である。
これをわが国と比較すると、規模的には当然日本より小さいが、内容的には、国民一人当たりGNIが日本より高く、世界のベスト10以内を維持し続けており、貿易事情は輸出・輸入共に日本より依存度が高いが、それでも、スイスもまたドイツと同様、日本ほど世界各国から妬まれたり非難を浴びることはない。
このように国土面積が狭い上に起伏があり、山岳地帯や湖沼が大部分を占めるので、気象条件の変化も激しく、天然産業資源や食料資源に乏しく、国際経済取引環境として不利なこと、従ってそのハンディキャップを克服するために、勤勉でよく働くこと、観光に力を入れ、その外国からの観光客のもてなし方などは、現代の日本とよく似ているというより、古き良き日本を見ているようである。
しかし近年の日本と大きく異なり、わが国が参考とすべき点は、自国のおかれた環境条件や国民性の長・短所を正しく認識し、その特性を最大限に活かし、決して盲目的に先進巨大国の物真似や追従をせず、あくまでも自己流を堅持し、普及品の大量生産、安売り競争には参戦しないことを頑固なまでに貫き通して振れることがなく、謙虚に弱者の立場であることを認めた力の結集や隙間狙い、オンリーワンの保有などといった弱者の戦略に徹しながらも、その高度な精密技術、丹精を込めた超高級品を一品一品、顧客の希望に合わせ、商業採算性より丹精を込めて手作りする(たとえば1個数千万円もする超高級時計などは1職人が1ヶ月も掛けて全てつくるが、注文してから納入まで数年待ちといった状態でも、真の優良顧客は大満足で、家内工業的企業の利益も大きいが、それでも注文が絶えないという)職人気質を持ち、強気で上流客をターゲットとし、もてなしの心のサービス重視、自然環境を破壊せずに大切にし、それを荒らさずに上手に活かして調和的に、心豊かに生きること、きめ細かな社会福祉が充実していること、多様なゴミの分別収集が各自治体で徹底的に実行されていることなどに大きな自信と誇りを持っていることなどであろう。
このように考えると日本も、無理な背伸びをして、外観の大きさや量、画一的な規格化された製品の大量生産や安売り輸出競争には係わらず、内容的な良質差で勝負をすることに切り替えて独自の境地を開拓すべきであり、それが日本が保有する特性を最大発揮する得策でもあろう。
将来の日本国家再興隆を志向するには、他国の干渉や煽てに迷わされず、確固たる信念で、主体性と独自性のある未来の品格ある国家像を明確に描き直すこと、その品格ある内容と質で評価され、世界に貢献するための理念や手法は、今再び「温故知新」、過去の高度バブル成長や物質文明繁栄時代に築き上げられた既成概念を打破し、根本的に見直して、好ましい政治や経済の原点に立ち帰り、改めるべきは改め、自国のエゴだけでなく、世界的・国際的視野に立ち、その中で日本がどういう立場と役割を果たすべきかを考えることが肝要である。
それは、明治維新後の日本の近代国家建設を産業経済面から主導された当時の財界の雄渋沢栄一翁の、「外国の良い点は謙虚に見習いつつも、自国の伝統的な良風は堅持し続け、わが国流に巧みにアレンジする和魂洋才、右手に論語、左手には算盤を」といった崇高な理念と卓越した手法に通じるものである。

著者プロフィール

経済評論家・ビジネスドクター 芦屋 暁(あしや さとる)

幼少期の貧苦体験から「十分な教養があれば民族も国家も企業も個人も安泰」との信念を抱き、一生涯を人間能力の開発と日本経済・産業の発展に捧げる1本の杭になろうと決意し、都市銀行勤務を中退してフリーの経済評論家・経営コンサルタントの道に転身、大学の教鞭やマスコミ出演を経つつ、過去通算で全国約3千市町村を講演歴訪した実績を持ち現在に至る。庶民派で皮膚感覚の簡明率直な解説がモットー。

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