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日本の構造改革はどうあるべきか?

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公開日付:2013.09.06

21世紀を向かえ、地球自然の荒廃、温暖化と異常気象、エネルギー資源の枯渇化、経済活動のグローバル化、科学技術の進歩、人間の価値観の多様化や幸福の尺度の見直しなど、諸種の環境の変化から、近年、日本のみならず世界的にも大きな構造改革の必要が叫ばれるようになってきた。
しかしどのような構造に改革するのかについては、全世界の共通的な究極の理念や方向性、目的や目標は、「争いごとのない平和な世界の構築と、人類生活の幸福の実現」ということにあるようだが、それはあくまでも理想の姿であるといった段階であり、その実現に至る具体的な取り組み方となると、各国・各民族それぞれなりの政治的・経済的事情や思惑、価値観や意識、宗教や倫理観の差異もあり、何を、どのように改革するかについては、未だに統一的な見解がまとまっておらず、さまざまであり、またそれは今後も、余程の切実な必要性やインセンティブがない限り至難であり、人類永遠の課題ということであろう。
構造(Structure)とは、辞書の定義によれば、「種々の要素を組み合わせて構築された、国家や政治、経済、産業、社会などの仕組みや姿」とされ、改革とは、「現在の人間の思考法や、それに基づく体制や実情の不都合な点を、多数者が望むより好ましい状況に、基礎構造から改め組みかえること」となっており、単なる軌道修正や是正、部分的改善とは異なり、画期的で劇的な、「メタボリック(漸進的、新陳代謝的な段階的進化)」なものでなく「メタモルフィック(思いもしなかったほどの過激な体様や変質の変化)」なものである。
構造改革が必要とされる分野は、人間の幸福や豊かさの追求、快適な生活の維持に関する考え方や価値観、宗教観、政治、軍事、経済、産業、貿易、金融、労働、社会体制、医療・福祉、科学技術、教育などあらゆる方面に及び、実に多様であるが、どの分野の何を変えるかを解りやすくはっきりさせるため、それぞれにより「○○構造改革」と称されてきた。
本稿ではそれらの全てについて述べることは不可能なので経済構造の改革に主体を置いた見解を述べることとする。
しかし世の中の仕組みが複雑多様化し、他部門との関連を抜きにしては問題の解決が困難となり、それらは相互に影響し合い、とりわけグローバル化が進展し、国際交流が活発化した現代では、それは一国内の問題だけに止まらず、全世界に即座に影響するものとなるから、全地球、全人類の、部分的な改善や修正だけでなく、抜本的な取り組み姿勢、仕組みの改革まで深慮し着手しなければならないが、人間の全ての言動は、そのものの見方や考え方といった理念や意識から発するものであるから、正しい理念や意識へ変革こそが最も重要な分野であり、先ずそれから着手することが肝要であり、それが改革課題の成否を決定づける鍵となる。
従って経済構造の改革に取り組むにあたっても、こういった国際的視野と多方面の要素の、現在の状態の正しい認識と、その問題点や不都合な事項の分析と整理をし、将来のあるべき姿や目標を明確に策定し、その理想や目標と現状とのギャップを段階的にどう改めて行くかを模索し、そのための具体的な方策と手順を確立することが必要である。

(1)経済構造の改革を必要とする現代の世界情勢

前20世紀は、前半と後半とでは世界の情勢が大きく激しく変動した。概して、前半は世界規模の戦乱の時代、後半はイデオロギーの対立からの冷戦の終焉もあり、平和の持続と経済的繁栄の時代、世紀を総じては、武力戦争が経済・産業競争に変様したとはいえ、激動と競争、科学技術と物質文明の急速な進歩の世紀であったといえよう。
21世紀は、こういった前世紀後半の急速な経済発展や物質文明進展の反動や結果として、地球自然環境の乱開発と荒廃、産業公害の多発からの地球温暖化と異常気象、地球が内蔵するエネルギーや産業基礎資源など天然埋蔵資源の枯渇化、地域・国家間の貧富格差の顕著化、先進国における人口の増加率低下と少子高齢化の反面で、低開発国の人口爆発的増加、食料資源の窮乏化、物質文明の進歩の一方での精神文明の荒廃、地球全体としての供給力と需要の関係が、従来のような開拓技術が未熟な上に人口もそれほど多くなく、地球自然界が潜在供給余力を秘めていた「需要>供給」のモノ不足時代とは異なり、科学技術や効率的な大量生産システムの進歩もあって、「供給>需要」というように供給過剰というように、需給関係が逆転するという有史以来初めて味わう現象となり、その余剰供給分を処理するための新しい市場の奪い合いや輸出競争の激烈化、採算を度外視した低価格競争、国内経済発展に見切りをつけた産業の海外脱出、多国籍企業というより無国籍企業の増加、インフレ懸念よりデフレ経済体質化、儲けが薄くなった実体経済への投資より、楽してぼろ儲けが狙える金融市場のマネーゲームへの投資の過熱化などを招来することとなった。
しかしこの行き過ぎから、これまでの近代世界の思想や、政治、軍事、経済、産業などの主流として君臨してきた欧米流(それを主導してきたのはユダヤ系アメリカンとアングロサクソンの大資本)の自由・市場主義経済、金融資本主義経済や投資経済の錬金術、一部の大株主など優越者の収益至上と拝金主義、優越者本位のグローバル・スタンダードの押し付けと過当競争の仕掛け、謀略的な諜報・情宣活動などに綻びが生じ、その虚像と弊害が露呈することとなって、これらの抜本的な見直しと改革を求める良識者の声が世界的に高まり、多くの面で根本的な構造改革の必要に迫られることとなってきた。
わが国も、こういった近代の主流とみなされてきた勢力に従属し、その亜流に甘んじて良しとしてきたのだから、当然、世界中からこれら先進国と同罪視され、同様な混乱の苦境と、構造大改革の切実な必要に追い込まれている。
グローバル化が進展した結果、今や日本のみならず、世界の多数派を占める自由民主主義国の全ての主流をなす経済システムは、国際開放経済の自由貿易、市場万能の経済システムであり、イデオロギーや国家の政治体制を異にする共産・社会主義国までが、部分的にせよ、このシステムに同調しないと、国際社会から孤立して発展から取り残され、単独では国際的に十分活動し得ないので損をするといった状況になっている。
しかしその真の思惑や内容はといえば、各国間で実に大きな差異があり、決して磐石な一枚岩の安定的なものといえないのが実情であるが、各国それぞれなりに置かれた環境や事情、経済成熟度の違いがあるのだから、それも当然のことであろう。
こういった現在の国際開放の自由貿易や、自由闊達な市場経済システムを主張し主導しているのは、国土面積の広さや自国内保有生産資源の豊富さ、輸出競争力や軍事力の強さなど、恵まれた環境条件で世界の覇権を独占的に制して優越的な立場にあり、それでもなお自国の利益優先を前面に押し出してはばからない超大国アメリカであるが、そのシステムの中に取り込まれ、同じ傘の下の入って協調し、便益を共有しているように見える各国も、力の差が歴然とあるので、これに逆らっては損であり、勝ち馬に乗った方が有利だとの思惑と損得勘定から、止むなく同調しているような容姿を装っているのに過ぎず、心の真底では、決して現在の経済システムを優れた最良のものと全面的に認め、満足しているわけではない。
むしろ本心では、狡猾で独尊的なアメリカや、それを急追し、世界の生産工業国、世界経済の牽引国として、あっという間に世界第2位のGDPに成り上がった新興経済大国中国の、世界秩序を無視した傍若無人な横暴さ、軍事力の強化と経済力で近隣諸国を威圧し、隷属させ、世界覇権を制しようする企む野心に辟易し、不快の念と反感を抱き、これを抑制しようと警戒心を深める国が急速に増加しつつある。
従って超大国アメリカや中国の権威と信頼が揺らぎ、その指導力と威圧が弱まるような事態になれば、一気に現在の市場経済体制の不安定さの中の安定感は、その実体経済の裏付けなき脆さの馬脚を現して崩壊し、大混乱を世界中にもたらすこととなるであろう。

(2)アメリカ流の自由資本主義経済と市場万能主義の問題点

いつの時代でも、一つの極端に偏った政策の相次ぐ実施は、必ず「行き過ぎ」の羽目に陥るものである。たとえば、過去の日本でも、国民の知的水準の向上や企業者の高尚な倫理観からの自律、理性の自主規制の未熟さや、法整備の遅れがあるままの状態で、金融の自由化など、何でもかんでも自由化や民営化、競争原理などの拙速導入を進めた結果、それが必ずしも物価の安定、サービスや国民生活の向上、産業活動の効率化に結びつかず、かえって社会秩序の混乱や競争の激化、バブル経済の発声や、その破綻での大不況をもたらしたという苦い体験をしてきた。
行過ぎたアメリカの自由・資本主義経済、投資金融市場、市場経済の挫折も、急成長の反動で、中国や韓国の経済にバブル経済破綻の兆しや翳りが見え始めたのも、全てこの類であり、自由闊達な市場主義経済にも、その前提条件となる透明性と公正さ、ノブレス・オブリージェ(優越者が故に具備すべき理性と自律、義務と責任の負担、正義感と道徳倫理観に裏付けられた品格)が満たされたものでなければならないのであるが、昨今の市場経済は、この点に欠けている。
そもそも現在のアメリカ流の市場経済は、自由闊達な経済活動のインセンティブになるといえば聞こえが良いが、その実態は本来のスコットランドの経済学者で古典派経済学の始祖とされるアダム・スミスが提唱し世界経済政策の基調ともなった「為政者の過度な干渉や介入による人為的な統制や規制が無くても、民間の良識による健全で自然な市場機構での財貨やサービスの取引に委ねておけば、多少のタイムラグはあるとしても、やがては見えざる神の手に導かれて、その需要と供給の関係からの必然的な均衡化や価格の形成は、妥当な落ち着くべきところで落ち着き、社会的調整がなされるものである」とした名言にあるような市場経済システムの基本的な考え方とは異なったものとなってしまったのではなかろうか。
アダム・スミスが言う「神の見えざる手」とは、現代の経済学理論でいう市場原理主義のこと、つまり「消防、警察、国防などで、公共サービスに委ねた方が好ましい最低限の事項を例外として、他の社会経済活動の一切を、市場(民間の自由闊達な取引)の成り行きに任せた方が、為政者の意図での人為的な操作が入り込まず、ごく自然な需給関係から、妥当な量や価格が形成され(パレートの最適)、むしろありのままの正しい姿が表現される」という小さな政府の考え方が、現代の市場原理主義、市場万能経済の理論である。
これに対抗する理論としては、ケインズ学派の「市場経済は不完全なものであり、民衆の思惑や心理で大きく上下に振れる嫌いがあり、効果が表れるまでに時間も要し、反応が間接的で鈍くなるから、必要によっては強力な政府の財政出動などで景気を刺激したり調整する必要もある」というものである。
いずれにも一長一短があり、ケインズ理論はいわば不況やインフレ解消など非常時の対応理論といえなくもなく、要はその時々の情勢に適応する経済理論の使い分けと程度の妙、透明、公正、フエアーな市場運営という大前提が満たされていることこそが肝要といえる。
現在のアメリカ流の市場至上主義経済が批判されるようになったのは、この大前提が乱れ、社会主義国の独裁者や従来の為政者に替わる、ごく一部の優越的立場にある狡猾な特定大手投資家集団により仕組まれた市場となり、彼らの意図的な謀略情報の流布で、無知な大衆投資家の拝金欲望を煽りたて、投資証券市場に誘い込み、債権の小口化による転売などといった巧妙な金融工学の悪知恵ともいえる手法を駆使した金融派生商品を売りつけたり、相場を人為的に吊り上げて売り抜けし、濡れ手で粟のような巨額の富を稼ぎ、善良な大多数者に損を背負わせるといった、富の搾取的手法、マネーゲームの過熱が、実体経済と同調し、その実態を反映しなくなろうなど、目に余るようになり、投資というより投機的な博打相場、狡猾な錬金術の手段や舞台と化した、アンフエアーな不公正さにある。
そこでそうなる前に早目から、現在の行き過ぎた自由資本主義経済や金融経済体制、市場万能経済システムへの警戒感から、その見直しと、これに頼る経済構造の根本的な大改革を希求する世界の良識者の声が急速に高まってきたのであり、今世紀に入ってからは、まさにその兆候と気運が顕著になり、現実のものとなってきた。

(3)日本の構造改革課題と、そのあるべき姿

先にも述べたように、敗戦後の日本はすっかりアメリカ流に洗脳され、まるで属国であるかのように従属し、亜流に甘んじ、何事もその要求に従い顔色を窺いながら対応してきた。
しかしアメリカは、日本が期待し、忠実に協調してきたほど、日本に対して誠実だとはいえず、日本も一緒に仲良く儲けましょうというわけでなく、巧妙な褒め殺し謀略の罠を仕掛け、時には煽て時には脅して、都合よく利用し、不都合になれば見捨ててきたのある。
例えば、バブル破綻の不況で悩む日本に、親切ごかしに金融ビッグバンの効能を入れ知恵し、銀行の証券化を実施させたが、その本音は、経営不振に陥った日本の金融機関の支援ではなく、日本人が汗水を垂らして輸出で稼ぎ、貯め込んだ莫大な個人金融資産を、銀行の国際化や証券化で、アメリカの投資市場に吐き出させ、その運用力の差で、日本に損を負わせ、アメリカが大儲けをしようと企んだだけのことであり、日本はその罠に嵌められ褒め殺しにあったことは、先刻ご承知であろう。
そこで日本の国家構造大改革の課題としては、先ず第1に、特定国に隷属しその亜流に甘んじてきた卑屈な意識を、戦後半世紀以上も経たのだし、アメリカとは環境も事情も大きく異なるのだから、根本的に改め、自主独立の主権国家として、アメリカ一辺倒の隷属から脱皮し、少し距離を置いて「YesかNoか」をはっきりと言い合える、対等な良きパートナー関係を築くとともに、中立的立場の国としての利点を活かし、近隣アジア諸国やEU諸国、その他の各国・地域と多方面との互恵外交を目指すこと。
欧米先進諸国や中国・ロシアといった共産・社会主義諸国のような、政治、イデオロギー、宗教絡みの戦略的外交や経済支援でなく、純粋な日本の高度なノウハウや技術の指導と支援を世界は期待しているのだ。
第2は、長期的な将来遠望で、今後の日本をどんな理念の、どんな外観と内容の国にしたいかを考案するために、先ず、全国民の意識革新とインテリジェンスの向上を図り、その意思統一を目指すこと。
これまでの日本は何事につけ、事を成すための①正しい現状の認識、②的確な判断、③適切な操作、④冷静な結果評価と反省といった手順を間違ってきたし、タイミングの見計らいも悪く、先手でなく、常に問題が起きてからの泥縄的後追いの彌縫策の対応であった。特にやりっぱなしで、④の結果評価や反省を欠いてきた嫌いがある。
政治や企業経営など、全ての改革は、まず人間の意識と能力の革新からであり、表面的な制度や呼称は変えやすいが、魂の注入や内面からの改革なしでは、改革の成功は期待できない。
正しい理念とビジョンがあっての適切なポリシーの確立とプランニングの策定が可能となり、それに沿ってこそ、有意義な内容のプログラム設計やプロセスか決められ、計画的、段階的に目標必達成の道が辿れるのであり、これもこういった手順を踏み間違えないことが大切である。
第3に、安倍政権は憲法改正を急いでいるようだが、日本を将来どんな国にしたいかといった最も肝心なことは明示せず、そのために現憲法の何処が問題だから、どう改定したいかの具体的事項は曖昧のままでぼやかしたままで、ただ絶対多数の政権与党の力で何時でも、都合よく憲法改正が可能となるような、制約手続き述べた第26条の改定と、解釈の仕方で、自衛隊を海外派遣も可能な軍隊に格上げしようと焦っているようである。
憲法は国家運営の基本と、主権者である国民生活の安全、安心の保障を約束する国家の最高法規であるから、そう度々簡単に多数決で押し切り、安易に改定することは好ましくなく、恒久性のある重みのあるものと考えるべきであろう。現行の3分の2以上の賛成で、初めて改憲が可能というのを、2分の1以上でも可能なように改めるというのだが、投票率が40%程度と低い選挙で選出された組織票頼みの議員たちで、果たして国民の総意を代弁するものといえるだろうか。
つい最近までは2大政党並立が望ましいとしていたのが、今度は逆にねじれ国会が問題だから、全体多数の一党独裁が良いと急に変節するが、これでは成熟した民主主義国家とは言えず、良識の牽制ブレーキが利かなくなるので危険だ。
第4に、前記した国際情勢の変化傾向を深慮すると、もはや21世紀は、各国のエゴな利益や、競争での勝利を主張し得るような地球の状態ではない。
こんな狭量な人類に意識から先ず改革し、真のグローバル化とか自由化とは、国境を越え他国に出向いて商売をし、自国だけが儲けることの自由さ確保だといった感覚を捨て、全世界が一つの国家、全人類は一つの家族といった考え方に変えないと、このままでは、目前に迫った地球自然環境の変異、食料資源など限りある諸資源の枯渇化には対応しきれず、国家や地域間の争いが激化するばかりとなり、その結果は、勝者も敗者も無い、物質文明は栄えても精神文明は荒廃し、全人類の共倒れ破滅、地球の荒廃を招くことともなりかねないので、これを単なる理想論と無視してはならない。むしろ日本は、このような地球大改革推進の積極的な主唱国、リーディング国家を目指すべきであろう。
こんな時流になりつつあるのに、小さな離島の領有権や、核兵器武装、非論理的な宗教教義などの拘って、平和は世界の秩序を乱そうとするような国は、時代錯誤も甚だしい知的後進国であり、世界中から見放されて孤立し、いずれは内部崩壊するであろうから、むきになって相手にせず無視すべきだ。
第5は、好ましい政治や経済の原点に立ち返り、真の幸福や豊かさとは何かを根本的に考え直し、モアー・アンド・モアーの過剰欲求を戒め、貧富格差の是正と過当な競争の愚かさ解消を図ること。その調整は合理的な税制にかかるから、税制に国家の品格が表れるといわれるのである。
人間の欲求段階の基礎をなす安全・安心要求や公平・公正欲求を先ず満たすこと。人は誰しも、乏しきを憂うのでなく、等しからざるを憂い、そこから争いも発生するのであり、この点は国民の満足度調査で、財物的に豊でない国の方が、国民の満足度が高く、犯罪発生も少ないことが立証する。「財貨多きは徳傷る」ということか。
第6に、産業構造の二極分化、中小下請企業の犠牲による大企業の繁栄、企業生き残り策としてのリストラや、派遣労働者と正社員との賃金・待遇格差、相続・資産税の優遇の一方で、本当に救援すべき高齢者や困窮者福祉のカットなど、あらゆる面で見受けられるわが国の弱者への皺寄せ風潮を根底から改め、「頭寒足熱」の政策に転換すること。頭でっかち尻すぼみ、足細で弱いというのでは、人体も安定感がなく、上体を支えきれず転倒しやすくなるし、樹木も、根っこが痩せると、丈夫の枝葉も伸びずに枯れる。
このように考えると日本の構造改革も、先ず「心と足元の改革から始め」、「外観的体格の見栄えより内容的な体質改善に重点を置き」、「自国のエゴな繁栄より、世界全人類の共生・共栄」を念頭に地球規模の改革を進めよ」という結論となる。

著者プロフィール

経済評論家・ビジネスドクター 芦屋 暁(あしや さとる)

幼少期の貧苦体験から「十分な教養があれば民族も国家も企業も個人も安泰」との信念を抱き、一生涯を人間能力の開発と日本経済・産業の発展に捧げる1本の杭になろうと決意し、都市銀行勤務を中退してフリーの経済評論家・経営コンサルタントの道に転身、大学の教鞭やマスコミ出演を経つつ、過去通算で全国約3千市町村を講演歴訪した実績を持ち現在に至る。庶民派で皮膚感覚の簡明率直な解説がモットー。

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