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なぜ今、憲法改正を急ぐ必要があるのか?

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公開日付:2013.08.09

本稿執筆中の目下は、参議院議員選挙の終盤追い込み戦の真っ最中というデリケートな時期なので、筆者としても改憲に対する各党見解の直接的是非の論評は差し控える。
ただし、今回の選挙戦を通じて感じることは、各党・各候補者共に概してアベノミクスの行方、TPP参加、原子力発電の再稼働、貧富格差の是正、消費税率アップ、福祉のカット、そして憲法改定などといった肝心な重要課題については、突っ込んだ論争は敢えて避け、国会議決権の過半数制覇か、これを阻止するかを争点とした党勢拡大と、「お願いします」の連呼ばかりで、何をどうお願いされているかもわからず、国民にこれらの是非を正しく認識・判断し、その解決に相応しい代弁者の議員を吟味して選択するために必要な、本当の情報提供が不十分なことである。
このような状態のままでは、選挙結果次第では、これら国家の将来を決定づける重要な諸問題、とりわけ国家存立の基本理念を定めた最高法規である憲法の改定が、十分な審議もされず数の力だけで一方的に押しつけられてしまいかねないと憂慮するので、この際、国民が憲法への関心を改めて高めることを期待し、あえて筆を執ることとした。
中国の古典「春秋三伝」の中の「左伝」に、「国のまさに滅びんとするや、必ず法制多し(注:国民の公徳心や遵法精神が乏しく治安が悪く、国家が衰退滅亡しようとするときほど種々の法制が多くなる)」とか、「治は人にあり、法になし(注:世の中がうまく治まるかどうかは人の良識により、法制によるものではない)」など、法に関する格言や名言は多い。
ドイツの公法学者G・イェリネク(1851~1911年)も、「法は倫理の最低限である」という名言を残している。つまり、法に規定されていないから、違法ではなく罰せられることもない、法の規定に従って基準をパスした事業での想定外の事故だから企業に責任はないなどといった意識や言動は好ましくなく、法は人間の性善説に立ち、その最低必要限の約束・遵守事項を規定したに過ぎないのだから、それ以上にお互いに重視すべき大切なことは、人間としての崇高な倫理や道徳観、信義に基づくの不文律、良識ある判断と行動であるべきということである。
従って、その最低必要限度の成文化された法律の盲点を突いた悪事や、法を権力者の都合がいいように頻繁に簡単に変更したり、その主旨を屁理屈で都合よく拡大解釈するような行為は、法の権威を軽んじ、国政を混乱させ、国民の遵法心を阻害するから好ましいことでなく、厳に慎むべきであろう。
それなのに近年の日本では、「国民の基本的人権は、法の下に平等」と明記され憲法の精神に反するともいえる、貧富格差の増大調整や社会的弱者救済の公的福祉の充実、不当な中小下請企業苛めや同一労働に従事する正社員と非正規社員の差別的待遇の是正、裁判所が下した一票の価値の差の違法判断など、即刻改めるべきを怠り、当面急務の課題が山積しているにもかかわらず、今、急いで、これを権力者側に都合が良いように改定しようと目論んでいる。

(1)そもそも憲法とは、どういうものか?

憲法については、国民の誰もが義務教育段階で学んだことで、今更申し上げるまでもないことであろうが、案外知っているようで知らず、遵守されていないこともある。
「憲法」とは、国家存立の基本的要件を定めた「根本法」であり、国家運営の基本的理念や手法、国家の統治権、機関やその機能の大原則を定めた「基礎法」であり、すべての法の根幹となる「国家の最高法規」でもあり、他の法律や命令を以って安易に変更することは許されない「絶対法」ともいえ、これにも続いて運営される国家は「法治国」と称され、民主主義や共産主義の如何に係わらず、世界のほとんどの普通の国は(ごく一部だが、宗教の教義が法に優るとする特殊な国もある)、法を定め、それにより運営・統治されている。
つまり日本国憲法にも、平易にいうと、「日本は国を、どのような理念で、どんな性格の国にし、そのために国民はどのような権利・義務・責任を有し、どう行動すべきかが明記されている、全国民の約束事であり、遵守すべきものである。
とりわけ主権在民を標榜する民主主義国の憲法は、その主旨は、支配者の権威と統制力を強めるために定められ、国民はこれに忠誠を尽くし、従属する義務と責任を強いる教条主義的なものでない。
むしろ逆で、人間は自らが参画・合議・選択して決定したことは、強制や命令されなくても、進んで実践し遵守しようとするものだという「人間性善説」を根底にした約束事を明文化したものであり、大多数の国民が希求する国家の安全と発展、国民の幸福実現のために、特定権力者や為政者の専横を制約・阻止し、その信託を受けた為政者は公僕として、約束事を遵守し、寄託された事項の実現のために統率・尽力し、両者が協力し合って円滑な国家運営を図るために、最低限これだけは絶対に守り、心がけ、実践すべきだということを規定した、過去の体験から得た「人類英知の結集」ともいうべきものである。
従って、時代と共に人類の価値観やニーズが変わり、これまでの約束事が本来の主旨や目的にそぐわず、合理的でなく、国家や国民生活の進歩や繁栄を阻害し、不便・不適応だとなれば、大多数の国民の声を吸い上げて反映させ、広く慎重審議を尽くし、その合意を得て、更に有効なものに改善すべきであることも当然であろう。
わが国の現行憲法は、第2次世界大戦の敗戦を受けて、過去の国家体制を抜本的に改めようと決意し、当時のアメリカ占領軍統治下で、その指示と指導も受けつつ、明治時代の旧大日本帝国憲法を根本的に改定し、今後の日本国をどう再構築するかの基本理念や統治方法を明示したもの、俗に新憲法とか平和憲法と称され、1946年11月3日に交付、翌1947年5月3日から施行されて現在に到っており、66年を経たことになる。
その主要内容は前文に明記されているように、(1)主権在民(民主主義、天皇に統治権はなく象徴に過ぎない)、(2)平和主義(恒久平和、戦争放棄)、(3)基本的人権の尊重(自由・平等主義)を「三大基本理念」としており、とりわけ専守防衛以上の国権の発動による攻撃的軍事力保持と武力行使の永久的放棄を明示したあたりは、世界的にも稀な崇高な特徴を有する先進性に富んだ立派な憲法として高く評価されている誇りあるものである。
確かにこのように草案の段階では、敗戦後のアメリカ占領軍支配下で、その影響を受けて制定されたものではあるが、対外攻撃軍事力の放棄と天皇最高全権制の排除以外は、強制・抑圧された条項は少なく、概して民主主義国家体制について学びながら、その思想と手続で国会審議を経て、最終的には自主的に制定され、国民の86%が賛同したものであり、自虐的感傷の屈辱感はあるとしても、発布後半世紀余を経て、国内外の状況が大きく様変わりした現在でも、これに縛られて国民生活が不便だとか、発展が阻害されているとか、他国との協調も出来ず国際的に孤立するなどといった大きな阻害があるとは思えない。
また、たとえもしそういった問題が多少あるとしても、それは憲法の制約によるものというより、わが国の政治・外交力によるものであり、その責任の所在のすり替えや目くらまし策、あるいはその他の悪巧みが、昨今の憲法改正(悪)論議を急ぐことになっているように感じられてならない。
憲法は目先の対応法でなく、また事後の問題解決法でもない。国家や国民の未来像を遠望した恒久的且つ普遍的な基本理念やあるべき姿を明文化し、国民の合意を経た約束事であるから、特定勢力の思惑や行政の都合だけ、ましてや他国からの圧力を受けて、そうしばしば簡単に軽々しく変更を叫び、くるくると改定して良いといった軽いものであってはならず、それでは信頼も遵守しようという気も失せてしまうので好ましいことではない。
それなのに、東日本大災害の復旧、国家財政の健全化、デフレ不況からの脱却など当面急務の難題が山積し、まだアベノミクスの成果が実体経済の安定成長路線乗りで確認できたという段階でもないのに、なぜ今、それも第9条(対外軍事力行使の禁止)、第96条(憲法の改正手続き)に重点を絞った部分改定を、そんなに急ぐ必要があるというのだろうか、疑問であり、民主憲法の原理に基づく慎重な対応を望みたい。
それほど憲法は、国家の風格や未来、国民の生活を決定づける基本となる重要な規範であるから、もっと重いものと考える必要がある。
それだけに、これを改めるには、それだけの合理的な理由と必然性、利点がなければならず、その上に国民や産業界、教育界など幅広い分野からの改憲へのニーズ、圧倒的多数の国民の改定要望を受け、特定権力者や勢力の都合によらず、もちろん他国からの干渉や圧力に屈することなく、あくまでも独立主権国家としての見識と自発性で主体的に、改定の内容を長期間かけて慎重に審議し、適切な施行の時期を見極め、圧倒的な多数者の賛同・支持を得ることが肝要であり、こういう多くのチェックと面倒な手続きを経てこそ、法は威厳と重みを増し、尊重され遵守される崇高な規範の憲法となる。

(2)与・野党の憲法改定を巡る雑感

このような観点から、昨今の与・野党の憲法改定を巡る論議で気になるいくつかの点を述べておこう。
先ず第1に、これは昨今の憲法論議に限ってのことでなく、全ての公権力の物事の決し方、治世のあり方に共通することであるが、物事の進め方の手順への疑問、不満である。本稿でも過去に何度も強調してきたことだが、物事を完結・成功させるには、(1)正しい状況の推移と現況の認識、(2)それに基づく的確な判断、(3)その判断に従った正確な操作技能、(4)その結果の正しい評価と、(5)反省、改善着手といった段階を踏むことと、この手順を間違わないことが大切だが、日本の場合、(3)と(4)の結果評価は重視されるが、(1)、(2)は「論より実行あるのみ」と軽視され、(4)、(5)の反省と、その後の改善には疎い傾向がある。
だから想定外とか認識不足が後になって悔やまれ、計画立案力や長期戦略的取り組みより、即行動派の戦術や技能が重宝され、結果分析や反省は、済んだことだから今更と軽くあしらわれ、従って同じような過ちを繰り返す遇者から脱し得ない。
五ヵ条のご誓文の昔から「広く会議を興し、万機公論に決すべし」とあるが、未だに会議下手で、「会して議せず、議して決せず、決して行わず」、言うべき機会には積極的な発言で先知恵を出さず、後文句だけは言い、後知恵も出せないというタイプが多い。役所の場合も、識者の意見を聞き、民衆の声を聞く機会も設けたというが、既に実施は決定済みで、それを納得させ服従させるための形式的手続きの説明会というのが実態であり、このあたりが原発再開問題に関しても、地元住民との軋轢となっている。
改憲問題では、こんな同じ轍を踏まされてはならず、先ずは声なき民衆の改憲賛否の声に耳を傾けるべきであろう。世論調査では現在、改憲に反対と慎重論が約7割を占め、積極的な改憲推進に賛同は2割弱に過ぎない。残念ながら対外軍事力行使の賛否についてはこの調査では不明だが、おそらく積極的賛成はごく少数、諸外国が日本の軍事力強化を歓迎するとは到底思えない。
第2は、前記した憲法の重要性とその理念にある主権在民を鑑みると、その賛否は過半数では圧倒的多数者の賛同と支持とはいえず、やはり3分の2以上の賛成といった慎重さが重要であり、先進民主諸国の多くも2/3ルールを堅持している。
過半数論を正当化するなら、同じことは国民の代弁者選出総選挙の投票率においても、4割台の低投票率では、過半数の6割が反対か不満か無関心だとも受け止められるので、無効選挙として再選挙をすべきではないかと言いたくなる。
第3は、自民党の改憲草案(2012年4月)は、あくまでも審議用の叩き台としての草案であり、今後の審議過程で修正される余地があるものと信じたいが、原案を読む限りでは、従来のなじみ難い法律の条文を、庶民にも親しみやすく理解しやすいものにしようとの配慮があってのことと思うが、ちょっと日常会話か手紙文といった平易過ぎる印象を受ける。やはり威厳ある崇高な憲法として、もう少し重みのある文章表現の方が好ましいのではなかろうか。
格調高いと好評な現憲法の前文を、自民党草案では「英文の翻訳調」だからと大幅の改め、破棄された重要記述が、過去の反省に基づく「不戦の誓い」と、全世界の国民が恐怖と欠乏から免れる平和的共存の理念から、「欠乏」が消え、「自国防衛」が強調されていることには、些か違和感を覚えは問題でなかろうか。
第4は、与・野党いずれも、近視眼的で、枝葉末節の文章表現や言葉尻を捉えた批判合戦ばかりであり、長期展望の立った普遍的な日本の未来国家像が明確に打ち出されていないこと。それに、それぞれの選挙対策や人気取りなどから、状況に応じ、改憲の主旨や、改憲の範囲が全般の改憲か、部分条項だけの緊急修正なのか、改正が必要な部分から着手で漸次全面的見直しにまで進めるのか、抜本的な全面改定なのかなど、微妙な説明のぶれがあり、どうも本音が隠されている感が強い。
先述したように憲法問題は、腰を入れて長期計画的に検討すべき重大な案件であり、党略や人気取りだけで軽々しく扱ってもらいたくない。
第5は、安倍総理のこれまでの改憲に関する発言からは、どうも第9条の、(1)軍事力の保有禁止と戦争放棄を改定、同盟国軍と連携しての自衛隊の海外派兵を可能にし、機密保護の追加を法制化、こういった法改正の手続を定めた96条の、憲法改定を(2)現行の3分の2から過半数に引き下げることで、今後の憲法改定やその他重要法案の議決を容易にすること、それに付随する72条の(3)首相の統治権限強化への改定、97条の基本的人権の絶対的尊重規定を改め、(4)大災害の発生など緊急事態時には、ある程度の私権を制限し、公の秩序優先に転換するなどといった4項の改定に重点を置き、それを急ぎ、国益と国民のためといったもっともらしい理屈をつけているようである。
しかしこの4項の拙速改定は、それだけに止まらず、世界が高く評価している現行の民主・平和憲法の特性と基本3大理念を根底から揺るがすこととなり、そうなれば日本の将来と世界からの信頼にも大きく影響するものであるから、国民としても、無定見な付和雷同を慎み、こういった面まで深く読みとって、政治家の詭弁に誤魔化されたり、その時々の都合が良い拡大解釈に惑わされることなく、冷静な是非の選択をし、慎重な憲法見直しへの取り組みを訴え、賢明な賛否の判断をすべきである。
下手に虚勢を張って自衛の軍事力を高めると、近隣アジア諸国を刺激し、国際交流関係が悪化する怖れもある。それよりも挑発を無視し、丸腰で世界平和を希求する日本を、もし不当に敵国視して攻め立てようとする国が生じた場合、国際世論を味方につけた方が得策であり、21世紀の世界を先取りする姿勢と好感を得るといった選択肢もある。また現在の同盟国アメリカが、どのような状況になっても、絶対に日本を助け永久に守ってくれるという保証もなかろう。なぜなら国際外交は、自国の利益優先、かけ引きと騙し合いの舞台であるからだ。
従って、国家の未来像を描く根本法の憲法は、あくまでも独立主権国家としての矜持で、国民の良識ある選択と合意の下に、自主的・自発的に定め、それを誇りをもって遵守したくなるものでありたい。
それでこそ、「法は倫理の最低限」の上を行く、品格ある世界の真の先進国、新世紀の理念的リーダー国として評価され信頼される日本というものであろう。

著者プロフィール

経済評論家・ビジネスドクター 芦屋 暁(あしや さとる)

幼少期の貧苦体験から「十分な教養があれば民族も国家も企業も個人も安泰」との信念を抱き、一生涯を人間能力の開発と日本経済・産業の発展に捧げる1本の杭になろうと決意し、都市銀行勤務を中退してフリーの経済評論家・経営コンサルタントの道に転身、大学の教鞭やマスコミ出演を経つつ、過去通算で全国約3千市町村を講演歴訪した実績を持ち現在に至る。庶民派で皮膚感覚の簡明率直な解説がモットー。

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