企業情報、信用調査など与信管理をサポートする東京商工リサーチ

統計資料の正しい読み取り活用法、信用調査、与信管理、倒産情報は東京商工リサーチ。

公開日:2007.06.11

統計資料の正しい読み取り活用法

 交通事故を起こして現場検証の警察官にその原因を聞かれた場合、ほとんどの運転者がハンドルやブレーキを踏む「操作」が遅れたと弁明するが、それではなぜ対応操作が遅れたのかと重ねて尋ねられると、まさかすぐ先が急カーブになっている、信号があり赤になっていた、対向車が接近して来つつあるのに「気がつかなかった」と答えるそうで、結局は注意力不足から「認知」を欠いたのが原因ということになる。
 このように、事故が起きる危険性があることを認知しながらも、その対応策を取ろうとする判断をしなかったり、危険や事故回避の操作をしない者はいないであろうし、免許取得者なら、この程度の操作技能は保有しているはずである。
 つまり安全運転や危険管理の基本は、正しい「認知・判断・操作」といった手順が大切であり、先ず第一段階の正しい認知がなければ、的確な判断や操作を誤ることにもなるのだが、このことは事業の安全運転にもいえ、その認知手段の一つとしての計器に当たるのが諸種の統計資料であるが、この資料の表面数値だけにこだわらない鋭い読み取り方と正しい判断力こそが重要といえる。
 戦後の日本経済は、朝鮮動乱特需といった追い風にも恵まれて、敗戦10年後の1955年にはGNPで戦前の最高水準にまでの回復を示し、経済白書の副タイトル「もはや戦後ではない」といった言葉が流行語となり、その後漸次約20年間の長期高度経済成長への軌道を歩むこととなったのだが、それを加速させ世界の経済大国の仲間入りにまでのし上げたのが、1960年に池田勇人首相が表明した「国民所得倍増計画」であった。
 この10年計画の緻密な原案を作成し、強くその実践を提唱し池田内閣の政策をブレーンとして支え、目標期までに見事目的を達成し、翌1970年度経済白書の副題を「日本経済の新しい次元」とするに至らしめたのが旧大蔵省官僚下村治氏であった。
 葉隠魂の佐賀県出身で数字に精通し、とっつき難いと経済記者から敬遠され、また強気な飛躍的理論が老齢有識者から危なっかしいとも言われた官僚エコノミストの下村氏であったが、実際は、常に庶民の目線で経済活動の現場を自ら実査して回るという緻密さと大衆感覚の持ち主で、この国民所得倍増、経済再興隆構想の実現に自信を得たのも、戦後闇市における庶民生活の実態に接し、勤勉な日本人の潜在能力と民衆の底力を強く感じたことによるというし、具体的提案書の作成に当たっては、最新の経済政策理論とされたケインズ理論の日本的適用を意図し、創造的革新、財政・税制・金融緩和政策、技術革新、民間企業設備投資の促進、消費需要の喚起、景気変動の安定化、所得格差の拡大防止などを網羅した、総括して積極的な有効需要の創出の綿密な計画書を、当時はまだ十進方式の手回しであった計算機を駆使して膨大な数値計算をこなして策定、その目標数値実現の裏付けを、現場を自分自身で見て回って確認することを怠らなかったという。
 すなわち、統計資料の鋭い読み取り方と正しい処理法の要点の第1は、統計資料数値の表面的・暗記的理解でなく、こうした資料の奥に潜む実態を看破する感覚こそが大切ということであり、それは目だけでなく頭で数値を読み、足で数値と実態との微妙な差異を感じ取り修正評価することで涵養され、事業経営の実践に役立てることが可能となる。
 第2の要点は、現在わが国では中央省庁が主管実施する定期的主要統計だけでも約110種/約2,500もの調査項目があり、これに景気短期観測資料や貯蓄統計などの日本銀行の統計、官公庁関連外郭機関の調査資料、企業倒産データなどの民間調査機関やシンタンクの統計資料などを加えると、世界有数の莫大な統計資料数となるが、統計資料作成の基本姿勢が、1)真実性、2)正確性、3)客観性、4)中立性、5)公明性、6)継続性、7)信頼性の7原則に立脚しているとはいえ、その調査の設計法や調査対象の選定、調査結果数値の処理や分析評価、公表の表現法などにどうしても行政当事者の意思が入り込む余地もあり、完全に客観・中立的なものとは言い難い点を理解する事が肝要ということである。
 たとえば、官公庁統計資料と言えば権威と信頼性が高く絶対的な情報資料と思われがちで、実際に多方面で貴重がられ利用されているが、わが国が5年に一度、莫大な費用と労力を駆使して定期的に全国規模の悉皆調査をしている国勢調査の人口・世帯数統計においてさえ、夫の数と妻の数が一夫一婦制であるから一致しなければならないはずだが、実は毎回の調査結果で、妻の方が夫の員数を上回っている事実をご存じの方がどれほどおられるであろうか。一人の男が二人の妻を持つことなど許されないはずだが?
 こう言った誤差が生じるのは、一般的な常識用語とは異なった定義がなされ、夫が長期海外在留中の家庭では、夫がいない妻の世帯として処理されるといったような調査手法上の原因や、原資そのものが被調査者の自主的申告・任意記入による調査であり、事実の立証資料添付は義務付けられず、事実に反する不正確な回答記入であっても罰則規定もなく、委託調査員にも確認調査権が付与されていないといった事由もあるからである。
 第3は、最新の統計データとはいえ、その統計資料の調査頻度が2〜5年に一度といったものもあることや、調査実施後の事務的・物理的処理の必要期間が早くても半年以上は必要なこと、それを更に解説記述を書き添えて印刷・製本・発売となれば、その期間も加わることなどから、直近データとはいえ、どうしても時期的なズレが生じることもやむを得ず、入手・閲覧する時点では既に過去のデータでしかないので、その後の推移から現在値を推計して活用する必要がある。
 統計データ有効活用の第4ポイントは、一時期の静止的数値だけでなく時系列的データの推移から今後の動向を先読みすることであり、そのためには最低3期以上のデータが必要となる。こういった面では、昨今パソコンのホームページに公開される資料を利用する事も多くなったが、これは即時性の便利さはあるが時系列分析には不適である。
 第5の要点は、数値の説得力という魔術に惑わされてはならないということである。
 抽象的な表現より具体的な数値を示して説明すると訴求・説得力があり、これを巧に扱って信望を得た政治家といえば池田勇人、田中角栄首相などが有名であろう。
 しかし少し統計学を学んだら、必ず学習用に持ち出される事例にこんな逸話がある。
 まだ女性が大学に進学するのが珍しかった時代のアメリカの某大学でのことである。この大学で教授と教え子の女子大生が恋仲になり結婚をしたのだが、やがて男子学生の間から「女子大生の3分の1は教授と結婚するが、彼女らは何の目的で入学をしたのか?」とこういった現象を非難する声が大きくなった。
 そこで実態調査をすると、確かに表面数値的にはその通りの比率ではあった、実はこの大学の女子在学生は3人だけで、その中の一人がたまたま教授に見初められ結婚したというだけのことであり、これでもって全ての女子大生の生態や進学目的と断じることは不適切である。
 数値の処理や判断方法には、このような弱点や問題点もあるが、それがわかっていながらも、何となく数値には説得力があるし、集団の実態・傾向・特徴などを把握するには、やはりその定量化し数値が必要でもあるので、うまく使いこなすことが大切である。
 古代中国では、官僚に要求される「礼、書…」など6つの能力の中に「数」、すなわち数学と数値の処理能力が重視されており、その教科書には税金を平等に収めさせる方法や賦役を公平に課する方法などの計算実例が含まれていた(現代で言う統計学)というし、英語の統計を意味するStatisticsは国家を意味するStateと同義語であり、国家の実情を調べ正しく理解することが統計数値の目的であることを示唆している。
 もう一つ企業レベルの平易な例を述べ、数値の正しい読み取り方を考えてみよう。経営者も含めた総従業員数5人の企業があって、その平均年棒額が600万円で、昨今も今年も不変であったという数値を見た場合、一見、社員の給与水準が高く安定した良い企業のように思える。ところが中身を吟味すると、去年は1人が年収800万円で、他者は550万円であったのが、今年は一人だけが傑出して高い1,600万円で、他者は600、300、250、250万円であったというのなら、どう評価すべきであろうか?。
 単純平均値は高い経済大国だが、どうも国民には豊かさの実感がない格差増大の現代日本社会が、まさに後者のように「一将成りて万骨枯れる」の決して好ましい状態とはいえないのではなかろうか。政策的意図も含む政府統計白書の数値は、単純平均値で示されているものが多く、加重平均値や中位数、最頻値数(並数)、標準偏差値などといった内訳数値が説明されることは少ないので誤魔化されてしまうので注意が必要であろう。
 第6の要点は、なるほど線・棒・円グラフ・パイグラフなど図表化され視覚に訴える資料は、簡明で素早く見やすいし訴求力もあるが、反面そのグラフ化の演出で、心理的錯覚に陥りやすい欠陥もあるので、注意して看破する必要があるということである。
 しかし逆に、このグラフ化の魔術技法を企業の広告宣伝や業況報告書に採り入れると、印象を良くして有効な販売促進手法となし得るともいえる。
 通常、線グラフは数値の時系列的推移を示すのに適し、棒グラフはそれに質量感を加味して印象を強めるし、円グラフは比率を示して一覧性を高め、それに質量の厚みを付加したパイグラフは、なをその心理的効果を強めることが可能とされる。
 しかしこれにも、この点は文章だけではご理解得難い面があるが、縦軸の数値幅や横軸の年度などの描き方で、心理的錯覚を与えるような演出の魔術が駆使されることが多い。
 たとえば時系列の棒グラフで売上高推移を描いた場合、毎年間隔の売上高を棒グラフで示していたのを、強調したい後半だけ5年間隔で示したとすれば、一見、従来は漸増、近年は売上高が急進したかのよう見え、それにさらに今後の予測値をその延長線上に点線で書き添えたら、将来更に躍進し、あたかもそれが実現できるものとの錯覚を与え得る。
 統計資料の正しい読取り活用法の結論は、多角的な情報資料を収集し、その資料の調査手法の説明を読み、時系列的に分析し、現場を回り目と足で確認することに尽きる。

著者プロフィール

経済評論家・ビジネスドクター 芦屋 暁(あしや さとる)

 幼少期の貧苦体験から「十分な教養があれば民族も国家も企業も個人も安泰」との信念を抱き、一生涯を人間能力の開発と日本経済・産業の発展に捧げる1本の杭になろうと決意し、都市銀行勤務を中退してフリーの経済評論家・経営コンサルタントの道に転身、大学の教鞭やマスコミ出演を経つつ、過去通算で全国約3千市町村を講演歴訪した実績を持ち現在に至る。庶民派で皮膚感覚の簡明率直な解説がモットー。

禁・転載・複写

TSR商品販売サイト

  • TSR ONLINE SHOP:出版物・マーケティングレポート等のオンラインショッピングサイト

TSR関連おすすめサービス

  • エラベル:TSRがオススメする就職・営業に役立つ地域の優良企業紹介サイト
  • TSR express:TSR情報誌をご購読のお客様に無料でお届けする倒産情報配信・検索サービス
  • 東日本大震災関連記事

TSRのソーシャルネットサービス(SNS)

  • 東京商工リサーチtwitter公式アカウント
  • 東京商工リサーチ公式facebookページ