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緊迫化する中東情勢

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公開日付:2018.01.15

12月6日、トランプ大統領がエルサレムをイスラエルの首都として認定

 トランプ米大統領は12月6日、エルサレムをイスラエルの首都として公式に認め、米国大使館を現在のテルアビブからエルサレムへ移転する準備に着手するよう指示したと発表した。移転時期は明示されていない。大使館移転に反対していたティラーソン米国務長官は12月7日、「エルサレムの地位を決定付けるものではない」とし、「急いで実施するわけではない」と述べた。匿名の米政府高官は数年かかるとの見通しを示している。
 エルサレムへの大使館移転については、米議会がエルサレムへの大使館移転法を1995年に制定している。ただ、同法は大統領が半年おきに移転を延期できる条項があり、歴代米大統領(ビル・クリントン、ジョージ・W・ブッシュ、バラク・オバマ)は同法の執行延期を繰り返してきた。エネルギー資源として重要な地位を占める中東産油国・アラブ諸国との関係や中東地域での政治的軍事的混乱を恐れたからだ。
 トランプ大統領も昨年の米大統領選挙の際、上記の歴代米大統領と同様、エルサレムへの大使館移転を選挙公約に掲げてきた。そのトランプ大統領も今年6月5日は移転を半年先送りする文書に署名し、その期限が12月4日に到来していた。歴代米大統領はエルサレムへの大使館移転を選挙公約に掲げたものの、誰も実行しなかった。しかし、トランプ大統領は歴代大統領と異なり、有言実行するということである。トランプ大統領は12月6日の声明で「過去20年以上も法の執行を延期し続けてきたにもかかわらず、恒久的な和平に近づいていない。だから、新しいアプローチを始める」と語った。
 歴代の米大統領が先送りしてきたエルサレムへの大使館移転をトランプ大統領が決定したことにより、世界中に大きな波紋が広がっている。世界的に極めて重大な影響が出てくるだろう。以下、エルサレムの首都認定・大使館移転問題が決断された背景と今後予想される世界的な影響を列挙し、さらには米国の秘められた狙いについて考察する。

エルサレムの首都認定・大使館移転問題が決断された背景

 まず、エルサレムの首都認定・大使館移転問題が決断された背景について列挙する。
(1)選挙公約の有言実行 … トランプ大統領は2018年までにエルサレムへの大使館移転を決断すると選挙公約に掲げてきた。歴代米大統領がなし得なかったことをトランプ大統領が有言実行することにより、歴史に名を残すことになる。あくなき上昇指向を持つと見られるトランプ大統領にとって、歴史に名を残すことはたまらない魅力だろう。
(2)破壊と創造 … 本論2月22日号「トランプ米大統領が構築する世界」で指摘したように、トランプ大統領は世界の現体制・国際秩序の破壊と新たな体制・秩序の構築を目指している。破壊と創造である。中東和平のための「新アプローチ」は、トランプ大統領が就任演説で「この先何年もの米国と世界の道筋を決める」とした宣言に沿うものだろう。
(3)ロシアゲートからの関心そらし … トランプ政権とロシアとの不透明な関係を巡る疑惑、いわゆるロシアゲートからの米国民の関心をそらす狙いがあるだろう。今年1月のトランプ米政権発足時、大統領補佐官(国家安全保障担当)に就任したマイケル・フリン氏が、ロシア疑惑に関して12月1日に訴追された。フリン氏は、司法取引に応じ、ロシアとの接触はトランプ政権移行チームの指示だったと証言した。ロシアとの接触について、トランプ氏の娘婿クシュナー大統領上級顧問らの指示だと説明したとみられている。トランプ大統領にとって、クシュナー氏は、いまや「事実上の首席外交官」(英フィナンシャル・タイムズ紙)である。トランプ政権を維持するうえで最重要人物と言え、是が非でも守らなければならない人物であろう。
(4)権力闘争の結果 … トランプ政権は、発足時から政権内で凄まじい権力闘争が行われてきたようだ。このことは、トランプ政権発足時の重要閣僚・重要幹部が相次いで解任されたり、辞職するという異常事態に如実にあらわれている。例を挙げると、上記のマイケル・フリン氏は2月に辞任し、コミー米連邦捜査局(FBI)長官が5月に解任され、スパイサー大統領報道官が7月に辞任した。8月にはプリーバス首席補佐官とスカラムチ広報部長が解任され、バノン主席戦略官が辞任した。9月にはプライス厚生長官が辞任し、オマロサ大統領補佐官(渉外担当)も2018年1月に辞任する予定だ。ティラーソン国務長官やコーン国家経済会議(NEC)委員長にも退任の観測が出ている。大統領選でトランプ陣営を支えてきた中心人物であるバノン氏は辞任後、「我々が選挙で勝ち得たトランプ政権は終わった」と述べた。権力闘争に勝ち残った最有力者はクシュナー氏である。ユダヤ人クシュナー氏は、トランプ大統領がエルサレムの首都認定・大使館移転問題を決断するにあたり、大きな影響力を行使したと報道されている。
(5)2018年11月の中間選挙を見据えた布石 …トランプ政権は、白人中産階級のほか、ユダヤ人勢力やキリスト教原理主義者などに支えられて勝利した。米国のユダヤ人は約600万人と米国人口の2%でしかないが、大きな影響力を持つ。ユダヤ人は、金融界や法曹界、実業界、さらには映画界、音楽界など広範な分野に多くの著名人がいる。例を挙げると、グリーンスパン氏、バーナンキ氏、イエレン氏といった歴代の米連邦準備制度理事会(FRB)議長、フィッシャー前副議長、クリントン政権で財務長官を務めたサマーズ氏、経済学者のスティグリッツ教授、フェイスブックのCEOザッカーバーグ氏、映画監督のスピルバーグ氏など枚挙にいとまがない。巨額の資金を拠出できる大富豪も多い。潤沢な資金と組織力に裏打ちされ、国内外に強固なネットワークを持つユダヤ人勢力は、米国政界の最大勢力の一つである。米国外に広げても、欧州ロスチャイルド財閥をはじめ、世界中に強力な基盤を築いている。

今後予想される世界的な影響

 トランプ大統領にとっては、中東和平のための「新アプローチ」は「この先何年もの米国と世界の道筋を決める」政策だろうが、中東地域を取り巻く情勢は複雑怪奇である。簡単に解決できるような状況ではない。そこで、今後予想される世界的な影響について以下に列挙する。
(1)ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の聖地が旧市街に集中する東エルサレムを巡り、過去、何度も衝突が繰り返されてきた。パレスチナ人も東エルサレムを将来の独立国家の首都と主張している。今般の「新アプローチ」により、アラブ諸国が反発し、アラブ諸国との確執が増大するのは確実であり、既に各地で紛争が生じている。
(2)なかでも、イランやイスラム過激派組織に米国への格好の攻撃材料を与えることになる。
(3)親米に舵を切ったサウジアラビアやエジプトとの関係も悪化する。とりわけ、世界最大の産油国であり、イスラム教の聖地を持つ中東地域の雄であるサウジアラビアとの関係が難しくなる。
(4)中東のアラブ諸国以外でも、トルコやインドネシアなどイスラム教徒が多く居住する諸国と米国との確執が増大する。
(5)エルサレムをイスラエルの首都としていない多くの欧州諸国との関係が悪化する。
(6)トランプ大統領が発表した声明とは逆に、「新アプローチ」は中東和平の根幹を揺るがす決定となる危険性を秘めている。最悪の場合、第5次中東戦争が勃発する可能性もある。
(7)第5次中東戦争が勃発したり、戦争にならなくても危機状態になれば、欧州諸国へ大量の難民が押し寄せることになる。
(8)中国経済の高成長に伴い、中東諸国と中国との結びつきが深化している。特に、習近平国家主席が「一帯一路」構想を打ち出して以来、中国は中東地域での拠点づくりを虎視眈々と狙っている。中東和平のためのトランプ大統領の「新アプローチ」が、中国と中東諸国との関係にどういう影響をもたらすか、見極めが必要になろう。

「イスラム国」への勝利宣言」の1カ月後に、トランプ大統領の中東和平「新アプローチ」

 時系列に主要な出来事を見ると、米国の秘めた狙いが浮き彫りにされると思うのは考えすぎだろうか。シリアのアサド政権軍は11月9日、イスラム教過激派組織「イスラム国」(IS)との戦いで「勝利宣言」した。2014年6月、国家樹立を一方的に宣言したISは一時、イラクとシリアに支配地域を広げたが、今後、ISの崩壊が加速しよう。そうしたISによる戦争危機・テロ危機が薄まった途端、12月6日のトランプ大統領の「新アプローチ」である。
 中東地域のイラク、イランは、北朝鮮とともに、2002年1月、ジョージ・W・ブッシュ米大統領が反テロ対策の標的としてリストアップし、「悪の枢軸」と呼称した。うち、イラクのサダム・フセイン大統領は米国により排除されたが、フセイン大統領を育成したのも米国であった(アラン・フリードマン著『だれがサダムを育てたか』参照)。つまり、米国は国益のためにフセイン大統領を育成し、都合が悪くなると国益のために排除したのである。
 本論8月23日号「一段と緊迫化する北朝鮮情勢」にも書いたように、基本的に米国は戦争経済、戦争国家である。軍需産業、軍産複合体が大きな力を持っている。このため、紛争の火種は残さなければならないのである。フセイン大統領が排除された当時、「TSR情報」に「フセインが抹殺されれば、第二のフセインが養成されるだろう」と書いたことがあるが、フセイン後の紛争の火種として養成されたのが、陰で米国が支援してきたとの情報が根強いISということになろう。そのISも駆逐されつつある。軍需産業、軍産複合体にとっては、好ましからぬ事態となる。そこで、今般の「新アプローチ」が浮上したということになるのかもしれない。

2018年は第5次中東戦争の危機到来も

 1月のトランプ政権発足で中東和平交渉担当となったクシュナー氏は当時、エルサレムの首都認定に反対していたそうだ。そのクシュナー氏が12月6日の「新アプローチ」発表にあたっては、トランプ大統領の背中を押したと報道された。この間、中東情勢を巡る米国の政策が大きく転換したことになる。
 今年に入り、中東情勢を巡る不可解な事件が相次いでいるが、クシュナー氏は中東情勢の要となるサウジアラビアを3回、お忍びで訪問している。直近は10月下旬である。直後の11月1日、レバノン首相のサード・ハリリ氏はサウジアラビアからムハンマド皇太子との面談要請があり、すぐさまサウジに飛んだ。しかし、ハリリ首相は4日、訪問先のサウジで「命の危険がある」として首相を辞任した。サウジが敵視するイランの最高指導者ハメネイ師の顧問をレバノンの首都ベイルートに迎えたことから、サウジアラビアが首相辞任を迫ったとの観測が専らである。
 このレバノン政変の前の6月5日、サウジアラビアはカタールと断交した。カタールの有力者がクシュナー氏に対し、5億ドルの融資を拒んだことが一因と取りざたされている(英フィナンシャル・タイムズ紙)。
 カタールとの断交もレバノンの首相辞任も、サウジアラビアが米国(クシュナー氏)と打ち合わせのうえで行われたとの情報がある。中東地域での紛争の火種をまくためである。そうした導火線を引いたうえで、本命と言えるエルサレムの首都認定・大使館移転の決定である。こうした状況を考えると、中東地域で紛争の拡大を望む力が水面下で脈々と働いているようだ。
 そうした勢力にとって、エルサレムの首都認定・大使館移転についてのトランプ大統領の「新アプローチ」に、アラブ諸国、イスラム教徒が反発し、紛争が拡大するのは望むところと言える。最悪の場合、2018年は第5次中東戦争が勃発する危機が到来する可能性があろう。中東地域で紛争の拡大を望む勢力は、2018年8月に第5次中東戦争の勃発を目指しているとの情報がある。今年7月、トランプ大統領が当初の撤収案を覆し、アフガニスタンでの駐留を継続し、しかも増員したのは、第5次中東戦争に向けての伏線かもしれない。なお、中東地域で紛争の拡大を望む勢力は、北朝鮮についても2018年3月のロシア大統領選挙後の開戦を目指しているという。
 欧州諸国やロシアは、こうした水面下での動きをつかんでいると思う。和平への動きが出てくると予想されるが、2018年3月のロシア大統領選挙への出馬を表明したプーチン大統領は、選挙が終わるまでは動きにくいだろう。しかも、ロシアもユダヤ人が多く居住している。欧州諸国は英国のEU離脱で政治力が低下している。欧州の大国ドイツも、盤石だったメルケル首相の政治力・求心力が難民問題で弱体化している。しかし、中東情勢が悪化すれば難民問題が一段と深刻化する可能性があり、欧州諸国の和平への努力が期待される。いずれにせよ、平和を目指す力が世界的に結集され、平穏な2018年になることを期待したい。(12月18日記)

著者プロフィール

経済・国際問題評論家  吉永 俊朗(よしなが としろう)

1948年福岡県生まれ。九州大学卒。山一証券経済研究所企業調査部長、山一投資顧問投資戦略部長、東海東京証券理事経営企画部長、藍沢証券アナリストを経て現職。著書に「100年たってもアメリカに勝てない日本」他。

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