公開日:2011.12.29
時流の大転換期、動乱と混迷の本年の回顧
大地震・津波と原子力発電所放射能被害の悪夢も覚めやらぬまま、今年も残すところ後数日で暮れようとしているが、世の中の動きが激しく、対処すべき課題が多かった年は、とりわけ時の経つのが早く感ぜられるものであり、まさに「光陰矢の如く、学成り難し」というより、「光陰矢の如く、業(成果)成り難し」というべきであろうか。
本年を振り返ってみると、日本のみならず世界的にも、外憂内患が山積し、一言でまとめると、年初の本稿でも予言した通り、時代の流れや、その主役やリーダーが大きく変わろうとする転換の過渡期であり、さりとて、新しい未来のあるべき姿を模索するも、まだ確たる針路が見定まらず、方針が打ち出せないまま、心穏やかならぬ日々が続くこととなった、まさに「動乱と混迷の年」であり、「辛抱(本年は干支で辛卯の年)が必要とされる年」であった。
(1)日本が抱えた本年の外憂
グローバル化時代に対処する外憂としての主要な出来事は、まず第1に、これまでの世界を主導してきた国やリーダーの交代であり、その象徴的な事柄が、世界のトップランナーであったアメリカの失速である。
20世紀後半以降の世界を主導し、独占的ともいえる覇権を制してきた政治・軍事・外交・経済の超巨大国アメリカが、モア・アンド・モアと自我欲求追求の道を走り続けてきた結果に息切れが生じ、財政赤字や貿易赤字、勝ち組と負け組による貧富格差の増大などといった歪が極限に近づき、そういった不満蓄積の爆発からニューヨークやワシントンでさえ民衆のデモが多発するなどといったことで、「物極必反」の摂理による反転期を迎えるようになったことが明確化した。
これでアメリカの国際社会における権威が失落、世界経済が大混乱し、パワーバランスに変動が生じることとなり、オバマ大統領の人気も低落、これまでの世界制覇戦略や外交・内政方針を大きく転換せざるを得なくなった。
第2は、こういったアメリカの重石が取りはずされ統制の箍が緩んだ結果というべきか、世界の秩序までが大混乱することとなり、18世紀以来の欧米型自由市場主義経済や行過ぎた投資金融資本主義経済(マネーゲーム)の反省と、抑制・修正が求められるようになったことと、もう一方の社会主義諸国においても、独裁的統制より、自由・平等・民主化を求める民衆運動が活発化するようになったこと。
第3は、この余波をもろに受けたギリシャの国家財政破綻を端緒として、EU圏の金融不安や経済混乱を招き、それが国際的な同時不況、株価の暴落、投資金融市場の信用失墜へと連鎖し、もちろん日本もその渦の外というわけにはいかず、世界中を震撼させ、冷え込ませることとなったこと。
第4は、このどさくさに紛れ、アメリカの弱り目につけ込むかのような新興中国の急速な台頭があり、その独占的な経済発展を背景に、軍事力の強化、狡猾で威嚇的な外交の展開と覇権拡大の野心による領土や領海問題の掘り起こし的主張が顕著化してきたこと。
第5は、共産主義国側のリーダーであったロシアにおいても、太平洋地域への覇権拡大を画策する動きが危惧される一方で、国内的には、その独裁的な政権への民衆の反発が強まるなどで、不安定化の兆しが見えてきたこと。
第6は、こういった社会主義国の動きに対応して、その既得権益や名誉の保持を図ろうとする自由主義圏の欧米先進諸国や、脅威を感じる東南アジアや周辺諸国との間での軋轢が目立つようになり、TPPへの参加問題やCOPなどで、東西陣営のそれぞれが自分の味方に取り込もうとするせめぎあいが強まり、新たな不協和の火種になるのではと懸念されるようになってきたこと。
第7は、永年続いた中東イスラム諸国やアラブ諸国の独裁的政権の衰退化と、民主化かイスラム原理主義護持かをめぐる内紛が活発化してきたこと。
第8は、アフリカ諸国やその他旧欧州植民地国の独立気運の高まりと、民族・宗教の対立、自由化か独裁保守かの選択をめぐり、過渡期の内乱や不安がむしろ高まったこと。
第9は、地球規模から見た人口の増大と、近い将来の産業・エネルギー資源、食料・水産資源などの枯渇化からの、地球自然環境の保持などを巡る国際間の意見対立顕著化や、世界的な経済低迷に伴い、国際貿易・経済競争の一層の熾烈化と、各国の保護主義化や、各地域経済ブロック化促進の傾向が強くなったこと。
第10は、この十数年間、ITに代替する国際経済を牽引するような画期的な新技術や新産業の出現が本年も見られず停滞気味で、こういったことによる実体経済の不振が、全世界に暗雲垂れ込む冷え込みを喚起し、各国政権の不安定化を招いたこと、などであった。
いずれにしろ、20世紀の末期から筆者が、「世紀の変節期は、あらゆる分野での主役交代が余儀なくされ、過去の残滓を大清算すべき激動と試練の時期であり、従来の考え方やシステムや手法のままでは通用しなくなるので、原点回帰で、真理や全く新しい道の探求、幸福の価値観転換を図るべきだ」と予見し、警告を発してきたことが、いよいよ現実のものとなってきた。
この予測通り、アメリカの独占的繁栄と支配の時代が終焉を迎えたが、これらによる日本経済への打撃は大きく、その上に内政の不安定さや未曾有の天災と副次的な原子力発電所の放射線大量漏出という人災も加わり、誠に残念ながら、その国際社会における信頼と、世界市場での地位の低下や存在感が弱くなり、国際的孤立化が顕著化したこと、18世紀の産業革命以降、急速な技術革新や経済成長を支えてきた西欧型自由資本主義経済の思想やシステムの問題点が露呈し、その追従的国政方針が大転換期を迎えたことである。
それにもう一つ重要な点は、第1次、第2次世界大戦前後の世界情勢と、現代の世相が非常に似通っており、一抹の慎重さや警戒感が要求されるようになったことで、その参考として、かってプロイセンの軍事学者クラウゼヴイッツがその著書「戦争論」の中で、「軍事戦争は、外交と経済の延長戦で起きる」と述べていたが、経済と外交戦の巧拙が一段と国家繁栄を決定付けるようになった現代、武力戦争の再発予防のためにも、情報の重要性や平素からの危機管理、問題が発生してからの治療より予防行政の重要性などを改めて再認識させる年となった。
今年は、昭和16年12月8日の太平洋戦争勃発から70年を迎えることとなる。しかしこれまで、この戦争を回避のための日本側の外交努力や、開戦止むなしに至った真実の事情は明らかにされることなく、それを立証する資料や文献は、敗戦直後に、戦勝国となったアメリカの占領政策で、不都合なことは全て没収されて極秘扱いとされたり、焚き捨てられて残存するものがほとんどなく、しかも日本のアジア諸国の植民地化支配の野心による無謀で不当な侵攻であったとの烙印を押され、それを米英を主体とした連合国が抑制するために、現在の中国を支援したものであり、それに不満を抱き反抗した日本が、欧米に対しても戦火の火蓋を開き、卑怯なハワイ奇襲を仕掛けたとされ、戦勝国側の裁判官だけによる極東軍事裁判で一方的に断罪され、日本の再軍備禁止や財閥解体などで弱体化政策が実施され、われわれ日本人は、アメリカが押し付けた洗脳教育で自虐的歴史観を植えつけられてしまったのである。
しかしごく最近になって、ようやくアメリカ側の資料や文献から、日本が圧倒的な国力差を有する欧米諸国帝国主義の巧妙な罠に嵌められ、いわゆるABCD包囲網による経済封鎖を受けて、止むに止まれず開戦にまで追いつめられてしまったことや、欧米連合国が、アジアの利権獲得と保持のため、東洋の新興国日本をいいようにあしらって利用し、力を強めると逆に叩きつぶしにかかったことなどといった真実の事情や、アメリカ主導の連合国側の狡猾な外交謀略、不正義な戦いの実態が次第に明らかになってきたのである。
それにしても、江戸末期、アメリカの砲艦外交により不平等な通商友好条約を締結させられ、まだ国内受け入れ態勢が整わないままに、開国(現代でいえば国際開放経済、自由貿易)を強要されて以来、概して日本は対欧米外交戦において、常に褒め殺され続け、その国際情報の読み方や外交戦略の稚拙さと、独立国としての自己主張を明確にしない政府や官僚のこと無かれ主義の弱腰もあって、未だかって勝った例がないとさえいえる。
だがここにきて、欧米が優越性を誇示し、東洋人を蔑視し、世界を主導・支配した時代は20世紀末を持って転機を向かえ、21世紀はアジア、太平洋地域に陽が当たる時代になってきたことは明らかである。
占領軍によって洗脳された自虐的歴史観やアメリカ従属意識は、本年をもって清算しきり、日本独自の見識を持って、明るい未来の扉を開く契機としたいものである。
(2)わが国が抱えた本年の内患
次にもう一方の、国内の問題についての回顧を述べると、先ずなんといっても第1に、近代日本になって以来、その震度の強さや津波の大きさ、被害が及んだ範囲の広さなど、いずれを見ても最大級の天災といえる東日本大地震・津波を体験したことであり、これが交通の途絶や混乱、物流の停滞、停電や電力供給不足など、被災地はもちろん、日本経済全体をも大きく揺るがした。
この被害実態や経済的被害損失額の実数は、発生後半年以上を経た現在に至っても、まだ現場立ち入り実査禁止区域もあり、行方不明者の捜索が進められている途中でもあって無理からぬ点もあるが、正確な数値の公表はまだされておらず不詳である。
速報推計値によれば、家屋の倒壊や流出被害が確認された地域は、東北4県、関東地方3県の合計7県の広範囲に及び、死者・行方不明者数は約2万人、倒壊被災家屋数約98万戸、その被災者総数は約230万人、漁港の壊滅約300港、漁船損失約22千隻とされているが、その救済策としての被災者仮設住宅の設置数は、本年10月末の時点では、まだ約123千戸(親類縁者や知人宅への居候家庭、他地区・県への避難仮移住世帯数は官公庁のプライバシー保護という意向もあり不詳)でしかないのである。
第2は、今次の大地震・津波に関連した原子力発電所の壊滅と放射能の漏出拡散による副次的被害が、この不幸と被害をさらに増大させたことである。
地震対策は万全で絶対安全と政府も公認していた原子力発電行政であったが、このような想定外の災難とする大規模な損傷と被害はわが国としても初体験のことであり、これで現在全国17箇所/54基存在し、総供給電力量約2,600億Kwであった原子力発電所の安全神話が脆くも崩れ、原子力エネルギー行政が根本的に再検討を迫られるようになったことである。
東日本大地震は、確かに阪神淡路大地震以上の強さと広範囲の未曾有の大災害であり、被災された方々のご苦難を考えると、誠に申し訳なく不見識なこととは重々承知するが、冷静に客観的な民力データ(総合・産業・消費・文化など計35項目余の指数による)で診ると、主要被災5県の被災地域がもし全壊滅したとしても、日本国全体の民力におけるその損滅度合い(被災後の経済的被害総額ではない)は、主要被災地が比較的に人口や事業所の分布密度が低い三陸海岸地帯であったことから約5%程度であり、部門別指数で全国比の損滅率が最も高い項目は、漁獲量や水産加工品出荷額など水産関係の約18%、次いで農業・林業総生産額指数の約15%あった。
つまり、被災直後の新聞大見出しで、マスコミは日本列島全滅などと危機を煽り立て、そういった風評被害で、被災地以外の消費地でまで、飲料水やレトルト食品類の調達難や価格高騰までもが数週間も続くといったパニック現象を招いたが、実際は95%の日本は無傷で無事であったのであり、当面の一時的な困窮は当然やむを得ぬことであるが、電力供給量、自動車の部品供給、事務用紙類、ラーメンや納豆なども、冷静に考察すれば、この被災地域だけの独占的特産品ではないのだから、パニック状態の不安や買い占め、値上げは不要だったのであり、この残余の国力を適切にフル活用させる機敏な行政指導力が発揮されれば、被災者の救済や、被害からの比較的早期の復興も決して不可能ではないといえる。ただし、「もしこれさえなかったら…」という前提条件がつく。それは、これを複雑で困難にさせた最大要因の、これまで絶対安全と宣伝されてきた原子力発電所の損壊被害と放射能漏出飛散、これに付随した土壌や農作物などの汚染、それに風評被害などといった副次的被害の拡大であり、原子力発電所の安全性が本当に信用できるもので、その事故さえなかったらという慙愧の念は、国民の全てが等しくすることではないか。
その実態を公明に国民に知らせず隠蔽してきた関係企業や、政治家、官僚、御用学者らの責任は重大であろう。
経済的損失総額については、まだ根本的実態把握が出来ていない面があり、軽率な具体的数値の発表は慎むべきだが、日本経済を大局的に考察した結果から大胆に言えば、政治・財政面と心理的な影響は大きかろうが、バブル経済破綻で銀行の倒産や併合が続出した時や、世界の株価が一斉暴落したリーマン・ショック時ほどの、日本全体の経済損失とはならず、逆に復興特需にあやかり潤う企業もあるので、実体経済の損害額は、マスコミが騒ぎ立てたほどのものではないと思料し、国民の一致団結で、被災地の復興・再興は十分可能と信じる。むしろこの苦難に便乗した増税策や電力料金値上げ画策の匂い悪臭が感じられることの方が気がかりだ。
第3に、相も変らぬ短期間の政権交代と政治の不安定で、政治不信が続き、国民が政治離れし、しらけきってしまったこと。国民の信なくば、国政は成り立たず、国家再興も不可能である。
第4に、震災復興や国家財政健全化、そのための税制改革による増税案や福祉のカットなどといった対応政策の方向や具体施策案が、年末も押し詰まってようやく姿を見せ始めたが、残念ながら、本年中に実感できる国民生活の改善とはならず、来年にまで不安を引き継ぐこととなった。
このように見てくると本年の日本は、外憂内患、身体の内外にさまざまな痛みや損傷を負い満身創痍といった感が強い、まさに動乱と混迷の年であり、「内平ら成らずして、外成らず」となり、日本再興隆の期待が込められた「平成」という年号の語義の理念とは反する結果の、「日本中が震撼させられた年」となってしまったようである。
江戸の小咄に、病院の診察を受けに来た患者と医者との会話で、こんなのがある。患者「先生、全身のどこを指で押しても、痛くてならないが、一体私はどういう病気なのでしょうか?」、医者「どれどれ、私が触診いたしましょう。首は、肩は、お腹は、腕は、如何ですか?」、患者「どこも痛くありません」、医者「おかしいなあ、後残ってるのは指だけなのですがね?。ああなんだ、やはりあなたの手の指が骨折していました」。(爆笑)
「病は気から」といった面が多分にあり、物事を冷静に、先ずは適確な現状と原因の確認、正しい判断があってこその正しい対症知慮策が打てるというものである。
今次の不幸な大地震被害の損害の見方や受け止め方も、日本経済や国家の将来展望についても同様であるが、これに対処するために肝心な、国家的政界・産業界のリーダー達の指の骨が折れ曲がって(理念や基本方針に一本芯が通らず、具体施策の適切さを欠くこと)いたのでは、いずれに関しても適確な診断も、国民への適確な将来の方向指示も、具体的な改善進歩への適切な施策の実践操作も出来ず、国民は不安で戸惑うだけとなる。
また国民も、ただ一人だけで過去の被災を嘆き、未来をマイナス思考で案じ、悩んでいるだけで、具体的な現状打破と改善への行動を起こさなければ、何事も良い方には向かわず、良い結果も得られない。
「一人は万人のため、万人は一人のために!」。官・財・民が一体となって、この苦難と逆境を、天が与えた人類への警告と試練と謙虚に前向きに受け止め、これを乗り越えることが進化に連なると信じ、来年こそはより良き未来への扉を開く好機に転じたいものである。
著者プロフィール
経済評論家・ビジネスドクター 芦屋 暁(あしや さとる)
幼少期の貧苦体験から「十分な教養があれば民族も国家も企業も個人も安泰」との信念を抱き、一生涯を人間能力の開発と日本経済・産業の発展に捧げる1本の杭になろうと決意し、都市銀行勤務を中退してフリーの経済評論家・経営コンサルタントの道に転身、大学の教鞭やマスコミ出演を経つつ、過去通算で全国約3千市町村を講演歴訪した実績を持ち現在に至る。庶民派で皮膚感覚の簡明率直な解説がモットー。
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